俎上の魚は水を得る

円玉

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#021 ヌシ様

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硫化水素を含む湯気が、飛竜達に及ぼす影響を現時点では分かっていなかった事もあり、匂いの強い箇所ではあまり高度を下げずに旋回して観察した。

そのうちに一騎、手振りで合図を見せてから、植生のはげた部分を避けて、低木がちらつく原野に向けて降りていった。

乗っていた文官が酔ってしまったようだった。

それに続いて全員がその近くに降り立ち、一旦地上で休憩を取る事にした。
具合が悪くなった文官は俺が治癒した。
もともと、それほど乗り物酔いしやすい人では無かったからこそ、今回の任務に選ばれたらしかったのだが。

真っ直ぐに飛んでいた分には良かったが、速度が落とされたり、旋回しながら降下したり浮上したりの運動に少々参ったらしい。

どちらにしても、飛竜達にも少し休憩を与えたかったところだったと、マクミランも言っていたからちょうど良かった。

軽く水分補給や軽食を摂ったり、見える範囲でウォーキングしてリフレッシュを図る。

「いや、確かに噂通りの変な匂いですね。腐った卵のような…」
へえ。
こんなキラキラしたカリスマ的美貌の元帥閣下でも、腐った卵の匂いを知ってんだ、などと思ったりもした。

俺は一応、硫化水素ガスが、飛竜達に何らかの影響を与えては居ないかを探ったが、彼らの体調に特段の変化は無く、ほぼ人間と同じ反応と思って良かろうと判断した。

人間よりも体が大きい事で、悪影響の蓄積率も低いと思って大丈夫だとは思う。
念のために読み込んでみた“鑑定”でも、特段の注意事項は無かった。

無論臭いの濃いエリアには極力入らないようにするし、仮に入るならば空気の層の結界を施す必要があるだろう。

一度訪れて、大体の様子が分かっているシモン様が、ウォーキングついでにリオネス様に説明をしながら、あちこち案内をし始める。
大分距離をとりながら騎士達や文官達もついて回って、魔道具に記録をとったりしていた。

この辺りにも、真水の湧く泉もあったのだけれど、大事をとって飛竜達には水魔法で出した水を飲ませた。あと、インベントリから出したリンゴや肉類もあげる。

そうして、人間達も飛竜達も休憩を取っている間、俺とマクミランは原生林地帯全体の魔物や魔獣の生息状況を、かなり広範囲の索敵でざっくりと確認した。

まあ、それなりにいるはいる。

居そうだなと感じるところに普通に生息している。
彼らが迂回しなければ来られないエリアを拠点とするのが得策だろう。
無論、飛翔系の魔獣には無意味とも言えるが、地上を移動する多くの魔獣には有効だから。

ただ、ざっと見た感じ、彼らの殆どは原生林内である程度生態系が成り立っており、よほど妙な刺激でも無ければ攻撃して来そうでは無い。

実際に、あのメゾンのスタッフ嬢の地元での聞き取りでは、原生林近辺に時折猟師が鳥やウサギ、鹿などを仕留めに足を踏み入れるらしいが、それよって魔獣が暴走したりなどのトラブルは聞いた事が無いという事だった。

ただ。
最も奥深いところに、魔物とも違うものを感じる。
危険な気配では無かったが、少し気になった。
地元民に訊いて分かるだろうか。

それらの事をシモン様に話すと、近隣の村にも立ち寄り、その辺の聞き取りもしてみようという事になった。

一応、休憩を終わらせ、一旦原生林の周辺を上空から、索敵も含め遠目にもやや接近できるところは接近してみて観察し、魔道具に記録などを収めてから、いくつかの近隣の村に寄って、原生林に踏み込んだ事のある猟師や村人、言い伝えの類いをよく知る古老などからの聞き取りをして、帰路についた。

古老達の話から察するに、おそらくそれは地下深くに眠る“神竜様”の気配であろうという事だった。
いわゆる山を含む、この辺り一帯の“ヌシ”にあたる存在らしい。
なるほど、と思った。

そういった存在は大切に祀らなくてはいけないよな。
お山や土地の齎してくれる恩恵に常に感謝をこめて。

ならば、次に訪れるときにはお供物を持って来なくては。
祭壇をこしらえ祈りをこめて、土地の恵みを利用させてもらうお許しをいただく儀式をするべきだ。

開発の第一歩は道を整備する事という方針で、建造省とも折り合いを付けてあったが、それより先に、まずはヌシ様へのご挨拶が先だろう。

その日はそこまでで帰還した。
文官さん達を同乗させた王家の飛竜騎士団の面々と、元帥閣下ご夫妻というか…リオネス様とシモン様…は連れだって王城に向かい、俺とミランを乗せたディアナはグリエンテ商会の、ディアナのホームに戻った。

「ご苦労様!ディアナ。また行く事になると思うけどよろしくな」
何度も首を撫でて、いくつもリンゴをあげて労った。
茜色の残照も藍色に変わった空に向かって、キャオと可愛い鳴き声が響いた。

その夜は義兄宅に泊まり、来たときと同じように馬で翌朝ハズレの村に帰った。

ハズレの村に戻って数日後に魔の森から数十頭の群れの大角岩山羊と10頭前後のフェンリルの群れ、それに刺激を受けたホーンボアが村に向かって疾走してくるのが確認された。

ただ、季節的に村に滞在している冒険者パーティも多く、彼らのためにも多めに確保していた武器の在庫も多く、投石機や弩弓砲などの兵器も準備万端だった。

問題があるとすれば陽が落ちてきて、戦闘時には宵闇になる事だったが、俺や魔法に特化した先達達の指導で、コントロールを覚えた婦人や子供達が展開した照明魔方陣などのおかげで、そのマイナス面を埋め、最小限の負傷者、最小限の防塁や囲壁の破損で済んだ。

終わってみれば大漁という事で、村人も冒険者達もホクホクだ。

俺とミランは極力、直接的には手を出さず、本当に危ない局面だけフォローするにとどめた。
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