恩を返して欲しいのはこっちのほうだ!

秋月一花

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2章

128話

 わたしとユーニスは先に屋敷へと入った。わたしたちが帰って来たことに気付いたメイドたちが「お帰りなさいませ」と声を掛けてくれたから、「ただいま!」と元気に返事をする。

「外に結構長い間いたから……先にお風呂に入ろうかな」
「ご用意します」
「ユーニスも一緒に入る?」
「あら。ではご一緒します」

 大き目のバスタブがあるお風呂場へ向かう。着替えはメイドたちに用意してもらって、わたしとユーニスはお風呂に入る。……自分が思っていたより疲れていたらしい。
 ……まぁ、あんなこともあったしね。

「髪を洗っても良いですか?」
「え、良いの?」
「はい。一度やってみたかったのです」

 にこやかにそういうユーニスに、それじゃあ、と甘えることにした。
 ユーニスは最初、怖々としながらわたしの髪を洗っていたけれど、段々とコツを掴んできたようで、とても心地の良い洗い方で、思わず目を閉じて微笑む。

「どうですか?」
「とっても気持ちいいわ! ありがとう、ユーニス。お礼にわたしも洗うね!」

 洗ってもらったお礼に、今度はわたしがユーニスの髪を洗うことにした。そういえば、こんな風に誰かの髪を洗うのはわたしも初めてのことだ。自分の髪や身体は洗うけどさ。

「……上手ですね」
「そう?」

 ユーニスの髪を洗っていると、そういわれた。

「自分で髪を洗うことが普通だったからなぁ。痛くない? 大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」

 聞けば、ユーニスは自分で髪を洗ったことがないらしい。生粋の貴族であるユーニスは、幼い頃からメイドたちに髪や身体を洗われていたから、自分でやることはないみたい。

「お嬢さまだぁ……」
「アクアさまも、あの事件が起きなければきっと……」

 そこまでいって、ハッとしたように口を閉ざした。わたしは小さく笑みを浮かべて、彼女の髪の泡を流してからぎゅっと抱き着いた。

「アクアさま?」
「――お母さまたちにね、お別れを告げてきたの。わたしたちのことを見守っていて欲しいって。ちゃんと鎮魂歌レクイエムも歌って来た。……わたし、あの事件のことを調べるわ。でも、そうすることでみんなに迷惑を掛けることになるかもしれない」

 そっとユーニスから離れて、言葉を切る。ユーニスはわたしのほうへ顔を向けて、そっと手を伸ばした。

「……戦うことを、決めたのですね」
「……うん。わたしはわたしの持てる力で、戦おうと思うの。そして、この国の様々なことに関わっていくつもり。……ルーカス兄さまの力にもなりたいし……」

 国と関わることを決めたのは、記憶を取り戻してからだ。今までルーカス陛下にずっしりとのしかかっていたことを、少しだけでも手伝いたいと思ったから。……手伝いになるかは、ちょっと疑問だけど。

「……アクアさま……」

 ユーニスはわたしの名を呼んで、言葉を続けなかった。その代わり、別のことを話題にした。

「バーナード卿となにかありました?」
「へっ!?」

 バーナードのことを聞かれてわたしはびっくりして目を丸くした。そして声が裏返った。

「さっきのおふたりの雰囲気が、いつもと違うような気がして……」

 わたしたちの雰囲気っていつもどんな雰囲気なんだろう。ユーニスと並んで身体を洗う。身体中を泡だらけにしながら、ユーニスの言葉を待つ。

「騎士が増えましたか?」
「ふっ、えた……と言っていいのかな……」

 ディーンは『親愛なる淑女マイ・ディア・レディ』、バーナードは『愛しの君マイ・フェア・レディ』とわたしを呼んだ。ディアとフェアの違いってなに!? って、今ならゆっくり考えられる。さっきは本当に驚いた。
 でも、それを聞くのもなんだか恥ずかしい。

「……よくわからないけど、……ディーンのことは親愛……それこそ身内のような感じがするの。……でも、バーナードはよくわからない」

 ディーンに感じるのは、ルーカス陛下と同じような身内への愛情。セシリーたちに感じるのは、なんとなくだけど、友情のような感じ。……むしろ戦友的な?
 わたしが勝手に思っているだけだけどさ。

「……騎士の誓いはイヤでしたか?」
「え? ううん……。ちょっと……いやかなり驚いたけれど……」

 イヤという気持ちはなかった。ただただ驚きはしたけれど……。それにしても、ユーニスはどっちの騎士の誓いだと思っているんだろう。

「……ねえ、真名マナの誓いって、この国ではどういう意味があるのかな?」
「……真名の誓いを、バーナード卿から受けたのですか?」

 ……首を縦に動かした。泡だらけの身体をお湯で流して、さっぱりしたところでもう一度湯船に浸かる。

「……騎士が行う誓いは、二通りあります。ひとつは、騎士としての忠誠を主に捧げるもの。そして、もうひとつは――騎士として、ただひとりの異性に忠誠を捧げるもの」

 主と異性ってところが違うのかな。真名の誓いって……一体。

「昔はプロポーズにも使われていたのですよ」
「ぷっ、ろ、ぽーず!?」

 ……いやでも、ほら、昔の話だし、バーナードがどういうつもりで真名の誓いをしたのかはわからないけど……。

「あら、大変。のぼせちゃいそうですね」

 ゆらゆらと動く頭を支えながら、そっと湯船から出て行く……というか出してもらった。バスローブを羽織って、わたしの部屋へと向かった。屋敷についた途端、旅の疲れが出たみたいだ。ベッドに横になって、すぐに眠気が襲って来た。
 ――昔、お母さまたちがやってくれたように、ユーニスがそっと、わたしの髪を撫でてくれた気がした。

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