膝小僧を擦りむいて

阿沙🌷

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 やらなくてはならないことは、明確だ。
 自分に与えられたひとつひとつの仕事に向き合うこと。そのひとつひとつに応えること。また新崎迅人に任せたいと思わせること。新崎迅人ではなくてはだめと思わせること。ひとつひとつに結果を残すこと。次につなげること。
「そして、かっこよく決めること!」
 大丈夫。
 何度も自分の胸にそう言い聞かせた。
 平気。きっと、大丈夫だから。
 求められている自分の像も理解している。製作者がどういう絵が欲しいのかも、ちゃんとわかっているつもりだ。だから、大丈夫。やるべきことを全力でやるだけ。よそ見するな。
 使いにくい役者だと思わせるな。
 常に、気を張れ。
 新崎は前に出た。



 そして、控えていた体育系バトルスターの収録も終わった。カメラのない場所へと抜けた途端、新崎はその場に倒れ込んだ。慌てて伊東が走ってくる。控室でしばらく横になって、その間、ずっと酒田も傍にいた。
「大丈夫? 新崎くん」
「ええ……まあ」
「あのさー、ほんと肩の力、抜けないとまいっちゃうよ」
「え?」
「今日も始まる前からガチガチだったじゃん。それってさ、やっぱ例のオーディションの話、聞いたから?」
 例のオーディション?
 そんな話は知らない。……いや、そういえば、オーディションがどうと前に伊東が口にしていたことを思い出した。
 横になっている新崎は視線だけ伊東に向けた。マネージャーは困ったように苦笑した。
「え、まだ伝えてなかったの?」
 そんな伊東に坂田が少し驚いたように尋ねた。
「何ですか? そのオーディションって!!」
 気になって新崎は起き上がる。伊東はたじろいだ。そんなに言いにくい話なのか。
「マネージャーさん。ちょっと、席外してくれる?」
 酒田が間に入ってきた。
「少しさ、同業者ヤクシャ同士で話したいこと、あるから。大丈夫。俺の次の仕事、今日はないし。それにこいつは事務所が同じってだけの後輩じゃない。このバカが大事なのは、俺もあんたと一緒だから。ね?」
 さすが酒田である。伊東は何かを言おうと口を開きかけたが、つぐんだ。
「わかりました」
 彼は素直に控室を出ていった。残ったのは新崎と酒田、ふたりだった。
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