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第三部「魔法使いの掟とソフィラの願い」編

—Grand Ending—

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「じゃあ、行ってくるよ」

 そう軽く告げて、キールは住み慣れた村から旅立った。

 目指すはカーディス王国首都フレースベルグ。見送る面々は本当に大丈夫かと心配顔だったが、たぶん大丈夫と請け負って、彼は道連れとともに村から出発した。

「本当に大丈夫なの、おじさん。路銀はちゃんとある? 地図は持ってるよね」
「心配性だな、ルヴィは。そういうところはルパートさんと似ても似つかない」
「あんなのと一緒にされても困りますー。てか、キールおじさんだって、メーヴェに散々言われてんじゃん」

 キールのお供を仰せつかった少年は、父親によく似た顔を盛大にしかめた。それに軽く笑ったキールの顔には、年相応に笑い皺が刻まれている。そのことを周囲から言われると、自分も歳をとったのだなとしみじみ思う。

 カーディス王国への旅はまず国境の街を越え、その後は街道をに沿って旅を続けていく。特に危険もない旅路であったが、乗合馬車から眺める街並みはキールの記憶を嫌でも刺激する。

 カーディスから離れた日から、もう三十年近い時が流れていた。見慣れた風景などどこにも残っていないはずなのに、首都に近づくにつれ思い出すことが多くなる。かつて存在した幼い日のこと。温かだった光景のことを。

 フレースベルグにたどり着いたキールは、その想いをさらに強くした。ぼんやりと中央広場の噴水を見つめていると、呆れたルヴィが「何か買ってくる」と言い置いて去っていく。

 緑豊かだったこの街は、一度崩壊した後、必死の思いで再生を果たしたらしい。道行く人々の顔には悲壮感もなく、活気ある広場に立つ記念碑だけが、在りし日の傷跡を伝えていた。

 もう、どこにもキールが存在したことを覚えている人はいないだろう。それが何故か不思議と面白くて、かつて魔法使いだった男は噴水の縁に腰掛けた。その目の前を、幼い二人の子供が駆け抜けていく。平和だった。あまりにも穏やかすぎて、なんとなく泣きたくなる。

「おじさん、どうしたの。おなか痛いの?」
「シフ……だ、だめだよ。知らない人に声かけちゃ」

 俯いていると、通り過ぎた子供が戻ってきて顔を覗き込んでくる。黒い髪に黒い瞳の女の子と男の子。顔立ちもよく似ているから双子だろうか。軽く首を傾げて笑いかけて、キールは大丈夫というように手を振ってみせる。

「大丈夫だよ。ただ、ちょっと昔のことを思い出してただけなんだ」
「そうなんだー。おじいちゃん達とおんなじだね! おとなって、むずかしいー」
「だ、だからそういうこと言わないの。ごめんなさい、僕たちもう行きますね」
「そうか、あんまり急いで転ばないようにね」
「ありがとおじさん! ソフィ行こう!」

 女の子がまっすぐに走り抜けていく。男の子は慌ててその後を追う。走り去っていく二人を見送ると、キールはおもむろに立ち上がり周囲を見渡した。

「と、ルヴィはどこに行ったんだろ。そろそろ探しに行ったほうがいいか」

 待っていても戻ってくる気配のない少年に苦笑いして、キールは広場を歩き出す。正面からは三人の男性が歩いてくるが、何やら探している風でキールのそばを通り過ぎていく。

「……というか、あの二人はどこへ行ったのだ。これから食事だというのに、これでは女性陣に何を言われることか」
「大丈夫だろう。どうせ文句を言われるのは俺か息子のどちらかなんだからな。まさかわざわざお前捕まえて、文句を言うわけもないだろう?」
「何を言うか、鍋の騎士よ。お前の妻がどれほど私に敵意を持っているのか、今だに理解できないと言うのかこのアンポンタンが! いい加減その頭の花畑をほうれん草に変えるべきだな」
「まあまあ、二人ともそれくらいにして。鍋の恨みをほうれん草で晴らそうとしない。久しぶりに合えばあったでそれなんだから、父さんたち仲が良すぎて眩しいなぁ」
「そこは……普通に気持ち悪いと言えばいいと思うぞ、子供よ」

 なんだか妙に賑やかな人たちだった。なんとなく聞きいって立ち止まっていると、誰かが袖を引っ張った。

「何やってんのおじさん。いなくならないでよ」
「いや、今探しに行こうとしていたんだよ。別に失踪しようとしてたわけでは」
「あたりまえだろ! 失踪なんかされたら、叫ばなくちゃならないじゃないか。——キールさん、どこですかぁああああああ——!」
「こ、こら本当に叫ぶな。こんな道の往来でっ」

 慌てて周囲を見渡すと、先ほどの三人がこちらを見ていた。愛想笑いをしてなんとなく手を振ると、そのうちの一人——やたら細い男性が、驚いたように声を上げた。

「……キール⁉︎」
「え」

 その反応に、キールも相手をまじまじと見つめ、目を見開く。灰色の髪に、薄い色の瞳。かつて出会った姿とほとんど変わりない彼は、キールと同じくらい目を見開いてこちらを見つめていた。

「キールって、おい。まさか」
「おじさん? あれどちらさま?」

 言葉なんて、何もなかった。本当は謝るべきだったのに、溢れたのは涙ばかりで。お互いに一歩踏み出した瞬間、走り出したのはやはりキールの方だった。

「——イクス……っ、先生!」



 振り返ればいつだって、触れられる場所にいた。
 手を伸ばさなかったのはお互い様でも、今度はきっと間違えない。

 だって、これはまだ長い旅の道の途中。だから何度だって、君に会いに行ける。




 ——Fin
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