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3話 前世の記憶 その1
しおりを挟む近づくにつれ、瘴気に乗る感情がはっきりとしてくる。『恐怖』そして『死にたくない』という願い。
空気に混ざる血の臭いに『色』がさらに強調される。
この世界の生物は魔素と共に生きている。一部の生物は魔素を魔力に変換し、それを行使して生活している。
つまり魔素は消費されるのだ。そして消費された魔素は瘴気と呼び名を変える。
感情、願い、欲等々、それらと結びついて瘴気となるのだ。時間とともに瘴気に結び付いたそれら『色』は徐々に平坦化していき、わからなくなっていくのだが、それがわかるということは、『色』が与えられたばかり、生み出されて時間がたっていない瘴気だという事だ。
「エリィ、下がろや、これ以上近づいたらあかん」
いつの間に追いついたのだろう、もしかすると戻ってきていたのかもしれないが、アレクがちょこんと座っている。
「何があったの?」
「説明は後や、今はこっからはよ離れよ」
アレクがエリィのローブの裾を銜えて執拗に引っ張るが、エリィはくんと鼻を鳴らして動かない。
「だけど血の臭いがする、誰か怪我してるんでしょ」
梃子でも動きそうにないエリィにアレクが盛大にため息をつく。ゆっくりと色付き瘴気の発生源であろう方向に顔を向けながら、警戒しているのだろう、小声で話し始める。
「この先にヒヴァトスラスがおった。瘴気に充てられすぎたんか知らんけど、狂乱状態に見えたな……色々食い散らかしとったわ」
「ヒヴァ…? それ何?」
「なんて言うたら伝わるやろか、でっかくて、目が丸くて、でもって体毛はチョイ長めやな」
「あ~、うん、でっかい魔物って認識しとくわ」
それでええと頷きながら一刻も早くこの場を立ち去ろうとするアレクを追いかける。来た方向から90度右に曲がって進んでいる様子から、真っすぐ戻るのではなく大きく迂回して戻る算段なのだろう。
それほど警戒すべき魔物なのだということが伺える。
かなり歩いて離れたはず――体感だが10分以上は歩いている気がするのに一向に瘴気の色が薄まらないが、魔物が近づいてくる気配もないので、そちらは少し気を抜いてもよさそうだ。ただ血の臭いは――慣れてしまったのだろうか、風向きの加減だろうか、何故か消えていないという事は確かだけれど、あまり強弱はわからない。
エリィは足を止め、ぐるりと周りを見回す。
かなり深い森だというのは知っていた、この場所の名前さえ知らないが。
気づけばこの森の小さな小屋に居て、仮面もローブも一式装着済みで、傍にはアレクが丸くなっていた。
それが一か月ほど前だろうか。
その前はというと、エリィは日本で《藤御堂絵里》として生きていた。
《藤御堂絵里》は日本で60年しっかり生きた女性で、オンラインゲームやネット小説が趣味の一般的オタクであった。
ある日いつものようにMMORPGを起動し、日課を済ませようと自キャラにログインしたところで、急にひどい頭痛に見舞われた。
お気に入りのゲーミングチェアからずるずると床に倒れ伏し、そこから記憶がない。イベント周回していたこともあって睡眠不足だったから、まぁそういうことだろう。
《藤御堂絵里》として、その辺りは納得している。
生涯貧乏で家族に縁のない人生だったが、それでも食うに困るほどではなかったし、贅沢さえしなければオタクライフは楽しめていたから、まぁまぁ及第点としていいだろうと思う。
ただ、できれば次の人生なんてなく、そのまま静かに消えていけるならそれがいいなと思うくらいには疲れはあった。諦観というか寂しさや苦しさは感じていたから、消えることに抵抗はなかったし、未練も何もなかったのだ。
それなのに気づけば、異世界で転生させられていた。
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