恩を返して欲しいのはこっちのほうだ!

秋月一花

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2章

94話

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 その後は、なんとなくバーナードと他愛のない話をしていた。すると、起き出してきた人たちが礼拝堂にお祈りに来たので、わたしたちは礼拝堂から出て行った。ちゃんと挨拶をしてからね。

「みんな早いなぁ」
「なんせ屋敷の主が早起きだからなぁ」
「別に気にしないのに……」
「気になるのが従者ってもんなの。諦めろ」
「はい」

 ……そうね、みんなわたしに気遣ってくれているのだろう。本当、良い人たちだなぁ。こんな人たちが周りにいるなんて、感謝しかないよね。
 今日はみんなに感謝しながら刺繍を頑張ろう……。そう決意して朝食を食べてから自室に戻った。
 自室に戻って、昨日リリィから教えてもらった通りに刺繍をしてみる。
 バーナードと話したことで、大分自分の考えをまとめることが出来た。ひとりで云々と唸っているよりは、こうして誰かと話したほうが考えをまとめられる気がする。
 刺繍を置いて、ぐーんと背伸びをする。伸びをすると気持ちいい。朝から集中して出来たことにホッとした。

「……それにしても、昨日のディーンは格好良かったね」

 しみじみとそう呟いた。そのおかげなのかはわからないけれど、屋敷の人たちのわたしに対する態度はあまり変わっていない気がする。……レディと呼ばれて嬉しいような、そんな感じじゃないよなわたし、と思うような複雑な乙女心。
 世の中のレディ像ってどんな感じかな。フィロメナみたいな、いかにもな感じかな。
 ノースモア公爵夫人は貴婦人って感じ……。指の先まで気遣って動かしているようなイメージなのよね、どちらにせよ。貴族のように振舞うことは、ダラム王国の神官長に教えられたことがあるけど……。
 聖職者が下品な言動をしますか? と、マナー講座の時にいわれた思い出。……聖職者はそれこそ、神に恥じない行いをしないといけないのよ……うん。……神殿の力を強めるためにステラの力を使ったのは……ええと。
 そもそもどういう状況だったのかも知らないし……これ、絶対関わらないほうがいい案件だよね。好奇心はそこそこで充分なのよ。
 ああ、でも西の地方についてはちょっと気になるな。魔王と共存しているってことだよね。その場合って一体どんな感じなのか……。こっちのほうに魔王がいるなんて聞いたことないし、多分いない。
 ……まだ目覚めていないだけ、かもしれないけれど……。魔王ってどんな人なのだろう? ……そもそも人の姿をしているのかな? そこら辺も気になるところ。
 でも、まずは目の前のことからやらないとね!
 休憩したし、また刺繍がんばるぞー!
 そう意気込んで数時間後、扉のノックの音でハッとした。集中力が途切れなかったようで、びくっと肩を震わせてしまったのは内緒だ。

「はーい!」

 それを誤魔化すように返事をすると、「ちょっと良い?」とディーンの声が聞こえた。

「いいよ、入って!」

 ガチャリと扉が開いて、ディーンが入って来た。トレイも持って来ている。あれ? と思って窓の外を見ると、もう夕日が見えていた。……集中しすぎた。

「昼食の時に来なかったら……。お腹空いてない?」

 わたしが返事をするよりも早く、ぐぅ、とお腹が鳴った。

「こんな時間だからお茶菓子くらいだけど、少しは食べたら?」
「ありがとう、集中していてすっかり忘れていたわ……」

 刺繍道具を片付けると、机の上にお茶とお茶菓子の乗ったトレイを置いた。
 お茶と小さめのマドレーヌ二個。ありがたくいただこう。

「アクア、もしかして一点集中型?」
「かもしれない……。どうも、集中すると周りが見えなくなっちゃうのよね」

 肩をすくめてお茶をひと口。美味しい。……さて、ディーンはこれだけのために来たわけではないよね。じっと彼を見つめると、ディーンは口を開いた。

「スーザンから、明日はどうですか? って連絡が来たよ。アクアの記憶が戻ったことは伝えていないけど……どうする?」
「話すわ」

 断言した。記憶が戻って、お母さまたちのことを思い出せたけど、まだ細かいことはもやに掛かったようにあやふやだ。それに、お母さまの侍女をしていたスーザンなら、わたしが産まれる前のことも――……そう、ステラがなぜお母さまを溺愛していたのかわかるかもしれない。

「……わかった、明日のいつにする?」
「こっちはいつでも大丈夫よ。家庭教師が来るのは明後日だし」
「そうだね。……じゃあ、一応午前中から来てもらおうか」
「そうね、じゃあ……セシリーたちにも伝えておかないと」
「それはオレから伝えておくよ」
「そう? じゃあお願いね」

 ディーンはじっとわたしを見る。わたしが首を傾げると、すっと手を伸ばして頬に触れてきた。目を瞬かせると、すりっと人差し指で目元をなぞる。

「赤くなってる。大丈夫?」
「へ、平気。……ほら、一気に思い出しちゃったから、まだいろいろ追い付いてないみたいなの」

 眉を下げてそういうと、ディーンは「そっか」と小さく呟いて頬から手を離した。

「……そんなに赤かった?」
「……まぁ。思い出したばかりなのに、スーザンからの話を聞いても大丈夫かなって」
「大丈夫だよ。お母さまたちはもうこの世にはいないけれど、ちゃんとわたしの心に残っているもん」
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