寝顔を撮らせろ

阿沙🌷

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寝顔を取らせろ

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「おい、いいか、ここから先はなしだ。いいな?」
 門倉かどくら史明ふみあきは、自分と松宮まつみや侑汰ゆうたのふとんとふとんの間に、ラインを描くように手をうごかした。自分の寝る場所と、彼の寝る場所を区切るかのように。
 けれど、彼らはひとつ同じ部屋にて夜をすごすことになるわけだし、それはこの謎の一泊二日が終わるまで、解消されない。
 と、いうのも、この珍道中は、まんが家をやっている松宮が、門倉に「温泉」を持ちかけてきたとき、疲労にまみれていた門倉は、すべて松宮の持ちだというので、ついうっかりのこのこついてきてしまったという情けない事情から始まっている。
 しがいない一般庶民をしている門倉と、わけのわからない自堕落生活をしている松宮。生活スタイルも違えば、その性格も違う。なにごとも、楽に生きていきたいと思っている門倉と、己の欲望に素直で快楽に流されやすく、人の話は聞かないで、自分のいいようにすべて持って行きたい松宮とでは、まず、合わない。
 それ以上に、松宮は、門倉の尻――正確にいえば前――を狙っているのだ。ついうっかりでついてきてしまったことが、門倉のだめなところだ。
「え~っ、せっかくふたりっきりなのに~もっとくっつきましょうよ~」
「風呂であったまったから、もういらない」
「そんなこといって、心がまだ寂しいでしょ? 寒いでしょ~」
 大きな黒い瞳に、白い肌。自分より年を食っているはずなのに、見た目はいまだに美青年。それに可愛いときた。
 この外見にやれて、のちにあまりにも性格のひどさに辟易するはめになったのだ。危ない、と門倉は、松宮にかたむきかけた考えをただした。
「変なこと、するだろ?」
 一緒に寝たがる小学生のようなふりをしているが、その実、なにせ、己の下半身を狙っている男である。かなり、危険だ。
「しませんよ~」
「あ、する気満々な顔だ」
「ずっと生まれてからこの顔です~」
「生まれたときから、変態児」
「ひっど! 一般的な成人男性の性欲ですよ! 門倉さんがひからびてるだけじゃないですか」
「お前、俺がひからびているって知ってるくせに、かまってくるのは、どうかと思うが」
「だって、タイプなんだもんっ」
 きゅるんっと可愛い顔を向けてくる。騙されてはならない。こいつ、今、計算している。
「はいはい、絶対、この境界、超えるなよ」
「ひどーい、って、もう寝ちゃうんですか、まだ十一時ですよ」
「俺は寝る」
「ええー、さみしー!」
「俺は疲れをいやすのに最適というお前の言い分を聞いてやってきた」
「疲れなんて、松宮くんを見てるだけで癒されちゃいませんか?」
「その逆だってどうしてわからないものかね」
「わーん、ダーリンがお眠しちゃうよぉ」
「ダーリンじゃないからな!」
「じゃ、もー、いいです! 俺も寝ます!」
 むっとした松宮がそのまま自分のふとんにもぐりこむ。
「変なことするなよ」
 念には念を。入れておきたい。
「しません! おやすみ!」
 おっと、これはむきになっているな。門倉はこぼれてしまいそうな笑みを必死でおさえた。

「――で、変なことはするなと言っていたはずだっただがなあ、松宮」
「え? 何のことです? ええ?」
「しらばっくれるな」
 朝。がしっと松宮をつかまえた門倉が、彼のデジカメから該当の写真を消去しろと命じている。
「ひどい! これがお目当てだったのに!」
「は?」
「疲れを温泉で癒されて、いつもよりぐっすり眠らせちゃえば、寝顔撮影しほうだいじゃないですか! 俺、今まで一枚も門倉さんの寝顔写真ないんですよ!」
「あ、はい。通常運転変態中だな」
「そういうんじゃなくて、これは死活問題なんです。ひとりでいるとき、一体何の写真をそばにおいておけばいいと?」
「俺の寝顔をそばにおいておいて、何をするつもりだ」
「……それ、聞きたいんですか、本当に」
「……いや、結構です。とにかく! 没収! 削除! 削除を命じる!」
「ひど! 門倉さんが暴君だ!」
「暴君じゃなくて、これは――」
 と、あっさりとデジカメが門倉の手に渡る。さっと門倉は自分のだらしない寝顔を一斉に削除した。
「ひど!」
「……なあ、松宮。ひとつ聞いていいか」
「はい?」
「このバックアップ、どこに取った?」
「え」
 松宮の声が裏返った。
「だから、どこにこれのバックアップがあるんだよ。お前のことだ、こんなに簡単に削除させるわけがねえだろ」
「うっ」
 ことばにつまる松宮。
 嫌だ、嫌だというわりには、だんだんと、松宮の扱い方を得て来た門倉である。

(了)

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