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33話 初めての念話
しおりを挟む今のエリィの手では、太く重いロープは扱いきれず、アレクと協力してして何とか縛り上げた。目隠しできるような布は見つからなかったので、小さめの麻袋を、猿轡をかませた後に覆い被せ首辺りで結わえた後、大きめの麻袋に全身を入れ込んで袋の口を閉めれば完成だ。
「体力は戻ってへんのやろ? こないに厳重にせんでもええんとちゃうん?」
ようやっと調子の戻ってきたらしいアレクが、汚れのついた耳手をパンパンと叩いている。
「騒がれても何されても困るんだから仕方ないでしょ。諸々の問題がクリアできれば、ちゃんと解放するんだから許してもらいましょ」
「その前に悪化せえへんか心配やわ…」
「とりあえず私が先行して見てくる。アレクはこっちの警戒を。セラは荷車があるから動けないだろうし、何かあったときはアレクに任せて安全第一をお願いね」
「偵察やったら僕が行くで。探索は出来へんけど、気配やったらわかるし」
瞬時にして少しばかり温度の低い空気を纏ったエリィが突っ込む。
「私より穴だらけのくせして何を言うか…」
言い返せないようで、アレクが見る間にしおしおと項垂れた。
「はいはい。今の所アレクとセラの事は隠せてると思うから、二人ともその辺り気を付けてね。あの子耳がいいみたいだから、声は絶対に出さないように。ぼんやりとは見えてるようなので話しかけたりしてくるかもしれないけど、全部無視するのよ、いいわね?」
子供に言い聞かせるように懇切丁寧な念押しも忘れない。
エリィの身体の向きが、主にアレクに向いているのは仕方のない事なのだろう。
「出発したら会話できないから…何か質問提案あればどうぞ」
アレクもセラも特にないようで、エリィに注視しているだけだ。
そんな彼らの様子にエリィが微かに肩を落とし、低く呟いた。
「会話を制限されるって、ほんと不便ね……お約束的な便利通信機とかどこかに落ちてないかしらね…面倒事だとわかっていながら首を突っ込んだわけだし、愚痴っても仕方ないってわかってるんだけど」
「便利通信機? それなんや?」
「個別チャットとかギルドチャットとかグループ会話とか? ほら、いろいろあるじゃない」
エリィ本人もどう言えば伝わるのかを考えているのだろう、言葉にしながらもどかしげに両手をワキワキさせている。
「ちゃっと? それは何なのだ?」
「あぁぁ~~そうよねぇ、チャットじゃわかんないわよね~~。こう…会話したい相手とだけ話せる機能? 望んでない人には聞こえないっていうか」
うまく説明できない事に、頭を抱え込んだり突然右往左往しはじめたりするエリィを前に、アレクとセラも思案顔だ。
「伝えたい相手を限定するということで間違っていないだろうか?」
「そう! それであってる!!」
我が意を得たりとグっと両手を握りしめて喜ぶエリィに、セラがさらに続ける。
「念話が使えるならそれで可能だと思われるが、どうだろう?」
「「念話?」」
エリィをアレクはお互いに顔を見あって首を傾げていたが、突然アレクが叫んだ。
「あーー!! 念話!!」
エリィは自分だけ蚊帳の外感に口をへの字に曲げている。
そんなエリィが唐突に固まった。
【エリィ、聞こえたんやったら、何ぞ反応してくれへんか?】
耳ではなく、直接頭に届く音に驚愕を隠せない。
「……な…何、今の…」
「念話や念話、セラが言うとったやろ? それ、いやぁ、すっかり忘れとったわ」
へらっと笑って流そうとするアレク捕まえその顔を、両手でうにょんと引っ張るエリィは、少々キレているようだ。
「忘れてたってねぇ、結構重要な機能じゃん! なんで忘れられるのよ!」
「ぃぁ ひおふうへへうっへひうはあん(いあ、記憶抜けてるって言うたやん)」
ググーッとアレクの両頬を引っ張っていた手をパッと離すと、かなり痛かったのか、アレクは耳手で自分の頬をこしこしと擦っている。
「こんな便利なものがあるなら言っておいてよね、ところで、念話って全員での会話も可能?」
「ぅ”~~~、記憶も知識も色々抜け落ちてしもてんねんもん、しゃーないやん」
「よし、やってみるわ!」
恨めしそうな視線を向けてくるアレクを華麗にスルーして、エリィは集中する。
【アレク、セラ、聞こえる?】
【聞こえたで!】
【問題ないようで良かった】
【ちょっと思い出してきたで、交感もしとこや】
「こう…かん?」
思わず言葉になってしまったようだが、『こうかん』の意味を『交換』と思ったらしく、エリィが両手の立てた人差し指を小さく振っている。
【ちゃうちゃう ぁ、違わへんのか? お互いの魔力を与え合うちゅうか、感知しあうっちゅうかな。解除もできるから、そないに大層なモンでもあらへんねんけどな】
【大層なモノそうだけど…セラはいいの?】
【無論だ】
手と耳手と前足を繋ぎあって、魔力を少しずつ流し合い、交感を終えた。
終えた途端、エリィがまず滝汗を流しながら床に両手をついた。
「これ…ここ、で…やるべき…じゃ、なかったんじゃ…」
アレクも少しばかりへばって見えるので、肩で息をしながらエリィは収納を漁る。
(魔物肉は生のまま…デッティの実も果皮がついたまま……ぅぅ、魔力回復ポーションはまだ粗悪品しか作れていないのに、これ使うしかないのか)
等級が高くない薬品類は大体味が悪いのだ。粗悪品級ともなればお察しである。
えぐみが強く、飲み込む事に勇気が必要なほどに。
その上エリィが出した粗悪品級魔力回復ポーションは、回復量も微々たるものでしかない。それでも補えば立ち上がって行動できるだろう。もっともその微々たる量で足りてしまう今の魔力量には涙が出そうだが。
エリィは決死の覚悟で飲んだポーションのせいで、反対に体力を削られたが(アレクには断固拒否された)、何とか立ち上がると、協力して人入り麻袋をセラの背中に乗せ、外の荷車へ向かう。
荷車に色々とある汚れは見ない事とする。浄化くらいした方が良いのは分かっているが、まだエリィの魔力はそれほど多くない。
人入り麻袋を荷車に積み込み、荷車引手のコの字部分をセラに引っ掛ければ準備完了だ。
離れた場所に待たせていたカーシュを呼んだ。
「荷車に乗って移動するわよ」
「…ぇ?」
驚いたのだろう、カーシュの目が見開かれた。
「奴らが何なのか知らないけど、また捕まりたい訳じゃないでしょ?」
不思議そうな声音のエリィに、ぶるぶるとこれでもかと首を縦に振る。
「だ、けど…にぃ…ゃんが、まだ…」
「さっきの負傷少年はお兄さんなんだ? 大丈夫よ。荷車に積み込み積みだから」
カーシュの兄だという事はアタリを付けていたくせに、しれっと話を合わせて得意気に胸を張った。
「ただごめんね、誰かに見られても困らないように、麻袋に隠れてもらってるから、カーシュも隣で身を伏せて静かにしててね」
口元しか見えていなくてもわかる、とってもいい笑顔でエリィが若干意味のズレた言葉を口にするが、カーシュはそれを素直に信じたようだ。こくんと頷くと、荷車の乗り口を手で探す。
エリィがそれを誘導して乗り込ませれば、後は歩き出すだけだ。
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