膝小僧を擦りむいて

阿沙🌷

文字の大きさ
上 下
6 / 14

6.

しおりを挟む
「なあ、新崎」
 いつもより酒田の声のトーンは低くその底に真剣な響きを持っていた。新崎は思わずごくりと生唾を飲んだ。どんな話がきりだされるのだろうか。じっと、酒田の次の句を待った。
「あのさ。男同士ってどうなの?」
 だが、その次の句とやらは、新崎の想像を斜め上にいくような質問だった。
「あ、いや。別に非難しているわけじゃなくてさ。当人が好きなひとといられるのなら、それ以上幸せなことはないんだけど」
「……はい?」
「実はさぁ……俺の弟に恋人、いるんだけど、男だったっていうかさぁ」
 歯切れが悪くなった。もしかして、と新崎の頭に千尋との関係が浮かぶ。もしかして、彼にばれてしまったのか。急にさーっと全身が冷たくなる。
「それって……言いたいこと、はっきり言ってください!!」
「じゃあ、わかったよ!! 兄弟に男の恋人、紹介されたとき、どういうふうにふるまえば、相手を傷つけずに済むかな!?」
「はい!?」
 だから、斜め上だった。
「俺は耕成こうせい……弟の幸せを願っているんだよ!! ほんとに!! 心から!! でもさ、やっぱ、なんつーか、俺ってこんな仕事してんじゃん!! 変なひがみっていうの? 妬みっていうの? どんなに仲良くても、なんかそういうのがあるじゃん! つか、あるのね」
「え、えーっと……その、いったん、クールダウンしましょうよ」
「できるかよ!! まじ死活問題!! 俺、弟に全面的に嫌われたら軽く死ぬ!!」
「あ、あー、はい」
「どうせ新崎、お前、ひとりっこだろ!!」
「え、なんでそれを……」
「雑誌のインタビューで答えてた!!」
「……そうですか」
「あー、ちくしょー。こんなの、お前くらいにしか話せねえっての!! 外にこの話ばらしたら、お前もばらすからな」
「それはいやです」
「だから、これは脅迫だっての」
「酒田さんって脅迫できるんですね。あ、役でもしてましたね」
「呑気なこと、言ってんじゃねえ!! 俺は恋人紹介しに来た弟を泣かせて帰してしまったんだ!! もう……無理」
「……酒田さんってひとの覚悟とかに敏感ですよね」
「は?」
「たぶん、その弟さん、相当な覚悟でお兄さんのとこ、来たってわかっているから、悔しいんですよね」
「……あのさあ、新崎くんにお兄さんって言われるの、きもい」
「そこですか!?」
「でさ、そういうとき、どういうふうに対応するのが正解だったわけ?」
「どういうふうに対応したんですか?」
「……ふつーに」
「あなたの普通がわかりません」
「ふつーったらふつーだよ。相手、男だから特別みてーなこたぁねえだろ!?」
「あ……」
 そうだ。
 そりゃそうだ。
 性別がどうとかで、特段騒ぎ立てる理由なんて、どこにもない。そんな当たり前なことを――。
「今度、弟さんと食事でも行ってきたらどうですか?」
「は? 俺に死ねっていいたいのか?」
「酒田兄弟がどういう兄弟なのか、俺、知らないんでよくわからないですけれど、ひとと距離を近づけるには、やっぱりひとと距離を近づけることをするしかないと思うので」
しおりを挟む

処理中です...