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BarINC
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しおりを挟む窓の外では、濡れた街路がネオンを反射していた。
青と赤と紫の光が歪みながら石畳に伸びて、夜の闇に溶けてゆく。
ブラインドの隙間からこぼれるその光が、くたびれたオフィスの空気をかすかに染めていた。
安物の蛍光灯が時折ちらつき、どこかからは旧式のタイプライターを叩く音が響いてくる。
埃とインク、濃いコーヒーの香りが入り混じる空間。
ジャドは古びたソファに深く腰を下ろしていた。
コートの裾は濡れ、ボサボサの髪にはまだ雨滴が残っている。
シャツのボタンは一つ外れ、ネクタイはゆるく緩んだまま。
乱れたメガネの奥で、紫の瞳だけが鋭く光っていた。
机の上には、分厚いファイルが数冊積まれている。
どれも最近立て続けに報告された同種の事件だ。
夢のような記憶、意識のない性交、そして処女懐胎。
共通するのは「淫魔」という単語。
苦味の強いコーヒーを啜りながら、ジャドは書類を乱暴に閉じた。
だが胸の奥に疼くものがある。
これは、ただの性犯罪にしては、引っかかる点が多すぎた。
記憶を喪失していること。
そして、全員が「夢の中で犯された」と証言していること。
舌打ちする彼の前で、木製のドアがきしみながら開いた。
「またこんなオカルトまがいを押し付けやがって。」
皺の寄ったスーツを着た中年の刑事、風紀課の男は口角を上げる。
「淫魔はそっちの専門だろう?」
「淫魔?処女受胎やサキュバスなんてのは、心無い人間に囲まれた弱者が生き延びる為の言い訳なんだよ。」
男は煙草に火をつけ、ジャドに煙を向けるように吹きかけた。
「怪奇課は暇だろ? そう言わずに、この淫魔を調べろよ」
灰色の煙がじわじわと広がり、二人の間に薄い膜を作る。
ジャドは煙を手で払いながら、内心の苛立ちを抑える。
焼けた煙草の匂いが、古い絨毯と混ざり合い、室内に淀んだ重さを与えていた。
「ふざけるな。これは風紀課の仕事だろ。この事件の登場人物は、神でも悪魔でも処女でもなく、卑劣な強姦魔と無知で不幸な子供だ。」
「だったらなんで、教会はなくならないんだろうな?」
男はため息まじりに言った。
「お前らと違って、人間相手の仕事をしてるからさ。みんな愚痴を聞いてもらって、数回祈っただけで救われる世界で生きていたいのさ。」
ジャドは視線をファイルに落とし、ゆっくりと言った。
「誰も神なんて信じちゃいない。だけど、教会が在り続けるのは、無くなったら食えなくなる人間が多すぎるからだ。」
風紀課の男は、どこか投げやりな仕草で立ち上がる。
椅子の脚が床を擦る音が、やけに大きく耳に残った。
ジャドは目を細めたまま、それを見上げる。
「それに、この事件は被害者全員が、人じゃない何かにやられたって言ってるんだ。そうなると、うちは動きにくくなる。」
男は皮肉を込めて笑い、煙草を灰皿に押しつけた。
「便利だな。人じゃないって言い張れば、あとは俺ら任せか。」
「教会筋も騒いでる。淫魔だの神の試練だのと。けどな、ジャド。何人かの証言に、現実的な共通点があった」
ジャドの指がピクリと動いた。
ファイルの中にも、確かに似たような証言があった。
「街の外れにあるバー。女たちは皆そこの常連だったらしい。」
「バー……か。」
低く呟いたジャドは立ち上がり、コートを羽織った。
書類を小脇に抱え、足を向ける。
「気をつけろよ、ジャド。見たことのないものを見つけちまうと、もう元には戻れないぜ?」
背中越しに聞こえたその言葉に、ジャドは立ち止まり、笑った。
バタン、とドアが閉まる。雨脚がまた一段と強くなっていた。
夜の底で、ノイズ混じりの街灯が滲んでいる。
ジャドはコートの襟を立て、雨に濡れた路地をバーへ向かって歩き出した。
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