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番外編:出会い
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その色彩、色、美しい形状、香り。人間を限りなく虜にする魅惑的なものがこの世には存在する。「花」。そう呼ばれている存在が。
全体の形状は人間と似ている。だが彼らからにょっきと生えてくる植物の花に似た器官によって「花」は人々を誘惑する。
「でも、花器官で生殖を成すわけではないんでしょう」
シンは手に持ったガイドブックに視線を落としながら、飼育員に尋ねた。
廊下はしんと静まり返っていて、磨き上げた石製の床の上を滑らせる見学者たちの足音の反響音とともにシンの質問した声がこだまする。
「ええ。『花』と呼ばれていても彼らの花器官が植物が花を使って受粉するようなことはありません」
「じゃあ、どうやって『花』は子供を残すの?」
中学生くらいだろうか。まだ幼さを残したひとりの少女が手を挙げた。
「それは……人間と同じようにして、子孫を残します」
飼育員は少女の質問に頬を赤らめて、居心地悪そうに制服のキャップを深くかぶり直す。シンはそれを見て彼をちょっと可愛いな、と思った。
「花」の飼育施設の見学チケットを大学の友人から押し付けられたとき、行くべきかどうかかなり悩んだのだ。友人は用事さえなければと悔しげな様子で、見学を楽しみにしていたらしい。ただ、シンには「花」に対する妙な恐怖があった。
市中にはあまり出回らない「花」だが、一度だけ彼は「花」を見ている。
幼少期、父親に連れてこられたホテルにて、「花」連れの客とすれ違ったのだ。一見して人間のような姿の「花」は花器官さえ隠してしまえばただの人間と一緒だ。だが、綺麗にドレスアップされたその「花」から露出した花器官の山百合の色彩があまりにも強烈で、その夜、悪夢になってシンを襲った。
「花」とは人間を誘惑する生き物だ。
煙草や酒のように、富裕層の娯楽の一種。
たった一瞬の邂逅でシンは「花」に本能的な恐怖を味わった。愛玩動物として可愛がられているはずの「花」に、人間が愛玩されているような不可解な感覚に陥ったのだ。
「では、これから実際に『花』が育てられている場所へとご案内いたします」
飼育員の声に、回想していたシンの心が現実に戻ってくる。
一歩踏み出すと温室のような妙な温かさと湿った空気に触れた。
「わっ、すごい」
見学者たちの間で歓声が上がった。
向日葵、紫陽花、菊、薔薇、桜花、菫。
『花』の花器官に季節は関係ないと聞いていたが、色とりどりの色彩があふれている。いやそれだけではない。『花』の多くが女性体を持っているとはガイドブックにも書いてあったが、ただ人間の女性に似た形態をしているだけではない。そのどれもが各々に美を持っている。
「生きた芸術品か……」
見学客のこぼした声に、シンは思わず頷きそうになった。
だが、そんなシンの視界にあるものがうつった。
「あの! あの子は⁉」
見た目から四、五歳程度の少年が髪に真っ赤なオニユリを指している。いや――頭部に花器官が生えているのか。
「ああ、あの子はカレア。うちで飼育している『花』なんです」
ぱっとスパークしたのは過去に見た花の色彩。そうだ、こんなふうに燃えるような熱い色をしていた。
「どうかされましたか?」
「え、あ……いえ」
シンは飼育員の声にカレアから目線を外した。
「美しいですね」
「外から見ると……そうかもしれません。ひとえに『花』と言っても個性は十人十色ですから」
それでは彼はいったいどんな少年なんだろう。
乾ききっていたシンの心に芽生えたのは好奇心だった。
(了)
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✿2020年7月26日 『花の涙』番外編
全体の形状は人間と似ている。だが彼らからにょっきと生えてくる植物の花に似た器官によって「花」は人々を誘惑する。
「でも、花器官で生殖を成すわけではないんでしょう」
シンは手に持ったガイドブックに視線を落としながら、飼育員に尋ねた。
廊下はしんと静まり返っていて、磨き上げた石製の床の上を滑らせる見学者たちの足音の反響音とともにシンの質問した声がこだまする。
「ええ。『花』と呼ばれていても彼らの花器官が植物が花を使って受粉するようなことはありません」
「じゃあ、どうやって『花』は子供を残すの?」
中学生くらいだろうか。まだ幼さを残したひとりの少女が手を挙げた。
「それは……人間と同じようにして、子孫を残します」
飼育員は少女の質問に頬を赤らめて、居心地悪そうに制服のキャップを深くかぶり直す。シンはそれを見て彼をちょっと可愛いな、と思った。
「花」の飼育施設の見学チケットを大学の友人から押し付けられたとき、行くべきかどうかかなり悩んだのだ。友人は用事さえなければと悔しげな様子で、見学を楽しみにしていたらしい。ただ、シンには「花」に対する妙な恐怖があった。
市中にはあまり出回らない「花」だが、一度だけ彼は「花」を見ている。
幼少期、父親に連れてこられたホテルにて、「花」連れの客とすれ違ったのだ。一見して人間のような姿の「花」は花器官さえ隠してしまえばただの人間と一緒だ。だが、綺麗にドレスアップされたその「花」から露出した花器官の山百合の色彩があまりにも強烈で、その夜、悪夢になってシンを襲った。
「花」とは人間を誘惑する生き物だ。
煙草や酒のように、富裕層の娯楽の一種。
たった一瞬の邂逅でシンは「花」に本能的な恐怖を味わった。愛玩動物として可愛がられているはずの「花」に、人間が愛玩されているような不可解な感覚に陥ったのだ。
「では、これから実際に『花』が育てられている場所へとご案内いたします」
飼育員の声に、回想していたシンの心が現実に戻ってくる。
一歩踏み出すと温室のような妙な温かさと湿った空気に触れた。
「わっ、すごい」
見学者たちの間で歓声が上がった。
向日葵、紫陽花、菊、薔薇、桜花、菫。
『花』の花器官に季節は関係ないと聞いていたが、色とりどりの色彩があふれている。いやそれだけではない。『花』の多くが女性体を持っているとはガイドブックにも書いてあったが、ただ人間の女性に似た形態をしているだけではない。そのどれもが各々に美を持っている。
「生きた芸術品か……」
見学客のこぼした声に、シンは思わず頷きそうになった。
だが、そんなシンの視界にあるものがうつった。
「あの! あの子は⁉」
見た目から四、五歳程度の少年が髪に真っ赤なオニユリを指している。いや――頭部に花器官が生えているのか。
「ああ、あの子はカレア。うちで飼育している『花』なんです」
ぱっとスパークしたのは過去に見た花の色彩。そうだ、こんなふうに燃えるような熱い色をしていた。
「どうかされましたか?」
「え、あ……いえ」
シンは飼育員の声にカレアから目線を外した。
「美しいですね」
「外から見ると……そうかもしれません。ひとえに『花』と言っても個性は十人十色ですから」
それでは彼はいったいどんな少年なんだろう。
乾ききっていたシンの心に芽生えたのは好奇心だった。
(了)
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✿2020年7月26日 『花の涙』番外編
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