継ぐマホウ 〜曇り所により片頭痛、気がついたら異世界〜

パキ・パキ

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動いた運命、王都までの道程

8話 打破

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 そこに現れた竜は閉じられていた瞳を開け、金色こんじき虹彩こうさいと黒々とした瞳孔をあらわにする。

「……なんだ? 何もしねぇぞ」

 谷嶋が少し不満そうに言った。
 その場にいる誰もがただ悠然とそこに浮かぶ竜を怪訝そうに見つめていた。
 コウトを除いて。コウトだけには見えていたのだ。

 あらゆる場所からマナが竜に向かって流れている。マナの行く先を視線で追うと、竜の頭上に大量のマナが集まっていることを確認できた。やがて集められたマナはつるぎを形作る。

 沈黙していたドラゴンすらも気付いていないようだった。それだけこの行為が自然に行われているということの証左だろう。

 ドラゴンが痺れを切らしたかのように動き出す。咆哮。――あとに続く行動は無かった。その体に、斜めに下ろすよう剣が通る。竜の頭上に浮かんでいたものだ。

 ドラゴンの亡骸が倒れる。衝撃に身構えたがその衝撃も、吹き上がる血潮も全てがコウト達を避けていく。コウトが目を凝らすと辺りにマナが薄く張られているのがわかった。

 竜は未だ落ち着いた様子で白く薄い被膜に覆われたからだちゅうに浮かばせている。
 ゴフッという不快な音のあとに柳葉が膝をついてうずくまった。

「柳葉君!」
「これでわかっただろ」

 駆け寄る鏡を手で払い自力で立ち上がって、捲られていた袖を戻しながら言う。

「俺は元の世界には帰らない」

 同い年のように見える少年に似合わないもの。彼がどのような人生を送ったかは分からない。下手な想像をすることは憚られる。

 だが腕を隠すような服装をしていたのは彼の腕に描かれているものに何かを思ってのことだったのだろう。

 本日何度目かの沈黙の最中さなか、竜がグゥゥッと鳴いてコウト達を見渡す。それは柳葉への態度に対する警告のように感じられた。竜は現れたときのように瞬きの間に姿を消し、柳葉がその場に倒れた。

「柳葉君ッ!」

 駆け寄ろうとする鏡を手で制してエウレナが柳葉のそばへ行く。何やら調べ始めた。

「初めての召喚だ。体が驚いたのだろう。心配はない」

 召喚魔法を使う者にはままあることだと言われ、コウトや鏡たちはひとまず安心した。

「それにしても、本当に君たちは凄いな。今我々の前に横たわっているのは伝承でも伝えられる二対のドラゴン。その片一方かたいっぽう、ノン・フォンジオーナなのだから……」
「そんなことより」

 鏡が遮るようにして言う。

「彼が心配だ。どこか休ませられるような場所はないのですか?」
「そうですね。テントとか無いんですか? それか近くの街の宿屋とか」

 鏡に続いて今まで黙っていた七篠が口を開く。

「……テントは無理だな。ここは今から戦場になる」
「戦場!?」
「どういうことですかエウレナ様! サーク王国の制圧は完了しました! これ以上は――」

 思ってもみない返答に驚く面々に冷静に返す。

「今しがた召喚されたノン・フォンジオーナだが、あれはおそらく連合軍の誰かによるものと見ていいだろう」
「で、ですがこんな場所に召喚しては実行者の国の軍もタダでは済まないはずです。そもそも伝承のドラゴンを召喚したと? そんなことができる術者なんて……」
「だから予め撤退していたのだろう。不自然な動きをしていた集団を見つけたんだ、彼と空を飛んでいるときにな」

 エウレナは視線をコウトに向け、どこか意味ありげな笑みを向ける。コウトは恥ずかしさから目線をそらし、その先で険しい顔でエウレナを睨んでいる七篠を見つけた。

 七篠の険しい表情の理由はコウトと親しそうにしているエウレナなのだが、そのことに思い当たらないコウトは何故不機嫌そうにしているのだろうかと呑気に考えている。

「敵はヤイル王国だ。ノン・フォンジオーナを倒されさぞ動揺していることだろう。私の命に手を出した罪、存分に償わせる。戻るぞクリウル」

 そう言って目を閉じ右手を胸の前で握った。すると、彼女を起点に魔法陣が描かれ、コウトの身長程はあろうかという巨大な狼のようなものが現れる。

「転移者達よ! 突如現れ多くの命を救った所業見事であった! 少しすればこの世界は君たちの話題で持ちきりになることだろう。その頃には君達を私達の国に招けるはずだ」

 呼び出した狼を伴い、威厳のある女王然とした口調で続ける。

「それまでの間、彼の療養も兼ねて近くの街コールンにて過ごしていてくれ。資金の心配はしなくていい。使いの者に金をもたせる。存分に使ってくれて構わない」

 コウトのもとへ近づいてくる。狼もエウレナについていくようにしてコウトの下へ寄ってきて、堂々とした見かけによらない、存外柔らかいモフ毛をスリスリとこすりつけて来た。

 やめないか。とエウレナに微笑みながら言われて狼が一歩下がり、コウトの至福の時間が終わる。

「私達は戻るが、君たちはここで少し待っていてくれ、コールンまでの案内を送る」

 彼女はそう言うと、突然、コウトを自身の胸にかき抱いた。何をされているのか理解が追いついていないコウトに構わずに頭を撫で始めた。

「なるべく早く君を国に招けるように頑張るから、待っていてね」

 彼女のものかと疑ってしまうほどの甘ったるく、官能的な声で耳元に囁くとそのまま狼に乗り大地を駆っていった。

 顔を茹で上がらせているコウトには居心地の悪そうなもの、妬みの混じったもの、彼とエウレナとの関係を邪推してなにか期待したような眼差しなど様々な視線が向けられていた。

 しかしその中で毛色の違う、見るものに寒気を感じさせるようなそれを向けていたものが一人いた。

 七篠である。コウトはその視線に気がつくと自分がそのような視線を向けられるに至った経緯を考え、再度、顔を茹で上がらせた。

「顔が熱い……」
「ッ……!!」

 コウトのその様子を見ていた七篠の中で遂に何かが切れたようだ。彼女は突然コウトに詰め寄って先程エウレナがしたようにコウトの頭を自分の胸に抱いた。

 身長はコウトのほうがやや高いため彼が少しだけ屈む格好になってしまうが、七篠はそんなことは気にせずにコウトの耳を自分の口元に持っていった。

「あの人にこう・・されて嬉しかった? 私でも、ドキドキする?」

 耳に直接かかるなまめかしい吐息とパーソナルスペースをガン無視した超至近距離からの艶やかな声が脳に溶け込むようで、心地いい。

「ンッ、ンンッ!!」

 居心地の悪さを誤魔化すようにされた咳払いが2人の間にのみ流れる妖しい空気を裂いた。鏡のものだ。
 それと同時に甲冑に見を包んだ兵士が一人、巨大な狼に乗ってコウト達のもとへとやってきた。

「エウレナ様の命により皆様をコールンまでお送りさせていただきます! 私のことはトイルと呼んでください!」

 トイルと名乗った兵士は声変わり前の少年のような声で元気よく言ったが、尋常でないほどに密着している一組の男女を一瞥――と言っても目元はおろか体全体を甲冑が覆っているのでコウトらには分からないが――し、邪魔をしてしまい申し訳ありませんと謝罪した。

「ちょ、ちょっと待って全っ然大丈夫だから!! 案内でしょ? ありがとう、よろしく頼むよ!」

 再び狼に跨がろうとするトイルを必死に呼び止めているコウト。一方、七篠は満足そうにしていた。

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