12年目の恋物語

真矢すみれ

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12年目の恋物語

7.斎藤の思い

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「だって、しょうがないだろ!? ハルを世界一好きなんだからさ」

 オレの呆れた視線をものともせず、広瀬はぬけぬけと言った。
 目の前の友人、広瀬叶太ははっきり言って変わっている。いや、変わっていると言うのとは、少し違うかも知れない。なんていうか、とにかく一途なのだ。
 四月、入学式の日から、コイツの話は主に女子たちの口から噂になっていた。

「ハルちゃん、幸せだよね~!!」

「うらやましい!」

「わたしも、あんな彼氏欲しいなぁ」

「ムリムリ」

「ええ~。なんでよ~」

 そんな中等部からエスカレーター組の女子たちの言葉。彼女たちは、広瀬って男がいかに、その「ハルちゃん」とか言う女の子に夢中なのかを楽しげに話す。
 毎朝毎夕、ハルちゃんの送り迎えをし(と言っても車から教室までだというが)、ハルちゃんが休むとプリントやら宿題やらを必ず届け、身体が弱いハルちゃんのために小学生の頃から、必ず保健委員に立候補しているらしい。
 入学式のパイプ椅子の上で、そんな話を小耳にはさみ、恋愛とか女の子にはまったく興味のないオレは、ホントか、おい? と思わず、声に出さず突っ込みを入れた。
 一体どんなヤツだと思っていたら、同じクラスだった。だけど、実物の広瀬は思いの外、まっとうな人物だった。明るくて元気なクラスのムードメーカーみたいなヤツ。
 友だち多そう。それが第一印象。実物を見る前に噂を聞いて、どんな軟弱な男だと思っていたので、正直、意外だった。



 そして、なんと、オレの隣の席は、「愛されまくり」の牧村陽菜こと「ハルちゃん」だった。

「十二年間同じクラス。運命だね!」

 中学からの友人らしい女子にからかわれて、牧村は、

「すごい偶然だよね?」

 と穏やかな笑顔で返していた。
 大きな目。柔らかそうな長い髪。色白で、ほっそりした身体つき。確かに、守られるのが似合っている、線の細い感じの美少女だった。

「でかいなー。身長、何センチ?」

 ウワサの王子様、広瀬から気さくに声をかけられ、「百八十一」と答えると、すごく羨ましがられた。
 そう言う広瀬は、現在、百七十八で、まだ伸びているらしい。身長もだが、オレのがっしりした身体つきも羨ましいらしく、やたら褒められた。
 褒められて悪い気はしない。現金にも、オレは、いいヤツじゃん、とか思ったりした。
 中学の頃の部活を聞かれてバスケと答えると、広瀬は自分はやってないけどNBAは好きで、中継は全部見ていると言うので、また盛り上がった。
 どんな軟弱男かと思ったら、小学生の頃から空手をやっていると言うし、噂で持ったイメージとは全然違うと、印象を一変させた。
 しかし、最後に出た言葉は、

「ハルをよろしくね」

 で、結局はオレは苦笑する羽目になった。



 数日後、広瀬が保険委員に立候補すると、クラスが沸いた。
 入学からたった数日。なのに、もう、広瀬と牧村は誰もが知るところの公認カップルとなっていた。
 そして、入学間もないというのに、その日、牧村は欠席。

「ハルちゃん、身体弱くて、しょっちゅうお休みなの」

 と斜め前の席の女子が教えてくれた。

「病弱なお姫様を守る騎士ナイトが叶太くん。萌えるでしょ~」

 その子はウットリと言ったが、オレには、その気持ちはさっぱり分からなかった。



 広瀬と牧村。
 GW前くらいまでは、普通に仲が良かった。
 公然とイチャイチャしたりはしないけど、長年の公認カップルと言われるのが相応しい落ち着いた空気を醸し出していた。
 今は微妙な広瀬も、その頃は、ずっと余裕があった。

 GWに入る直前。
 今思えば、あれが最初かも、と思う出来事があった。
 授業中、牧村が、斜め前方に座る広瀬の背中をじっと見ているのだ。付き合っているなら、彼氏の背中を見つめるのは普通かも知れない。
 だけど、牧村は、まるで今にも泣き出しそうな、苦しそうな表情だから驚いた。
 もしかして……。

「大丈夫? 具合悪い?」

 思わず声をかけると、牧村は驚いたような顔をして、左右に首を振った。
 それからだ。牧村が明らかに広瀬を避け、二人の間がギクシャクし始めたのは。
 そして、ここ一週間ほど、広瀬が、オレに「どうすればいいと思う?」と聞いてくる。
 オレに聞くなと言っても、広瀬は一時間も経てば忘れて、また聞いてくる。
 広瀬が焦っているのは分かる。広瀬がハルちゃんを大好きなのも、大切に思っているのも分かる。だけど、どうすればいいかなんてオレに分かるはずがない。

「もっと、恋愛経験豊富なヤツに聞けよ」

 広瀬は顔が広い。幼稚部から杜蔵学園だってだけじゃなく、多分、人付き合いがうまいんだ。

「いくらでも友だち、いるだろ?」

「だって、こんな話したらぜってー笑われるし、下手したら、次の日には学校中のネタになってるだろうし」

 ……なるほど。

「まあ、学校公認カップル破局って言えば、確かにネタとしては面白いな」

 広瀬は傷ついたような、情けない顔をした。

「斎藤まで、それ言う?」

 高校に入ってできた最初の友だち。
 広瀬はいいヤツだ。ハルちゃん命なところは、若干バカっぽいが、それもまた愛嬌だとも思う。
 それにハルちゃんが一番だけど、それ以外の友だちもちゃんと大事にしている。そして、すこぶる面倒見がいい。オレだって何度も世話になった。先生たちの裏情報を教えてもらったり、教科書を忘れた日には他のクラスの人を紹介してくれたり。
 だから、力になりたいと思わないでもない。だけど、人には向き不向きがある。
 オレは女の子には本当に興味がないのだ。いや、人として付き合うなら、男だ女だって別に差別する気はない。
 ただ、女の子と付き合ったりすることに、興味がないんだ。何をどうすればいいかと聞かれたって、見当も付かないというのが正直な感想だった。



 二人の仲が、すっかりおかしくなって一ヶ月ほど経った六月頭。
 相変わらず広瀬は足掻きまくり、オレはひたすら、『話だけなら聞く』という姿勢。
 昼休みの弁当はすっかり、広瀬と二人、プラス、普段は学食組の数名と食べるようになった。
 牧村は寺本志穂のグループに行ってしまって久しい。さすがに、そろそろおかしいと思うヤツもいるようだ。
 が、送り迎えも変わらず続いているし、ハルちゃんだって女友だちも欲しいよね、くらいに思われているらしい。
 さすがは、長年の公認カップル。
 広瀬が、今日はハルにこんな冷たくされた、あんなこと言われた、とイチイチ報告して、オレが「はいはい」と聞き流すのも、既に日課と化していた。
 まるで、どっかで読んだようなシチュエーション。
 思い出して、思わず吹き出した。

 そう!
 昔、何かのマンガで読んだ熱烈な片思い。ホント、どの辺が学校公認カップル?

 授業中に思い出して吹き出したもんだから、隣の牧村が、

「どうしたの?」

 と、不思議そうに聞いてきた。
 その時の授業は、かなりヨボヨボのおじいさん先生が担当する数学。
 ひたすら教科書を読み、練習問題になると決まった法則で誰かを当てる。
 だから、オレは気がゆるんでいたのだと思う。
 くすくす笑いを引っ込めると、つい牧村に聞いてしまったのだ。

「なんで、広瀬に冷たくするの?」

 しまった。
 オレの台詞に表情をなくした牧村を見て、すぐに後悔した。そんなことを聞くつもりはなかった。なのに、つい。

「ごめん!」

 覆水盆に返らず。
 言った言葉はどうやっても取り返せない。だけど、謝ることならできる。後悔は持ち越さない。オレは自らの主義に従って素直に謝った。

「オレが口を挟むようなことじゃ、ないよな」

 牧村は小さく左右に首を振った。今にも泣き出しそうに表情に罪悪感が募る。

「本当に、ごめん!」

 オレが再度謝ると、牧村は授業中の静かな教室でもなきゃ、聞き逃しそうな小さな声で言った。

「……わたしが悪いんだし」

 わたしが悪い? ……なんで?
 もしかして、オレは馬鹿なんだろうか?
 どう考えても、牧村の台詞の意図を読むことができなかった。
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