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37 狭間の物語 ◇◇◇ アーミュ2
しおりを挟む薄暗く細い路地に入り込む。
饐えた臭いが鼻を突いて吐き気が込み上げてくる。それを何とか飲み下し、足を進めた。
迂回していけば、こんな裏路地は通らなくても良いのだが、そうするとかなり時間を食ってしまう。
少しだけ通路が広くなった。
この辺りは衛兵や王宮下働きなんかの、平民と変わらない低位貴族や準爵位を得たばかりの貧乏人が多く住んでいる。
その為この辺りにまでくれば、そこまで治安は悪くない。
だが、何故だろう……妙に落ち着かない。
王宮裏門近くで受けた扱いで、神経が高ぶっているのだろうと思っていたが、肌を虫が這うような不快感が拭えなくて、アーミュはぐるりと見まわした。
そして不快感の正体に気付く。
近所の住人が……ある者は目が合うとさっと隠れ、ある者はちらとアーミュを盗み見しながら何やらひそひそと話し込んでいる。
もしかして、アーミュが王宮から追い出された話が、もう出回ってしまったのだろうか…。
不快感と不安に苛立ちながら、アーミュはフリンスル一家が住まう古びた家の戸を叩いた。
「母さん、あたし」
シンと静まり返ったまま、背後から顰めた声が聞こえてくる。
バッと振り向いて睨み付ければ、蜘蛛の子を散らすように人影が立ち去った。
「……なんなのよ、もう…」
もう一度ノックする。
以前なら祖父が戸を開けてくれたのに、今はピクリとも動かない。
そっと戸を押してみると、キィと軋んだ音を立てて開いた。
「……ぇ…」
開いた戸の奥、室内は真っ暗だ。
テーブルだの椅子だのはそのままだが、傾いた棚は開きっ放しになっていて、中は空っぽ。
「どういう…こ、と……」
優しい祖父母、病に窶れた母親の消えそうな笑顔も、アーミュへの嫌悪を隠さない妹の鬱陶しい視線も……何もない。
「う、そ……でしょ…」
アーミュはズルズルとその場にへたり込んだ。
自分が家を顧みなかったから?
――だって王宮の方が綺麗だもん
――だって王宮の方がお腹いっぱい食べられるんだもん
――だって王宮には鬱陶しい妹もいないもん
――だって王宮にはフィスが居たし、ちやほやしてくれたもん
確かに次第に足が遠のいて、家に顔出しする事さえ無くなって行った。母親も内職くらいは出来るようになったと聞いてたから、給金も自分の為にだけ使っていた。
「あたし…捨てられたの?
それって、捨てられなきゃなんない程の事?」
床に紙片が落ちている。
ぼんやりとそれに目を向けると、文字が書かれている事に気が付いた。
四つん這いで近づき、腕を伸ばして拾う。
【アーミュへ
お前はもう戻ってこないだろうと思ったが、わしの気休めの為に、この手紙だけ残していく。
わしが馬丁を辞した時、本当は男爵位もお返しするつもりだった。
だがお前が王子殿下の下で働くからと、返上を見合わせたが、わしはそれを後悔している。
お前のせいで、お前の母は再び倒れた。
折角病が癒えたと思ったのに、お前の噂が母親の心を苛んだ。
そして妹も虐められ、毎日どこかしら怪我を負って帰って来るようになってしまった。
そうまでして頑張っていた仕事もクビになった。
おかげで婆さんも心労で痩せこけた。
わしらはここを出ていく。
お前にわしらはもう要らん存在だろう。だから顔を見せにさえ来なかったんだろうしな。
遅くはなったがわしは爵位を返上した。
だからわしらは平民だ。
平民になった事はお前の事だ…怒るかもしれんが、既に他人同然だったのだし、必要もないだろうと籍も抜いておいた】
涙も出ない。
本当に家族から捨てられた。だけど噂って何? 母さんがまた倒れた? 妹が虐められてた? あの生意気な妹が?
自分が周囲からどんな目で見られていたか、気にした事もないアーミュにはわからない。
「何…?
あたしのせいって……そんな訳ないじゃん。
あたしはフィスのお気に入りなのよ? フィスのお姫様。
それであたしのせいって言われても……あぁ、そっか、羨ましかったのかな。
な~んだ、ただのやっかみじゃん。
うっざ……あたしが可愛いのも、フィスに愛されるのも、あたしが最高にイイ女なんだから当然じゃない。
それなのにあたしを悪者にして捨てるなんて……」
アーミュは祖父ホッズの置手紙をビリビリに引き裂いた。
背後でジャリと地面を踏む音がする。
振り返って見上げると、そこには上質なお仕着せに身を包んだ、だけど何処か胡乱な中年男性がたっていた。
「アーミュ・フリ…あぁ、もう家名はないのでしたね。
失礼しました。
アーミュさん、私に同行して頂けませんか?
もしアーミュさんが意に沿ってくれるのであれば、衣食住は保証させて頂くと、我が主人からの言葉です。
如何でしょう?」
ニタリと笑った男性が身に着けているバッジには、盾に麦の意匠が施されていた。
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