噛痕に思う

阿沙🌷

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幸福と降伏

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「ワッフルこそが正義だ! 俺は今日もいける!」

 顔を洗ってきて、服を着替えて、本日の戦闘準備はオーケイ。
 ぽつんと民家風の淹れたてコーヒーの美味しいと評判のワッフル店。そこを切り盛りしている木場キバ正章まさあきは、声を振りあげた。

 お店から徒歩一分の場所にある自宅。正確に言えばば彼の店の裏が彼の自宅だ。
 寝室から、もぞもぞと、彼の気配を感じ取って、覗きにいってみれば、目を醒ましたばかりの楠八重くすやえ伊皇イオが伸びをしていた。

「朝から随分とご機嫌だな、おはよう」
「おう、はよっす。今日は随分とお寝坊さんだな、イオ」
「誰かさんが、あーだ、こーだと、しつこいから疲れた。だからぐっすりしていただけだ」
「お……おう」

 気だるげに髪をかきあげるイオの仕草に、キバは一瞬ぎょっとした。
 αアルファであるイオは、容姿にも身体能力にも恵まれている。その肉体の抜群のプロポーションに、まるで人工的に作られたかのような美しい顔。だがひとつ恵まれなかったのは、βベータであるキバに身長では負けているという点だけだ。

「今日も可愛いな、イオ」

 本心からそう言ってしまって、イオ本人反応を見て、しまったと思う。むっとして睨みつけてくるイオに、キバは後ずさった。だが、イオはキバが引いた分、彼に接近して、その顎を下からつまんだ。

「お前こそ。確かにお前の焼くワッフルは美味だが、何も焼く前からはしゃがなくともいいんじゃいのか。いやつめ」
 低い声が鼓膜を揺らす。

「う~、勘弁してください、イオさま」
 じっと彼と視線の合わせていられずに、キバは降伏を申し入れた。

「よろしい」
 さっと、イオがキバから距離を取る。洗面所へとずけずけと歩いて行くその背中が言った。

「今日は非番だ。することがないので、本屋に行って来る」
「ああ、うん」
「そしたら、お前と一緒にいてやってもいい」
「え!? まじすか!?」
「そこで喜ぶか?」

 イオが立ち止まり振り返った。

「喜びます、喜びます! だけど、俺、今日普通に店、開けるけど?」
「なら、俺を使えばいい」
「……へ?」
「たまには市井の生活というものをしたいので。前に前の仕事を手伝いたいと話したことがあったろ? お前は『いつでもいいぞ』と言っていた」
「あ、まあ、うん」
「皿洗い程度なら役に立つ。……どうした」
「そ……それはちょっと……」

 もし、イオが自分の店に顔を出したら、と想像して、キバは少し不機嫌になった。

「邪魔か?」
「いや、そうじゃなくて、その……イオはモテるから……」

 イオが人目をひくのはしかたがないことかもしれないが、バイトの子や客の目にさらされまくることに対して、ちょっとだけ、もやっとする。(了)

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