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【囚勇02】囚われの勇者 -17歳
2話『偽りの勇者』(1/4)
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新しい勇者が決まったその日、明日から勇者隊となるはずの九番隊を率いる中隊長ルストックは闘技場を出たその足で、王立騎士団長の部屋へ向かった。
重い扉をノックをして名乗れば、ルストックよりも早く戻っていた団長の「入れ」と言う声がする。
ルストックは団長を目にするなり、憤りを両手で机に叩きつけて吠えた。
「あいつはまだ十七ですよ!? 若すぎます!!」
声を荒げるルストックを、騎士団長はプラチナブロンドの髪と同じ色をした瞳で冷ややかに見つめる。
「何を今さら。お前が推薦したんだろう」
事実を突きつけられて、ルストックが言い淀む。
「そ、それは、そうですが……」
「『最年少勇者誕生』だ。話題になるだろう」
騎士団長は整った顔立ちを活かした鋭い眼差しで、いつものように冷たく告げる。
「……っ」
リンデルの若さを分かった上で推薦した、自身の考えの甘さを指摘されたようで、ルストックは言葉に詰まった。
「幼い頃勇者に命を救われた少年が勇者を目指して騎士団に入り、ついには憧れの勇者となる。良い話だ」
「ですが!」
「じゃあなんだ、お前が代わりに勇者になるとでも言うのか?」
問われて、ルストックは考えた。
自分が死ぬまで、自由をこの国に差し出すことを。
リンデルにはまだ家族がいる。
けれどルストックにはもう帰りを待つ人は残っていない。
「……わ、私で……良いなら……」
「ダメだな。お前は顔がむさくるしいから却下だ」
覚悟をした上でのルストックの答えは、食い気味に却下された。
「団長っ!!」
「大声を出すな。当人はやる気じゃないか」
「あいつは……まだ分かっていないだけです。勇者という仕事がどれほど」
「拘束されるか……? 彼は元々鎖につながれていたのだろう。お前よりは慣れているんじゃないか?」
「――っ!!」
カッとルストックの顔色が変わる。
激昂したルストックが口を開くよりも早く、騎士団長は氷のように冷たい淡金の瞳でルストックを睨みつけると、強い声で言った。
「もう決まった事だ。あの大勢の前で披露されたものが覆るとでも思うのか?」
ルストックが息を詰める。
そんなことが分からないわけではない。
それでも、もう少しだけでもなんとかならないかと相談にきているのに。
この団長は本気で、明日からリンデルを勇者として動かす気でいる……。
「帰れ、仕事の邪魔だ」
言われて、ルストックは「失礼します!」と扉を叩きつけて部屋を出た。
ドカドカと憤りの篭った力強い足音が遠ざかるのを聞きながら、分かりやすい奴だ、と騎士団長は苦笑する。
「最年少勇者……か……」
団長は先に行われた面接試験でのリンデルの姿を思い浮かべる。
どんな勇者になりたいか。その問いに返ってくる勇者候補たちの言葉は、どれもが耳触りの良い上っ面だけの綺麗ごとだ。
長く王城に勤めていれば、それが本音か建前かくらい嗅ぎ分けられる。
それでも、どういった方向の勇者を目指しているのかを知る必要はあったし、そのための質問でしかなかったそれに、まっすぐ本心を口にしたのはあの少年ただ一人だった。
「この国の人達が皆幸せでいられるような、皆を守れる勇者になりたいんです!」
それは、未熟で拙い言葉だった。
その為の具体策もなく、ただこうなりたいとだけ語った彼の透明な言葉に、それでも審査員の何人かが息を呑んだ。
こんなにまっすぐに人を幸せにしたいと言える少年は、いったいどれだけ周りの人に愛されて大切に育てられてきたのだろうか。
そう思ったのは私だけではなかったようで、面接試験が終わってすぐに彼の調書を全員が覗き込んだ。
しかしそこに書かれていたのは、温かい家庭でも裕福な家庭でもなく、それどころか彼の調書には三年に近い空白の期間すらあった。
両親を殺された直後に盗賊にさらわれ、勇者が助け出すまでの間、どこにいたのかも何をしていたのかも分からない三年間。
おそらく盗賊達に連れられ各地を転々としていたのだろうとか、見つけ出された際の状況から、それなりにひどい目に遭っていたのだろうとか、そういった憶測で強引に埋められてはいたが、本当にそんな子が、あんなにキラキラと輝いた瞳で「人を幸せにしたい」と言えるのだろうか。
この空白期間を根拠に「彼は勇者にふさわしくない」と主張した者もいたが、私をはじめ彼の面接に参加した多くの者が彼を強く推した結果、彼は最終試験に進んだ。
とはいえ、あの場に彼が実戦形式の最終試験を勝ち抜けると思っていた者はほとんどいなかっただろう。
おそらくあの場で、私だけが、彼が勇者になれる可能性を感じていた。
魔物という驚異の前に崩れそうな人々の心を「勇者」というシンボルが支えている。
だから勇者にはそれに適した人材を選ばなくてはならない。
それは重々承知しているが、いつまでも同じことの繰り返しではダメだ。
魔物が強くなるからと、ただひたすらに人が強さを目指すだけでは、遅かれ早かれ終わりが来る。
私は、そう思っているのだよ……。
騎士団長は椅子から立ち上がると、窓から外を見る。
そこには茶色いマントに包まれた肩を怒らせて大股で去ってゆくルストックの後ろ姿があった。
「お前のような奴も傍にいることだ。あの少年がどこまでやれるか、見せてもらおうじゃないか」
騎士団長は淡金の瞳をわずかに細めると、小さく笑って言う。
「……期待しているぞ」
***
その日勇者隊は町を襲う魔物との戦闘を半日以上続け、日暮れ前にようやく討伐を終えたところだった。
町の東側、見渡す限りの範囲に、魔物に崩されたばかりの家々が広がっていた。
今朝まで人々が生活していたはずの場所は今、瓦礫の山と化していた。
割れた食器、潰れた寝台、衣類も家具も雑貨も、誰かの大切な物だっただろう全てが、魔物によって引き裂かれている。
勇者は夕陽に染まる瓦礫の中で立ち尽くす。
俺がもっと早く着いていれば、こんな……。
強く握りしめたその手は、守れなかった自身を責めるように小さく音を立てた。
「……勇者様、参りましょう」
勇者の乗る鳥を連れてきたロッソに促されて、リンデルは「ああ」と力なく応じた。
鳥に乗った勇者隊の一団は列を成して宿に向かう。
「あまり気に病むなよ」
中隊長ルストックの言葉に、リンデルは「大丈夫ですよ……」と答える。
「我々は、可能な限り迅速に駆けつけた。そうだろう?」
励ますように微笑むルストックに、リンデルは「はい」と返す。
ロッソはそんな二人に小さく咳払いをして告げる。
「お二人とも、そろそろ市街地ですよ」
「「ああ」」と二人は答えて、ルストックは列の先頭をリンデルに譲る。
ロッソは先頭に出た勇者の姿に指摘すべき点がないか入念にチェックしながら、その表情がほんの少し改善されたことに気づいた。
ほんのあれだけの会話で中隊長は勇者様の心を軽くすることができたのかと、ロッソは内心で小さく驚く。
市街地に入った途端、沢山の小さな声が勇者隊を包む。
外に出ている人数が多いのは、今回魔物に潰された家が多かったせいもあるだろう。
「あれが噂の……」
「本当に若いな」
「まだ子どもじゃないか」
「あれで隊を指揮できるのか?」
「町の東は半壊らしい」
「前の勇者様なら間に合っただろうに……」
鳥のハンドルを握る勇者の手に力がこめられたのを見て、ロッソは彼がどの言葉に反応したのかを理解する。
乗用の鳥には左右の羽の付け根に輪がかけてあり、そこに手綱代わりのハンドルレバーが付けられている。鳥の背には鳥の羽を守るための分厚い布がかけてあり、そこに鞍を置いて乗るようになっていた。
鳥たちが全員入れる大きな鳥舎に、騎士団の中隊全員が寝泊まりできる大きな宿。
事前に確保されていた宿で、一日戦い続けた団員達はようやく落ち着いて食事をとっていた。
四人掛けの丸テーブルがいくつも並ぶ広い食堂。
酒場も兼用している食事スペースは、今日は騎士団の貸し切りだ。
小さなステージにはほんの五人ほどではあるが楽団も入っていて、店内は明るい空気に包まれている。
幸い今日の戦闘で団員に大怪我をした者はなかった。
思い思いに食べて飲んで騒ぐ団員達をよそに、リンデルは隅の席で一人、ロッソに渡されたグラスをじっと両手で握りしめていた。
そこへ食事をトレイに乗せたロッソが戻る。
気落ちしている主人になんと声をかけたらよいものか迷っていると、リンデルの隣に黒髪の男が腰かけた。
「気にするなよ、お前のせいじゃない」
温かな声に小さく囁かれて、リンデルは顔を上げる。
酒の入ったジョッキを片手に「勇者殿お隣いいですかな?」と片目を閉じて笑ってみせたのは中隊長のルストックだった。
「隊長……」
返事も待たずに席についた隊長は、悪戯っぽい表情でリンデルにこそりと言う。
「リンデルも一杯飲んでみるか?」
ロッソは料理を机に並べながら注意した。
「未成年に飲酒を勧めないでください」
二人のやりとりに、リンデルがようやく表情を緩めた時、隊長の後ろに別動隊の者が控えた。
報告を聞き逃すまいとするルストックの表情が、一瞬で責任ある中隊長のそれに変わる。
「レグル渓谷に魔物の群れが現れました」
それは、リンデルの姉が住む村を含んだ地域の名だった。
「麓の村は全滅です」
「え……」
リンデルが反射的に立ち上がる。
「……ぜん……めつ……?」
その小さな声は震えていた。
この場は貸し切りとはいえ、町の中だ。宿の従業員に楽団員の目もある。
ルストックは即座にジョッキの酒をリンデルにぶちまけた。
水音に団員達が振り返る。
「なんだなんだ」
「どうした?」
リンデルは、突如頭から滴る酒に呆然としている。ように見える。
「いやぁ勇者殿申し訳ない、手が滑ってしまったようですな」
うっかりうっかり。とルストックが恥ずかしそうに頭を掻く。
その隙にロッソが「勇者様、お部屋はこちらです」と素早くリンデルを退席させる。
「何やってんですかー?」
「隊長ー、しっかりしてくださいよー」
「もう歳なんじゃないっすかー?」
団員達から次々飛ばされる野次に、ルストックが「おい、お前ら……」と怒りを浮かべて見せる間に、リンデルは目立つことなく部屋に戻った。
ルストックは誰もいなくなったテーブルに視線を戻すと、食事に手を付けないまま去ったリンデルの後ろ姿を思う。
麓の村といえば、リンデルの故郷のはずだ。
王都からでは4~5日かかるが、ここからなら半日もあれば着く距離だ。
全滅と聞いて諦められるほど、人は器用ではない。
リンデルは今すぐにでも駆けつけたいだろうに……。
それを許可してやれないのは、リンデルがもう、ただの一団員ではなくなってしまったからだ。
俺が気安く推薦しなけりゃ、あいつが勇者になることはなかったのにな……。
ルストックの胸に、この場に居ない親友の言葉が蘇る。
『だから、お前は読みが甘いんだよ』
ああ、本当に。その通りだな……と、ルストックは苦い思いを酒で流し込んだ。
重い扉をノックをして名乗れば、ルストックよりも早く戻っていた団長の「入れ」と言う声がする。
ルストックは団長を目にするなり、憤りを両手で机に叩きつけて吠えた。
「あいつはまだ十七ですよ!? 若すぎます!!」
声を荒げるルストックを、騎士団長はプラチナブロンドの髪と同じ色をした瞳で冷ややかに見つめる。
「何を今さら。お前が推薦したんだろう」
事実を突きつけられて、ルストックが言い淀む。
「そ、それは、そうですが……」
「『最年少勇者誕生』だ。話題になるだろう」
騎士団長は整った顔立ちを活かした鋭い眼差しで、いつものように冷たく告げる。
「……っ」
リンデルの若さを分かった上で推薦した、自身の考えの甘さを指摘されたようで、ルストックは言葉に詰まった。
「幼い頃勇者に命を救われた少年が勇者を目指して騎士団に入り、ついには憧れの勇者となる。良い話だ」
「ですが!」
「じゃあなんだ、お前が代わりに勇者になるとでも言うのか?」
問われて、ルストックは考えた。
自分が死ぬまで、自由をこの国に差し出すことを。
リンデルにはまだ家族がいる。
けれどルストックにはもう帰りを待つ人は残っていない。
「……わ、私で……良いなら……」
「ダメだな。お前は顔がむさくるしいから却下だ」
覚悟をした上でのルストックの答えは、食い気味に却下された。
「団長っ!!」
「大声を出すな。当人はやる気じゃないか」
「あいつは……まだ分かっていないだけです。勇者という仕事がどれほど」
「拘束されるか……? 彼は元々鎖につながれていたのだろう。お前よりは慣れているんじゃないか?」
「――っ!!」
カッとルストックの顔色が変わる。
激昂したルストックが口を開くよりも早く、騎士団長は氷のように冷たい淡金の瞳でルストックを睨みつけると、強い声で言った。
「もう決まった事だ。あの大勢の前で披露されたものが覆るとでも思うのか?」
ルストックが息を詰める。
そんなことが分からないわけではない。
それでも、もう少しだけでもなんとかならないかと相談にきているのに。
この団長は本気で、明日からリンデルを勇者として動かす気でいる……。
「帰れ、仕事の邪魔だ」
言われて、ルストックは「失礼します!」と扉を叩きつけて部屋を出た。
ドカドカと憤りの篭った力強い足音が遠ざかるのを聞きながら、分かりやすい奴だ、と騎士団長は苦笑する。
「最年少勇者……か……」
団長は先に行われた面接試験でのリンデルの姿を思い浮かべる。
どんな勇者になりたいか。その問いに返ってくる勇者候補たちの言葉は、どれもが耳触りの良い上っ面だけの綺麗ごとだ。
長く王城に勤めていれば、それが本音か建前かくらい嗅ぎ分けられる。
それでも、どういった方向の勇者を目指しているのかを知る必要はあったし、そのための質問でしかなかったそれに、まっすぐ本心を口にしたのはあの少年ただ一人だった。
「この国の人達が皆幸せでいられるような、皆を守れる勇者になりたいんです!」
それは、未熟で拙い言葉だった。
その為の具体策もなく、ただこうなりたいとだけ語った彼の透明な言葉に、それでも審査員の何人かが息を呑んだ。
こんなにまっすぐに人を幸せにしたいと言える少年は、いったいどれだけ周りの人に愛されて大切に育てられてきたのだろうか。
そう思ったのは私だけではなかったようで、面接試験が終わってすぐに彼の調書を全員が覗き込んだ。
しかしそこに書かれていたのは、温かい家庭でも裕福な家庭でもなく、それどころか彼の調書には三年に近い空白の期間すらあった。
両親を殺された直後に盗賊にさらわれ、勇者が助け出すまでの間、どこにいたのかも何をしていたのかも分からない三年間。
おそらく盗賊達に連れられ各地を転々としていたのだろうとか、見つけ出された際の状況から、それなりにひどい目に遭っていたのだろうとか、そういった憶測で強引に埋められてはいたが、本当にそんな子が、あんなにキラキラと輝いた瞳で「人を幸せにしたい」と言えるのだろうか。
この空白期間を根拠に「彼は勇者にふさわしくない」と主張した者もいたが、私をはじめ彼の面接に参加した多くの者が彼を強く推した結果、彼は最終試験に進んだ。
とはいえ、あの場に彼が実戦形式の最終試験を勝ち抜けると思っていた者はほとんどいなかっただろう。
おそらくあの場で、私だけが、彼が勇者になれる可能性を感じていた。
魔物という驚異の前に崩れそうな人々の心を「勇者」というシンボルが支えている。
だから勇者にはそれに適した人材を選ばなくてはならない。
それは重々承知しているが、いつまでも同じことの繰り返しではダメだ。
魔物が強くなるからと、ただひたすらに人が強さを目指すだけでは、遅かれ早かれ終わりが来る。
私は、そう思っているのだよ……。
騎士団長は椅子から立ち上がると、窓から外を見る。
そこには茶色いマントに包まれた肩を怒らせて大股で去ってゆくルストックの後ろ姿があった。
「お前のような奴も傍にいることだ。あの少年がどこまでやれるか、見せてもらおうじゃないか」
騎士団長は淡金の瞳をわずかに細めると、小さく笑って言う。
「……期待しているぞ」
***
その日勇者隊は町を襲う魔物との戦闘を半日以上続け、日暮れ前にようやく討伐を終えたところだった。
町の東側、見渡す限りの範囲に、魔物に崩されたばかりの家々が広がっていた。
今朝まで人々が生活していたはずの場所は今、瓦礫の山と化していた。
割れた食器、潰れた寝台、衣類も家具も雑貨も、誰かの大切な物だっただろう全てが、魔物によって引き裂かれている。
勇者は夕陽に染まる瓦礫の中で立ち尽くす。
俺がもっと早く着いていれば、こんな……。
強く握りしめたその手は、守れなかった自身を責めるように小さく音を立てた。
「……勇者様、参りましょう」
勇者の乗る鳥を連れてきたロッソに促されて、リンデルは「ああ」と力なく応じた。
鳥に乗った勇者隊の一団は列を成して宿に向かう。
「あまり気に病むなよ」
中隊長ルストックの言葉に、リンデルは「大丈夫ですよ……」と答える。
「我々は、可能な限り迅速に駆けつけた。そうだろう?」
励ますように微笑むルストックに、リンデルは「はい」と返す。
ロッソはそんな二人に小さく咳払いをして告げる。
「お二人とも、そろそろ市街地ですよ」
「「ああ」」と二人は答えて、ルストックは列の先頭をリンデルに譲る。
ロッソは先頭に出た勇者の姿に指摘すべき点がないか入念にチェックしながら、その表情がほんの少し改善されたことに気づいた。
ほんのあれだけの会話で中隊長は勇者様の心を軽くすることができたのかと、ロッソは内心で小さく驚く。
市街地に入った途端、沢山の小さな声が勇者隊を包む。
外に出ている人数が多いのは、今回魔物に潰された家が多かったせいもあるだろう。
「あれが噂の……」
「本当に若いな」
「まだ子どもじゃないか」
「あれで隊を指揮できるのか?」
「町の東は半壊らしい」
「前の勇者様なら間に合っただろうに……」
鳥のハンドルを握る勇者の手に力がこめられたのを見て、ロッソは彼がどの言葉に反応したのかを理解する。
乗用の鳥には左右の羽の付け根に輪がかけてあり、そこに手綱代わりのハンドルレバーが付けられている。鳥の背には鳥の羽を守るための分厚い布がかけてあり、そこに鞍を置いて乗るようになっていた。
鳥たちが全員入れる大きな鳥舎に、騎士団の中隊全員が寝泊まりできる大きな宿。
事前に確保されていた宿で、一日戦い続けた団員達はようやく落ち着いて食事をとっていた。
四人掛けの丸テーブルがいくつも並ぶ広い食堂。
酒場も兼用している食事スペースは、今日は騎士団の貸し切りだ。
小さなステージにはほんの五人ほどではあるが楽団も入っていて、店内は明るい空気に包まれている。
幸い今日の戦闘で団員に大怪我をした者はなかった。
思い思いに食べて飲んで騒ぐ団員達をよそに、リンデルは隅の席で一人、ロッソに渡されたグラスをじっと両手で握りしめていた。
そこへ食事をトレイに乗せたロッソが戻る。
気落ちしている主人になんと声をかけたらよいものか迷っていると、リンデルの隣に黒髪の男が腰かけた。
「気にするなよ、お前のせいじゃない」
温かな声に小さく囁かれて、リンデルは顔を上げる。
酒の入ったジョッキを片手に「勇者殿お隣いいですかな?」と片目を閉じて笑ってみせたのは中隊長のルストックだった。
「隊長……」
返事も待たずに席についた隊長は、悪戯っぽい表情でリンデルにこそりと言う。
「リンデルも一杯飲んでみるか?」
ロッソは料理を机に並べながら注意した。
「未成年に飲酒を勧めないでください」
二人のやりとりに、リンデルがようやく表情を緩めた時、隊長の後ろに別動隊の者が控えた。
報告を聞き逃すまいとするルストックの表情が、一瞬で責任ある中隊長のそれに変わる。
「レグル渓谷に魔物の群れが現れました」
それは、リンデルの姉が住む村を含んだ地域の名だった。
「麓の村は全滅です」
「え……」
リンデルが反射的に立ち上がる。
「……ぜん……めつ……?」
その小さな声は震えていた。
この場は貸し切りとはいえ、町の中だ。宿の従業員に楽団員の目もある。
ルストックは即座にジョッキの酒をリンデルにぶちまけた。
水音に団員達が振り返る。
「なんだなんだ」
「どうした?」
リンデルは、突如頭から滴る酒に呆然としている。ように見える。
「いやぁ勇者殿申し訳ない、手が滑ってしまったようですな」
うっかりうっかり。とルストックが恥ずかしそうに頭を掻く。
その隙にロッソが「勇者様、お部屋はこちらです」と素早くリンデルを退席させる。
「何やってんですかー?」
「隊長ー、しっかりしてくださいよー」
「もう歳なんじゃないっすかー?」
団員達から次々飛ばされる野次に、ルストックが「おい、お前ら……」と怒りを浮かべて見せる間に、リンデルは目立つことなく部屋に戻った。
ルストックは誰もいなくなったテーブルに視線を戻すと、食事に手を付けないまま去ったリンデルの後ろ姿を思う。
麓の村といえば、リンデルの故郷のはずだ。
王都からでは4~5日かかるが、ここからなら半日もあれば着く距離だ。
全滅と聞いて諦められるほど、人は器用ではない。
リンデルは今すぐにでも駆けつけたいだろうに……。
それを許可してやれないのは、リンデルがもう、ただの一団員ではなくなってしまったからだ。
俺が気安く推薦しなけりゃ、あいつが勇者になることはなかったのにな……。
ルストックの胸に、この場に居ない親友の言葉が蘇る。
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