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ホワイトルーム
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白の空間に、手が差し込まれる。
髪を梳く。撫でる。
寝起きの身体が小さく震え、思わず声が漏れた。
「……んっ」
その反応に、指先は髪から頬へと滑り、やがて僕の手を掴む。
温度が伝わってくる。
熱は、まだ醒めていない。
昨夜――いや、夢だったのかもしれない。
肌と肌が重なり、荒い息が絡んだ記憶の残滓が、まだ身体に纏わりついていた。
そのせいで、彼の触れ方ひとつに、胸の奥が敏感に揺さぶられる。
「……おはよ」
声が落ちる。
目を開けた。
視界に広がるのは、変わらぬ白。
そして、黒髪の青年の顔。
喉が震えた。
名前を呼べない。
けれど、彼を見ていると、不思議と心臓の鼓動が落ち着く。
「リンゴ……」
思わず呟いた言葉に、青年は眉を寄せ、少しだけ首を傾けた。
「……あぁ、悪い。今日はリンゴじゃなくて、これを持ってきた」
差し出されたのは、一輪の花。
細い茎の先に、淡い紫の花弁が揺れている。
「リンゴの方が、良かった?」
返せない。
胸の奥が、ずきりと疼く。
小さく身体が震えた。
「……大丈夫か?」
声が近づく。
肩に触れられ、支えられる。
「っ……あ、たまが……」
言葉が途切れ、視界が暗転する。
――風が吹いていた。
草の間に、同じ花が咲いている。
その香りに、どこか懐かしさが混じっていた。
「……フェアリーブレス?」
「そう。この花が咲いてると、近くに妖精が居るんだって。だから、この花を辿っていくと……妖精の悪戯で、崖から落ちたりするんだっ………って、おい」
足元が崩れる。
ふいに腕を掴まれ、ぐっと引き戻された。
「わっ」
「言ったそばから、何やってんだよ」
苛立つようでいて、優しい声。
掴まれた手の熱が、心臓まで響く。
「……この花には幻覚を引き起こす成分があるからな。妖精を見たって言って、失踪する連中が多いって聞いたことがある。……まったく、気をつけろよ」
「……幻覚でもいいや」
「……え?」
「だって、現実より……夢の中の方が幸せだから」
青年の目が細められる。
からかうような光を含んでいた。
「俺と居るより?」
「この世界に、二人だけなら……幸せだったかも」
「……へぇ」
「だけど、そうじゃないから」
声が風に流れて消える。
香りが残る。
――そして、白に戻る。
ベッドの脇で、黒髪の青年は黙っていた。
その沈黙が、やけに重い。
勇気を振り絞るように、言葉を落とした。
「……いつかここから、連れ出してくれる?」
彼の顔がわずかに動く。
泳ぐ視線。
「君のこと、昔から知ってた気がする」
声が震えた。
懇願のように、確かめるように。
「なのに、何で……名前も思い出せないんだろう」
彼は、答えなかった。
ただ手を離さずに、静かに僕を見つめていた。
髪を梳く。撫でる。
寝起きの身体が小さく震え、思わず声が漏れた。
「……んっ」
その反応に、指先は髪から頬へと滑り、やがて僕の手を掴む。
温度が伝わってくる。
熱は、まだ醒めていない。
昨夜――いや、夢だったのかもしれない。
肌と肌が重なり、荒い息が絡んだ記憶の残滓が、まだ身体に纏わりついていた。
そのせいで、彼の触れ方ひとつに、胸の奥が敏感に揺さぶられる。
「……おはよ」
声が落ちる。
目を開けた。
視界に広がるのは、変わらぬ白。
そして、黒髪の青年の顔。
喉が震えた。
名前を呼べない。
けれど、彼を見ていると、不思議と心臓の鼓動が落ち着く。
「リンゴ……」
思わず呟いた言葉に、青年は眉を寄せ、少しだけ首を傾けた。
「……あぁ、悪い。今日はリンゴじゃなくて、これを持ってきた」
差し出されたのは、一輪の花。
細い茎の先に、淡い紫の花弁が揺れている。
「リンゴの方が、良かった?」
返せない。
胸の奥が、ずきりと疼く。
小さく身体が震えた。
「……大丈夫か?」
声が近づく。
肩に触れられ、支えられる。
「っ……あ、たまが……」
言葉が途切れ、視界が暗転する。
――風が吹いていた。
草の間に、同じ花が咲いている。
その香りに、どこか懐かしさが混じっていた。
「……フェアリーブレス?」
「そう。この花が咲いてると、近くに妖精が居るんだって。だから、この花を辿っていくと……妖精の悪戯で、崖から落ちたりするんだっ………って、おい」
足元が崩れる。
ふいに腕を掴まれ、ぐっと引き戻された。
「わっ」
「言ったそばから、何やってんだよ」
苛立つようでいて、優しい声。
掴まれた手の熱が、心臓まで響く。
「……この花には幻覚を引き起こす成分があるからな。妖精を見たって言って、失踪する連中が多いって聞いたことがある。……まったく、気をつけろよ」
「……幻覚でもいいや」
「……え?」
「だって、現実より……夢の中の方が幸せだから」
青年の目が細められる。
からかうような光を含んでいた。
「俺と居るより?」
「この世界に、二人だけなら……幸せだったかも」
「……へぇ」
「だけど、そうじゃないから」
声が風に流れて消える。
香りが残る。
――そして、白に戻る。
ベッドの脇で、黒髪の青年は黙っていた。
その沈黙が、やけに重い。
勇気を振り絞るように、言葉を落とした。
「……いつかここから、連れ出してくれる?」
彼の顔がわずかに動く。
泳ぐ視線。
「君のこと、昔から知ってた気がする」
声が震えた。
懇願のように、確かめるように。
「なのに、何で……名前も思い出せないんだろう」
彼は、答えなかった。
ただ手を離さずに、静かに僕を見つめていた。
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