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ホワイトルーム
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扉が開いた瞬間、空気が変わった。
白に閉ざされた部屋に、外の匂いがひと筋だけ流れ込む。
壁際で膝を抱えていた僕は、反射的に身を竦めた。
足音が近づく。
視線がぶつかる。
その顔を見た途端、胸の奥が跳ねた。
知らないはずなのに、血肉が覚えている。
「……久しぶりだな」
低く落ち着いた声。
探るように、僕の反応を待っている。
「……と言っても、覚えてないか」
言葉は重く沈む。返せない。
彼は首をわずかに傾け、微笑の影をつくった。
「怖がらなくていい。……ほら、そこは寒いだろ」
手が差し出される。
躊躇いながらも、僕は導かれるようにベッドへ腰を下ろした。
距離が近い。
熱が伝わる。
「ここの暮らしは、どうだ?」
答えは喉の奥で渦巻くだけ。
言葉にならない沈黙が重なる。
「記憶は、どのくらい残ってる?」
視線が揺れる。
思わず口が動いた。
「……僕は、誰?」
沈黙。
彼は答えない。
その沈黙が、却って苦しかった。
「……何で、こんなところに……?」
問いは空に消え、代わりに彼が小さく息をつく。
「毎日、夢を見るんだ」
僕の呟きを受けるように、彼はポケットから赤い果実を取り出した。
手のひらの鮮やかさが、この世界で唯一の色に見えた。
「……食えよ。好きだったろ?」
渡される。
かじる。
果汁が舌を濡らす。
甘いのに、どこか苦い。
「美味いか?」
頷く。
その瞬間、頭を撫でられた。
――夜の片隅。
――体温を分け合った。
――唇が触れ合った。
記憶のような、夢のような映像が押し寄せる。
僕は呟いた。
「……この手を、知ってる」
視界が歪む。
赤が広がる。
「え……ここは……?」
手から果実が滑り落ちる。
床に芯だけが転がる。
――そこで時間が途切れた。
しばらくして、扉が再び軋む音がした。
彼はもういない。
代わりに入ってきたのは、斧を握りしめた男だった。
足音は重く、ためらいがない。
刃が白光を弾き、次の瞬間には振り下ろされていた。
肩ごと肉が裂ける。
頭蓋の中で鐘が鳴り響く。
視界が血に染まっていく。
声をあげる間もなく、斧が再び落ちる。
骨が砕け、頸椎が軋む音が耳を貫く。
温かいものが喉から逆流し、口いっぱいに鉄の味が広がった。
床は瞬く間に赤に覆われ、白の世界はどこにもなくなる。
最後に目に映ったのは、部屋の隅に転がった果実の芯。
それに向かって、反射的に手を伸ばした。
掠れた指先が宙を掴む。
血の匂いとともに、世界が再び途絶えた。
白に閉ざされた部屋に、外の匂いがひと筋だけ流れ込む。
壁際で膝を抱えていた僕は、反射的に身を竦めた。
足音が近づく。
視線がぶつかる。
その顔を見た途端、胸の奥が跳ねた。
知らないはずなのに、血肉が覚えている。
「……久しぶりだな」
低く落ち着いた声。
探るように、僕の反応を待っている。
「……と言っても、覚えてないか」
言葉は重く沈む。返せない。
彼は首をわずかに傾け、微笑の影をつくった。
「怖がらなくていい。……ほら、そこは寒いだろ」
手が差し出される。
躊躇いながらも、僕は導かれるようにベッドへ腰を下ろした。
距離が近い。
熱が伝わる。
「ここの暮らしは、どうだ?」
答えは喉の奥で渦巻くだけ。
言葉にならない沈黙が重なる。
「記憶は、どのくらい残ってる?」
視線が揺れる。
思わず口が動いた。
「……僕は、誰?」
沈黙。
彼は答えない。
その沈黙が、却って苦しかった。
「……何で、こんなところに……?」
問いは空に消え、代わりに彼が小さく息をつく。
「毎日、夢を見るんだ」
僕の呟きを受けるように、彼はポケットから赤い果実を取り出した。
手のひらの鮮やかさが、この世界で唯一の色に見えた。
「……食えよ。好きだったろ?」
渡される。
かじる。
果汁が舌を濡らす。
甘いのに、どこか苦い。
「美味いか?」
頷く。
その瞬間、頭を撫でられた。
――夜の片隅。
――体温を分け合った。
――唇が触れ合った。
記憶のような、夢のような映像が押し寄せる。
僕は呟いた。
「……この手を、知ってる」
視界が歪む。
赤が広がる。
「え……ここは……?」
手から果実が滑り落ちる。
床に芯だけが転がる。
――そこで時間が途切れた。
しばらくして、扉が再び軋む音がした。
彼はもういない。
代わりに入ってきたのは、斧を握りしめた男だった。
足音は重く、ためらいがない。
刃が白光を弾き、次の瞬間には振り下ろされていた。
肩ごと肉が裂ける。
頭蓋の中で鐘が鳴り響く。
視界が血に染まっていく。
声をあげる間もなく、斧が再び落ちる。
骨が砕け、頸椎が軋む音が耳を貫く。
温かいものが喉から逆流し、口いっぱいに鉄の味が広がった。
床は瞬く間に赤に覆われ、白の世界はどこにもなくなる。
最後に目に映ったのは、部屋の隅に転がった果実の芯。
それに向かって、反射的に手を伸ばした。
掠れた指先が宙を掴む。
血の匂いとともに、世界が再び途絶えた。
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