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第一章「和」国大乱

第四十四節「災害」

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「これが、神様――」
「――国を造った、だいだらぼっち」

 俺たちは『それ』を見上げ、口をそろえてその壮大さを述べる――称える。

 だいだらぼっち。

 日本各地に伝承が伝わる、大地の形を変える巨人。

 富士山を創るために琵琶湖の土地をえぐったとか、そんなとんでもない逸話まで伝わっている古代の神。

 幼い頃、テレビのコマーシャルに出ていたそれを見た時は、なんだかおもしろい語感の巨人だなと思っていたが――とんでもない。

 目の前にいる『それ』は、そんなコミカルな代物では断じてない。

 一言で表すなら、まさしく神。

  土、石、木、水、火――この世の全ての根源を一身に宿すかのような、描写のしがたい、神々しい巨人。

『それ』が歩くたびに、地響きが――いや、地震が起きる。小さな丘を、まるで砂場の山を崩すかの如く破壊し、何キロにも亘る足跡を付けていく。『それ』の神力は乱気流を呼び、空に重く厚い雲を侍らせ、雷雨の伴う嵐を呼んでいる。『それ』の手足が木々に触れるたび、それらは火を噴いて燃え上がり、一瞬で灰燼と化す。

 紛れもない、天災。人の力が及ぶはずもない、神の力。

「はは、いやいや……こんなの、どうしようもねえだろ……」
「っ、でも、ここで私たちが諦めるわけには……!」

 俺は遊子橋さんの半身を抱えながらも、彼我のあまりの力の差に、枯れた笑いを出してしまう。結は何とか、俺や己を鼓舞しようとするが――それも、空元気だ。いつも溌溂な元気を湛えている目に、影が差している。

 無理もない。むしろ、あんなものに対抗できると、本気で思う方が常軌を逸している。神の力に絶望するのは、それに産み落とされた人の子ならば当たり前のことだ。

 ――しかし。

「……あれ、東に向かってるな。ってことは、やっぱり――」
「うん。だいだらぼっちは、人間の領域の端まで行って、そこに山を――壁を作る気なんだ。さっき遊子橋さんが言ってたみたいに」

 何とか思考を回し、言葉を繋ぐ俺たち。こいつは、人と妖怪の領域を完全に分けるために、遊子橋さんに召喚された。このまま放っておけば、もう取り返しがつかなくなることは、目に見えている。

「……無駄かもしれないけど、やるだけやるしかないよっ」
「――そうだよな」

 よし! と。

 何も良い状況ではなかったが、それでも俺たちは、両手で自分の頬をぴしゃりとうつ。ここでただ絶望していても、状況が好転するはずもない。
 
 徒労に終わろうとも、例え蟷螂の斧だとしても――遊子橋さんがそう決断したように、俺たちだって、ここで引くわけにはいかないのだ。

「遊子橋さんはここにおいておけば、大丈夫だろう――いくぞ、結!」
「合点承知っ!!」

 俺たちは息を合わせ、比翼連理を指輪に感じつつも、『動静自在』を全力で飛ばす。既にかなりの速度で大社から離れている、『それ』に追いつくため。

 ものの数十秒で、その影を捉えることはできたが――やはり間近で見ると、恐ろしく巨大だ。途轍もない迫力だ。轟音をまき散らしながら、歩く先にあるもの全てを蹂躙していく。

俺たちは足を走らせ、大地を破壊しながら進むだいだらぼっちと並走をする。

 周りに渦巻く、砂塵やら暴風やら火の粉やらが俺たちを襲う――が、物の向きを変える『向背操縦《こうはいそうじゅう》』によって、ある程度のものは弾ける。視界も、思ったよりは確保できた。後は、こいつを止めることだけを考えなければ。

「しっかし、思ったより速いぞ、こいつ……!」
「やばいね……、この調子だと、あと一、二時間もあれば、人の領域についちゃうかも」

 遠目に見ていた時は分からなかったが、とんでもない速さで――高速道路をかっとばす自動車くらいのスピードで、こいつは歩いている。俺たちに残された時間は、本当に少ないらしい。

「ようし、そうと決まれば! フリー・ムーブメン……あれ?」
「どうした、結?」
「いや、何か……『フリー・ムーブメント』!! ……あれえ?」

 両手をだいだらぼっちの方に向けて、術名を呼ぶ結だが――鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、首をかしげている。何か、おかしなことでも……。

「……『動静自在』――っ、これは――」
「気付いた? はじめちゃん」
「ああ――どういうわけだか、掴めない。だいだらぼっちを対象として絞ることが、できない」

 そう。今、結があたふたしていた理由。端的に言えば――つかめない。

『かからない』のではなく、『効かない』のでもなく。そもそも、だいだらぼっちの実態を認識することができない。目の前のコップを掴みたいのに、それが手をすり抜けるかのような感覚。まるで、はじめからそこに存在していないかのような感覚。

「『森羅探求』でも、調べられない……肉体も魔力も、まったく観測できない。これじゃ、魔術は使えないぞ」
「で、でもっ、じゃあどうするの? まさか、タックルして止めるとか?」
「いや、これにフィジカルで挑むのは、流石に無謀がすぎるだろう……」
「じゃあ、うなじを……」
「今の俺にそれを突っ込む気力はない!」

 結の場合、本気で言ってるのか冗談で言ってるのか分からないところはあるが。

「じゃあ、どうすんのっ!」
「待て、今、考えるから……」

 考えろ。こいつを止める方法。物理も魔法も、こいつ自身には効かない。ならば、別のアプローチを――このだいだらぼっちではないところにアプローチする方法ならば?

「……そうだ。こいつは、地面を歩いて、木々を薙ぎ倒してるんだろ。つまり、それらはあいつに触れられるってことだ」
「どういうこと?」
「直接的じゃなくて、間接的に――周りの環境とか、自然とかを使えば、あいつに干渉できるかもしれないんじゃないか?」

 理屈は分からないが、あいつは確かに今も、俺たちが並走する横で、大地に足跡を付け続けている。つまり、そういった自然物を利用して、こいつを足止めできるかもしれないということだ。

「な、なるほど……具体的には?」
「足を狙うしかないだろうな。俺たちの持てるリソースを全て注ぎ込んで、あいつをこかせることができれば――もしかしたら、頭を打って失神でもしてくれるかもしれない」

 そもそもこの神話の巨人に、そんな手法が通じるかは分からないが――しかし、神様だって死ぬときはあっさりと、それもふとしたことが原因で死ぬ。古事記にだって、そう書かれている。

 万が一、いや億が一くらいの確率しかないのは重々承知だが、それでもこれしかない。今の俺たちには、それが限界だ。

「この作戦でいくしかない」
「……そうだね。分かった、全力でやるよ」

 と、脚を止めずに作戦会議をした俺たちは、更にスピードを上げる。だいだらぼっちより先に進み、罠を仕掛けるために。

「……っ、と。視界が開けたな」

 ギアを上げて先回りをし、だいだらぼっちの周囲の乱気流から抜け出す。雷雨や火塵から逃れ、晴れた空が覗く。『それ』を後ろ目に見つつ、距離を取って、何十里も前へ。

 見渡すと、山、林、平原、それに、川。ありふれた自然が広がっている。一見すると、使えそうなものは無いが……。

「大岩かなんかで、あいつの足を引っ掛けたいところだけど――そもそもあいつの足がデカすぎて、半端なもんは逆にはじかれるだろうな」

 さっき奴に近づいたときに目測したら、だいだらぼっちの足の長さは350mほどだった――とんでもないデカさである。そんな巨大な足に、中途半端な罠を仕掛けても意味がないだろう。

「じゃ、落とし穴をつくるのはどう? 地表じゃなくて、地下に仕掛けるのは?」
「悪くないとは思う……けど、今からここに穴を作るには時間がかかる。そもそも、その穴を避けて通られたらおしまいだ」

 こうして頭を悩ませている間にも、遠くで破壊音を響かせながら、だいだらぼっちは刻一刻と迫っている……くそ、何かないか。

 あの災害級の巨人を、いや、災害そのものを打ち消す、何か――

「――災害、か」
「はじめちゃん……?」

 絞り出した一言に反応し、結は俺の顔を覗き込む。何か案をひらめいたのを察したのだろう。俺は彼女の目を見て続ける。

「そうだ。あいつは、災害そのものなんだ――なら、別の災害で迎え撃つしかない」
「別の災害、って……そんなこと」
「いや、できる。今、この場所で、俺たち二人でなら、簡易的な災害を生み出せる」

 言うと俺は、高く盛り上がった山を――だいだらぼっちの歩くルートの脇、緑に生い茂る、綺麗に三角の形になっている山を見て、結に告げる。

「結。まずはあの山の斜面の木を、根絶やしにするぞ」
「ね、根絶やし!? なんでいきなりそんな物騒なこと!?」
「うるさい。物騒にでもならなきゃ、あいつは止められない――行くぞ!!」

 俺はすぐさまそこを飛び立ち、眼前の山の頂上を目指す。結は困惑した表情をしつつも、俺の後ろをピタリとついてくる。

 そして、その山頂、冬だというのに生き生きとしている木々に囲まれたポイントに到着する――この常緑樹たち、及びそこに住まう生態系を殺すのは忍びないが、そんなことを言っていられない。事態は急を要する。

「全開で行くぞ、結」
「う、うん、分かったよ」

 結に合図を送ると、彼女は戸惑いつつも、俺に合わせて魔術の発動に備える。

 そして、二人は息を合わせて魔力を巡らせ、術の展開を行う。

「――『状態変化ステイトチェンジ気炎万丈オーバーヒート』!!」

 俺たちがその呼び名と共に魔力を放出すると、視界一面に、炎が巻き起こる。

 猛る炎は周囲の木々に延焼し、内部の水分ごと蒸発させながら燃焼させていく。

 これは、温度を操る『状態変化じょうたいへんげ』の応用。ただひたすらにものを燃やすことを目的とした、魔術の使役。超高温の炎を周囲にまき散らす、『気炎万丈きえんばんじょう』の煌めき。

 あまりの高温に、青い炎が点在しているほどだ――こんな大業、中々披露する機会もない。

「くぅ、熱を遮断してるとは言え、流石に塞ぎ切れない~! めちゃあつい~!!」
「我慢しろ! このまま下まで突っ切るぞ!!」

 言わずもがな、俺たちの周囲は適切な温度を保つようにしているが――それでも、そのバリアを貫通してくるほどの熱波だ。結が大口を開けて不満を垂れている。

早くこの山の斜面を下り、ふもとまで一直線に、生木を燃やさなければ。俺たちは一斉に地面を蹴り、全速力で坂道を駆け始めた。

「下り坂全力ダッシュとか、高校生以来なんですけどーっ!!」
「集中しろ、結!」

 てか、高校生までそんなことやってたのかよ!

 ダッ、ダッ、ダッ! 俺たちはごうごうと燃え盛る豪炎を纏いながら、『縦横無尽』に坂の勢いを乗算し足を進める。止まらない加速に体勢を崩さないよう、とにかく前へ。

 そして、ものの十数秒後――火だるまになって駆け落ちたその先、標高が500メートルほどはあった山の、ようやく麓が見えてきた。

「あと、少し――!」
「――ようし、とうっ、ちゃああああくっ!!」

 ずざああああああっ!! と。

 山の斜面から麓に着地したと同時に、足を踏ん張って減速する俺たち。勢い余り、数十メートルほど慣性で土を抉ってしまった。

「はあ、はあっ……はじめちゃん、これでいいの?」
「あ、ああ。成功だ。山の一面、全部禿げあがった」

 俺たちは今下ってきた山を見上げ、術を解除する。俺たちが通った道を軸に、その周りの草木がすべて消滅し、大地が露になっている。未だ燃えている木々もあるほどだ。

あの調子だと、ちゃんと根っこまで根絶できたろう。ひとまず、計画通りだ。

「で、ここからどうすんの?」
「火の次は、水だ。禿げあがらせたあの地面に、大量の水を含ませる」
「水? 水、って――ああっ! なるほどね!」
 
 終始はてなマークを浮かばせていた結が、その単語を聞いた瞬間、目を輝かせて手を打った。

 そう。結の気付いた通り。

 俺たちが今起こそうとしているのは、降水の多い日本でならよく耳にする災害。家も村も町も、すべての営みを押し流してしまう大地の奔流。

「俺たちは今から、土石流を――土砂災害を起こす」
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