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第一章「和」国大乱

幕間「聞き込み、調査、そして――」前編

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 はあい! 御縁結ですっ! いえーい、皆、お久しぶりー!!(ダブルピース)

 今の季節は、霜月、十一月です。河童の事件から一ヶ月くらいが経って、秋の紅葉が真っ盛りです。寒いのは、かなり辛いけど……、でも、神社の裏山なんて、一面が真っ赤になって、すごくきれいなんだよ。

 そう考えると、私たちが転生してから、もう5ヶ月くらい経過してるんだよね。立て続けに事件が起こってて、それ自体はやりがいはあって、いつもわくわくしてるんだけど……。

 ……私の印象、悪くなってないよね? はじめちゃんの目線だと、めっちゃ性格きつい女みたいに映ってない? 勘違いしないでね! 任務でちょっぴり気合入っちゃって、言い方がきつくなってるだけだからっ! 私、普通の女性ですから!

 で、今は朝。本当なら、今日は『警備役けいびえき』の任務は非番のはずなんだけど――とある事情で、私とはじめちゃん、そして遊子橋さんと竹世ちゃんは、神社の入り口の前に集まっていた。

 と、いうのも……

「お二人とも、申し訳ない。せっかくの非番だというのに、調査に付き合わせてしまって」
「いえ、構いませんよ。俺たちは普段、神社のことに関与できていないので。手伝えるときには、手伝いたいですから」
「ご協力、感謝します――『黒幕』の存在を知るお二人に直接協力していただけるのは、嬉しい限りです」

 そう。その件について。山姥があの日仄めかした、山姥を導き、結界を破壊した『黒幕』について、改めて調査をしようということで、私たち四人は集まった。

『黒幕』がいるってことは、普通の人には伏せられてる。だから、山姥の話を聞いた私たちの非番に、調査をしようって話になった。

「……まあ、調査とは言え、正直そこまでできる事はないのですが――情報が少なすぎるが故、人から話を聞くか、結界を調査する程度のことしか、現状できることはなく……」
「それでもっ、何もしないよりはましですよ! それに、昨日起きなかったことが、今日起きてるかもしれませんし!」

 少し後ろ向きな遊子橋さんの言葉を受け、私は、その場の皆に気合を入れる意味でも声をかける。それを聞いた彼は、大声に少し驚いた風な反応をしたけど、すぐにいつもの笑顔に戻る。

「……はい、そうですね。結さんのおっしゃる通りです! それでは、今日の流れを説明します」

 はきはきとした口調で、今日の流れを説明する遊子橋さん。

(なんか、遠足の時の先生みたいだね)
(……ああ。遊子橋さんが先生なら、遠足であんな事件に巻き込まれずにすんだのにな――)
(ねえ、せっかく私がテンション上げてあげたのに、速攻で下げないでよ)

 てか、私が知らない学生時代に何があったんだ。影在りすぎでしょ、私の夫。

「その一。まずは、聞き込みをしましょう」
「聞き込みですか?」
「はい。結さんの言う通り、町に飛び交う情報は、刻一刻と変化するものです。それに、こと妖怪変化のことについては、やはり口伝が一番の情報源になるものなのです」

 どうやら、妖怪のようなモノには、陰口、つまり、人の口から出る噂の方が、逆に信憑性があるらしい。『噂をすれば影が差す』とも言うし、『影』の存在の正体を的確にさしてるのは、案外そういう口伝なのかも。

「……ただ、あからさまに『黒幕』の話をするわけにもいきません。ですので、普段の私の『仕事』の一環で、聞き込みを行うことと致しましょう」
「普段の遊子橋さんの『仕事』、って……ああ、なるほど。そういうことですかっ」
「はい、そういうことです!」

 というわけで。皆が、今からすることを理解したところで。

 さあ、聞き込み開始だ!
 



――――――――――――――――




「ありがとな、遊子橋さん」
「いえ、これくらいのこと、何でもありませんよ。また何か変わったことがあれば、連絡してください」

 家の軒先で、おじさんにお礼を言われた遊子橋さんは、軽く会釈をして、そこから立ち去った。私たちもぺこりとお辞儀をして、彼の後に続く。

 そう、さっき遊子橋さんの言った『仕事』は、神事に直接関わることじゃない。

 それは、普段から毎日彼がしている事――都に住む人々の悩みや相談を聞き、それを解決するという、いわば人助けの仕事。

 はじめちゃんが前にも、それを手伝っていたらしいけど――私たちは、それを手伝いつつも、何か変わったところは無いかとか、不思議なことは無いかとか、そういう聞き込みを行っていた。

 それにしても、忙しい神宮のトップが、普段から一般の民に気をかけているということで、都の人からの人望は、もはや青天井だ。

 遊子橋さんいわく、『癖が抜けないだけ』とのことだけど――都の人物の人気投票をしたら、間違いなく彼が一位でしょう。

 流石の私も、遊子橋さんには首位を譲らざるを得ないね。

(なにちゃっかり二位の座に落ち着こうとしてるんだ。その底抜けの自信はどこからやってくるんだよ)
(ふん、ワースト二位のはじめちゃんに言われたくないねっ)
(待て。俺って、そんなに不人気なのかっ……!?)

 はじめちゃんが私の肩をマジ顔で揺さぶりながら聞いてくるけど、まあ、そんな軽口は置いといて。

「それにしても、『黒幕』に関する収穫は、全くなしですか……、うーん、先が思いやられますね」
「ま、そんなに簡単に情報を得られるくらいなら、物語の『黒幕』には相応しくないよね。仕方ないよ。竹世ちゃんも、そんなしかめっ面してないで」
「しかめっ面をしているつもりはないのですが……」

 ただ、不安なのは確かですね。と、いつもより少し眉間にしわがよった表情をして、腕を組む竹世ちゃん。

 いつもは表情に動きのない彼女の顔が変わるってことは、やっぱり相当、『黒幕』の存在に辟易してるらしい。

 そうだよね。竹世ちゃんは、私たちなんかよりもずっと長い間、神社に暮らしてるんだもんね。気持ちは分かるけど、どうにか、明るい気持ちになってほしいな――と、私が思っていたところ。

 遊子橋さんが、こんなことを言い出した。

「ふむ、既に、十数件ほどの案件を片付けましたが――特に、進捗はなしですか。では、その二の仕事に移りましょう」
「その二、って?」
「はい、その二は、すなわち結界の調査、及び点検です。それらに不備が無いかを点検しつつ、新しいものに取り換えるという作業を行います」

 言って彼は、懐から一枚の紙きれを取り出す。横5㎝、縦15㎝くらいの長方形のお札で、不思議な模様や文字のようなものが描かれている。これが、結界用のお札か。初めて――あれ?

(ねえ、はじめちゃん。これ、どっかで見たことない?)
(お札のことか? ああ。前に遊子橋さんの仕事を手伝ったときに、俺は見たが。お前も、見たことがあるってことか?)
(うん、どこかで、目にしたような――)
(まあ、神社で生活しているんだから、目に入ることくらいあるだろ)
(いや、それはそうなんだけどさ……)

 そういう話じゃなくて、かなり前、どこか別のところで、ちらっと見た気がするんだけど……、気のせい、なのかな?

「都の四方八方に張る箇所がありますので、そこを点検します。正直、かなり時間がかかってしまいますが……」
「都って一口に言っても、かなり広いですからね――はっ!」

 遊子橋さんの説明を聞いていた私は、ふと、とあることを想いついた。

 私が休暇を満喫するための――そして、竹世ちゃんに元気を出してもらうための、とある一手を。

「あの、提案なんですけどっ。それなら、二手に分かれませんかっ?」
「二手に、ですか?」
「はい。そっちのほうが、効率が良いと思うんです。だから、私たち夫婦と、遊子橋さんと竹世ちゃんのペアで、二手に分かれましょう!」
「いや、結、そうは言うが、結界のメンテナンスなんて、俺たちには……」
「いいから! 時短になるから! ねっ、遊子橋さん?」
「……うん。確かにそうですね。無駄に四人で固まるよりは、その方が良いかもしれません。では、私たちは北へ。お二人は、南の方をお願いできますか?」
「はい、了解です!」

 ぐずぐず言い出したはじめちゃんを抑えると、遊子橋さんは私の案に乗ってくれた。よし、計画通り。これで私ははじめちゃんと二人になれるし、それに……。

 私は竹世ちゃんにすり寄り、他の二人に聞こえない小声で耳打ちをする

(竹世ちゃん、これで遊子橋さんと二人きりになれるね)
(……は、はい? ゆ、結さん、なんのことでしょうか?)
(とぼけなくていいよ。竹世ちゃん、遊子橋さんのこと、結構好きラブでしょ?)

 そう。彼女、解土竹世ちゃんは、密かに遊子橋さんに想いを寄せているらしいのだ。そのことを竹世ちゃんから直に聞いたわけじゃないけど、私の、この二十五年間で培ってきた恋愛眼は誤魔化せない。

 普段、無表情を貫いて機械的な動きをする竹世ちゃんが、遊子橋さんと接する時だけは、心なしか、人間らしいというか――隙のある行動をする。

 それは、曲がりなりにも神社で一緒に生活している、私だからわかることなのかもしれないけど。

 え? じゃあ、同じく神社で生活してるはじめちゃんも、気付いてるのかって? そんなわけないじゃん。あんな、鈍さに鈍さを掛け合わせて煮詰めたみたいなにぶちんが、ひとの恋愛の機微を理解できるわけないじゃん。

 善乃ちゃん辺りは、気付いてるかもだけど。

 と、まあそんな話はともかく。竹世ちゃん本人の、反応としては――

(ななな、なんのことを言っているのかわかりませんがガガガ)
(ああ、壊れたロボットみたいになっちゃった……!)

 図星を突かれたせいか、目を死ぬほど泳がせながら、たじろぐ竹世ちゃん。頭の下の方でくくった長い髪が、不規則に揺れる。やっぱり、私の眼に狂いはなかったらしい。ほらね。私の良い勘は、よく当たるんだ。

(とにかく! 私たちも楽しむから、そっちも楽しんでね! それじゃ!)
(も、もう、結さんっ……!)

 表情はいつものまま、でも少し頬を赤らめて、怒ったようなそぶりをする竹世ちゃん。

 ……うーん、反応が初心で可愛いな。私もあんなふうだったら、もう少し丁寧に扱われてたのかもなあ。

 そんないきさつで、私たちは二手に分かれた。竹世ちゃんもデートをして、少しでも元気になってくれればいいなあと思いつつ。

「……よし、じゃあまずは、そこの茶屋で団子でも食べますかっ」
「おい、しょっぱなから職務放棄をするな。俺たちは、結界の調査を……」
「別に、そんなに火急のことでもないでしょ。それに、最近は忙しくて二人でのんびりする時間も無かったじゃん? せっかくの非番なんだから、楽しみつつ行きましょうよ」
「それは、そうだけど――」
「じゃあ。ほら、行こうっ!」

 せっかく降ってわいた休暇に、ただ仕事をするだけじゃもったいない。そう思った私は、はじめちゃんの手を引き、大通りに面する茶屋へと誘導する。

 軒先にある、赤い布が張られた長椅子に並んで座り、あん団子とお抹茶を頼んだ。

 んだけど。

「……はじめちゃんてさあ、相変わらずこしあん好きだよね」
「結こそ、相変わらず粒あん好きだよな。普通に考えたらこしあんだろ」

 カーン。と。

 はじめちゃんの無自覚に神経を逆なでする一言によって、言い合いのゴングが鳴らされた。

「はあ? 自分が多数派みたいに言うのやめてくれない? 粒あんだってみんな好きでしょ? 何なら、粒あんの方が多数派でしょ?」
「いや、口当たり的にこしあんが勝ってるのは、火を見るよりも明らかだろう。手間暇がかかっている分、こしあんの方が上等だ」
「はい、出ましたー! こしあん派の口当たりマウンティングー! 大体さあ、手間暇かかってるからってなんなの? なんかこしあん派って、妙に変なこだわり持つ人多いよねっ」
「そんなの偏見だし、そこまで言うなら粒あんの優位性を示してみろよ。まったく、粒あん派は話が出来なくて困るぜ」
「そっちこそ偏見じゃん! てか、美容に無頓着なはじめちゃんは知らないだろうけど、粒あんの方が健康効果が高いんですー。ダイエットとか美肌とか、こしあんよりも優れてるんですー」
「び、美容とかw あんこで摂取できる美容効果なんて、ごくわずかだろw そんなに健康意識が高いなら、甘味じゃなくて野菜を食えって話だw や、やさい食べてますか?w」
「は? 野菜はおいしいから食べんの。それを『良薬口に苦し』みたいな文脈で野菜を食べたほうが健康ですよって上からマウントとるのやめて?」

 と、お互いにヒートアップをし、話も大きく脱線していき、このまま収集がつかなくなるかと思ったその時。

「喧嘩は、やめて~~~っ!!」

 聞き馴染んだ声が、天から降り注いだ。

 振り返るとそこには、人より大柄でおおらかな雰囲気の、色々大きい女子が一人。そしてその隣には、人より小柄でおどおどした様子の、前髪に目が隠れている男子が一人。

「ひ、雛ちゃん、と、太逸くん?」
「もう、肇くん、結ちゃん。こんな軒先で、喧嘩はよくないよ~? こしあんもつぶあんも、どっちも美味しいでしょ~?」
「そ、そうですよ……。いい年をして、みっともないです……」
「う、それを言われると、確かにそうだな……」

 二人の介在によって、矛が納められる。はじめちゃんも太逸君に注意されたことで、反省の色を示してる――うん。ちょっと大人げなかったかな。

「ほら、仲直りのしるしに、お互いのを食べさせ合って~。きちんと、和解しよ~?」
「……そうだね。はい、はじめちゃん。あーん」
「いや、それは流石に――ああ。分かったよ。あーん」

 と言って、お互いの串を差し出し、相手の口に入れ、一粒を交換する。

 しばらく、咀嚼もぐもぐ。そして、嚥下ごっくん

「……うん、こしあんも美味しいよね」
「……ああ、つぶあんも美味いよな」
「うんうん~。分かってくれて、嬉しいよ~。甘味で喧嘩が起きるのは、悲しいからね~」

 言って腰に手を当て、大きくうなずく雛ちゃん。人一倍甘いものが好きな彼女だからこそ、こういう不毛な争いは見てられないのかもしれない。

 まあ、こうやってくだらない話題でヒートアップをするのは、よくあることなんだよね。全部わかった上で、一連の流れを楽しんでるっていうか……、今回は、やってる場所が悪かったな。反省反省。

「それにしても、なんで二人が一緒に居るんだ?」
「な、なな、なんでと言いましても……、ま、まあ、偶々、休みがあったと言いますか……」
「? ふうん、そうなんだ」
「はじめちゃんさあ……」

 美容のみならず人の恋愛事情にも無頓着なはじめちゃんは気付いてないけど、太逸くんは明らかに、雛ちゃんのことを好意的に見てる。

 雛ちゃんも、悪くは思ってないようだし……、上手くいけばいいなと思ってるんだけど。

 そう思うと、私たちの存在はお邪魔かも。そう思った私は、団子を急いで頬張りお茶を飲み干し、はじめちゃんの手を引く。

「お話ししたいのは山々なんだけど、私たち先を急ぐから。後はお二人で、ゆっくりしててっ!」
「はあ? お前、さっきはそんなに急がないって……」
「いいから、行くの! じゃあね、二人とも!」

 そう言って手を振ると、二人も手を振り返してくれる。太逸くんが、心なしかほっとしたような反応をする――

(うんうん。がんばれ、青年!)

 と、心でエールを送った私は、次の目的地へと、はじめちゃんの手を引く。

 肌寒い空気が、私の体を軽快にさせた。
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