恩を返して欲しいのはこっちのほうだ!

秋月一花

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2章

95話

 ディーンはわたしの言葉に、驚いたように目を丸くした。それから、ふっと優しく表情を緩ませると、ぽんっとわたしの頭に手を伸ばして撫でた。

「アクアはいい子だなぁ」
「なにそれ」
「そう思ったから」

 くすくすと笑うディーンに、思わず怪訝そうな視線を向けた。いい子って。わたし十五歳なんですけど? と抗議するように。……でもまぁ、正直善悪の判断って人によって違うから、本当に『いい子』になるのは大変だと思う。
 ――それにわたし、そんなに『いい子』であるとは思ってないし。記憶を取り戻して、最初に感じたのは懐かしさ。そのあと、どうしてお母さまたちが死ななければならなかったのかという疑問と、命を奪っていった人たちへの憎悪。……わたしだって、憎悪くらい感じるって。

「ほら、マドレーヌ食べなよ。美味しいよ」
「ディーンたちも食べたの?」
「うん。っていうかそれお土産。ササとセセから」
「……はい?」

 いつの間にコボルトたちが外に出ていたのか……、あ、違うな。今日の買い物当番がササとセセたちだったのだろう。コボルトの嗅覚によって選ばれたお菓子か。それはとっても美味しいだろうな。
 そう考えてぱくりと食べる。バターたっぷりで濃厚な味。ほんのりオレンジを感じる。……そういえば、コボルトたちって人間たちと同じ食事をしているけれど、大丈夫なのかな。犬にネギを食べさせちゃダメって、誰かがいっていたような気がする。
 ……ああ、でもコボルトって魔物の一種なんだよなぁ……。
 コボルトたちを考えながらもぐもぐ食べていると、ふと元瘴気の森に棲んでいるという魔物たちが気になった。あの森には人に害をなさない魔物がって聞いたし、それは一体どういう魔物なのか……。コボルトたちと一緒に共存しているのだろうか。……後でコボルトたちに会いに行こうっと。……うーん、スーザンのことはともかく、他の用事は全部ルーカス陛下の誕生日が終わってからになりそうね……。

「うん、美味しいマドレーヌね!」
「コボルトたちって食材の見分け方も得意のようだよ。どれが熟れているのか、どれが新鮮なのか、買い物当番の日に教えてくれる」
「想像以上に馴染んでいるわね……」

 正直にいえば、この屋敷に住んでいる人たちが、コボルトたちと仲良くなるのがこんなに早いとは思わなかった。
 もっと時間が掛かるものだと思っていたから、これは予想外だったわ。でも、共存成功例といえるのでは? とも思うから、仲良くなってくれるのは嬉しい。やっぱりみんなあの肉球とモフモフに惹かれるのかしら……?

「コボルト音楽隊も盛り上がっているしね」
「ね!」

 一度体験すれば忘れられないし、また見に行きたくなる。そんな魅力がコボルト音楽隊にはあると思う。うんうんと同意するようにうなずくと、ディーンがわたしの頭から手を離して、目元を細めた。

「そういえば、ルーカス陛下の誕生日プレゼントは間に合いそう?」
「……なんとか……? いや、絶対なんとかする!」
「……ダラム王国では刺繍ってあまりしなかったの?」
「たまーにしていたくらい。なんせ他の仕事量が……仕事量だったから……」

 ……思わず遠い目。あの書類の山を想像するだけでゾッとする。全部こっちに回って来ていたから、やっぱりおかしかったのよ、うん。
 こっちに来てからは仕事に追われることなく……っていうかそもそも仕事してないな、わたし……。……未だにどんな職に就きたいのかよくわからないのよね……。わたしが出来ることって限られているし。……メイドはもう出来ないだろうし! 思えばメイドの仕事も結構楽しかったなぁ……。神殿で聖女として過ごすのも嫌だ。絶対に面倒なことに巻き込まれるのがわかるもん。

「……今のわたし、自由な時間が多くてなぁ……」
「……今までたくさん働いて来たんだから、ゆっくり休むことも大事だよ……」
「もう充分休んだ気がするけどね」

 肩をすくめてそういうと、ディーンがゆっくりと首を左右に振った。

「こっちに来てからだって、コボルトたちの面倒を見たり、外に出た時に怪我人がいたら治したりしていたじゃないか」
「……それは、だって、人助けだもん……」
「悪いと言っているんじゃないよ。でもね、アクアはひとりで頑張りすぎるところがあるから。……神さまからの祝福を、オレたちだって受けたのだから、もう少し頼っていいんだよ」
「……充分頼ってると思うんだけどなぁ?」
「まだまだ!」

 そういって楽しそうに笑うディーンに、わたしはそんなに頼ってないかなぁ? と首を捻った。……頼りまくっていると思うんだけどなぁ。ルーカス陛下には甘えているとも思うし……。うーん、ディーンのいう頼る、ってどこまでのことをいっているのかしらね……?

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