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76 狭間の物語 ◇◇◇ リコ
しおりを挟むリコの主人であるエリルシアは、湖の様子を見に行くと言う。
本当は付いていきたい。
だが、リコは自分が足手纏いになるとわかっていた。
だから留守番をする。
見送って、いつものように借りた本をテーブルに置いた。
古びた本の表紙をぼんやりと見つめる。
読み書きの為に借りてはいるが、半ばただの口実だ。
勉強すると言えば、エリルシアはいつだって笑って頷いてくれる。
彼女を地獄に叩き落としたのは自分なのに……と、リコは唇を噛みしめた。
頼まれ事も仕事もなく、一人きりになれた時間の使い道は決まっている。
王都の方へ向かい、床に膝をついて手を組み合わせる。
そして祈るのだ。
―――ごめんなさい
―――エリー様、ごめんなさい
―――ごめんなさい
―――王子様、公子様、ごめんなさい
さっき渡した手紙は王都から届いたもの。
お使いに出た時に、エリルシアの姉夫婦が住まう領主邸に寄り道をする。その時に言伝だったり手紙だったりの受け渡しを行うのだが、いつだったかリコは聞いてしまったのだ。
ティルシーが忌々しそうに吐き捨て、夫となったパッキーがそれを必死に取り成そうとするのを…。
『捨てて』
『……ティル…そう言う訳には…』
『だって!! どうしたら許せるの!?
あのボンクラ王子とヌケサク公子のせいで、エリィは……エリィは……うぅぅ…』
『……ぅん…』
『ねぇ、どうして? どうしてエリィがあんな目に合わないといけないの?
あの子が何したって言うの?
エリィはね、ずっと…わたしなんかよりずっと頑張ってきたの…。
それなのに……王族も公爵達も……皆苦しめばいいのよ…苦しんで苦しんで死んじゃえ……』
『ティル…ティルシー……気持ちはわかる。
けど、それ以上は不敬だよ…誰が何処で聞いてるかわからない…』
風に吹き抜けて、便箋が一枚はらりとリコの足元に飛ばされてきた。
リコからすると、例え身内に届いた手紙だとしても、本人以外が開封するのはどうかと思うが、貴族には自分の様な平民にはわからない何かがあるのかもしれない。
途方にくれた様に便箋へと、何気なく目を向けて……リコは苦しさに胸を押さえて蹲った。
便箋の文字は王子の物。
孤児院に慰問に来てくれた時に、何度も見た事がある。
だから間違いないと思う……何処までも流れる様な、繊細な文字。
その文字が綴る言葉に、リコは叫び出したい衝動にかられた。
リコは読み書きは得意ではない。
というか、殆ど出来ないと言って良いだろう。エリルシアが丁寧に教えてくれるのだが、どうにも頭に入らないのだ。
読み書きに限った事ではなく、マナーだのなんだの…一事が万事その調子……。
そんなリコでもわかる文字があった。
――― 会えるなら ―――
王子が…ラフィラスがエリルシアに会えなくなったのは自分のせいだ。
自分がラフィラスとエリルシアを引き裂いた。
それだけじゃなく、話した事はないけれど、公子レヴァンとエリルシアを引き裂いたのも間違いなく自分。
王子だけじゃなく公子からも、主人エリルシアに頻繁に手紙が届いているのを知っている。
尤も、その殆どはティルシーの検閲で弾かれているようなのだけど……。
あの時……。
リコが考えなしだったから…13歳にもなっていた癖に、馬鹿だったから……。
ラフィラスの慟哭とレヴァンの号哭が耳の奥に蘇る。
騎士や護衛兵達の怒号も……。
リコは思わず耳を塞いだ。
連鎖する様に、視覚はエリルシアの流した鮮血に塗り潰され、臭覚は胸焼けしそうな生臭い錆の臭いでいっぱいになった。
吐き気を抑え込もうと口を両手で塞ぐ。
あれから3年程は経っているのに、あの時の音も臭いも、鮮明になって行くばかり。
だからリコは膝をついて祈る。
―――どうかエリー様が幸せになれますように
―――どうか王子様も公子様も幸せになれますように
―――不幸はどうか全部………全部、あたしに訪れますように
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