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第一章「和」国大乱
幕間「聞き込み、調査、そして――」後編
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「はい。次は、呉服屋です!」
「おい、結界は? お前、本当に調査する気ある?」
「焦らない焦らない。もっと心に余裕を持たないと」
「急ぐっつったり焦るなっつったり、どっちなんだよ……」
とは言いつつも、やっと観念したはじめちゃんは、とぼとぼと私の後ろをついてくる。私の服選びに、付き合う覚悟が出来たみたいだ。
そうして意気揚々と、店内に足を踏み入れると。
「……あ! 秀隆くんと、三嵜ちゃん!」
「ん? いつものお二人じゃん。二人も休暇?」
「まあ、そんなところかな~」
またも、見慣れた二人の人影がそこにいた。ポニーテールでスポーティーな雰囲気の夛賀波三嵜ちゃんと、髪がツンツンで、少しオラついた雰囲気の稲沢秀隆くんだ。
二人も、非番を利用してこの店に来たみたい。
まあ、普段から仲いいもんね。恋愛関係じゃ、今はないみたいだけど……、でも、友達関係の延長線で、恋に発展する可能性は高いんじゃないかな。
お互い素直になれないながらも、徐々に恋心に気付いてく、とか。そんな恋愛マンガチックな展開を見てみたいなーって、密かに思ってる。
「いやー、秀隆がだっさい服しか持ってないからさあ。ちょっとはマシなもん仕立てようと思ってさ」
「分かるっ! うちの旦那も、いっつも隊員服ばっか着てて辛気臭いんだよねー。私も今日はおしゃれ着してるんだから、たまには気を遣ってもらわないと!」
「おい、聞こえてんぞ、おめえら」
「そうだ。俺は好きでこの格好をしているんだ」
情趣を解さない男二人がやんややんや言ってるけど、やっぱり服は重要だ。だって、衣食住の衣だよ? 生活に必需な、人間の叡智の結晶だよ?
大体、アパレル企業に勤めてた私の前にいながら、服屋で文句を垂れるなっ。
「はじめちゃんは、普段から暗い色しか着ないんだから。ほら、もっとこう、明るいのを――この、黄色とか、桃色っぽいのとかどう?」
「え、えぇ。俺の趣味じゃないんだけど……」
「いいから、着てみてよ!」
私が促すと、渋々と言った感じで、花柄のピンクの着物に、袖に手を通すはじめちゃん――だったが。
「……ぷっ、うははっ! まったく似合わないじゃんっ!」
「ふはっ、そうだね。肇サン、少しも似合わないね!」
「だははは! 肇! 全然似合わねえな!!」
「教えてくれ。俺は誰からぶっ飛ばせばいいんだ?」
普段の恰好とのあまりのギャップで、三人揃って爆笑してしまう。それに腹を立てたはじめちゃんは、額に青筋を浮かべながら、いそいそと元の服に着替えてしまった。
ああ。もう少し目に焼き付けておきたかったのに。
「そういう結こそ、今は橙の着物だけど――もっとこう、寒色系の着物を着てもいいんじゃないか?」
「そうかな? うーん、それじゃ、ちょっと待っててっ」
そうして私は、いくつかの生地を持って、はじめちゃんの前に出、一つひとつを胸にあてて反応を見る。
まずは、薄い紫。淡い藤色の生地。
「ねえ、これはどう思う?」
「うん、いいんじゃないか」
次に、薄い水色。淡い縹色の生地。
「じゃあ、これは?」
「うん、いいんじゃないか」
更に、濃い緑色。深い翠色の生地。
「なら、これは?」
「うん、いいんじゃないか」
「もうっ! 反応薄いなあ! もっとなんかこう、あるでしょう!?」
ずっと微妙な反応しかしないはじめちゃんにしびれを切らし、私は抗議した。夫なんだから、もう少し感触の良い言葉をかけてくれてもいいのに、と。そう思っていた矢先。
「まあ、お前は何着ても似合うだろ」
真顔で、さも当然のように、そんなことを言うはじめちゃん。
……うん。その不意打ちに少し喰らってしまったのは事実だけど……。こんなことで、あっさり引いたりするものか。もっと、もっとはじめちゃんから、褒める言葉を引き出さねば。
「そ、そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。強いて言えば! 強いて言えば、何が可愛い?」
「うーん、そうだな……強いて言うなら、この、水色の生地が」
「水色の生地が?」
「だから、これがいいんじゃないか?」
「ふむふむ、何故、これがいいの? これを着ている私を見て、どう思った?」
私が詰め寄ってせかすと、はじめちゃんは少し恥ずかしそうな顔をしながら、
「だから――これが一番、可愛かったよ」
と言った。
……ま、及第点かな。
「……ふふっ。一々そんなことで照れないでよっ。一だけにっ」
「うるさい……、てかそれ、久しぶりに聞いたわ」
お褒めの言葉を頂いた私は、店の人に頼んで、その生地の着物を買った。値は少し張るけど、まあ、たった一人の夫が可愛いって言ってくれた服だし。
それを思い出して着ると、テンションも上がるよね?
「はあ、秀隆にもあれくらいの甲斐性があればな……」
「おい、どういう意味だ」
後ろで、三嵜ちゃんと秀隆くんのそんな会話が聞こえてきたりもして。
そんな風に、服屋でのワンシーンは、幕を閉じたのである。
――――――――――――
「よし、次は、魔道具の専門店だな」
「なんやかんや言って、はじめちゃんもノリノリじゃん」
「まあ、この店はお気に入りだからな。ダークな雰囲気で、品ぞろえも独特だ」
服屋に居たときとは打って変わって、目を輝かせながら我先にと、人気の少ない路地にある暖簾をくぐるはじめちゃん。
入ると、薄暗い部屋の中に、水晶や巻物、腕輪や襷、その他小物や武器などなど。雑多な商品が、これまた雑多に並べられている。
うーん、ホントに男子って、こういうの好きだよね。正直、その感覚は私には分からない。まあ、着物やら化粧品やらで騒いでいる女子側からは、ひとのことは言えないんだけど。
「何か、新しい魔術の習得に役に立つモノもあるかもしれないしな。入念に、色んなものを見て――うお、この髑髏の水晶、クールだ……!」
「いや、それは流石に無いわ」
目移りしているはじめちゃんにツッコミを入れつつ、私も魔道具を物色する。
今私たちが持っている、共通の魔術。『比翼連理』が発動しているときにのみ使える魔術は、五つある。『動静自在』『縦横無尽』『心象演出』『状態変化』『向背操縦』だ。
ただ、はじめちゃんが言ったように、私たちは普段から、新しい魔術の創出にも力を入れている。
具体的にいま練習しているのは、身体の治療や衰退を操る魔術と、探索をする魔術なんだけど――正直、すごく難しい。
めっちゃ細かく、魔力操作をしなきゃいけないから。あと一ヶ月もあれば、形にはなるだろうけど。
と、薄暗いお店の中で、静かに歩き回っていると。
「お、肇君と結さんやん。奇遇やな」
入口の方から、声がかかる。見るとそこには、またもや見慣れた影が二人。
一人は、『評定役』に勤める友人、切れ長の目で、飄々とした雰囲気の四柳守治くん。そして、目の下にクマをつくり、長く、カール気味な髪を引っ提げている『技術役』、叢雲更芽ちゃんだった。
「守治くん……、と、更芽ちゃん! うわー、久しぶりに見たよっ。ようやく地上に出てきたんだね!」
「いや、人のことをモグラみたいに言うんじゃないよ。とはいえ本当は、外になど出たくなかったけどね。こいつに連れ出されたからさ」
更芽ちゃんはうんざりとした顔で、守治くんを顎で示す。なんと、ものぐさな更芽ちゃんが、人の言うことを聞いて外に出るなんて。
うーん、何と言うか、この二人の関係性は不思議だ。恋愛関係でもないし、かといって、性格が合うってわけでもないんだけど……、なにかと二人で居るところを見かけるんだよなあ。
正直、私の恋愛観をもってしても、この二人の行く末は予想できない――まあ、何を言っても、今後の二人の活躍に期待するしかないんだけど。
「だって、こおでもせんとお日さんの光浴びんねんもん。それでようやっと出したと思ったのに、結局影を求めるんやもんな。肇君と同じやわ」
「おい。人をミミズみたいに言うんじゃねえよ」
「そうそう。君たちのような陽気な人種には、我々のような陰気な人種の気持ちはわからないさ」
「叢雲さん、さらっと陰気っていうのもやめて? 一緒くたにしないで?」
「つれないなあ。モグラとミミズどうし、仲良くしようじゃないか」
「その関係だと、俺が捕食されることになるじゃん!」
はじめちゃんと更芽ちゃんが、いつものように掛け合う――この二人は二人で、似たような気質同士、通じ合うところがあるらしい。会うたびに、独特なやり取りをくり広げている。
私がそんなやり取りを、店の中に備え付けられた椅子に座って遠目に見ていると。その三人のうち、更芽ちゃんがこちらに気付き、私の隣へと移動してきた。
「ねえ、結君。君も、ああいうのを見て……肇君が女子と楽し気に話しているのを見て、嫉妬したりするのかい?」
「……相変わらず、意地悪な質問だなあ」
にやにやとしながら、からかうように質問をしてくる更芽ちゃん。彼女はこういう、ひとの内心にズバズバと斬り込むような話をするのが好きだ。こちらを試すっていうか、真価を測ろうとする質問が好きだ。
私は、守治くんと話して盛り上がっているはじめちゃんを眺めて、その質問に答える。
「……昔だったら、してたかもね。でも、もうそういう段階は超えたって言うか――信頼してるから。いや、『確信』っていったほうが、近いのかも」
「確信?」
「うん。私たち夫婦が、今後一生、互いの存在をその存在のまま愛するって、そういう確信。『悟り』って言ってもいいかもしれないけど」
更芽ちゃんは興味深そうな顔をして、私の話に耳を傾けている。
「確かに、属性だけ見たら、私よりおっぱいが大きい女子も、可愛い女子もいっぱいいる。趣味・嗜好・思想・信条だって、はじめちゃんと私が近いかって言ったら、全然そんなことない。むしろ、性格だけみたら、更芽ちゃんの方がはじめちゃんに近いだろうね」
だから、相性とか親和性とか、そういう恋愛指南書に書いてあるようなことだけ見たら、私たちは全く合わないんだろう――だけど。
「だけど正直、そんなのはどうでもいいんだよ」
私は、きっぱりとそう言い張る。意外そうな顔で、更芽ちゃんが私の方を見つめている。
「私が私だって事実だけで。はじめちゃんがはじめちゃんだって事実だけで、それだけでいいの。それだけで、二人が愛し合う理由になるの――それが分かってるから、揺るぎない確信があるから、私は、本気で嫉妬することはないの」
上辺の属性なんかに縛られたりして、惑わされたりしない。
心が揺れたり、浮ついたりすることなんてない。
そういう確信を、覚悟を持って、私たちは結婚したんだから――この二人でなきゃいけないって気持ちで、一緒になったんだから。
片翼の鳥たちのように――か細い枝たちのように。
「……ふふ、皆が君らのような覚悟を持って恋愛をすれば、世の中はもう少し、よくなるだろうね……。まあ、それは、君らのような強い人間だからできることなのだろうが」
しばらく私の言葉の余韻に浸っていた更芽ちゃんが、ゆっくりと口を開き、そんなことを言う。
まあ、男女関係ってのは一筋縄ではいかないから、決まった正解があるわけじゃないと思うけどね――強い弱いとか、関係ないとも思うけど。
「いい話を聞けたよ。私も、参考にさせてもらおうかな」
「うん――って、え。ちょっとまって、参考ってどういう……」
私が、更芽ちゃんの口から発された聞き捨てならない言葉を拾おうとした、その時。
「おい、結。見ろ、さっきの髑髏の水晶、買っちゃったぞ」
「僕も、魔法の木刀買うたったわ。この何とも言えん光沢がたまらんやろ!」
横から、二つの声が割り込んできた。二人とも満足のいく買い物ができたらしく、キラキラとした目で、戦利品を自慢している。
うわ、だっせー……。あれを部屋に飾る気なのか。私の夫は。とことん趣味が合わないなあ。
と。私がそんな目で髑髏の虚目を見つめていると、更芽ちゃんも呆れたような反応をして、二人を見つめている。
そして、意の通じ合った私と彼女は、顔を見合わせて。揃って笑いながら、口を開く。
男子って、本当に馬鹿だよね。
――――――――――――――――
魔道具専門店で解散した後、私たち夫婦は、真面目に仕事をしました。
流石に、遊び過ぎたからね……、何もしないで帰るのはまずいということで、都の南方にある5か所のお札。それを一つ一つ点検して、新しいものに取り換えた。
ただ、例の如く、めぼしい収穫は無かった。おかしいところはなかったし、お札が破られていたりということもなかった。結局、『黒幕』についての情報は得られないまま、私たちは、神社に帰ることになった。
と、日が傾き始め、一日も終わろうとしているとき。
私ははじめちゃんに、とある提案をした。
「ねえ、せっかくだから、裏山に行かない?」
「裏山、って、神社のか?」
「うん。紅葉ももうそろそろ見納めだし、最後に見ておきたいなって」
「ああ、確かに、うかうかしてると散っちゃうからな――よし、行ってみるか」
と、いうわけで。今私たちは、裏山の紅葉林にいる。
清閑な森の中、錦織なす落葉に囲まれながら私たちは、ひとつの大きな木の下で、寄り添って座っていた。
傾いた夕日が木の葉の間から差し込み、まるで、世界が赤く染まったかのような感覚に見舞われる。
「落ち葉が敷き詰められて、カーペットみたいだな」
「こういうのって、なんかテンション上がるよねー……ふあぁ、眠くなってきた……」
私は言って、はじめちゃんにしなだれかかる。普段なら『寄るなくっつくな』と言うはじめちゃんだけど、今は周りに人がいないからか、受け入れてくれた。
「一日中歩いてくたくただよ。久しぶりに、こんなに移動しまくったよね」
「お前が関係ないところに行きまくったからだろ」
「もう、そんなこと言って。じゃあはじめちゃんは、楽しくなかったの?」
「……まあそれは、楽しかったけど」
相も変わらず、素直じゃない反応をするはじめちゃん。
「……ねえ、何かこうしてるとさ、出会った頃のことを思い出すね」
「いきなりしんみりするじゃん」
「もう! 茶化さないで聞いてよっ! あのとき、大学の広場みたいなところで、二人で過ごしてた時のことっ」
大学一年生の四月、入学式で出会ってから、私たちは何かと一緒に過ごす時間が多かったんだけど……、その中でも私が一番印象に残っているのは、はじめちゃんと二人、大学構内の敷地の芝生で、ゆっくりとしたことだ。
「あのころの結は、ずっとせわしなく動いてたからな。まるで鼠みたいだった」
「ギリギリ嬉しくない例えをありがとうっ! せめてハムスターって言ってよっ!」
「どっちも齧歯類(げっしるい)だろ……」
「全然違うし――って、そんなことどうでもいいの。とにかく。あの時は、生まれて初めてって言っていいくらいのんびりして……とっても新鮮だったってこと」
その時も、この人の隣で、安らぎを感じていたけど。
「やっぱり、あの時と変わらない。はじめちゃんの隣にいると、安心する」
「……そうか。俺は逆だったけどな」
「逆?」
予想していなかった答えに、私は問いを返す。なに、この人は、私と一緒に居て安らがないの?……って一瞬思ったけど、それはちょっと違った。
「俺は、あの頃はずっと、無気力だったっていうか。必要以上に暗かったからさ。結にいろんなところに連れていかれて、うんざりもしたけど、その分ずっと、ドキドキしっぱなしだったから」
「はじめちゃん……」
忘れてた。このひとは、たまに唐突に、そういうことを言うんだ――と、私は少し面食らった。完全な不意打ちに、すっかりハートを撃ち抜かれちゃった。
「結……」
「ね、はじめちゃん……」
と。
夕日に照らされて、ムーディーな雰囲気に包まれた私たちが、唇を重ねようとした、その瞬間。
「「あっ……」」
私の視線の先に、二人の人影があった。そのうちの一人、髪が長く、頭の下の方でくくっている、巫女服に身を纏ったクールビューティーの女性と目があってしまう。
「ゆ、結さん……」
「た、竹世ちゃんも……」
そう、竹世ちゃんと、それにつれられた様子の遊子橋さんが、その場に現れたのだ。
それに気づいた私は、急いではじめちゃんを引き離し、固まってしまう。向こうの側も、気まずそうな顔をして、こちらを見つめている。
……これは。竹世ちゃんも、一日の締めに、この場所を選んだんだろうか。良い感じの雰囲気になるために、遊子橋さんを誘って、この裏山まで来たんだろうか。
竹世ちゃんも、私と同じことを考えていたんだ。大事な人と、素敵な時間を過ごしたくて。
そう思うと、固まっていた心がほどけて……
「ぷっ、はははっ!」
「うふ、ふふふふっ」
ついに、揃って噴き出してしまった。心が通じ合ったような気がして、嬉しくて、おかしくて。
男の人二人がきょとんとしているのを尻目に、私たちはしばらくの間、笑い合った。
もう沈みそうな夕日が、頬の紅潮を誤魔化してくれていた。
「おい、結界は? お前、本当に調査する気ある?」
「焦らない焦らない。もっと心に余裕を持たないと」
「急ぐっつったり焦るなっつったり、どっちなんだよ……」
とは言いつつも、やっと観念したはじめちゃんは、とぼとぼと私の後ろをついてくる。私の服選びに、付き合う覚悟が出来たみたいだ。
そうして意気揚々と、店内に足を踏み入れると。
「……あ! 秀隆くんと、三嵜ちゃん!」
「ん? いつものお二人じゃん。二人も休暇?」
「まあ、そんなところかな~」
またも、見慣れた二人の人影がそこにいた。ポニーテールでスポーティーな雰囲気の夛賀波三嵜ちゃんと、髪がツンツンで、少しオラついた雰囲気の稲沢秀隆くんだ。
二人も、非番を利用してこの店に来たみたい。
まあ、普段から仲いいもんね。恋愛関係じゃ、今はないみたいだけど……、でも、友達関係の延長線で、恋に発展する可能性は高いんじゃないかな。
お互い素直になれないながらも、徐々に恋心に気付いてく、とか。そんな恋愛マンガチックな展開を見てみたいなーって、密かに思ってる。
「いやー、秀隆がだっさい服しか持ってないからさあ。ちょっとはマシなもん仕立てようと思ってさ」
「分かるっ! うちの旦那も、いっつも隊員服ばっか着てて辛気臭いんだよねー。私も今日はおしゃれ着してるんだから、たまには気を遣ってもらわないと!」
「おい、聞こえてんぞ、おめえら」
「そうだ。俺は好きでこの格好をしているんだ」
情趣を解さない男二人がやんややんや言ってるけど、やっぱり服は重要だ。だって、衣食住の衣だよ? 生活に必需な、人間の叡智の結晶だよ?
大体、アパレル企業に勤めてた私の前にいながら、服屋で文句を垂れるなっ。
「はじめちゃんは、普段から暗い色しか着ないんだから。ほら、もっとこう、明るいのを――この、黄色とか、桃色っぽいのとかどう?」
「え、えぇ。俺の趣味じゃないんだけど……」
「いいから、着てみてよ!」
私が促すと、渋々と言った感じで、花柄のピンクの着物に、袖に手を通すはじめちゃん――だったが。
「……ぷっ、うははっ! まったく似合わないじゃんっ!」
「ふはっ、そうだね。肇サン、少しも似合わないね!」
「だははは! 肇! 全然似合わねえな!!」
「教えてくれ。俺は誰からぶっ飛ばせばいいんだ?」
普段の恰好とのあまりのギャップで、三人揃って爆笑してしまう。それに腹を立てたはじめちゃんは、額に青筋を浮かべながら、いそいそと元の服に着替えてしまった。
ああ。もう少し目に焼き付けておきたかったのに。
「そういう結こそ、今は橙の着物だけど――もっとこう、寒色系の着物を着てもいいんじゃないか?」
「そうかな? うーん、それじゃ、ちょっと待っててっ」
そうして私は、いくつかの生地を持って、はじめちゃんの前に出、一つひとつを胸にあてて反応を見る。
まずは、薄い紫。淡い藤色の生地。
「ねえ、これはどう思う?」
「うん、いいんじゃないか」
次に、薄い水色。淡い縹色の生地。
「じゃあ、これは?」
「うん、いいんじゃないか」
更に、濃い緑色。深い翠色の生地。
「なら、これは?」
「うん、いいんじゃないか」
「もうっ! 反応薄いなあ! もっとなんかこう、あるでしょう!?」
ずっと微妙な反応しかしないはじめちゃんにしびれを切らし、私は抗議した。夫なんだから、もう少し感触の良い言葉をかけてくれてもいいのに、と。そう思っていた矢先。
「まあ、お前は何着ても似合うだろ」
真顔で、さも当然のように、そんなことを言うはじめちゃん。
……うん。その不意打ちに少し喰らってしまったのは事実だけど……。こんなことで、あっさり引いたりするものか。もっと、もっとはじめちゃんから、褒める言葉を引き出さねば。
「そ、そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。強いて言えば! 強いて言えば、何が可愛い?」
「うーん、そうだな……強いて言うなら、この、水色の生地が」
「水色の生地が?」
「だから、これがいいんじゃないか?」
「ふむふむ、何故、これがいいの? これを着ている私を見て、どう思った?」
私が詰め寄ってせかすと、はじめちゃんは少し恥ずかしそうな顔をしながら、
「だから――これが一番、可愛かったよ」
と言った。
……ま、及第点かな。
「……ふふっ。一々そんなことで照れないでよっ。一だけにっ」
「うるさい……、てかそれ、久しぶりに聞いたわ」
お褒めの言葉を頂いた私は、店の人に頼んで、その生地の着物を買った。値は少し張るけど、まあ、たった一人の夫が可愛いって言ってくれた服だし。
それを思い出して着ると、テンションも上がるよね?
「はあ、秀隆にもあれくらいの甲斐性があればな……」
「おい、どういう意味だ」
後ろで、三嵜ちゃんと秀隆くんのそんな会話が聞こえてきたりもして。
そんな風に、服屋でのワンシーンは、幕を閉じたのである。
――――――――――――
「よし、次は、魔道具の専門店だな」
「なんやかんや言って、はじめちゃんもノリノリじゃん」
「まあ、この店はお気に入りだからな。ダークな雰囲気で、品ぞろえも独特だ」
服屋に居たときとは打って変わって、目を輝かせながら我先にと、人気の少ない路地にある暖簾をくぐるはじめちゃん。
入ると、薄暗い部屋の中に、水晶や巻物、腕輪や襷、その他小物や武器などなど。雑多な商品が、これまた雑多に並べられている。
うーん、ホントに男子って、こういうの好きだよね。正直、その感覚は私には分からない。まあ、着物やら化粧品やらで騒いでいる女子側からは、ひとのことは言えないんだけど。
「何か、新しい魔術の習得に役に立つモノもあるかもしれないしな。入念に、色んなものを見て――うお、この髑髏の水晶、クールだ……!」
「いや、それは流石に無いわ」
目移りしているはじめちゃんにツッコミを入れつつ、私も魔道具を物色する。
今私たちが持っている、共通の魔術。『比翼連理』が発動しているときにのみ使える魔術は、五つある。『動静自在』『縦横無尽』『心象演出』『状態変化』『向背操縦』だ。
ただ、はじめちゃんが言ったように、私たちは普段から、新しい魔術の創出にも力を入れている。
具体的にいま練習しているのは、身体の治療や衰退を操る魔術と、探索をする魔術なんだけど――正直、すごく難しい。
めっちゃ細かく、魔力操作をしなきゃいけないから。あと一ヶ月もあれば、形にはなるだろうけど。
と、薄暗いお店の中で、静かに歩き回っていると。
「お、肇君と結さんやん。奇遇やな」
入口の方から、声がかかる。見るとそこには、またもや見慣れた影が二人。
一人は、『評定役』に勤める友人、切れ長の目で、飄々とした雰囲気の四柳守治くん。そして、目の下にクマをつくり、長く、カール気味な髪を引っ提げている『技術役』、叢雲更芽ちゃんだった。
「守治くん……、と、更芽ちゃん! うわー、久しぶりに見たよっ。ようやく地上に出てきたんだね!」
「いや、人のことをモグラみたいに言うんじゃないよ。とはいえ本当は、外になど出たくなかったけどね。こいつに連れ出されたからさ」
更芽ちゃんはうんざりとした顔で、守治くんを顎で示す。なんと、ものぐさな更芽ちゃんが、人の言うことを聞いて外に出るなんて。
うーん、何と言うか、この二人の関係性は不思議だ。恋愛関係でもないし、かといって、性格が合うってわけでもないんだけど……、なにかと二人で居るところを見かけるんだよなあ。
正直、私の恋愛観をもってしても、この二人の行く末は予想できない――まあ、何を言っても、今後の二人の活躍に期待するしかないんだけど。
「だって、こおでもせんとお日さんの光浴びんねんもん。それでようやっと出したと思ったのに、結局影を求めるんやもんな。肇君と同じやわ」
「おい。人をミミズみたいに言うんじゃねえよ」
「そうそう。君たちのような陽気な人種には、我々のような陰気な人種の気持ちはわからないさ」
「叢雲さん、さらっと陰気っていうのもやめて? 一緒くたにしないで?」
「つれないなあ。モグラとミミズどうし、仲良くしようじゃないか」
「その関係だと、俺が捕食されることになるじゃん!」
はじめちゃんと更芽ちゃんが、いつものように掛け合う――この二人は二人で、似たような気質同士、通じ合うところがあるらしい。会うたびに、独特なやり取りをくり広げている。
私がそんなやり取りを、店の中に備え付けられた椅子に座って遠目に見ていると。その三人のうち、更芽ちゃんがこちらに気付き、私の隣へと移動してきた。
「ねえ、結君。君も、ああいうのを見て……肇君が女子と楽し気に話しているのを見て、嫉妬したりするのかい?」
「……相変わらず、意地悪な質問だなあ」
にやにやとしながら、からかうように質問をしてくる更芽ちゃん。彼女はこういう、ひとの内心にズバズバと斬り込むような話をするのが好きだ。こちらを試すっていうか、真価を測ろうとする質問が好きだ。
私は、守治くんと話して盛り上がっているはじめちゃんを眺めて、その質問に答える。
「……昔だったら、してたかもね。でも、もうそういう段階は超えたって言うか――信頼してるから。いや、『確信』っていったほうが、近いのかも」
「確信?」
「うん。私たち夫婦が、今後一生、互いの存在をその存在のまま愛するって、そういう確信。『悟り』って言ってもいいかもしれないけど」
更芽ちゃんは興味深そうな顔をして、私の話に耳を傾けている。
「確かに、属性だけ見たら、私よりおっぱいが大きい女子も、可愛い女子もいっぱいいる。趣味・嗜好・思想・信条だって、はじめちゃんと私が近いかって言ったら、全然そんなことない。むしろ、性格だけみたら、更芽ちゃんの方がはじめちゃんに近いだろうね」
だから、相性とか親和性とか、そういう恋愛指南書に書いてあるようなことだけ見たら、私たちは全く合わないんだろう――だけど。
「だけど正直、そんなのはどうでもいいんだよ」
私は、きっぱりとそう言い張る。意外そうな顔で、更芽ちゃんが私の方を見つめている。
「私が私だって事実だけで。はじめちゃんがはじめちゃんだって事実だけで、それだけでいいの。それだけで、二人が愛し合う理由になるの――それが分かってるから、揺るぎない確信があるから、私は、本気で嫉妬することはないの」
上辺の属性なんかに縛られたりして、惑わされたりしない。
心が揺れたり、浮ついたりすることなんてない。
そういう確信を、覚悟を持って、私たちは結婚したんだから――この二人でなきゃいけないって気持ちで、一緒になったんだから。
片翼の鳥たちのように――か細い枝たちのように。
「……ふふ、皆が君らのような覚悟を持って恋愛をすれば、世の中はもう少し、よくなるだろうね……。まあ、それは、君らのような強い人間だからできることなのだろうが」
しばらく私の言葉の余韻に浸っていた更芽ちゃんが、ゆっくりと口を開き、そんなことを言う。
まあ、男女関係ってのは一筋縄ではいかないから、決まった正解があるわけじゃないと思うけどね――強い弱いとか、関係ないとも思うけど。
「いい話を聞けたよ。私も、参考にさせてもらおうかな」
「うん――って、え。ちょっとまって、参考ってどういう……」
私が、更芽ちゃんの口から発された聞き捨てならない言葉を拾おうとした、その時。
「おい、結。見ろ、さっきの髑髏の水晶、買っちゃったぞ」
「僕も、魔法の木刀買うたったわ。この何とも言えん光沢がたまらんやろ!」
横から、二つの声が割り込んできた。二人とも満足のいく買い物ができたらしく、キラキラとした目で、戦利品を自慢している。
うわ、だっせー……。あれを部屋に飾る気なのか。私の夫は。とことん趣味が合わないなあ。
と。私がそんな目で髑髏の虚目を見つめていると、更芽ちゃんも呆れたような反応をして、二人を見つめている。
そして、意の通じ合った私と彼女は、顔を見合わせて。揃って笑いながら、口を開く。
男子って、本当に馬鹿だよね。
――――――――――――――――
魔道具専門店で解散した後、私たち夫婦は、真面目に仕事をしました。
流石に、遊び過ぎたからね……、何もしないで帰るのはまずいということで、都の南方にある5か所のお札。それを一つ一つ点検して、新しいものに取り換えた。
ただ、例の如く、めぼしい収穫は無かった。おかしいところはなかったし、お札が破られていたりということもなかった。結局、『黒幕』についての情報は得られないまま、私たちは、神社に帰ることになった。
と、日が傾き始め、一日も終わろうとしているとき。
私ははじめちゃんに、とある提案をした。
「ねえ、せっかくだから、裏山に行かない?」
「裏山、って、神社のか?」
「うん。紅葉ももうそろそろ見納めだし、最後に見ておきたいなって」
「ああ、確かに、うかうかしてると散っちゃうからな――よし、行ってみるか」
と、いうわけで。今私たちは、裏山の紅葉林にいる。
清閑な森の中、錦織なす落葉に囲まれながら私たちは、ひとつの大きな木の下で、寄り添って座っていた。
傾いた夕日が木の葉の間から差し込み、まるで、世界が赤く染まったかのような感覚に見舞われる。
「落ち葉が敷き詰められて、カーペットみたいだな」
「こういうのって、なんかテンション上がるよねー……ふあぁ、眠くなってきた……」
私は言って、はじめちゃんにしなだれかかる。普段なら『寄るなくっつくな』と言うはじめちゃんだけど、今は周りに人がいないからか、受け入れてくれた。
「一日中歩いてくたくただよ。久しぶりに、こんなに移動しまくったよね」
「お前が関係ないところに行きまくったからだろ」
「もう、そんなこと言って。じゃあはじめちゃんは、楽しくなかったの?」
「……まあそれは、楽しかったけど」
相も変わらず、素直じゃない反応をするはじめちゃん。
「……ねえ、何かこうしてるとさ、出会った頃のことを思い出すね」
「いきなりしんみりするじゃん」
「もう! 茶化さないで聞いてよっ! あのとき、大学の広場みたいなところで、二人で過ごしてた時のことっ」
大学一年生の四月、入学式で出会ってから、私たちは何かと一緒に過ごす時間が多かったんだけど……、その中でも私が一番印象に残っているのは、はじめちゃんと二人、大学構内の敷地の芝生で、ゆっくりとしたことだ。
「あのころの結は、ずっとせわしなく動いてたからな。まるで鼠みたいだった」
「ギリギリ嬉しくない例えをありがとうっ! せめてハムスターって言ってよっ!」
「どっちも齧歯類(げっしるい)だろ……」
「全然違うし――って、そんなことどうでもいいの。とにかく。あの時は、生まれて初めてって言っていいくらいのんびりして……とっても新鮮だったってこと」
その時も、この人の隣で、安らぎを感じていたけど。
「やっぱり、あの時と変わらない。はじめちゃんの隣にいると、安心する」
「……そうか。俺は逆だったけどな」
「逆?」
予想していなかった答えに、私は問いを返す。なに、この人は、私と一緒に居て安らがないの?……って一瞬思ったけど、それはちょっと違った。
「俺は、あの頃はずっと、無気力だったっていうか。必要以上に暗かったからさ。結にいろんなところに連れていかれて、うんざりもしたけど、その分ずっと、ドキドキしっぱなしだったから」
「はじめちゃん……」
忘れてた。このひとは、たまに唐突に、そういうことを言うんだ――と、私は少し面食らった。完全な不意打ちに、すっかりハートを撃ち抜かれちゃった。
「結……」
「ね、はじめちゃん……」
と。
夕日に照らされて、ムーディーな雰囲気に包まれた私たちが、唇を重ねようとした、その瞬間。
「「あっ……」」
私の視線の先に、二人の人影があった。そのうちの一人、髪が長く、頭の下の方でくくっている、巫女服に身を纏ったクールビューティーの女性と目があってしまう。
「ゆ、結さん……」
「た、竹世ちゃんも……」
そう、竹世ちゃんと、それにつれられた様子の遊子橋さんが、その場に現れたのだ。
それに気づいた私は、急いではじめちゃんを引き離し、固まってしまう。向こうの側も、気まずそうな顔をして、こちらを見つめている。
……これは。竹世ちゃんも、一日の締めに、この場所を選んだんだろうか。良い感じの雰囲気になるために、遊子橋さんを誘って、この裏山まで来たんだろうか。
竹世ちゃんも、私と同じことを考えていたんだ。大事な人と、素敵な時間を過ごしたくて。
そう思うと、固まっていた心がほどけて……
「ぷっ、はははっ!」
「うふ、ふふふふっ」
ついに、揃って噴き出してしまった。心が通じ合ったような気がして、嬉しくて、おかしくて。
男の人二人がきょとんとしているのを尻目に、私たちはしばらくの間、笑い合った。
もう沈みそうな夕日が、頬の紅潮を誤魔化してくれていた。
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