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第1話
「お腹をすかせた狼さんと、一人ぼっちの子兎さん」その1
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注意書き:ナレーションのお姉さま(または、お兄さま)になりきって、
だんだんテンションを上げながら、お読み下さい。
ここは、空から見るとイチゴ形したイースト・ストロベリーというクニの、空から見たら、シュークリーム形をした、シュ・ア・ラ・クレムの森の南南西にあるお池、通称『森のお池(まんまですね)』です(ながっ)。
春も近づいた三月の、あるうららかな木曜日。
青い毛並みの狼を人間にしてみて、耳と尻尾を生やしたらこんな感じかな?
という感じの平々凡々なひとりの青年、すなわち、男オオカミが釣りをしており、彼はふと、こんなことを考えました。
(腹、減ったな)
わけもなく考えたわけじゃありません。本当にお腹がすいたから考えたのです。
というわけで男オオカミは考えました。晩メシのことを。
(久々に……ウサギが食いたい)
兎ではなく、ウサギ。
しっかり発達した後ろ足で元気に跳ねまわる兎ではなく、どちらかというと未発達。ちょこちょこしていて、できれば小さいの。
そう!
一口で『あーんぐり』、いけるやつ。
首をちょいとつかんで、インマウス。口いっぱいそいつをほおばって、もごもごと味わう。で、ばりばり骨ごとかみ砕きながら、血と肉と骨、三つが奏でるシンフォニーを楽しむ……考えただけでよだれが出そうです。で、考えると余計にお腹がすいてきました。
お池に垂らしたうきには、何の変化もございやせん。あいかわらず、ぷっくりぷっくり浮いたままです。というかウサギのことが頭に浮かんだ今となってはバカらしくて、まぬけなお魚なんぞ、とてもとても待ってはいられません。
(やっぱ、ウサギウサギ、ウサちゃんだよ!)
思うが早いか、男オオカミは釣竿を放り出しました。
一方、そのころ。
『森のお池』から、ちょっと北北東にあがって、ちょこっと横道にそれたところ。
番地はありませんが、とにかくそういう感じの場所に、ちょっと平べったい形の、茶色の屋根に白い壁のお家が一軒ありまして。
そこには、白い毛並みの雌狼を人間にしてみたらこんな感じかな?
という、まあまあ美人の女性、すなわち、女オオカミがおりまして、彼女はいま、こんなことを考えておりました。
(お腹すいたのよねえ)
わけもなく考えたわけじゃありません。
本当にお腹がすいたから、そう考えたのです。
ただ、前述の男オオカミとは違い、こちらはとっても居心地のいいお家の中で考えていました。
ぴかぴかに磨かれたテーブル。
白い陶器の花瓶に生けられているのは、ピンクのバラ。
BGMにはヴィヴァルディの春が流れていそうな、お掃除の行き届いたお部屋で、バラの香りに優雅に包まれながら、女おおかみは考え続けます。
(ミートパイもあるし、ケーキも焼いた。食べ物ならたくさんある……)
しかぁし! いま食べたいものは、そんなものではぬあああい!
それはなにかと尋ねたら。
あ、ウサちゃんウサちゃん、ウサちゃんちゃん♪
そう、ずばりウサギさんです。
兎ではなく、ウサギ。
しっかり発達した後ろ足で元気に……ん? これ、どっかでやった?
ま、いっか。童話に反復はつきものですしね(『これ、童話じゃねーよ』というつっこみは、一切受け付けておりません。あしからずご了承下さい)。
話がそれましたが、そう、とにかく、ウサギなんです。
貯蔵された食料がなんだ! ベジタブルライフがどうした!
狼たるもの、肉を食べなくては!
思い立ったが吉日(?)。
女おおかみは、ご近所に住む女の子うさぎのお家に向かいましたとさ。
めでたしめでたし。
※まだまだ続きます。ここで読むのやめるとか、絶対にやめて下さいね。
むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんはいなくて。お父さんお母さんもいなくて。あと兄弟とかイトコとかハトコとか、あげくにおともだちもいない、とーっても善良な男の子ウサギがおりましたとさ(ここまでをワンブレスでどうぞ)。ちなみに身長は105.5センチ。体重は17.8キロ。鳴き声は「キッ」(ウサギってじつは鳴くんですよ。怖いときや、興奮したときなんかに)
というわけで(何がというわけかは置いといて)今日も男の子ウサギはキッキッと鳴きながら、ひとり忙しく家事をこなしておりました。
その時です!
――コンコン。
男の子ウサギは、お耳をぴくぴくさせました。
手を止めて、じっとドアを見つめます。
――コンコン。
空耳ではないようです。
男の子ウサギは左耳を折って、短くて肉づきのいい腕を、むりやり腕組みして(男の子ウサギは、これがかっこいいと思ってるんです)考えました。
男の子ウサギには、おじいさんもおばあさんも、お父さんもお母さんもいません。兄弟はおろか、イトコもハトコもおりません。
では、いまドアを叩いているのはお友だち?
いいえ、男の子ウサギはおともだちもいない、He is lonely guy(やたらいい発音でどうぞ)、寂しいやつなのです。
では、いまドアを叩いているのは誰なのでしょう?
「子ウサギさん、子ウサギさん、開けてくださいな。おともだちのオオカミさんですよ」
おーっと、いきなり正体ばらした!
オオカミさん、いくらメシがドアの向こうにいるからって、これはバカすぎ! これでドアを開ける大バカ野郎はおりません!
「キッ!」
おおーっと、開けちゃった、開けちゃったよ、バカ子ウサギ!
でもいいんですよ。
全ての童話は『それやっちゃう?』と思わず叫びたくなる、どーしよーもないアホな行動から始まるんですから。
アホ・イズ・賢さのタネ!
でも、食われちゃったら話だけじゃなく人生の終わりですけどね!
さ、オオカミさあん? どうする? どうしちゃう? いきなりいっちゃう?
よし! ここは男らしく食いついてみろ!
作者(と書いてオレ)と推定十万人の読者が許す!
「あ、こ、こんにちは……」
……あれ? なに? なに戸惑っちゃってんの?
(いきなりドア開けると思わなかった。某七匹の子ヤギとか、某赤ずきんばりの罠のバリエーションをいろいろ考えてたのに……)
なるほど! 女が落ちた事実より、どう落とすかが、プロの腕の見せ所!
口説いてすぐ落ちる女はつまらない!
わかります。よーく、わかります。
でも、よく考えてみてください。
相手は女じゃなく、今夜のディナーですよ?
そんなのん気なことしてたら、飢え死にしちゃいますよ。
さて、男オオカミのがっくりはとにかく、男の子ウサギは初めてのおともだちに、いささか緊張気味。ちっちゃくてふっくらした指を、もじもじもじもじ、させております。そしておもむろに男オオカミを見上げ、鳴きました。
「キッ」
かわいいです。
身長は男オオカミの腰くらい。髪と目は黒く、肌は雪のように白く。でも、ほっぺはふっくらリンゴ色。シャツとベストを着込んだ体は体脂肪に膨らんでいます。
わかりやすく言うなら、むっちむち?
そして、おいしそう。
男オオカミ、ラブ、ずっきゅん。
(かわいい、かわいい!)
つぶらな黒い瞳で男オオカミを見上げる男の子ウサギは、まさしく天使です。
ウサギなのに天使です。羽が生えてお空に飛んでちゃっても、ぜんっぜんっ! 不思議じゃありません!
いやむしろ飛んでけーっ! て感じです。
(食う! 絶対食う!)
男オオカミはこぶしを固めました。
さあ! 楽しいお食事の時間です!
あんまり残酷な場面はあれなんで、一気にいっちゃいましょう!
「キッ」
ん? 男の子ウサギ、男オオカミの手を取りました。何をするつもりかな?
「キッ、キッ」
手に手をとって向かう先には、小さなお家には不釣合いの大きなテーブル(一枚板なので、ちょっと高級な匂いがします)。
にしても、妙な場所に置いてありますねえ! 扉の真ん前ですよ。
(なんで?)
内心首を傾げる男オオカミに構わず、男の子ウサギは椅子を引いて、男オオカミに座るよう、うながしました。
どうやら、お客さんとしておもてなしをしてくれるようです。
(いや、どんな真心こもった料理より、お前が食いたい)
不自然なテーブルもなんのその。
男オオカミ、客としてあるまじきことを考えております。
さすがオオカミ。童話の中でいつも悪役として登場するだけありますね。
さて、超不純な男オオカミと違い、純真無垢度500%(当社比)の男の子ウサギ、テーブルセットをセッティング。いそいそと食事の準備を始めます。不自然な場所に置かれたテーブルの下をくぐり(男オオカミ、思わずテーブル下をのぞき込みました)、うんしょうんしょ。あっ、ドア内開きですか――奥の扉を開きます。
「……」
この沈黙、色々な意味でたまりませんねえ。
手持ち無沙汰の男オオカミ。ちょっと指遊びなんかしちゃったりして。
「……」
ちょっと天井を見上げてみたりして。
(……オレさー……)
ちょっと遠い目で、心の中で人生を語ってみちゃったりして。
有意義な休日を過ごせないのと同様、無駄に過ごしている時間て、あっという間に過ぎますね。
やがて、うんしょうんしょと再びはい出てきた男の子ウサギ。その手にはお盆があって、さらにそこに乗っていたものは、なんと! いえ、なんてこたない、キュウリとニンジンのサラダです。……盛り付け、綺麗です。ウ……ヤンキー座り(難しい言葉では蹲踞(そんきょ)と言います)で、歩いて来たんでしょうか? だとしたら大した平衡感覚と筋肉です。
幼児にしてこの強靭な肉体、恐るべし!
さらに男の子ウサギ。続いてスープを運んで参りました。その名はポタージュ。 いいですね。私も大好きです。いいですねえ、フルコース。
男オオカミは出される料理と男の子ウサギを交互に見つめております。
メインには、ぜひ、男の子ウサギ自身にお皿に乗っていただきたいところ。
しかし、ここはおとなしく出されたものに手をつけておきましょう。
食べ物を残すなんて、罰当たりもいいところですからね!
さて、いよいよお待ちかねのメインです!
台所からは、肉を焼く香ばしい匂いが……。
(ん?)
男オオカミは考えました。
(なんで肉の匂い……?)
ウサギは確か草食のはず……。
しかし、男オオカミの鼻にまちがいはありません。
これは、まちがいなく鶏肉。しかも丸焼きと見た!
果たして男の子ウサギが銀のお盆に乗せて持って来たものは――。
(よし! オレの嗅覚にまちがいはなかった!)
男オオカミ、ガッツポーズ! ……クイズじゃないんですけどね。
「キッ!」
さ、召し上がれ。
男の子ウサギ、満面の笑顔でそう仰っておられるようです。
男オオカミは仕方なくナイフとフォークを手に取りました。
鶏……。
丸焼き。
油てっかてーか。とってもおいしそうです。
もちろん、普段ならウェルカム。大大大歓迎です。
しかし。
(こんだけうまそうなウサギを目の前にしてな……)
これに手をつけてしまったら、お腹がふくらむことは避けられません。
お腹がふくらんでしまったら、せっかくのご馳走(もちろん、男の子ウサギのことですよ)を心ゆくまで楽しむことができなくなってしまいます。
男オオカミの心は揺れます。
鶏の丸焼き。
男の子ウサギ。
あっちにしようか、こっちにしようか、二股かけてる男のようです。
いや実際、二股野郎です。
だって本音を言えば、どっちも食べたいんですものね。
男オオカミはナイフとフォークを手にしたまま、固まってしまいました。
「キッ?」
一方、男オオカミの揺れる天秤いざ知らず、男の子ウサギはだんだん不安になってきました。
――どうしよう? お料理が気にいらないのかな?
男の子ウサギに全然、これっぽちも覚えはありませんが、彼は自称“おともだち”です。責任を持ってもてなさなければなりません。
男の子ウサギは、おそるおそる尋ねてみました。
「キッ?」
男オオカミ、はっと現実に戻ってまいりました。
天秤はいまだ揺れ続けていますが、ここで男の子ウサギの不興を買うわけにはいきません。
かたわらで不安げに自分を見上げるご馳走、もとい、男の子ウサギに、あわてて尋ねます。
「ご、ごめん、何だって?」
「キッ!」
男オオカミ、目をぱちくり。尻尾ふりふり、耳傾げ。
――残念! わかりません!!
この森に生息する動物は、大別して二種類。
一生動物の姿のままの四本足族と、ヒトの姿にもなれる二本足族。
二本足族は七歳を過ぎるまでヒト語を話すことができません。同じ兎族ならわかるんでしょうが、男オオカミは他の種族の言葉を話せません。
無駄に字をたくさん使って説明しました。
ようやく結論。
つまり、やっぱり、わからない。
「キッ、キッ!」
男の子ウサギは男オオカミが首を傾げている間も、必死で何かを訴えております。
男オオカミ、おろおろしながらどうにかコミュニケーションをとろうとします。
「え、え、えーっと……」
しかし、おろおろするだけで何もできません。
ふいに、男の子ウサギの目に涙が浮かびました。
「キ、キィ……」
小さな両肩を震わせ、男の子ウサギはしくしく泣き始めます。
男オオカミは青いお耳をぴくぴく、同じ色の尻尾をふりふり。
すっかり困ってしまいました。
(あー、どうすりゃ泣き止んでくれるんだよ)
……食べるなら、いい感じで塩加減が加わっている今だと思いますが。
(参ったな。おれ、泣いてるガキは苦手なんだよ……)
まるで子どもを預かった近所のお兄さんみたいなことを考えております。
あのー、オオカミさん、オオカミさん、ちょっと待ってください。
(とりあえず、ここは抱っこか?)
だから聞けや、おい。
食うんだろ?
そこは『泣いてもわめいても誰も来ねーぞ。ヘッヘッヘッ』とか言いながら、ぱくっといっとくべきところだろーが!
「ほーら、高い高ーい」
悪役になりきれない男オオカミ、泣く幼児に完敗。高い高いです。
と、男の子ウサギの涙がぴたりと止まりました。
どうやらこの行動は正解だったようです。
男オオカミ、ひきつった笑顔ながらも、内心では胸をなで下ろしております。
「キィ……」
おや? 男の子ウサギの瞳に、再び涙が……。
「キッ!」
男の子ウサギ、男オオカミの首っ玉にかじりつきます。
内心、こう叫んでおります。
(お父さん!)
どうやら、男の子ウサギ、お父さんのことを思い出した模様。
ああ、懐かしいお父さん!
買い物に行くと行って、二度とは戻らなかったお父さん!
男の子ウサギはお父さんを思い出しながら、男オオカミの首にしがみつき、すりすりとほほをすりつけます。
一方、困ったのは男オオカミ。
だって食べるはずだった獲物を高い高いしたあげく、こんなふうに抱きつかれてすりすり懐かれちゃあ……ねえ?
男オオカミの戸惑い、いざ知らず。
男の子ウサギは甘えることに夢中です。
だってだって、ちっちゃいんだもん! ずっと誰かに甘えたかったんだもん!
(と、とにかく……)
立派な体にノミの心臓の男オオカミは、くらくらしながら思いました。
(食べるのは……後にしよう)
――けっ、チキンが!
だんだんテンションを上げながら、お読み下さい。
ここは、空から見るとイチゴ形したイースト・ストロベリーというクニの、空から見たら、シュークリーム形をした、シュ・ア・ラ・クレムの森の南南西にあるお池、通称『森のお池(まんまですね)』です(ながっ)。
春も近づいた三月の、あるうららかな木曜日。
青い毛並みの狼を人間にしてみて、耳と尻尾を生やしたらこんな感じかな?
という感じの平々凡々なひとりの青年、すなわち、男オオカミが釣りをしており、彼はふと、こんなことを考えました。
(腹、減ったな)
わけもなく考えたわけじゃありません。本当にお腹がすいたから考えたのです。
というわけで男オオカミは考えました。晩メシのことを。
(久々に……ウサギが食いたい)
兎ではなく、ウサギ。
しっかり発達した後ろ足で元気に跳ねまわる兎ではなく、どちらかというと未発達。ちょこちょこしていて、できれば小さいの。
そう!
一口で『あーんぐり』、いけるやつ。
首をちょいとつかんで、インマウス。口いっぱいそいつをほおばって、もごもごと味わう。で、ばりばり骨ごとかみ砕きながら、血と肉と骨、三つが奏でるシンフォニーを楽しむ……考えただけでよだれが出そうです。で、考えると余計にお腹がすいてきました。
お池に垂らしたうきには、何の変化もございやせん。あいかわらず、ぷっくりぷっくり浮いたままです。というかウサギのことが頭に浮かんだ今となってはバカらしくて、まぬけなお魚なんぞ、とてもとても待ってはいられません。
(やっぱ、ウサギウサギ、ウサちゃんだよ!)
思うが早いか、男オオカミは釣竿を放り出しました。
一方、そのころ。
『森のお池』から、ちょっと北北東にあがって、ちょこっと横道にそれたところ。
番地はありませんが、とにかくそういう感じの場所に、ちょっと平べったい形の、茶色の屋根に白い壁のお家が一軒ありまして。
そこには、白い毛並みの雌狼を人間にしてみたらこんな感じかな?
という、まあまあ美人の女性、すなわち、女オオカミがおりまして、彼女はいま、こんなことを考えておりました。
(お腹すいたのよねえ)
わけもなく考えたわけじゃありません。
本当にお腹がすいたから、そう考えたのです。
ただ、前述の男オオカミとは違い、こちらはとっても居心地のいいお家の中で考えていました。
ぴかぴかに磨かれたテーブル。
白い陶器の花瓶に生けられているのは、ピンクのバラ。
BGMにはヴィヴァルディの春が流れていそうな、お掃除の行き届いたお部屋で、バラの香りに優雅に包まれながら、女おおかみは考え続けます。
(ミートパイもあるし、ケーキも焼いた。食べ物ならたくさんある……)
しかぁし! いま食べたいものは、そんなものではぬあああい!
それはなにかと尋ねたら。
あ、ウサちゃんウサちゃん、ウサちゃんちゃん♪
そう、ずばりウサギさんです。
兎ではなく、ウサギ。
しっかり発達した後ろ足で元気に……ん? これ、どっかでやった?
ま、いっか。童話に反復はつきものですしね(『これ、童話じゃねーよ』というつっこみは、一切受け付けておりません。あしからずご了承下さい)。
話がそれましたが、そう、とにかく、ウサギなんです。
貯蔵された食料がなんだ! ベジタブルライフがどうした!
狼たるもの、肉を食べなくては!
思い立ったが吉日(?)。
女おおかみは、ご近所に住む女の子うさぎのお家に向かいましたとさ。
めでたしめでたし。
※まだまだ続きます。ここで読むのやめるとか、絶対にやめて下さいね。
むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんはいなくて。お父さんお母さんもいなくて。あと兄弟とかイトコとかハトコとか、あげくにおともだちもいない、とーっても善良な男の子ウサギがおりましたとさ(ここまでをワンブレスでどうぞ)。ちなみに身長は105.5センチ。体重は17.8キロ。鳴き声は「キッ」(ウサギってじつは鳴くんですよ。怖いときや、興奮したときなんかに)
というわけで(何がというわけかは置いといて)今日も男の子ウサギはキッキッと鳴きながら、ひとり忙しく家事をこなしておりました。
その時です!
――コンコン。
男の子ウサギは、お耳をぴくぴくさせました。
手を止めて、じっとドアを見つめます。
――コンコン。
空耳ではないようです。
男の子ウサギは左耳を折って、短くて肉づきのいい腕を、むりやり腕組みして(男の子ウサギは、これがかっこいいと思ってるんです)考えました。
男の子ウサギには、おじいさんもおばあさんも、お父さんもお母さんもいません。兄弟はおろか、イトコもハトコもおりません。
では、いまドアを叩いているのはお友だち?
いいえ、男の子ウサギはおともだちもいない、He is lonely guy(やたらいい発音でどうぞ)、寂しいやつなのです。
では、いまドアを叩いているのは誰なのでしょう?
「子ウサギさん、子ウサギさん、開けてくださいな。おともだちのオオカミさんですよ」
おーっと、いきなり正体ばらした!
オオカミさん、いくらメシがドアの向こうにいるからって、これはバカすぎ! これでドアを開ける大バカ野郎はおりません!
「キッ!」
おおーっと、開けちゃった、開けちゃったよ、バカ子ウサギ!
でもいいんですよ。
全ての童話は『それやっちゃう?』と思わず叫びたくなる、どーしよーもないアホな行動から始まるんですから。
アホ・イズ・賢さのタネ!
でも、食われちゃったら話だけじゃなく人生の終わりですけどね!
さ、オオカミさあん? どうする? どうしちゃう? いきなりいっちゃう?
よし! ここは男らしく食いついてみろ!
作者(と書いてオレ)と推定十万人の読者が許す!
「あ、こ、こんにちは……」
……あれ? なに? なに戸惑っちゃってんの?
(いきなりドア開けると思わなかった。某七匹の子ヤギとか、某赤ずきんばりの罠のバリエーションをいろいろ考えてたのに……)
なるほど! 女が落ちた事実より、どう落とすかが、プロの腕の見せ所!
口説いてすぐ落ちる女はつまらない!
わかります。よーく、わかります。
でも、よく考えてみてください。
相手は女じゃなく、今夜のディナーですよ?
そんなのん気なことしてたら、飢え死にしちゃいますよ。
さて、男オオカミのがっくりはとにかく、男の子ウサギは初めてのおともだちに、いささか緊張気味。ちっちゃくてふっくらした指を、もじもじもじもじ、させております。そしておもむろに男オオカミを見上げ、鳴きました。
「キッ」
かわいいです。
身長は男オオカミの腰くらい。髪と目は黒く、肌は雪のように白く。でも、ほっぺはふっくらリンゴ色。シャツとベストを着込んだ体は体脂肪に膨らんでいます。
わかりやすく言うなら、むっちむち?
そして、おいしそう。
男オオカミ、ラブ、ずっきゅん。
(かわいい、かわいい!)
つぶらな黒い瞳で男オオカミを見上げる男の子ウサギは、まさしく天使です。
ウサギなのに天使です。羽が生えてお空に飛んでちゃっても、ぜんっぜんっ! 不思議じゃありません!
いやむしろ飛んでけーっ! て感じです。
(食う! 絶対食う!)
男オオカミはこぶしを固めました。
さあ! 楽しいお食事の時間です!
あんまり残酷な場面はあれなんで、一気にいっちゃいましょう!
「キッ」
ん? 男の子ウサギ、男オオカミの手を取りました。何をするつもりかな?
「キッ、キッ」
手に手をとって向かう先には、小さなお家には不釣合いの大きなテーブル(一枚板なので、ちょっと高級な匂いがします)。
にしても、妙な場所に置いてありますねえ! 扉の真ん前ですよ。
(なんで?)
内心首を傾げる男オオカミに構わず、男の子ウサギは椅子を引いて、男オオカミに座るよう、うながしました。
どうやら、お客さんとしておもてなしをしてくれるようです。
(いや、どんな真心こもった料理より、お前が食いたい)
不自然なテーブルもなんのその。
男オオカミ、客としてあるまじきことを考えております。
さすがオオカミ。童話の中でいつも悪役として登場するだけありますね。
さて、超不純な男オオカミと違い、純真無垢度500%(当社比)の男の子ウサギ、テーブルセットをセッティング。いそいそと食事の準備を始めます。不自然な場所に置かれたテーブルの下をくぐり(男オオカミ、思わずテーブル下をのぞき込みました)、うんしょうんしょ。あっ、ドア内開きですか――奥の扉を開きます。
「……」
この沈黙、色々な意味でたまりませんねえ。
手持ち無沙汰の男オオカミ。ちょっと指遊びなんかしちゃったりして。
「……」
ちょっと天井を見上げてみたりして。
(……オレさー……)
ちょっと遠い目で、心の中で人生を語ってみちゃったりして。
有意義な休日を過ごせないのと同様、無駄に過ごしている時間て、あっという間に過ぎますね。
やがて、うんしょうんしょと再びはい出てきた男の子ウサギ。その手にはお盆があって、さらにそこに乗っていたものは、なんと! いえ、なんてこたない、キュウリとニンジンのサラダです。……盛り付け、綺麗です。ウ……ヤンキー座り(難しい言葉では蹲踞(そんきょ)と言います)で、歩いて来たんでしょうか? だとしたら大した平衡感覚と筋肉です。
幼児にしてこの強靭な肉体、恐るべし!
さらに男の子ウサギ。続いてスープを運んで参りました。その名はポタージュ。 いいですね。私も大好きです。いいですねえ、フルコース。
男オオカミは出される料理と男の子ウサギを交互に見つめております。
メインには、ぜひ、男の子ウサギ自身にお皿に乗っていただきたいところ。
しかし、ここはおとなしく出されたものに手をつけておきましょう。
食べ物を残すなんて、罰当たりもいいところですからね!
さて、いよいよお待ちかねのメインです!
台所からは、肉を焼く香ばしい匂いが……。
(ん?)
男オオカミは考えました。
(なんで肉の匂い……?)
ウサギは確か草食のはず……。
しかし、男オオカミの鼻にまちがいはありません。
これは、まちがいなく鶏肉。しかも丸焼きと見た!
果たして男の子ウサギが銀のお盆に乗せて持って来たものは――。
(よし! オレの嗅覚にまちがいはなかった!)
男オオカミ、ガッツポーズ! ……クイズじゃないんですけどね。
「キッ!」
さ、召し上がれ。
男の子ウサギ、満面の笑顔でそう仰っておられるようです。
男オオカミは仕方なくナイフとフォークを手に取りました。
鶏……。
丸焼き。
油てっかてーか。とってもおいしそうです。
もちろん、普段ならウェルカム。大大大歓迎です。
しかし。
(こんだけうまそうなウサギを目の前にしてな……)
これに手をつけてしまったら、お腹がふくらむことは避けられません。
お腹がふくらんでしまったら、せっかくのご馳走(もちろん、男の子ウサギのことですよ)を心ゆくまで楽しむことができなくなってしまいます。
男オオカミの心は揺れます。
鶏の丸焼き。
男の子ウサギ。
あっちにしようか、こっちにしようか、二股かけてる男のようです。
いや実際、二股野郎です。
だって本音を言えば、どっちも食べたいんですものね。
男オオカミはナイフとフォークを手にしたまま、固まってしまいました。
「キッ?」
一方、男オオカミの揺れる天秤いざ知らず、男の子ウサギはだんだん不安になってきました。
――どうしよう? お料理が気にいらないのかな?
男の子ウサギに全然、これっぽちも覚えはありませんが、彼は自称“おともだち”です。責任を持ってもてなさなければなりません。
男の子ウサギは、おそるおそる尋ねてみました。
「キッ?」
男オオカミ、はっと現実に戻ってまいりました。
天秤はいまだ揺れ続けていますが、ここで男の子ウサギの不興を買うわけにはいきません。
かたわらで不安げに自分を見上げるご馳走、もとい、男の子ウサギに、あわてて尋ねます。
「ご、ごめん、何だって?」
「キッ!」
男オオカミ、目をぱちくり。尻尾ふりふり、耳傾げ。
――残念! わかりません!!
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一生動物の姿のままの四本足族と、ヒトの姿にもなれる二本足族。
二本足族は七歳を過ぎるまでヒト語を話すことができません。同じ兎族ならわかるんでしょうが、男オオカミは他の種族の言葉を話せません。
無駄に字をたくさん使って説明しました。
ようやく結論。
つまり、やっぱり、わからない。
「キッ、キッ!」
男の子ウサギは男オオカミが首を傾げている間も、必死で何かを訴えております。
男オオカミ、おろおろしながらどうにかコミュニケーションをとろうとします。
「え、え、えーっと……」
しかし、おろおろするだけで何もできません。
ふいに、男の子ウサギの目に涙が浮かびました。
「キ、キィ……」
小さな両肩を震わせ、男の子ウサギはしくしく泣き始めます。
男オオカミは青いお耳をぴくぴく、同じ色の尻尾をふりふり。
すっかり困ってしまいました。
(あー、どうすりゃ泣き止んでくれるんだよ)
……食べるなら、いい感じで塩加減が加わっている今だと思いますが。
(参ったな。おれ、泣いてるガキは苦手なんだよ……)
まるで子どもを預かった近所のお兄さんみたいなことを考えております。
あのー、オオカミさん、オオカミさん、ちょっと待ってください。
(とりあえず、ここは抱っこか?)
だから聞けや、おい。
食うんだろ?
そこは『泣いてもわめいても誰も来ねーぞ。ヘッヘッヘッ』とか言いながら、ぱくっといっとくべきところだろーが!
「ほーら、高い高ーい」
悪役になりきれない男オオカミ、泣く幼児に完敗。高い高いです。
と、男の子ウサギの涙がぴたりと止まりました。
どうやらこの行動は正解だったようです。
男オオカミ、ひきつった笑顔ながらも、内心では胸をなで下ろしております。
「キィ……」
おや? 男の子ウサギの瞳に、再び涙が……。
「キッ!」
男の子ウサギ、男オオカミの首っ玉にかじりつきます。
内心、こう叫んでおります。
(お父さん!)
どうやら、男の子ウサギ、お父さんのことを思い出した模様。
ああ、懐かしいお父さん!
買い物に行くと行って、二度とは戻らなかったお父さん!
男の子ウサギはお父さんを思い出しながら、男オオカミの首にしがみつき、すりすりとほほをすりつけます。
一方、困ったのは男オオカミ。
だって食べるはずだった獲物を高い高いしたあげく、こんなふうに抱きつかれてすりすり懐かれちゃあ……ねえ?
男オオカミの戸惑い、いざ知らず。
男の子ウサギは甘えることに夢中です。
だってだって、ちっちゃいんだもん! ずっと誰かに甘えたかったんだもん!
(と、とにかく……)
立派な体にノミの心臓の男オオカミは、くらくらしながら思いました。
(食べるのは……後にしよう)
――けっ、チキンが!
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