恩を返して欲しいのはこっちのほうだ!

秋月一花

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1章

33話


 わたしの言葉に、陛下はぴくりと眉を動かした。それから、椅子から立ち上がりわたしの前に立つ。その表情は真剣そのものだ。

「本気か?」
「本気です」

 じっと見つめ合うこと数十秒。陛下はわたしから視線を逸らし、それから老人たちへと声を掛けた。

「これより、私とアクアはダラム王国へ向かう。騎士団第一部隊と第九部隊をダラム王国へ向かわせること」
「お、お待ちください、陛下! 陛下がダラム王国に行く必要などありません!」
「それは聞けんな」

 ばっさりと言葉を切って、「着替えてこい」とわたしに小声で伝える。

「ありがとう!」

 バーナードに視線を向ける。バーナードがわたしに荷物を渡してくれた。近くの空いている部屋に入り、掃除しているところ申し訳ないけれど緊急事態だから着替えを手伝ってもらう。靴もハイヒールからヒールの低い靴に。動きやすい格好に着替えてから陛下の元へと戻ると、「早いな」と陛下が呟いた。

「それでは、私とアクアは先に向かう。騎士団たちもなるべく早く来るようにと」
「かしこまりました」
「アクア、陛下の傍を離れちゃダメだよ」
「わ、わかった!」

 陛下を止めようとする老人たちを振り切って、陛下はわたしの手を取ってこういった。

「ダラム王国の一番思い出深い場所を頭に思い浮かべろ」

 わたしが目を閉じて、一番想像しやすい思い出の場所――神殿を思い浮かべると、ふわり、と身体が浮いたような気がした。

「うわぁぁあああっ!」

 そして、誰かの悲鳴が聞こえた。

「……アクアさま……?」

 ――まだ十日程度しか経っていないのに、とても懐かしく感じる声も。

「――神官長!」

 目を開けると目の前には、神官長たちが。さっきの悲鳴はオーレリアン殿下だったようだ。その隣には、綺麗な女性がいた。カタカタと震えているようだ。

「どうやらうまくテレポート出来たようだな」
「ありがとうございます、陛下!」

 いや、と首を横に振る陛下に、神官長が「陛下……?」と呟く。陛下は目元をすっと細めて、睨みつけるようにこの場にいる人たちを見た。

「アクア、ここは?」
「ダラム王国の神殿です。――ただ、……どうして、ここにオーレリアン殿下が?」

 わたしが疑問を口にすると、陛下はぐっとわたしの手を強く握りしめた。

「……ほう、こいつがダラム王国のオーレリアン殿下か。我が従妹が世話になったようだな?」
「だっ、誰だ、貴様は! ここはダラム王国の神聖なる神殿だぞ!」

 ……その神聖さは全く感じられなくってしまっているけれど……? むしろ、この禍々しさをたった十日で……? ってくらい、瘴気が重い。

「我が名はルーカス。アルストル帝国の君主だ」

 一気にその場が静かになった。オーレリアン殿下の隣にいる綺麗な人が、口をわなわなと震わせながら……「あ、アルストル帝国……?」と呟く。まぁ、その気持ちはわかる。遠い国からいきなり現れたのだし。

「……な、なぜそんな、帝国の君主がダラム王国に! 偽りの聖女を連れて来たのだ!」
「――偽りなのはそちらであろうに」

 あ、鼻で笑った。ゾッとしたようにオーレリアン殿下が震えた。……というか、わたし以外の人は陛下の言葉ひとつひとつに目を伏せていたし、抗う気はないのか、全員跪いている。

「……アクアさま、なぜ戻って来たのですか」

「ダラム王国の結界が破れたと聞いて……。どうして、誰も魔法陣を綺麗にしなかったの?」

 わたしがそう問うと、みんな答えなかった。神殿の人たちは……やっぱりわざと魔法陣をそのままにしていたのだろう。

「ここにいるのは、神殿の者だけか? こいつを除いて」

 オーレリアン殿下を指差す陛下。神官長は「平民が数十名避難しています」と答えた。……こんな山奥まで避難するって大変だったろうな……と思わず考えてしまった。

「……そもそもなぜ、この者が神殿に来ている?」
「アンジェリカさまの聖女としての務めを見届けると、言って聞かなかったので……」
「え、そんなに瘴気を身に纏っていながら出来るもの?」

 思わずというように言葉が出た。綺麗な女性がびくっと肩を震わせてしまった。……しまった、タイミングを間違えた。

「出来ないでしょう」

 きっぱりと言い切ったのは神官長だ。驚いて目を瞬かせると、女性に視線を向けた。女性は、神官長の視線から隠れるようにオーレリアン殿下の後ろに隠れる。はぁ、と陛下が呆れたような息を吐いて、神官長へと視線を向けた。

「結界が破られて何時間経った?」
「五時間ほど、でしょうか。まさかアルストル帝国まで、こんなに早く伝わるとは思いませんでした」

 神官長が眉を下げながらそういうと、陛下が「五時間か……」と呟く。……五時間前って、あの屋敷を探検していた頃よね……。もう夜だし、魔物は夜のほうが強いし、襲い掛かって来るのなら、そろそろ警戒したほうがよい時間帯だ。

「そうか。アクア、ここの瘴気を払えるか?」
「試してみます」

 わたしは目を閉じて胸元で両手を組んだ。そして、神に願う――……。

「神よ、我が願いを聞き給え――……」

 ぽかぽかと身体が温かくなるような感覚。ゆっくりと目を開けると、信じられないものを見たかのようなオーレリアン殿下の顔。……そういえば、オーレリアン殿下って一回も儀式の様子とかわたしが浄化しているところを見たことがなかったっけ。口をパクパクと動かしているのを見て、つい眉間に皺を刻む。

「――空気が澄んだな。平民たちはここにいる間は無事だろう。アクア、王城の場所は覚えているか?」
「は、はい、もちろん!」
「では、そこまで行くか。様子を見ながら」

 ……こんなに暗い中、様子を見ながら王城へ行くって、どうやって……? わたしの疑問を感じ取ったのか、陛下はそっとわたしに魔法を使う。い、一体どんな魔法を……?

「オーレリアン殿下、後で話し合おうではないか」
「な、なにを話し合うというのだ!」
「――この国の、行く末を」

 にやりと口角を上げる陛下に、硬直するオーレリアン殿下。陛下はわたしの手を掴んだまま、ふわりと浮き上がる。同時にわたしも浮き上がった。浮遊魔法だ! 人に掛けられるのは初めてだわ。なんだか新鮮な気持ち。

「行くぞ、アクア」
「はい!」

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