One Night Lovers

TERRA

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Night & Day

8

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朝の光がぼんやりと窓際に広がる。  
キッチンでは、かすかな湯気が立ち上っていた。  

先嶺は、ぼんやりとマグカップを手に取る。  
どこか無意識の動作だった。  
けれど、指先が少し滑る。  

カシャン

乾いた音が響いた。  
床に散らばる陶器の破片。  

一瞬、時間が止まる。  
静寂の中で、先嶺はただそれを見下ろすだけだった。  

「先輩……怪我してないですか?」  

後藤の声がすぐそばから落ちてくる。  
先嶺が顔を上げると、後藤はキッチンのカウンターに肘をついていた。  

「……うん。大丈夫。」  

後藤はテキパキと破片を片付けていく。  
「そうだ。今日はペアのマグカップでも買いに行きます?」  

「……ペア?」  
「そうそう。どうせなら、俺と先輩ので揃えません?」  

その言葉が、妙に胸の奥に響いた。  
自分のマグカップではなく、ふたりのマグカップ。 

先嶺は片付けられていく破片を見つめた。  


午後のインテリアショップ。  
棚には色とりどりのマグカップが並び、柔らかな照明に照らされている。  

「これどうですか?」  
後藤が手に取ったのは、遊び心のあるデザインのマグカップ。  
取っ手を組み合わせるとハートの形になる、乙女趣味な色合いのマグカップだった。

「いや、ちょっと派手すぎない?」  
先嶺は僅かに眉をひそめる。  
「確かにちょっと、家のインテリアには合わないかも」

「じゃあ、これは?」  
先嶺が手に取ったのは、シンプルなホワイトのカップだった。  

「え、味気なくないっすか?」  
「そうかなぁ。」
「これだとペア感ないから淋しいですよ」  

二人の何気ないやり取り。  
それは、ただの買い物なのに、どこか軽やかだった。  

最終的に選んだのは、落ち着いた色合いで、でもどこか遊びのあるラインが入ったペアのマグカップだった。  

「これなら、どっちも納得っすね。」  
後藤が満足げに言うと、先嶺も小さく笑った。  

「この家のために買った、初めての二人のものかもね。」

その言葉が、ふと零れる。  
先嶺自身が言った瞬間、少し驚いた。  

後藤はその言葉に、微かに目を細めた。  
「……そうですね。」  

新しいカップを持って、二人は店を出る。  
外の空気は清々しく、まるで何かが新しく始まったような気がした。  
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