仮面幼女とモフモフ道中記

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73話 トクス村の朝市

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 部屋に戻り、アレク達に状況を説明してから部屋を出ると、既にオリアーナが待っていた。
 今日は兵士風ではなく冒険者風な装いになっている。

「遅くなってすみません」
「私も今来た所だよ。それじゃ行こうか」

 二人して女将に見送られて外へ出た。
 昨晩の雨が嘘のようだ。もう日が昇ってきたのだろう、随分と明るくなってきていて、肌寒いくらいの空気が清々しい。
 オリアーナに先導されて歩き出すと、少し細い路地を抜けて大通りに入ってから、その奥の広場を目指す。
 
 広場手前の通りから露店が並び始めている。
 忙しく働いているのは近隣の農家の者らしく、まだ店先に並べられずに詰まれた木箱から野菜が覗いていた。
 広場の周囲に囲むように立ち並ぶ露店の半分ほどが、既に開店しているか開店準備中だが、時間のせいかほぼ農産物と飲食の露店ばかりだ。

「今でこそ人の出入りは増えたが、元々はただの地方農村だからな。朝市の規模としては大きくはない…いや、小さいかな。だが必要最低限は揃うと思うよ」

 エリィはオリアーナを見上げて頷くと、露店を見て回る。
 野菜を売っている露店の前で立ち止まった。前世と寸分違わず同じと言う訳ではないが、似た野菜が並んでいる。試し食べていけば、普通に活用できるようになるだろうと安心できる程度には似通っている。

 この辺は専門店と言う訳ではないのだろう、野菜と一緒に果物なんかも並んでいるし、別の露店では粉…たぶん小麦粉とかに相当するものだろうが、それと一緒に何故か魚の干物も売られていたりする。
 販売側が企業ではなく家族単位だったりするのかもしれない。

(とりあえずどれも量はお試し程度にとどめて、一通り買うかな)

「すみません、籠売りのものは一籠ずつ、他は3つずつで、全種買わせてもらえますか?」

 エリィが声をかけるが、どうやら露店の商品に埋もれ見えなくなってしまっていたらしく、店主の男性がキョロキョロと辺りを見回した後、やっと正面を覗き込んで気づいてくれた。

「おっとすまねぇ、小っちゃいから見えなかったんだ……っ…」

 店主がエリィをじっと見つめる。
 それも仕方ない事だろう。顔半分を包帯で覆い、朝っぱらからフードを目深に被る得体のしれない見た目幼女だなんて、引っかかって当然だ。
 そのまま続く無言の見つめあいに気づいたのか、オリアーナが近づいてくる。

「私の友達なんだ。昨日ここに来たばかりなんだよ」
「え…ティゼルト隊長!? おぉ、貴方の友達だってんなら大丈夫だな」

 少し不安そうに表情を曇らせていた店主だったが、オリアーナの言葉に破顔した。
 周囲の露店で働く者たちも、成り行きを固唾を飲んで見守っていたが、同じタイミングでほっと笑顔を浮かべた。
 やや緊張をはらんだ空気が緩むと同時に、あちこちからエリィに声がかかる。

「お嬢ちゃん、うちで買うといい。そいつの店より新鮮な野菜があるぜ」
「なにおぉ!? おめぇン所より俺が作った野菜の方がうめぇに決まってんだろ!」
「なんだとぉ!?」
「あんたらいい加減におしよ、売るのも買うのも商品にしときな」
「そうだよ、喧嘩の売り買いはここ以外でやっとくれ」
「そいつらより、あたしの店で見ていかないかい? 果物もあるよ。甘い良い匂いがするだろ?」

 こんなやり取りも彼らには日常なのか、言い合いながらも剣呑な空気にはならず、皆が笑って言い合っている。
 和やかだが騒々しい空気に囲まれて、エリィは無表情で押し黙る。

(内心でなら何を思っても良いわよね……静かに買い物させてくれ)

 憮然としたエリィだったが、オリアーナは困惑していると思ったようで、笑いながら最初にエリィが声をかけた店主に話しかけた。

「エリィを揶揄うんじゃない。籠盛りのは1つずつ、他は3つずつ、早く包んでやってくれ。支払いは私がするからな」
「お、おう、すまねぇ…ってティゼルト隊長が支払い? おいおい…友達じゃなく隠し子とか言わねぇよな?」
「あらぁ、ティゼルト隊長の子供だってんなら、全力で愛でるわよ~」
「俺達の女神がああ~~~」
「残念ながら隠し子ではなく友達だがな」
「おいおい残念なのかよ」
「あはは」

 エリィには馴染めない空気に取り囲まれて、些か居心地が悪いと思っていると、店主が紙包みを1つ差し出してきた。

「嬢ちゃん、結構な量になるが持てるか?」

 心配そうに訊ねてくる店主に頷いて返す。

「問題ありません。マジックバッグがありますので」
「そりゃスゲェ、ほいじゃこうして包んでいくから、バッグに入れていくといい」
「いえ、もし御迷惑でなければ、空いた箱にでも入れて頂けたら助かります。そして支払いは私がしますし、箱代もお支払いしますので」
「何だか聞き捨てならないセリフが聞こえた気がするな~…エリィ?」

 ほかの皆と話に興じているから、てっきり聞こえないだろうと思っていたのに、オリアーナの耳は拾い上げていたようだ。
 ヒクッと思わず口元を引き攣らせるが、オリアーナが目線を同じにまで身を屈めてきた。

「約束したはずだよ? 忘れたとは言わせないからな」
「……ぁ……ぅ」

 二人の様子にまた周りから笑いが上がる。

「お嬢ちゃん、諦めな。隊長は頑固だからねぇ」
「そうそう、たくさん買ってもらうといいさ」
「だからさ、うちの果物」

 一対多数では分が悪すぎた。
 エリィの『自分が支払う』という声は、抵抗の甲斐なくあっさりポイっと放り投げられ、笑顔でオリアーナが支払いを済ませた。
 それどころか、オリアーナがついでとばかりに周りに声をかけ、エリィから半ば脅しのように聞き出した購入予定品を、ある物はすべて購入していった。

「ォ、オリアーナさん…流石にここまでは…」
「何言ってるんだ? エリィは…人里に出て来たばかりじゃ仕方ないが、あの肉がどれほどの値段で売られているか知らないだろう? 少なくともこんな辺境じゃ物自体が流通してないし、王都でもどうだろうな…仮に買えたり食えたりしたとしても、気が遠くなるレベルの値段になるのは確実。ここで買い物をしたくらいじゃ、まったく及ばないんだ」
「ぃぇ、でも実質0円で」
「ぜろ…えん?」
「ああぁ、いえ『タダ』です、狩りをしただけなので」
「狩りをしたなら、その労働対価は得るべきだよ。だから諦めて奢られてくれ」
「……ハイ」

 結局オリアーナを含む商人連合に太刀打ち出来るはずもなく、その後武器や小物なんかの露店が並ぶ頃になってからの買い物も、オリアーナとお揃いのカップの購入と言うおまけまでついて、エリィの敗北で幕を閉じた。

「よし、それじゃあ次はギルドだな」
「……ハイ、オネガイシマス」

 高性能収納様のおかげで、マジックバッグと言い張れている背負い袋に全て入れるふりをした後、笑顔のオリアーナの後ろを、どこか正規の抜けた空気を醸すエ 
リィがのろのろとついていった。




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