恩を返して欲しいのはこっちのほうだ!

秋月一花

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2章

126話

 目的地について、馬車から降りる。国境付近の駐在所にいた騎士たちは、驚いていたけれど……、わたしたちがここに来た理由を聞いて、哀れむような視線を向けた。その視線を受けて、わたしは眉を下げて微笑む。

「……ちょっと行って来る」
「ひとりで大丈夫?」
「んーっと、じゃあ、バーナード、一緒に来てくれる?」
「ああ、わかった」

 他の人たちには待ってもらった。なんでバーナードを選んだのかって? ……だって、わたしが泣いた時にいたから。

「あのね、バーナード。ちょっと、支えていてくれる……?」
「……ああ」

 わたしたち以外、みんな駐在所で待ってもらうことにしたから、ここにいるのはわたしとバーナードだけだ。記憶を辿るように歩き、――十年前に起きた惨劇の場所へとついた。
……あれから十年も経っているから血痕も残っていない。ただただ、自然が広がっていた。
 そっと、バーナードがわたしの肩に手を置いた。

「お母さま、お父さま、みんな……」

 目を閉じて失った人たちをひとりずつ思い浮かべる。優しかった両親、いつも気に掛けてくれていた護衛たち。――失った人たちは戻らない。
 わたしはようやく、心に隙間があることを自覚した。自覚したくなかったのかもしれない。失った人たちが大切で、大切過ぎて、それを自覚した時――わたしはきっと崩れ落ちてしまうと心の奥底で感じていたのだろう。
 ――でも、でもね。大丈夫。わたしはこうして、崩れ落ちることなく立っていられる。この国で得た、大切な人たちのおかげで。

「――わたしは、大丈夫。……大丈夫じゃない時も、きっとあるだろうけれど……、それでも、みんなが……新しい家族が、居てくれるから。――だから、心配しないで見守っていてね――」

 目を開けて空を見上げる。空に向けて手を伸ばすと、誰かに手を掴まれたような気がした。――そして、ぶわっと風が吹いた。びっくりして思わず目を閉じる。風が弱くなってから目を開けると、一瞬だけど――お母さまたちが微笑んでいる姿が見えた。

『幸せに暮らしなさい、リネット』

 ――そんな声が聞こえた気がして……目頭が熱くなった。目を閉じるとつぅ、と涙が流れた。
 ――わたしはもう充分なくらい、幸せに暮らしているよ――。顔を手で覆って泣いていると、バーナードがわたしの手になにかを触れさせた。柔らかい布。それがなんなのか、わからないわけじゃない。さりげなく渡されたハンカチを使って目元を押さえる。涙で濡れていくハンカチに、後で洗って返さなくては……なんてことを考えていたら落ち着いて来た。

「――どうか、安らかな眠りを――……」

 すぅ、と息を吐いて鎮魂歌レクイエムを歌う。この地で亡くなった人たちへの想いを乗せて――……。
 鎮魂歌を歌い終わると、わたしはトントンとバーナードの手を指で突いた。もう離れてもいいよって合図したつもりだった。バーナードは動かずにただわたしの肩に手を置いたまま黙っていた。

「……バーナード?」

 わたしが声を掛けると、バーナードはハッとしたように肩から手を離した。

「……その歌……」
「鎮魂歌よ。亡くなった人たちに向けての、歌。ここに来たら、歌いたかったの」

 記憶を取り戻した時にも歌ったけれど……、お母さまたちが亡くなった場所でも歌いたかった。空の上で聞いていてくれたら嬉しい。

「鎮魂歌がどうしたの?」
「……いや、どうもしない。……やりたかったことは、終わったか?」
「うん。ありがとう、ワガママに付き合ってもらって」

 わたしが彼を見ながらお礼を伝えると、バーナードは目をぱちぱちと瞬かせて、「それが俺らの仕事だ」と――目元を細めて微笑んだ。

 あまりにも優しく微笑むから驚いた。

「なんだよ、その顔は」
「あ、いや、なんでもないわ」

 咄嗟にそういってしまったけれど、別に伝えても良かったのかもしれない。そんなに優しく微笑むことが出来たのねって。……いや、なんか嫌味っぽいな、これは。いわなくて正解だったわ。

「第一印象はかなり悪かったんだけどなぁ……」
「いきなりどうした」
「いや、お互いに第一印象ってかなり悪かっただろうなぁと思って」
「得体が知れないヤツだったからな」

 初めて会った時のことを思い出して、わたしは肩をすくめる。ディーンの命の恩人なんだけどなぁ、わたし。……なんて、恩着せがましくいうつもりはないけどね!
 誰かが傷ついていたら助けるのがわたしのポリシーだもの。

「……お前は、このまま帝都に戻ってもいいのか?」
「え?」
「襲撃者たちのことがある。お前が帝都に居れば、狙って来るかもしれない」
「……そうね、その可能性は高いでしょうね」

 わたしには全然身に覚えがないけれど、どうやら恨みを買っているらしいし。いや、違うな……恨みじゃないのかもしれない。ただ純粋にわたしが邪魔な人がいるのだろう。それがどんな理由なのかはわからないけれど……。

「……でも、逃げるのはイヤだわ」

 それに、どこに行っても襲い掛かって来る可能性だってある。だったら、帝都に居たほうが動きやすいとも思うのよね。

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