【まとめ版】⛓囚われの勇者⛓ -明日にかける鎖-

良音 夜代琴

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【囚勇02】囚われの勇者 -17歳

2話『偽りの勇者』(2/4)

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 ***

「そんな……まさか……」

 ロッソは、小さく何事か呟き続けるリンデルの体を支えながら階段を上がり、二階に並ぶ寝室の一番角の部屋に通した。

「嘘だ……こんなの……」

 パタンと閉められた扉に背を預けたリンデルが、そのままズルズルと膝をつく。
 その顔色は蒼白で、全身が小さく震えていた。

「いつも、元気だって手紙がきてたじゃないか……」

 足元が崩れるほどの衝撃を受けている主人の酒にまみれた体を、ロッソは黙々と拭い着替えさせる。

「魔物も最近は全然出ないって……」

 ロッソが丹念に肌を拭う間も、主人の心はここへは戻らない。
 自身の無力に、ロッソは小さく目を伏せた。

「来月……結婚式、だって……」

 リンデルの胸に、出立前の姉との会話が蘇る。

 もし俺がいない時に魔物がきたらどうするのかと聞くと、姉さんは笑った。

「大丈夫よ、私、隠れんぼは得意なんだから。上手に隠れて待ってるわ」

 それで姉さんは言ったんだ。

「リンデルがすぐ助けに来てくれるんでしょ?」

 そうだ。
 だから、俺が今すぐ助けに行かなきゃ……っ!

 リンデルが勢い良く立ち上がる。

「村に行く!」
「お待ちください」
 リンデルの手首をロッソがすかさず掴む。
「村は既に潰されたのです。今出たところで間に合いません」
 ロッソの言葉は静かに真実を告げる。

「……っ、そんなの……行ってみなきゃ分からないだろ!!」
 叫ぶと同時に、リンデルがロッソの手を力いっぱい振り払う。
「勇者様!?」
「誰かまだ隠れてるかもしれない! 生きている人がいるかも知れない!!」
 リンデルは剣を手に取り、心で叫ぶ。

 俺が行くまで待っててくれ!
 姉さん!!

 部屋の戸にリンデルの指がかかる直前、ロッソの手がもう一度リンデルの手首を押さえた。
「いけません!」
 リンデルが小柄な従者を振り返る。
「ロッソ! 放し――」

「『勇者様』!!」

 普段は声を荒げる事のない冷静な従者からの強い言葉に、リンデルの瞳が揺れる。

「あなたはこの国でたった一人の勇者様です」
「……それは、分かって……」
「勇者様には勇者様の使命があるはずです」
「家族を見殺しにしろって言うのか!」
「いいえ」
 声をあげるリンデルに、ロッソは冷静な言葉で返す。
「勇者様が行かずとも救助隊は出ます。けれど、討伐隊の先頭には勇者様が居なくてはなりません」
「そんなの分かってるさ!」

「では、次に襲われる場所はどこですか?」

 次……に、襲われる、場所……?

「川に沿って魔物が下れば、辿り着くのは……」

 ロッソの言葉に、リンデルが気付く。


 それが、この町だと。


 夕陽に染まる瓦礫の山。
 その端々で悲しみに暮れていた人々。

 この町に住む人達の幸せを、これ以上奪われるわけにはいかない。

 俺が……、この町の人達を……守らないと……。


 リンデルが力を失って膝をつくと、リンデルを拘束していたロッソの手がそっと離れた。


「……お分かりいただけましたか」
 従者の確かめる言葉に、リンデルは呻くように答えた。
「……ああ……」

 勇者に与えられた重い剣を鞘ごと抱き締めて、床に蹲り震えるその背中は、ロッソよりも小さく見えた。

 ロッソは小さく痛んだ自分の肩を押さえる。
 勇者様に力いっぱい振り払われてしまった際に痛めたのだろうか。
 指先で丁寧に触診する。この程度なら、痛みは明日にはおさまるだろうか。

 ……こんなとき、私に……、優しい言葉をかける事ができたなら……。

 リンデルにかける言葉を見つけきれないロッソの胸に、前勇者の背中がよぎる。

 あの方も……最初は優しい方だったのに……。

 十五年という歳月は、人の心を歪めてしまうには十分な長さだった。

 コンコンというノックの音に、ロッソが振り返る。
 こんな状態の勇者様を人に見られるわけにはいかない。
 ロッソが警戒しつつそろりと開いた扉の先には、中隊長が立っていた。

「リンデルはどうだ? 大丈夫か?」

 ロッソはホッと息をついて答える。
「急に飛び出すような事は、もうないと思いますが……」

「……そうか。やはり相当堪えているようだな……」
 まるで自分事のように辛そうな顔をするルストックを、ロッソはじっと見上げた。

 こんな風に、あなたを心配しているのだと、私も伝えられたらいいのに。
 自分はポーカーフェイスの教育を徹底して受けたためか、それとも元々の性格ゆえか、感情が顔に出ることがまずなかった。

「勇者様をお願いします」
「ロッソ?」
 ロッソは頭を下げる。
 今のリンデルには、ルストックの存在が必要だと判断した。

「お前はどうするんだ」
「勇者様に『部屋を出る際には鏡を見て、勇者の顔が出来ていたらにしてください』とお伝えください」
「お、おう」
 ロッソはそのまま足早に去ってゆく。

 ルストックはその小さな背中を見送りながら「それで、お前はどこへ行くんだ……」と呟いてガシガシと頭をかいた。
 オールバックからはらりとこぼれた黒髪を後ろに撫で付けながら、ルストックは胸中でぼやく。

 まったく、ロッソにも困ったものだな。

 礼儀、知識、戦闘に関しては申し分ないが、勇者のメンタルケアも仕事の内だろうに。
 悪気はないのだろうが、不器用すぎて困る。
 まあ、リンデルはそこそこ察せるやつだから、しばらくすればそのうちロッソの事もうまく扱えるようにはなるだろうが……。

 ……まずはこの局面をなんとかしなくてはな。

 ルストックは、どんな恨み言でも受け止めるだけの覚悟をして、その扉を開けた。

「リンデル、入るぞ」


 ***

 明かりの灯されていない室内で、淡い月光だけが小さな少年勇者の肩を照らしていた。
 大仰な装飾をされた大きな剣を鞘ごと抱えて蹲っていた少年が、ルストックに気づいてゆっくりと顔を上げる。

「……隊長……」

「さっきは悪かったな、冷たかったろ」
 ルストックはまず、いきなり酒を浴びせたことを詫びた。

「いえ……、おかげで助かりました」
 リンデルは苦笑するような顔で答えて、抱えていた剣を台の上に戻す。

 ルストックはリンデルの目元を観察した。
 こいつはどうやら、まだ泣いてもいないようだ。
 酒をかけたのは、涙を隠す意味でもあったのに。
 目に入ったとか言って、少しは泣けばよかったのに。
 ルストックは仕方なく口を開く。
「……お前の姉さんが住んでる村だろ?」

「……はい」

 あの時無理にでも城に呼んでおけば、こんなことにはならなかっただろうに。とルストックは後悔する。

 ルストックはリンデルが勇者になると決まってすぐに、親族を城に呼んではどうかと誘った。
「家族が城で暮らしていれば、お前だって安心だろう、本当に呼ばなくていいのか?」
 ルストックの言葉に、リンデルは少し困ったように笑って言った。
「はい。……姉さ……姉は、昔馴染みが沢山居るあの村で暮らすのが、きっと一番良いんです」
 それに対して俺は「そうか、まあお前がそう言うなら……」なんて簡単に引き下がってしまった。

「もうすぐ……結婚式だったんです……」
 ポツリと、目の前のリンデルがこぼした言葉に、ルストックは一瞬の回想から戻る。

「姉はドレスを着るのをずっと楽しみにしてて……」
 リンデルの声は、小さく震えている。

「だからきっと、生きてます……。意地でも生き残ってるはずだって……俺は……、信じて……」
 何かに縛り付けられたかのように、その場から身動きもとれない様子のリンデルが、それでも無理矢理口端を持ち上げようとする。

 どうしてもこうも、俺の周りのやつらは無理ばかりしようとするのか。
 ルストックは内心で大きくため息をつきながら、まだ幼さの残る顔立ちの少年を抱き寄せる。
「リンデル、強がるのはよせ。震えるほど怖いんだろう。俺やロッソの前では、勇者じゃなくていいんだ」

 優しくゆっくり頭を撫でてやると、じわりと少年の緊張が解けてゆくのを感じる。
「あまり無理をするな」

 肩口で、少年の息が苦しげに詰まる。
「……っ、……は、はい……」
 声が小さく滲んで、ようやく少しは少年の心が解けたらしい、と、ルストックは小さく安堵する。



 その頃、一階の食堂兼酒場では団員達が机の上にカードを広げたり、棒やチップを並べたり、酒を飲んだり甘味を楽しんだりと思い思いにほんのひと時の休息を楽しんでいた。
 そこへ二階から降りてきた小柄な従者が、楽師達に声をかけた。

「思い切り陽気で騒がしい曲を?」
 依頼された楽師の代表らしき男が聞き返す。
「けれど、勇者様がもうお休みになったのでは……?」
「御心配には及びません、勇者様は少々騒がしい方が熟睡できるお方なのです」
 ロッソがあまりにきっぱりと言い切るので、楽師達も「そう仰るなら……」と頷くしかない。
「お願いします」と頭を下げて、ロッソは階段の下へと控えた。
 この建物の構造上、ここを通らなければリンデルのいる二階の寝室には近づけない。

 楽団の演奏が始まる。
 そこへ、美しい歌声が重なった。
 ああ、これは勇者様を讃える英雄賛歌ではないか、とロッソが気付く。
 今の彼には耳に痛いだろうそんな歌詞を聞きながら、ロッソはどうかこの歌詞が彼の元に届きませんように、と切に祈った。

 壁に背を預けて、ロッソは鈍く痛む左肩を押さえる。
 前の勇者様からは苛立ちの捌け口にと、身体に傷を残されることもよくあった。

 けれど、今の勇者様に仕えるようになってからこれまで、そんなことは一度もなかった。

 今日のこれが、初めて。
 ……初めて、今の勇者様からいただいた痛みだったのだ……。
 それに気づいた途端、ロッソはこの痛みがとても大切なもののように思えた。
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