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籠の鳥
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しおりを挟む朝の光が静かに本館へ満ちていく。
朱塗りの柱が優しく輝き、障子越しの淡い陽射しが畳を染める。
かすかに焚かれた香の匂いが空気に溶け、館はゆったりとした呼吸を繰り返していた。
伊織は、丁寧に膳を運びながら廊下を進んでいた。
ひとつ、ひとつ。
滑るように布の袖を整え、器の揺れを確認しながら歩む。
六歳の体にはまだ、この作業は馴染まないけれど、それでも懸命に努めていた。
浪漫亭の空気は静謐で、格式のある優雅さと、張り詰めた厳しさが共存している。
この場に身を置く者は、誰もがその流れに染まり、規律を守りながら日々を紡いでいた。
右側の建物。従業員が寝泊まりするための施設はすでに完成し、夜になるとその奥で休息を取る者たちの気配が漂う。
しかし今、話題に上がっているのは、左側の新たな増設についてだった。
「左の建物、そろそろ骨組みができあがってるらしいな。」
昼の休憩時間、庭の隅で従業員たちが静かに話している。
伊織は、廊下の端に佇みながら、その言葉に耳を傾けた。
「旦那様、浪漫亭をもっと大きくするつもりか。あそこ、どうするんだ?」
「さあな。客が増えてるし、泊まる場所を増やすんじゃないか。」
「でも、ただの客間を増やすだけなら、こんな造りにはならないだろ。」
風が優しく庭の楓を揺らす。
その影が石畳に淡く落ち、まるで揺らぐ水面のようだった。
伊織は、それをぼんやりと眺めながら、従業員の話に耳を預け続けた。
「それにしても、旦那様の金の回し方は見事だな。」
「まあ、そりゃそうだ。浪漫亭の繁栄は続くさ。」
その声には、どこか淡々とした響きがあった。
日常の一部として、旅館が変化していくことに慣れているのだろう。
右側の建物が整い、今度は左側の増設。そうやって、浪漫亭は少しずつ形を変えていく。
伊織は、静かに息を吐いた。
本館の流れるような規律の中で、小姓として働く自分。
新しい建物ができても、自分の務めは変わらない。
規則正しく膳を並べ、廊下を清め、客人をもてなし、決められた仕事を続けていく。
夕暮れに近づく時間、縁側から射し込む光が少しだけ琥珀色に染まり始めた。
新しい建物のことは、今の自分には遠い話。
ただ、浪漫亭という大きな流れの中で、小さな歯車として、今日も歩み続けている。
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