いらっしゃいませ、今日からあなたが店長です!!

鬼火の子

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後半

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 珍しく、母が平日にも拘わらず、休みで昼間も家にいた。有給を使ったそうだ。俺は夜になれば、人外が出入りするコンビニの仕事があるからと、ベットに横になっていた。

 うとうとと、目蓋を閉じたり開けたりを繰り返していると、ドアの向こうから母の怒鳴り声が聞こえた。

「ねぇ、いつまで部屋に籠っているの」
「……うるさいな、俺は寝ているんだよ」
「はぁ? 夜にふらついているのが悪いんでしょう。もう、二十歳なのよ」
「……そうだな」

 もう、二十歳。その言葉は、俺の中で焦燥感を煽った。俺をいじめた奴らは、大学生生活を謳歌しているのだろう。そして、輝く未来へと足を踏み出しているのだろう。

 それに比べて、俺はどうだ。十七歳の時から家にこもり、家が居心地悪くなった今、夜にほっつき歩く。社会不適合者、駄目人間まっしぐらだ。それに、夜ぶらぶらしていた結果、人外専門コンビニという得体の知れない店で働いている。

「あなた、このままでいいと思っているの」
「そんなこと、分かっているよ。本当は、俺のことなんてどうでもいいんだろう。そうなんだろう」

 俺は、勢いよく扉を開けた。久しぶりに見た母は、少し老けていた。小さくなっていた。瞳を大きく見開き揺らしては、俺を見つめている。

 俺は腹の底に溜まっていた泥々としていたものを吐き出すように、母を睨みつけた。母の瞳は一筋の線が入り、パリンと砕け散りそうになった。自分で言ったのに、母の姿を見ていらなく、俺は顔を逸らして、家から出ていった。

 久しぶりの昼間は、太陽が俺を照りつけ、俺の罪を炙り出そうかとしているように感じた。どこへ向かえばいいのか。いや、向かう場所などない。ただ、当て所なく足を進めていた。

「……あ」

 小さな、小さな声が溢れた。俺は無意識に、コンビニへ向かっていた。夜とは違う、出たり入ったりと人の出入りが激しいコンビニ。店内は、普通の人間がやっている店なのだろう。

 ふと、不思議に思った。夜間は、どうしているのだろう。コンビニは夜中でも、普通に営業しているはずだ。看板には、しっかりと24時間営業と書かれている。

 俺は好奇心が抑えきれず、店内に入ろうとした。外から見える風景は、普通のコンビニと何ら変わりない。老若男女、多種多様の人間が何かを求め、買っていく。どこでも、見れるコンビニの光景だ。決して、コンビニの精なんてものはいない。

 ピコーンピコーンと音が鳴り、どこか遠くで「いらっしゃいませ」という声が聞こえる。しかし、俺が立っている場所は真っ暗で、明らかに営業してない店内だった。

「珍しいですね。店長が昼からいるなんて」

 眠そうにあくびをしながら、精霊が出てきた。

「おい、ここはどこなんだ」
「どこって、コンビニですよ」
「そう言うことではなく、このコンビニは街にあるコンビニではないのか」
「違いますよ」
「だったら、ここはどこだ」
「どこでもありませんよ」

 精霊は、窓の外を指した。その向こうは、白のペンキを塗ったかのように真っ白で、その先へ踏み出せば自分が消えてしまう恐怖が存在していた。

「な、なんだあれは」
「ここはどこでもなく、どこでもある場所」
「万物の神みたいなことを言うな」
「あらゆる世界の神が行き来できる、場所です」
「あの空白の向こうは?」
「あの向こうは、自分が存在している世界への道ですよ……ところで」

 ふと、精霊の顔が陰った。一瞬だけ、邪が顔を出したかのようにも見えた光景に、悪寒が走った。

「どうして、ここに来れたのです。まぁ、それはいい。早く、帰りなさい」
「……精霊、あんたも俺がいらないのか」
「いいえ、必要ですよ店長。あなたがいてこそ、この店は営業できるのですから」
「だったら、もう少し居させてくれ」
「……何か、訳ありのようですね。少しだけならば、許しましょう。ここは本来、人間がいていい場所ではないのです。夜だからこそよく、昼間では店長の本来の縁を切り、こちら側に結び直してしまうのです」
「どう言うことだ?」
「夜は安全にいることができますが、昼はいればいるほど、あなたの存在が父や母、友達などからの地球でのあなたの存在が消えてしまうのです」
「……それだったら、別にいい。俺は友達なんていないし、両親なんて……」

 言い淀み、俺は俯いた。精霊は、俺の前へ来ると、覗き込むように体を動かす。

「ねぇ、店長はどうしてここに来れたと思いますか?」
「……分からない」
「答えは簡単です。自分が自分の存在を希薄に感じているからです。店長は常日頃から、自分が溶けて消えそう。どこかに行って、新しい自分に。などを考えてませんか」

 心当たりがある。一番最初の日、俺は「遠くへ行きたい。誰も知らない世界へ行きたい」と考えていた。それは腹の底から身体中を廻り、俺を飛び立たせようとしていた。

「店長は新しい世界でどうしたいのです?」

 目から鱗が落ちたようだった。俺は、一度たりともそんなことを考えたことがなかった。ただただ、どこかへ行きたいだけ。その先など、考えようともしなかった。

「その願望は、もっと根本的なものです。ただ物理的に違う世界へ行けたとしても、店長は変われますか?」
「……変われない。変わっていない」

 俺は実際、なにも変わっていない。今、ここで違う世界で働いている。しかし、根本的に何か変わったか。いいや、変わっていない。社会不適合者で、どうしようもない自分なのだ。

「店長はこのままでは、なにも変われません。理由は、自分で自分を価値のないものとしているからです。店長、もう少し自分を認めてください。店長は、このコンビニで働き続けられているんですよ。それだけでも、認めてください」

 俺はいつの間には、普通のコンビニの目の前に立っていた。自動ドアが開き、中からは元気のいい声で「いらっしゃいませ」が聞こえた。




 俺はいつの間にか、コンビニで働き初めて一ヶ月経ち、昼間に来た時からは一週間経った。

 この一ヶ月、個性あふれるいろんなお客様が来店した。皆が皆、欲望を垂れ流し、愚痴も垂れ流す。そして最後は、すっきりしたのか、笑顔で帰っていく。人間味溢れる人外たちと接するのが、楽しく感じていた。

 俺はこの一週間、自分と言うものを考えていた。俺が望む、違う世界とはなんだったのか。その世界での、自分はどうありたかったのか。

 その日はもう少しで、閉店といった時間のこと。最初の日に来た、豊穣の神がニッコニコの笑顔で入ってきた。いつもタバコだけを買って帰る豊穣の神には珍しく、チョコレートだけをレジの上に置いた。

「久しぶり、今日は嬉しいことがあったのよ」
「そうなんですか」

 豊穣の神は、二日に一回来店するヘビーユーザーだ。しかし、ここ最近はよく筋肉の神に頼んで買って来てもらっていた。そんな久しぶりに来る豊穣の神が、初めて満面の笑みを浮かべて入店して来た。俺は、嬉しさが抑えられないといった豊穣の神に、心の隅で戸惑いが生まれた。

「やっと、私の聖女が国を出る決意をしたの。それに、私が猫を被らなくていいと言うのよ。私、嬉しくて嬉しくて。今まで、豊穣の神の夢を崩さないように、いつも笑って、全てを許していたふりをしていたけど。今度からは、怒りたいときに怒って、泣きたいときは泣いて、笑いたいときに笑ってよくなるの。あの日、筋肉野郎にお使いを頼んでまで、聖女を説得してよかったわ」

 ビニール袋に入ったチョコレートを眦を下げて、「チョコレートは聖女の大好物なのよ」と豊穣の神は口にする。

「ありがとうございました」

 颯爽と、豊穣の神はドアへ向かう。店内から出る直前、豊穣の神はくるりと振り返った。

「今まで、ありがとう。あなたたちのおかげで、私は豊穣の神としていられたわ。もう、来ることはないでしょうけど」

 豊穣の神は、チョコレートを引っ提げ、出ていった。必ずタバコを求めどんな形でも来るだろうと、準備をしておいた26番のタバコが、俺の手元に残った。

「なんだかさ、俺。このままでいいのかな、って思ったよ」
「どうしたのです」
「般若のようだった豊穣の神が、にこやかな笑顔で新たな道を歩いていった。俺は、ずっとこのまま、社会不適合者として生きていくのかと思ったら、俺……」
「何言っているのですか」

 心底不思議そうな精霊の声に、俺は精霊の顔をジッと見た。

「店長はこの一ヶ月、泣き言を言わずに業務を行い、曲者だらけのお客様のほとんどを毎日気持ちよく帰していたじゃないですか」

 俺はハッとした。

 面倒くさい客は、確かに多かった。しかし、いつからだろうか。面倒くさい客と話をするのが、どこか楽しくなっていったのは。最後には、笑顔で帰る姿を見ることに、俺は生き甲斐を喜びを見出していた。

 俺は新たな俺に、なれたのではないのか。一癖も二癖もある客たちは、なんだか変わったな。と口にする。それが、先代と俺を比べているのか。俺自身を比べているのかは、分からない。ただ、万物の神が「店長は蛹から蝶になったのう」と、昨日来店したときに、目を細めながら感慨深く言葉にしていた。

「俺、高校通い直そうかな」

 高校を卒業できたら、俺は一つまた変われるかもしれない。俺はよい想像ばかり、どんどん膨らんでいく。

「え、店長やめるのですか」

 隣にいた精霊は、ショックを受けた顔をした。俺の周りをうろうろと飛んでは裾を引っ張り、「行かないで」「辞めないで」と言い募る。

 俺は眉尻を下げながら、人差し指の腹の部分で、精霊の頭を撫でる。精霊は俺の指をキュッと掴んで俯いている。

「辞めないから、大丈夫だ。通信制か定時制に通って、コンビニの仕事をしながら卒業するつもりだ」

 精霊は、パッと目を輝かせた。俺は精霊の様子に、薄らと口角が上がった。

「そういえば、まだ精霊には名前がなかったな」
「はい、そうですけど」

 精霊は小首を傾げる。

「あんたの名前は、今日からヒカリだ」
「ヒカリ?」
「ああ、ヒカリは俺の暗い人生を灯した光。だから、ヒカリだ」
「あ、ありがとう名前」
 
 ヒカリは、頬を赤るとスッと視線を逸らした。

「ところで、店長の名前は」
「新垣革。革命の革で、あらた」

 窓からは、東の空が青くなってきているのが見える。夜明けだ。両親は、俺が今更高校に通い直したいといったら、どんな視線を向けて来るのだろうか。

 母は、あの時の暴言を許してくれるだろうか。ふと、母の揺らいだ瞳を思い出した。母は見ない間、とても小さくなっていた。父も変わっているかもしれないと、想像を膨らませた。俺は、そんなことを考えながら、後片付けを始めた。
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