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2章
86話
そして、トントン、と落ち着かせるように一定のリズムで肩を優しく叩く。そこから、なにもいえなくなってしまった。泣きそうになるのを堪えていると、バーナードがとても優しい声色で、それでも彼らしい言葉で「今なら防音魔法掛かっているんだし、泣いても誰も気付かないぞ」と口にした。なにそれ、と思ったけど、あまりにも優しい声色だったから、結局ボロボロと涙を流してしまった。
わたしが泣き止むまで、バーナードはずっと肩をトントンと叩いてくれていた。妹がいるからか、年下の相手は慣れているようだ。
「……堪えなくて良い、悲しい時も、怖い時も、泣きたい時は泣いたほうが良い」
急に優しくなるのはなんなんだ! そんなことをいわれたら、泣き止むことも出来なくなってしまう。お父さま、お母さま、護衛の騎士たちの顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返し、ただただ悲しさが積み重なる。
わたしが、誰かが目の前で傷つくのがイヤな理由、理解してしまった。
視界が真っ赤になったあの日から、人の生死に関わることが怖かった。落とした命はよみがえらない。それを、あの日理解してしまった。動かなくなる身体、伸ばされた手、耳に残る断末魔。――怖かった、目の前で起こった残酷なことが。
涙が溢れて止まらない。あの時、わたしに回復魔法が使えていたら、未来は違ったのかな。
「……わたしだけ、残っちゃった……」
「……それでも、生きていてくれて良かったよ」
「……バーナード?」
「そうだろう? 生きているからこそ、の命だ」
……そうね、わたしにはまだたっぷりと時間がある。あとで、あの場所に向かってお母さまたちのことを祈ろうと心に決めた。
どのくらい泣いていたのかわからないけれど、目がしょぼしょぼになっているのがわかった。顔を上げると、バーナードの姿がぼやけて見える。
「目が腫れそうだな」
「ハンカチ貸して」
バーナードがハンカチを貸してくれた。わたしはそれを魔法で濡らすと、ベッドに横になり自分の目元に置いた。ひんやりとして気持ちいい。
「俺は出て行ったほうが良いか?」
「ううん、ここにいて」
彷徨うように手を動かすと、バーナードがその手を握ってくれた。人の体温を感じて、なんだかホッとした。バーナードはしばらく、付き合ってくれた。ハンカチは後で返そう。
心が弱っていたからか、ただ傍にいてくれるだけでもありがたかった。ディーンのことも、きっといつも通りに話せると思う。正直、混乱はしているけれど。……なんでわたしのことをしっかり記憶していたかは、後で考えよう。
「……ダラム王国の人たちが、わたしを攫ったのよね」
「そうだ」
「……そっかぁ……」
「神力の強いヤツを狙っていたみたいだな、陛下から聞いた」
強力な結界を張れる人をってことかな……神力の強い人を狙ったのは。……わたし、そんなに神力が強いとは知らなかったからなぁ……。……わたしに神力がなかったら、みんな死なずに済んだのかな……。ネガティブな方向に思考が回ってしまう。
「わたしのせい……」
「それは違うだろ。悪いのは、お前を誘拐し、お前の家族を殺したヤツらだ」
きっぱりとそう言い切った。
「あと、ダラム王国の王族貴族たちはこの国の端のほう――開拓地で労働している。風の噂では、いろいろ揉めているらしいぜ。……それに、あの地は魔物も多いらしいから、怯えながら暮らしているかもしれないな」
……開拓地という名の収容所なのでは……? あの王族と貴族たちだ、罵り合うことはなんとなく想像出来たけど……。そんなことになっていたのか。
「その場所に向かわせるのを決めたのって」
「陛下に決まっているだろう。あいつらにとっては死よりも屈辱的だろうってさ」
「……死んだら終わりだしね……」
ルーカス陛下、かなりお怒りだったもんね。わたしがなにもしなくても、ルーカス陛下が復讐を遂げていた。
王族貴族にとって、その身分が奪われ奴隷のように働かせられることは、確かに屈辱的だろう。ちなみにダラム王国の平民たちはそれぞれ別の街に移り住んだり、王都で商売を始めようとしていたり、中々アグレッシブに生きている。この差はなんなのか……。きっと、今まで抑えて来たものが溢れ出したんだろうなぁ。自分たちを縛るものはもう居ない! って。それでもきっちりと身分証手に入れているみたいだから、本当に逞しい。
「ねえ、バーナード。わたし、行きたいところが増えた」
「増えた?」
「うん。――お母さまたちが、亡くなった場所。祈りたい」
「……陛下の誕生日が過ぎてからな」
「……ありがとう」
行くな、とはいわなかった。バーナードの言葉、あれは行ってもいいという許可だ。ルーカス陛下の誕生日が過ぎたら、あの場所に行って花を捧げよう。お母さまたちに届くように祈ろう。……それでいいよね、『リネット』。
「……ところで、記憶を取り戻したなら、名前どうするんだ?」
「アクアのままでいい。『リネット』が憧れた、明るい性格のままのわたしでいたいから」
「……?」
不思議そうに首を傾げられた。まぁ、そりゃそうだろう。これはわたしの内面の話になるから、バーナードには話さない。
記憶を取り戻したら、自分がどんな風に変化するのかが怖かったけど、……大丈夫。わたしはわたし。そのことに変わりはない。これも、神の思し召しなのかしら。
「そういえば、切られたところとかっ、ナイフ持っていた人はどうなったの!?」
そして自分の記憶と感情の整理と、ディーンの記憶についての話を聞いて混乱していた頭が大分正常に戻り、勢いよく起き上がる。ハンカチがぽとりと落ちて、バーナードが驚いているような顔が見えた。
「お前が神力使ったから、怪我していた人たちはすぐに治ったし、ナイフ持ったヤツは現在城の地下牢」
「……そっか、みんなが無事なら良かった……」
「……アクアはぶっ倒れたけどな?」
それを無事というのか、と問われている気がする……。
わたしが泣き止むまで、バーナードはずっと肩をトントンと叩いてくれていた。妹がいるからか、年下の相手は慣れているようだ。
「……堪えなくて良い、悲しい時も、怖い時も、泣きたい時は泣いたほうが良い」
急に優しくなるのはなんなんだ! そんなことをいわれたら、泣き止むことも出来なくなってしまう。お父さま、お母さま、護衛の騎士たちの顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返し、ただただ悲しさが積み重なる。
わたしが、誰かが目の前で傷つくのがイヤな理由、理解してしまった。
視界が真っ赤になったあの日から、人の生死に関わることが怖かった。落とした命はよみがえらない。それを、あの日理解してしまった。動かなくなる身体、伸ばされた手、耳に残る断末魔。――怖かった、目の前で起こった残酷なことが。
涙が溢れて止まらない。あの時、わたしに回復魔法が使えていたら、未来は違ったのかな。
「……わたしだけ、残っちゃった……」
「……それでも、生きていてくれて良かったよ」
「……バーナード?」
「そうだろう? 生きているからこそ、の命だ」
……そうね、わたしにはまだたっぷりと時間がある。あとで、あの場所に向かってお母さまたちのことを祈ろうと心に決めた。
どのくらい泣いていたのかわからないけれど、目がしょぼしょぼになっているのがわかった。顔を上げると、バーナードの姿がぼやけて見える。
「目が腫れそうだな」
「ハンカチ貸して」
バーナードがハンカチを貸してくれた。わたしはそれを魔法で濡らすと、ベッドに横になり自分の目元に置いた。ひんやりとして気持ちいい。
「俺は出て行ったほうが良いか?」
「ううん、ここにいて」
彷徨うように手を動かすと、バーナードがその手を握ってくれた。人の体温を感じて、なんだかホッとした。バーナードはしばらく、付き合ってくれた。ハンカチは後で返そう。
心が弱っていたからか、ただ傍にいてくれるだけでもありがたかった。ディーンのことも、きっといつも通りに話せると思う。正直、混乱はしているけれど。……なんでわたしのことをしっかり記憶していたかは、後で考えよう。
「……ダラム王国の人たちが、わたしを攫ったのよね」
「そうだ」
「……そっかぁ……」
「神力の強いヤツを狙っていたみたいだな、陛下から聞いた」
強力な結界を張れる人をってことかな……神力の強い人を狙ったのは。……わたし、そんなに神力が強いとは知らなかったからなぁ……。……わたしに神力がなかったら、みんな死なずに済んだのかな……。ネガティブな方向に思考が回ってしまう。
「わたしのせい……」
「それは違うだろ。悪いのは、お前を誘拐し、お前の家族を殺したヤツらだ」
きっぱりとそう言い切った。
「あと、ダラム王国の王族貴族たちはこの国の端のほう――開拓地で労働している。風の噂では、いろいろ揉めているらしいぜ。……それに、あの地は魔物も多いらしいから、怯えながら暮らしているかもしれないな」
……開拓地という名の収容所なのでは……? あの王族と貴族たちだ、罵り合うことはなんとなく想像出来たけど……。そんなことになっていたのか。
「その場所に向かわせるのを決めたのって」
「陛下に決まっているだろう。あいつらにとっては死よりも屈辱的だろうってさ」
「……死んだら終わりだしね……」
ルーカス陛下、かなりお怒りだったもんね。わたしがなにもしなくても、ルーカス陛下が復讐を遂げていた。
王族貴族にとって、その身分が奪われ奴隷のように働かせられることは、確かに屈辱的だろう。ちなみにダラム王国の平民たちはそれぞれ別の街に移り住んだり、王都で商売を始めようとしていたり、中々アグレッシブに生きている。この差はなんなのか……。きっと、今まで抑えて来たものが溢れ出したんだろうなぁ。自分たちを縛るものはもう居ない! って。それでもきっちりと身分証手に入れているみたいだから、本当に逞しい。
「ねえ、バーナード。わたし、行きたいところが増えた」
「増えた?」
「うん。――お母さまたちが、亡くなった場所。祈りたい」
「……陛下の誕生日が過ぎてからな」
「……ありがとう」
行くな、とはいわなかった。バーナードの言葉、あれは行ってもいいという許可だ。ルーカス陛下の誕生日が過ぎたら、あの場所に行って花を捧げよう。お母さまたちに届くように祈ろう。……それでいいよね、『リネット』。
「……ところで、記憶を取り戻したなら、名前どうするんだ?」
「アクアのままでいい。『リネット』が憧れた、明るい性格のままのわたしでいたいから」
「……?」
不思議そうに首を傾げられた。まぁ、そりゃそうだろう。これはわたしの内面の話になるから、バーナードには話さない。
記憶を取り戻したら、自分がどんな風に変化するのかが怖かったけど、……大丈夫。わたしはわたし。そのことに変わりはない。これも、神の思し召しなのかしら。
「そういえば、切られたところとかっ、ナイフ持っていた人はどうなったの!?」
そして自分の記憶と感情の整理と、ディーンの記憶についての話を聞いて混乱していた頭が大分正常に戻り、勢いよく起き上がる。ハンカチがぽとりと落ちて、バーナードが驚いているような顔が見えた。
「お前が神力使ったから、怪我していた人たちはすぐに治ったし、ナイフ持ったヤツは現在城の地下牢」
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