八奈結び商店街を歩いてみれば

世津路 章

文字の大きさ
16 / 45
秋やなぁ

第2話 颯太とグダグダとかけうどん・上

しおりを挟む
「そこっ! なんであんな甘い球逃すんや! おいオッサン、いつもワンテンポ遅いねん! シャキッとせんかいシャキッと! このままやったら勝たれへんぞ!!」
 怒号飛び交うグラウンドを少し離れた植え込みに隠れて眺めながら、なずなは内心ひえぇ、と悲鳴を上げていた。
 紅輔・葵兄妹(と、巻き添えを食らった颯太)の襲撃から一週間。なんとかメンバーをかき集め、運動会当日の紅白戦が成立することになってから最初の土曜日。なずなは敵である紅組の練習風景を、こっそり偵察にきていた。
場所は、八奈結び中央小学校のグラウンド。今回の運動会に向けた練習のため商店街が掛け合って、特別に場所を貸してもらっている。時間はそれぞれ二時間の交代制、今は紅組の番だ。
 だがまだ開始三〇分も経っていないのに、既に一同はぐったりしていた。さいわい曇天で風も涼しい気候だが、いかんせん……のっけからスパルタ全開で、その犯人である紅輔が次々練習メニューをぶっこんでくるからだ。
「ふざけんな、こちとらオーバーシックスティやぞ!」地面にへばりながら抗議の声を上げたのは上山さんだ。「もう少し老体を労わらんかい!」
「俺もこんなに動くん久々やから、ちょいしんどいなぁ……」情けなく笑うのは元プロレスラーの角井さん。「リハビリっちゅうこって、もうちょいお手柔らかにお願いできんか?」
「なに生ぬるいこと言(ゆ)うてんねん!」
 ガツッ、と手にしたバッドの先端を地面に突き刺して、紅輔の喝が飛ぶ。
「もう本番まで二週間しかないねんで! 死ぬ気でいかんでどないすんねや! 世の中気合、気合があればなんでもできる! 気合や! 気合や!! 気合やーーーーーーーー!!!」
「紅輔、ちょっと静かにしてくださいまし」
 気合の焔を噴出させている紅輔……の後頭部を鷲掴みにした葵がそのままぐっと引き下ろして、強制的に鎮火させる。九〇度腰を折らされた体勢のまま、もがもがと紅輔は足掻く。
「水差すな葵! 時間が無駄になるやろ!」
「自分の身体能力が特異だということに、もう少し自覚的になってくださいな兄上。貴方のペースに皆様を付き合わせては、救急車が何台あっても足りませんわ」
 諭すようにそう言って、葵は手を離す。バネのように姿勢を正した紅輔が直ちに噛みつこうとするが、妹は既にその場におらず、メンバーひとりひとりにスポーツドリンクを差し出していた。最後の一つを受け取った小さな影が、焦れたように頭を振った。
「ウチなら大丈夫や! コースケの言う通り、もっともっと練習せんと!」
「……和希さん」
 ふぅ、と葵はため息を吐く。茂みの影でその様子を窺っていたなずなも、同じ気持ちだった。
 野球大会での勝負を持ち掛けられたあのとき、いの一番に賛同したのは和希だった。それも、なぜか繁雄と一緒の白組ではなく――敵方である紅輔のチームに志願した。
 その意外な選択になずなも訳を訊ねたが、「あー、あー! ま、えーやん!」と適当にはぐらかされてしまった。練習前にわざわざこうしてスパイ活動に勤しんでいるのも、大半は彼女が心配になったからだ。
 もっとも、体力面では憂慮していない。もともと和希が運動バカなのは八奈結びでもよく知られたことで、へばっているメンツの中で唯一ピンピンした顔を見せている。大丈夫だ、というのも決して虚勢ではない。
 自分からやる気を見せているときの和希は頑固で引きはしないので、正面から何か言っても通じない。そのことを心得ているのか、葵はちらりと視線を流してため息交じりに言った。
「……貴女のお友達は、大丈夫じゃないようですけど」
「へ?」
 和希が視線の先を追いかけると、小さな選手が二名、地面にヘタっている。
「ミヤ……くらくらやねん……」
「いっ、いや! 俺は全然、ヘーキやで?! ちょーっと、休憩してるだけや!」
 紅組最年少の美也は、葵に渡されたスポーツドリンクをくぴくぴ飲んでいる。そして威勢のよさを辛うじて見せたのは、和希の同級生である吉田少年だ。バスケットボール部のライバルでもある彼に、和希はあからさまな苛立ちをぶつける。
「まったく、だらしないなサルは! こんくらいの練習でバテるとかヤナ小バスケ部のメンバーやのに恥ずかしくないんか!」
「うっさい、体力ゴリラと一緒にすんな! 俺はスマートな頭脳派やねん、今どきスポコンとか流行らんやろ!」
「なんやとぉ!」
「おまえこそなんや!」
 練習疲れも忘れて顔を突き合わせ低レベルな言い争いをするふたりを、茂みの中で苦笑いしながらなずなは眺めていた。和希と吉田が何かにつけてケンカに発展させるのは珍しいことではないが、少し違和感を覚える。
(かっちゃん、いつもはもっと吉田くんをからかう感じやのに……なんか、ピリピリしてる?)
 思えば、もっと練習したいと言い出したのも、余裕のなさを感じさせる。夏休みの宿題を最終日に泣きながらこなしていたときですら心の奥底で、「ま、なんとかなるやろ」と余裕をぶっこいていた和希が、である。
どことなく悲愴ささえ滲ませている――そんな彼女をなずなが見るのは、初めてだった。どうにも野球をするのが楽しそうだからチームに加わった、という様子ではなさそうだ。
 なずなが離れたところで悶々している間にも和希と吉田のいさかいは続いていたが、その真ん中に文字通り割って入る影があった。八奈結び商店街でも人がいいので有名な、北村さんだ。
「かっちゃん、吉田くんも、そこまでにしようか。せっかくの時間がどんどん減ってくで」
「……ふんっ」
 むくれてそっぽ向く和希に微笑みかけながら、北村さんは付け加える。
「最後の一人がなかなか決まらんかったときに、吉田くんが手ぇ挙げてくれてんで。かっちゃんがやるなら自分も、言うてな」
「な、な、何言ってんのん北村さん!」吉田が耳まで赤くする。「べ、別にぃ?! 俺はバカズキだけが活躍すんのが気に食わんかっただけや!! 変な勘違いすんなや!!!」
「ふふ、まぁそんなこんなで、彼がおらんかったら僕らは紅組になられへんかったんやで。大事な仲間や、一緒にがんばって練習しようや」
「……」
 和希はふくれっ面を萎ませると、ずんずん歩いて吉田の隣にまで行った。彼はうっかり蔑称で呼んだ報いに鉄拳をお見舞いされるかと思って身構えたのだが、意外にも和希は頭を下げた。ほんのちょっぴり、だったが。
「……そこんとこは、おおきにな吉田。ウチ、絶対勝たなあかんねん。頼むわ」
「……? お、おう……」
 事態を見守っていた紅組のメンバーも、遠くから見ていたなずなも、本格的に「これはおかしい」と度肝を抜かれた。和希がバカ呼ばわりされて逆上しないどころか、殊勝にも礼して見せるなど、天変地異の前触れにも等しい状況だ。
「絶対勝たなあかんって……どういうことなん、かっちゃん……」
 真意が掴めずつい零してしまったなずなの呟きに、
「まぁ、そういうことだよね」
 と、背後からまさかの相槌が返ってきたので、彼女はしゃがんだままその場でズッコケた。
「ち、ちぃくんっ! もー、びっくりさせんといて……! いったいどこ行ってたん?」
「ちょっと色々とね」
 体勢を直すなずなの隣に、千十世が悪びれもせずしゃがみこんでくる。もともとこの諜報活動は彼が言い出したことだったが、この場に陣取った直後にふらっと姿を消したのだ。そのままなずなはひとり、見つかりませんようにと祈りながら紅組の練習を覗き見ていたのである。
 不在の仔細を話すつもりがないのは目に見て取れたので、なずなは気を取り直し別の質問を投げかける。
「そういうことって……ちぃくん、かっちゃんがどうして紅組に行ったか、理由知ってるのん?」
「んー、まー、そうだけど」
「なぁ、どうしてなん? かっちゃん、いつもと違う様子やし……うち、心配で……」
 それは紛れもないなずなの本心だった。気の弱い彼女が隠れて覗き見に赴いたのも、この前から続く悪寒を振り払おうとしてのことだ。だが今のところ、それを解消する材料は皆無だし、むしろ悪くなる一方だった。
 そんな曇り顔の彼女を見向きもせず、千十世はあっさりと返す。
「なっちゃん、それは無意味だよ」
 突き放した発言になずなが目を丸くしている中で、彼は持参のオペラグラスで紅組の練習風景を覗き込みながら、読み飽きた絵本をめくるようなぞんざいさで続けた。
「結局、なるようにしかならないんだ。和希も、あの兄妹も、そして繁雄も――それぞれがそれぞれの選択を採って、ぶつけあって、対決しようとしている。外野はそれに引きずられるだけで、何も変えることができない。だから彼らが何を望んで何を選んだか、知ったところで意味はない――それを心配することもね」
 具体的なことを述べているような、そうでないような……そんな煙に巻くような言い方は、この少年のクセだった。大阪の人間にもかかわらず訛りのない口調も相まって、それはどこか冷血にも響く。なずなのなけなしの自信はみるみる縮んで、肩を丸めさせた。
「外野かぁ……うちはなんも、できんのかなぁ」
「できるよ」
 かと思えばあっさりそんなことを言うので、なずなはまたもずっこけてしまう。軽く尻餅をついて唸っている彼女に、千十世は性悪な笑みを寄こした。
「簡単だよ、外野でなくなればいいんだ。なっちゃんもなっちゃんの選択をして、対決の場に臨めばいい。バカみたく勝手に盛り上がってる当事者たちの中に、乱入すればいいんだ」
「うちの、選択……」
 なずながズレた眼鏡を直しているうちに、千十世はオペラグラスを持つ手を下げる。
「まぁ、今回なんかはまだ分かりやすいよね。野球に勝てばこれまでどおり、負ければシゲはあのうどん屋から――八奈結びからいなくなる。少なくとも、高校を卒業するまでの間――ひょっとしたら、その後も帰ってこないかもしれない。あのお嬢様はやり手だからね」
 う、となずなも言葉を詰まらせる。
 紅輔が着ていた制服は、大阪府外の名門私立高校のものだ。確か彼はそこで寮生活を送っている、と風の噂で聞いたことがある。そして今回の勝敗如何によっては――繁雄も、そこに加わることになるかもしれないのだ。
 紅輔と葵の実家は、大阪でも知られた繊維問屋だ。国内外から仕入れた生地の一大流通網を一代にして確立した両親は有名で、ときおり宣伝の一環としてテレビに出演したりもしている。財力は申し分ないうえに各方面にコネがあるらしく、繁雄の転入くらいわけないだろうことはなずなにも想像がついた。
 そしてそれは、案外繁雄にとって悪い未来ではないかもしれない。かつての相棒と再び野球に打ち込んで、普通の高校生として学校生活を送って、葵のように慕ってくれる可愛らしい後輩も応援してくれて――毎日うどん屋を繁盛させようと四苦八苦するより、たくさんの幸福がそこには待っているのかもしれない。
 その未来の中に八奈結びは、自分は、いないのだとしても。
「そういう岐路に立っていて」千十世の声はあくまで淡々としている。「僕らは何かを選ばなきゃいけないわけだ――外野でいなくなるために」
 そこで彼はようやくなずなに視線をやった。
「なっちゃんは何をしたいの? 誰に、どうしてほしいの?」
「うちは……」
 これまで脳裏で渦巻いていた数多の情報が、ここにきて激しさを増す。
 勝負の行方の末に待つもの、普段とは違う和希、それに――繁雄の本心。他にも様々な思いが、心配、という器の中で攪拌される。
だがその勢いが振り切って、突然パタッと止まった。そのとき、心の真ん中に残ったのは本当に他愛ない、単純な願いだ。
 なずなは身体を起こし、改めて千十世の隣に並ぶ。それから曇りない笑顔で、迷いなく述べた。
「どんなことになっても、笑っていてほしい。シゲちゃんにも、かっちゃんにも!」
 そう、勝敗の結果、繁雄が自分たちの前から去ることになったのだとしても……そうならなかったとして。
 その未来が大切なふたりにとって、本当にしあわせなものであるように。
「そのために、うちはうちのできることをする……そっか、それだけのことやねんな。確かに、心配してたって意味ないな」
 もっとも、具体的に何をすればいいのかまではわからない。それでも、指針が定まっただけで胸を覆っていた不安は消え去った。
 まったく、そんな簡単なことに気付くにも時間がかかるなんて……となずなが自分に呆れていると、隣からくすくす笑う声が聞こえた。
 それは普段彼が見せる人を小ばかにした薄ら笑いでなく、心から楽しく思っているのが感じられる朗らかな微笑みだった。
「どうしたん、ちぃくん」
「いやぁ……だからきっと、なっちゃんなんだなぁって思って」
「? おかしなちぃくん」
 答にならない答を言って笑ってばかりの千十世に、なずなは首を傾げる。そしてふと気づいて訊ねた。
「せやったら、ちぃくんはちぃくんの選択をしたってこと? いったいどんなん?」
「……僕はね、」
 
 ズパァンッ!!

 千十世の言葉を、激しい物音が容赦なく遮る。
 ふたりが正面、グラウンドの方を見ると、そこにはある変化が起こっていた。
「……やるやないか、ジジイ」
「はっは! まだまだ若いもんには負けんわい!」
 相対する、投手と捕手。球を投げたのは他ならぬ紅輔で、それを受けたのは――商店街理事長の久保田壱之助だ。
 いつの間に着用したのやら、きちんとしたキャッチャーマスクにプロテクターを装備している。立ち上がってスローイングし紅輔へと球を投げ返す動作も、なかなかサマになっていた。取り巻いて眺めているチームメイトも、離れた場所で隠れ見ているなずなも、理事長の意外な一面に驚いている。
「遠慮は要らんでぇ、ぼうず」再びしゃがみこみ、ミットを構えた壱之助が言う。「なんせ、シゲ坊にキャッチング教えたんは儂やからな。ガンガン放り込んで来い」
「――言うたな」
 紅輔はにやり、と口角を上げる。八奈結びに来てから不機嫌に喚き散らすばかりだった彼が見せる、それは無邪気な少年の笑みだった。
 唇の高さに両手を上げると、左にはめたグローブが顔の下半分を覆い隠した。自然、目元だけが露わになる。それが一層、その鋭い眼光を際立たせた。離れた場所にいるのに――自分に向いているわけではないのに、なずなはその殺気すら窺わせる獰猛な視線に射抜かれ背筋が震えた。
 まるで、もう何日も餌にありついていない野生の虎だ――中学の時の紅輔は、あんなだったろうか?
 ふと過ったその疑問になずなが戸惑っている間に、紅輔は半身を反らせながらおもむろに両手を胸元へと下ろす。と、同時に、左足が畳まれながら持ち上がって、一瞬のタメののち、
 弾けた。
 ぐりっと全身を押し出す軸足。
勢いのまま前方に飛び込む左足。
それらが生みだしたバネに激しくしなる右腕。
 そのすべての勢いを受けて射出された白球は、

 ――ズパアァンッ!!

 さきほどより強烈な産声を上げて、キャッチャーミットに収まった。
 あまりの衝撃にミットの中から白煙が立った……ような気がしたが、それは無論なずなの錯覚だ。眼鏡をとり思い切り目をこすってからかけ直すと、壱之助が立ち上がって紅輔へとボールを戻すのが見えた。
ふたりは周囲を気に掛けもせず、ピッチング練習を続けた。球種はカーブとスライダー、それから火花を散らすように駆け抜けていくストレート。それらはいずれも、中学時代より磨き上げられていて、まるで別人のようにさえ見えた。
「ふぅん、練習は続けてたんだ〝リスバン王子〟」
 ぼそり、と千十世が呟く。そう言えば、と、なずなは以前も彼がその呼称を使っていたことを思い出す。それがどういう由来なのか訊ねる前に、
「ええ、紅輔にはそれ以外にありませんもの」
 と背後から鈴を鳴らすような声が割って入った。
「あ、葵ちゃん?! いつの間に……っ」
「つい今しがたですわ。スパイ行為はもっと密やかに働かなくては……バレバレでしたわよ?」
 ふふん、と不敵な笑みを湛えて、葵がなずなと千十世の後ろに立っていた。校舎とグラウンドの、人が二人並ぶのが精々という猫の額ほどの植え込みに、音もなく気配もさせず接近した――その手腕に戦慄しているなずなの隣で、うっとおし気に千十世が振り返る。
「ふぅーん、そうなんだー。てっきり去年の甲子園予選を初戦敗退で、心が折れて止めちゃったのかと思ったよ。一部気の早い記者に『リストバンドを着けたニューエース、誕生!』なんて書かれてたのが恥ずかしくて、もう表に立てないものだとばかり……今年の試合にはエントリーすらしてないみたいだし」
「あら、よくご存じですのね。マイナーな地方紙に少しばかり載っていた程度の情報ですのに」
「今どきネットで何でもわかるよ。シゲが熱心に調べてたからね」
 なずなは目を丸くした。中学を卒業して疎遠になった後も、繁雄は元相棒を気にかけていた、ということらしいが、そんなことは初めて知った。誰にも気づかれないようにこっそり追いかけていたのだろう(そしてそういう秘密をどこからともなく暴き立てるのが千十世の得意技でもある)。
 千十世は侮蔑を隠しもしない笑みを口端に引っ掛けた。
「影ながら見守っていたシゲの心境はお構いなしに、いきなりやってきて『もう一度俺と野球をやれ』、『高校で一からやり直しや』、なんて随分乱暴だね――なんでシゲが高校に進学しなかったか、少なくとも君は見当がついてるんじゃない? それを分かっていてあの兄貴を野放しにしたんだとしたら、君にシゲを慕う資格なんてないよね?」
 言い過ぎだ、といつものなずななら千十世を諫める場だ。だが躊躇いが舌を縫いとめる。それは少なからず、なずなも兄妹に対して抱いていた不満だったから。
 当の葵は、何も言わず口元を引き結んでいる。千十世も無表情になって、吐き捨てるように言った。
「中学のときから君ら兄妹の傍若無人さは気に食わなかったけど、一層酷くなったみたいだ。親御さんはバラエティに出演するより先に、教育方針を見直したほうがいいんじゃないかな」
「――非難は甘んじて受けます」
 静かにそう言って、葵は一度瞑目した。そしてゆっくり瞼を押し上げる。
 迷いひとつ浮かべることのない、澄んだ黒の双眸。それでまっすぐ千十世を見下ろして、
「でも断言しますわ、これは必要なプロセスであると。ワタクシ、誰かにとやかく言われた程度で取り下げるようなヤワな選択をしたつもり、ありませんから」
 天上天下唯我独尊、そう言わんばかりの輝かしい笑顔を残して、その場から去って行った。
 葵のあまりに強靭すぎる心臓に、ミノムシサイズのハートで日々生きながらえているなずなはパクパクと口を開閉させることしかできない。そんな彼女の耳に、
「ああ、そう言えば話の途中で腰が折れちゃったけど」
 と、妙に弾んだ千十世の言葉が入ってくる。
「なっちゃん、僕の選択はどんなかって訊いたよね? 簡単だよ――あの紅輔と葵ふたりの通天閣張りの鼻っ柱をめっきめきに折ってやる、それだけ。ふふっ、ホンットムカつくあいつら❤」
 笑顔を浮かべてはいるものの、こめかみにはビクリと青筋が走っている。
あの回りくどさには定評のある千十世が、ストレートに悪態吐いた。これは相当、おかんむりだ。
 なずなは猛烈に全身を駆け巡った悪寒に、泣きそうになった。それに追い打ちをかけるように、どこか遠く、雷鳴が轟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

煙草屋さんと小説家

男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。 商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。 ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。 そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。 小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

俺をフッた幼馴染が、トップアイドルになって「もう一度やり直したい」と言ってきた

夏見ナイ
恋愛
平凡な大学生・藤堂蓮には忘れられない過去がある。高校時代、告白した幼馴染の星宮瑠奈に「アイドルになるから」とこっ酷くフラれたことだ。 数年後、瑠奈は国民的アイドル『LUNA』として輝いていた。遠い世界の住人になった彼女との再会なんて、あるはずもなかった――そう、変装した彼女が俺の前に現れ、「もう一度やり直したい」と泣きつくまでは。 トップアイドルの立場を使い強引に迫る元幼馴染と、過去の傷。揺れ動く俺の日常を照らしてくれたのは、俺の才能を信じてくれる後輩・朝霧陽葵の存在だった。 俺をフッた幼馴染か、俺を支える後輩か。過去の清算と未来の選択を描く、ほろ苦くも甘い、逆転ラブコメディ、開幕。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件

暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!

処理中です...