【まとめ版】⛓囚われの勇者⛓ -明日にかける鎖-

良音 夜代琴

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【囚勇02】囚われの勇者 -17歳

1話『新たな勇者』(4/4)

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 ***

 リンデルはついに決勝戦まで進んでいた。
 決勝の相手は、自分よりも五つほど年上に見える整った顔の男だ。
 自分より体格も良く、あの勇者専用の甲冑もきっと映えるだろう。

 しかしリンデルに勝ちを譲る気はなかった。

 相手の剣をギリギリまで見極めて、最小限の動きでかわす。
 大振りの後はどうしても隙ができる。
 その隙を確実に狙う。

 リンデルの体に染み付いた動きは、九番隊で先輩や隊長達に教えられた物だ。

 華はなくとも堅実なリンデルの剣に押され、対戦相手が口を開く。
「……君は、自分に勇者が務まると思ってるのか」
 鍔迫り合いとなった状態で、相手はリンデルにのみ聞こえる声で話しかけた。
「その歳じゃ未熟だ若造だと反感を買うのが目に見えるだろう。ここは大人しく引き下がるべきじゃないか?」
 諭すような声は、リンデルの事を思っての言葉にも聞こえた。

 騎士団員には貴族の出の者も多い。
 昔ほどではないにしろ、今でも四分の一ほどは貴族出身だ。
 おそらくこの相手も貴族で、家の期待も過分に背負っているのだろう。
 貴族はその多くが幼いころから剣の教師をつけて訓練を受けてきており、教育水準も平民出身のリンデルよりずっと高い。

 彼の言う通り、自分よりも相手の方が勇者となるにふさわしいのだろう。

 一瞬力がゆるんだリンデルに、相手がここぞとばかりに囁いた。

「君にはまだ次がある」



 次……?



 勇者の任期は最大で十五年だ。
 確かに、次の新勇者を決める試験に俺はまだ出られる歳だろう。

 だがそれは、その時俺が生きているなら、だ。

 リンデルの脳裏を、自分を庇って魔物に食われた人々の影が過ぎる。
 姉と二人、世界に取り残された日。
 その日は、いつもと変わらない一日のように始まった。


 リンデルには、今日の次に必ず明日が来るなんて無邪気に信じることは、もうできない。


 いつもと同じ毎日が続いてくれたなら、俺はここに居るはずがない!


 リンデルは剣を掴む両手にあらん限りの力を込める。

 姉の涙も、あの人の血の色も、俺の中にまだ残っている。

 ――だから俺は今、勇者になる!

 リンデルの剣が、迫り合う相手の剣を強く押しあげる。
 弾かれた剣に相手の肘が弛む。
 その一瞬で、リンデルは剣先を相手の首元に突き付けた。

 息を呑む攻防に静まり返っていた闘技場が、熱い歓声に包まれる。

 誰の目にも明らかな勝利に、観客は沸き、ルストックは青ざめた。
 ある程度予測をしていたレインズですら、この先の親友の苦労を思うと何とも言えない顔になっている。
 観客席の中でも、リンデルと同じ九番隊所属の面々は、やはり微妙な表情だ。
 そんな中で、普段鋭い表情をあまり崩さない騎士団長だけは、輝くプラチナブロンドを揺らして満足気に口端を上げた。

「か……勝った……?」
 闘技場が揺れるような歓声の中で、審判に腕を掲げるよう言われて、リンデルがようやく勝利を実感する。

 観客達にその勇姿を見せるべく周囲を見渡していたリンデルが、対戦者用の通路の入り口でこちらを見ている人の姿に気付く。

 あれは……。

 遠目からでもわかる。
 彼が纏う新緑のマントは、勇者のそれだった。

 あの時自分を助けてくれた勇者の姿に、リンデルの胸が高なる。
 同じ騎士団員となっても、部隊の違う勇者とは言葉を交わすことはおろか、その姿を見る事すらほとんど叶わなかった。

 舞台を降りたリンデルはすぐに彼を追う。

 自分の試合を見てくれていたことが嬉しい。
 彼に憧れて勇者を目指してきたのだと、彼にずっと伝えたかった。

 あれから七年、ようやく言葉を交わせる機会を得たことに、リンデルは胸を弾ませる。

「勇者さんっ」

 背にかけられたリンデルの声に、勇者が立ち止まる。
 しかし彼は振り返らなかった。

「……後悔するぞ」
 低く吐き捨てられたような声に、リンデルは耳を疑った。

「え……?」

「お前はもう、自由に家にも帰れなくなる。これからの一生を、この国に縛られて生きるんだ」

 一生……? 任期の十五年じゃなく……?

「勇者さん……」

 リンデルは、憧れの人を呼ぶ。
 勇者はリンデルを助けてくれたあの頃よりいくらか歳を重ねたものの、今も凛々しい美丈夫だった。
 あの時初めて間近に見上げたその顔を、もう一度だけ、こちらに向けてほしかった。

「……私はもう勇者じゃない。これからは、お前が勇者だ」
 男は言うと、リンデルを振り返ることなく歩き出す。

「この国でただ一人きり。見えない鎖に縛り続けられる、囚われの勇者だ……」

 その言葉は、ずしりと重い鎖のようにリンデルに巻き付いた。
 まるで、これこそが歴代の勇者による継承だったかのように。

 生まれたばかりの勇者は、先代から寿ぎを貰う事も叶わず、ただ重い呪縛だけを押しつけられて立ちすくむ。

 リンデルは、去ってゆく彼の背中を追う事が出来なかった。
 追いついたとしても、とても会話をしてもらえるとは思えなかった。

 彼の落とした言葉だけが、いつまでも耳に残る。

 見えない……鎖……?
 リンデルが両手を持ち上げると、確かに見えない何かがずしりと重く巻き付いたような感覚がした。

 冷たい連鎖の鎖が足元から上ってくるような気がして、リンデルは小さく身震いする。

「あなたが新しい勇者様ですね」

 突然近くで聞こえた声に、リンデルは慌てて顔を上げた。

 声の主は小柄な青年だった。
 地につきそうなほどに長いまっすぐな黒髪を深紅のリボンで一つに括り、目立たない紺色の服に身を包んでいる。
 背はリンデルより頭一つ分ほど低いが、年齢はおそらく上なのだろう。
 青年は美しい所作で胸に手を当て礼を捧げた。

「お初にお目にかかります。私はロッソ、勇者様の傍らに常に在る者です」

 目を閉じたせいもあるのか、ロッソと名乗った青年の無表情に近い顔からは感情が読み取れない。

「え?」
 きょとんとした顔のリンデルに、ロッソは続ける。
「勇者様専属の従者として、その護衛と教育を仰せつかっております」

 それはつまり、騎士団長かそれより上の人から直接の任務を受けて動いている人。ということなんだろうか。

「どうぞお見知りおきを」
 言われて、リンデルは慌てて返事をする。
「は、はい。よろしくお願いします……」

 なんだか凄い人が来てしまったぞ。と、リンデルは思った。
 勇者というのは本当に国を代表する立場なんだな……。
 その日リンデルが理解できたのは、ほんのその程度だった。



 ***


 カタンと物音がして、リンデルは顔を上げた。
 どうやら机に向かったまま、うたた寝をしていたようだ。
 自分の手には、読んでいたはずの手紙がまだ握られていた。

「起こしてしまいましたか?」
 この声はさっき夢の中でも聞いた、ロッソの声だ。

「そこではお風邪を召してしまいます。どうぞ寝台でお休みください」
 声の方を見れば、ベッドが完璧に整えられている。

 ロッソは素知らぬ顔をしているが、もしかして、わざと物音を立てて俺を起こしたんだろうか。
 俺が風邪をひかないように……?

「お手紙、読まれたのですね」
 言われて、リンデルは頷く。
「うん。……良い報せだったよ、姉さんが結婚するらしい」

 五つ年上の姉は、美人で気立ても良く昔からモテていた。
 それなのにここまで結婚話が出なかったのは、きっと俺の面倒ばかり見ていたせいだ。
 俺が離れたおかげで姉が良い人と出会えたのなら、それだけでも王都に出てきたかいがあった。

 離れても、姉は月に一度は手紙を送ってくれたし、俺もできる限りのペースで返事を送り続けている。
 これまでの手紙によると、姉の相手は姉より年上の落ち着いた誠実な人らしい。
 結婚は二度目らしいが、前の奥さんは結婚後すぐに魔物に食われたのだと聞いた。
 姉は俺よりずっと人を見る目もあるので、失敗するようなことはまずないだろう。

 元から綺麗な姉のことだ。純白のドレスを纏う姿はきっと村一番の美人に違いない。
 リンデルは、教会で皆の祝福を浴びて幸せそうに微笑む姉の姿を思い浮かべながら、ロッソが整えたベッドにうつ伏せる。

「おめでとうございます」
 ロッソがいつもと同じ無表情のままで祝いの言葉を口にしつつ、リンデルに布団をかけた。

「ただ、式の日がなぁ……。夏至祭の三日後だから……」
 リンデルは枕を両手で抱え込むようにして顔を押し付ける。

「……王都から三日じゃ無理だよなぁ」
 リンデルの声が寂しそうに呟くのを聞いて、ロッソは「……そうですね」と小さく同意した。

 姉さんのドレス姿、見たかったなぁ……。

 それを言ったところで、どうしようもないけれど。
 勇者は毎年夏至祭に参加する決まりだし、夏至祭の日付も結婚式の日付も、もう決まっているのだから。

 ジャラリとリンデルの耳元で、見えない鎖が聞こえないはずの音を立てる。

 その度、あの時の前勇者の言葉がリンデルの胸に蘇る。



 見えない鎖に縛られた、囚われの勇者……か。

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