愛を求める少年へ、懸命に応える青年のお話

良音 夜代琴

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痛み*

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完全に寝付いた事を確認したカースが、起こさぬよう細心の注意を払いながら立ち上がると、ロッソが男の腕の代わりに少年を布団で包んだ。

「リンデルはどうだ?」
カースが、ロッソに小声で尋ねながらもリンデルの元へと急ぐ。
少年から大分距離が取られたところに寝かされているということは、状態は良くないのだろう。
「それが……」
ロッソが言い淀む。

崖の壁面に簡易的テントがわりに張られた布をめくると、リンデルは横たえられたまま、涙を細く零し、真っ青な顔をして震えていた。

「どうした? どこか痛むのか?」
カースが小さく尋ねると、リンデルは悲しげに呟いた。

「心……が、痛い……」
その答えに嫌な予感を強めながらも、カースはリンデルの頬へ口付ける。
と、バチッと、強く弾かれるような痛みを感じた。

「ケルト……は……?」
「安心しろ、寝かせてきた」
金色の瞳がホッとしたように揺らめく。
男はそろりと手を伸ばし、リンデルの額を撫でる。
バチバチとした痛みは、指先にも響いた。

「これは……、お前は痛くないのか?」
「そのようです」
答えは背後から来た。どうやらロッソも、リンデルに触れて痛みを感じたようだ。


なんとなくだが、カースは理解する。

あいつの放った悪いものを、リンデルが吸い取った。
けれど、今度はリンデルがそれにやられてるというわけだ。

カースはこれでも、盗賊を辞めてからは占術と呪術で生計を立てていた。
これをどうすれば良いのかも、大体の見当はついた。


「半分ずつだ。ロッソ」
言われてロッソが「はい?」と返す。

「リンデルが取り込んじまったもんが、こいつの許容量を超えてる。だが、俺がひとりで受け取れば、今度は俺がやられる。だから半分ずつだ」
「ど、どうすれば……」
狼狽えるロッソに、カースは続ける。
「何でもいい、こいつに愛を込めて触れろ。ただ、かわりに戻ってくるこのバチバチするやつは、なるべく受け止めずに受け流せよ」
言って、カースは思う。
根が真面目なリンデルのことだ。
きっと、この痛みすら誠心誠意受け止めたんだろう。と。

カースが見本を見せるように、リンデルの腕を撫でてみせる。
撫でた手を空中で振り払うと、バチバチと戻ってくる痛みの幾分かは払えた。

カースはそのまま、繰り返しリンデルの左腕を撫でては痛みを振り払った。
ロッソも倣ってリンデルの右隣へ膝を付くと、右腕をそっと撫でる。

けれど、手から胸まで貫くように上がってくるその痛みに、思わず手が引けそうになる。

「こんな……こんな痛みに耐えながら、主人様は……」
ロッソが漏らした呟きに、リンデルが震える声で応えた。

「ロッソ……いいよ……無理、しな……で……」
「馬鹿が。無理してんのはお前だろ」

カースは言葉よりずっと優しい瞳でリンデルを見つめながら、その間も休む事なく、繰り返し腕を撫でては痛みを払っていた。

「ん。この辺はこれで良さそうだな、腕、軽くなったろ? 大分喰らってたもんな。次は頭か、胸か……」

男の頬を伝った汗の雫が、パタ。と落ちる。
よく見れば男は苦しげに息をしていた。

ロッソは自身の不甲斐なさを激しく責める。
こんなところで一体何を躊躇っているというのか。情けない。
ロッソは心を込めて、右腕を撫でさする。

カースには、まだ昼間の大仕事の負荷がありありと残っている。
ようやく起き上がれるようになったところだというのに、彼にばかり負担をかけさせるわけにはいかない。

「胸……苦、し……」
涙を滲ませて弱々しく告げるリンデルが、それでも男には甘えを見せているのがわかる。

カースに負荷がかかっているのを分かった上で、それでも助けを求めている。
それほどまでに主人が苦しんでいる事に、どうして自分は気付けなかったのだろう。

「ああ、今楽にしてやる。待ってろ」
男はリンデルの耳元で甘く囁くと頬へ口付け、腕を胸元へと伸ばす。
その仕草にロッソは気付いた。腕が一本しかない分を補おうとしているのだと。

ロッソは両手を使って、リンデルの腕と脚を同時に撫で始める。
両腕から伝わる痛みは胸を貫き頭の芯をジリジリと灼くようだったが、ロッソはひたすらに主人の無事を願って手を動かした。

「ロッソ、思い詰めんなよ」
男の声にロッソが顔を上げると、男は困ったような笑みを浮かべていた。
「は、はい……」
言われて、そういえば痛みを逃しきれていない事に気付く。
なるべく受け流さなくては。
二の舞になっては、足手纏いになるだけだ。
ロッソは心を改めると、丁寧に、撫でては払った。

そうする間にも男の大きな手で繰り返し胸元を優しく撫で回されて、リンデルはつい、びくりと腰を浮かせる。
頭に纏わりついた闇を剥がすように、リンデルの髪にも、瞼にも、首筋へも、男が啄むような軽い口付けを降らせている。

「んっ……カースぅ……」
リンデルの声が、甘くねだる。
「馬鹿。俺はもう限界だ。お前を癒したら即寝付く自信がある」
男の低い声がはっきりとそれを拒否するが、リンデルの青白かった頬は桜色に染まり、物欲しそうにカースを見つめている。

(私で良いなら……。もし、主人が私を求めてくださるなら、いつだって応じたいのに……)

ロッソが言えない言葉を胸に詰まらせていると、カースの手がロッソの手に触れた。
ロッソは突然の事に慌てて手を引っ込める。

「ん。そろそろ大丈夫だ。痛みが軽くなってきたろ?」

カースはリンデルの右腕と右足を確かめるように撫でてから言う。
「足はもう少しだけ頼めるか?」
「は、はい。左足も、私が……」
「助かる」
言われて、ロッソも男に倣って確かめるようにリンデルの右腕をもう一度撫でる。

確かにそれは、最初に感じた痛みの半分ほどになっていた。
ロッソの胸に、半分ではなく、可能ならば全ての痛みを取り除いて差し上げたい。という思いが過ぎる。
もう一度、名残惜しそうに右腕を撫でたロッソに、男が言う。

「それ以上はいい。リンデルなら一晩休めば大丈夫だ。お前が潰れちゃ困る」

ロッソは姿勢を正すと、自分の傲慢さを恥じつつ「はい」と答えた。


カースはリンデルの腹部へと手を伸ばし、わずかに顔を顰める。

ケルトと接触していた腹部……、特に下腹部と足の付け根は汚染が激しい。
これは確かに。ひとつずつ撫でていくよりも、ヤる方が早いかも知れない。
どちらにせよ、あそこを撫でればリンデルがその気になるのは避けられないと思った。

胸の穢れを落とされて呼吸を取り戻したリンデルは、まだ全身痛むようではあるがそこそこ元気を取り戻してきた。
リンデルを横向きに寝かせて、背を撫でながら男が問う。

「リンデル、したいか……?」

「え、いいの?」
リンデルが金色の瞳を輝かせる。
溌剌としてきたリンデルとは反対に、男は疲労の色を濃くしていた。

「俺は無理だが、ロッソとどうだ」
「「え?」」
男の言葉に、二人の声が重なる。

「わ、わ、私……ですか?」
「俺は、カースとじゃないなら……」
二人の声を遮って、男が続ける。その額には汗が浮かんでいる。

「まあ聞け。この辺りの汚染が酷い」
言って、男はリンデルの下腹部を撫で上げる。

「っ……」
リンデルは男に触れられて、びくりと腰を揺らした。

「ケルトさんを膝に乗せていましたから……」
ロッソが、納得するように頷く。

「どうせ撫でればその気になるだろ。する方が早い」
男に言われて、リンデルとロッソが顔を見合わせる。

「ロッソは、嫌か?」
背を撫でる手を止めないままの男に問われて、ロッソは慌てて首を振る。
カースは、リンデルの背から伝わる痛みが和らいだことに口元を少し弛めた。

「リンデル……、してもらえ。そのままじゃ夕飯消化できずに……、吐くぞ……」
「でも、カース……」
リンデルが体を起こすのと入れ替わるように、カースがぐらりと傾ぐ。

「カース!」
その肩を慌てて受け止めたリンデルが、バチバチとした痛みを感じる。

汗に濡れ、荒い息で喘ぐ男は、もうその瞳を閉じていた。

リンデルは、瞼へそっと口付ける。
小さくパチっと弾けるような痛み。

俺の都合で、無理な術の使い方をさせてしまった。
体も辛かっただろうに、目も痛かっただろうに。

俺のかわりにケルトを慰めてくれて、その上俺の痛みも引き受けてくれて……。

申し訳なさと、それを遙かに上回る感謝が、リンデルの心を熱くさせる。

男をそっと横たえ、その唇に口付ける。
刺さる痛みさえ、今は愛しかった。

「カース、ありがとう……大好きだよ……」
名残惜しそうに男の黒髪を撫でてから、男が少しでもゆっくり休める事を祈って、リンデルはロッソを振り返る。

「ロッソ……」
呼ばれて、ロッソは黒い瞳をわずかに潤ませてリンデルを見上げた。
「主人様……」

「こんな時ばかり頼って、悪いと思うんだけど……」
リンデルが申し訳なさそうに右手を首の後ろへ回す。
それはいつもの照れ隠しの仕草だった。

ロッソは主人の体調が回復しつつあることにホッとしながらも、先程のカースの言葉をもう一度思い返す。
主人の体はまだ痛みに覆われている。なるべく早く、して差し上げなければ。

「いいえ、私は主人様が求めてくださるのならいつでも構いません」
答えながら、ロッソはリンデルの下着を下ろす。

「……それは、忠誠心から?」
真剣な声色に、ロッソはリンデルの瞳を見る。
金色が二つ。まっすぐにこちらを見ている。

「まさか」

「え?」

驚きを漏らしたリンデルを、ロッソはゆっくり押し倒し、その首筋に口付ける。
触れる度パチパチと返る痛みが、自身が本当に主人に触れているのだとロッソに実感させた。

「まさか、主人様はそのようにお考えだったのですか……?」
耳元で囁かれて、リンデルはびくりと肩を揺らす。

「ぅ……、っ……、違う、のか……?」
ロッソは器用にリンデルのボタンを外しながら、首筋から鎖骨を舐め上げ、そのさらに下へと舌を這わせる。
ボタンを開けきると、ロッソの手はリンデルのものへと伸びた。

「んっ……」
ゆるゆると扱かれて、緩く立ち上がっていたそれは、力を増した。
穢れが濃いだけあって、リンデルのものは触れるだけでビリビリと痺れる痛みが全身を巡るようだった。

しかし、これを自身に入れても良いと許可をいただけた。
そう思うだけで、ロッソの下腹部は熱く疼いてたまらない。

ロッソは熱に急かされるように自身の下着を下ろした。
準備不足ではあるが、非常時だ。
そう思うことにして、ロッソがそれを自身にあてがおうとすると、リンデルが慌てた。

「ちょっ、ちょっと待って! せめて、俺が解すからっ」
リンデルが伸ばしてきた手をロッソが掴む。
「いいえ、待てません」
ロッソはいつもの無表情のままに頬を染め、弛みそうな自身の口端をぺろりと舐める。
「ずっと……待っていたのですから……」
上擦った声で囁いたロッソが、今度こそそれを自身へと導いた。

「ぁあっ」
つぷ。と先端があたたかい体内に入り込む感触に、リンデルが思わず声を上げる。

「主人様……、カースさんとケルトさんが起きてしまいますよ?」
囁くようにロッソに告げられて、リンデルは二人の名前に息をのむ。
リンデルの上に跨ったロッソがゆっくり腰を落としてゆくと、まだ解れていない中へと強引に肉を割いて進む感触が、リンデルを追い詰める。
「ふ、ぁ。……ぁ……っ」

ロッソは中で弾ける痛みすらも忘れて、うっとりと目を細める。

ずっと欲しいと思っていた。
あの日一度だけいただいたこの熱を。

また私の中へ彼が入ってくれたらと、何度願ったことか。

「ぅ……。んっ……っ」
腰を揺らしながら、従者は主人の耳元へと唇を寄せる。
主人の頬はすでに桃色に変わり、金色の瞳はゆらりと滲んでいる。

「主人様は、気付いていらっしゃらなかったのですか……?」
耳元で囁くロッソの声。

「な、……に、を……っんんっ」
ズブズブとロッソはそれを奥まで……奧の、奥まで押し入れる。
ここまで、この奥のさらに奥まで入る感触は、この方特有のものだった。
全身に広がる快感に、ロッソは震えた。

「私は、貴方が……ずっと欲しかったのですよ……?」
熱い息を耳内に吐き出され、リンデルがゾクリと身を震わせる。
「え……?」
驚いたように見開かれたその金色の瞳を、ロッソは熱の篭もった黒い瞳で絡めとる。

人の気も知らないで。
いつだってこの方は、あの男しか見ていない。

けれど、そんなところがまた、この方の美しくてたまらないところだった。

ほんの少しの憎しみをかき混ぜるように、ぐりぐりと腰を回す。

「っあっ、あぁっ……あああんっ」
ロッソの動きに、主人は素直に、敏感に反応する。

二人が触れるたび、触れた場所にバチバチと痛みが疾る。
もうロッソには、その痛みまでもが快感だった。

はしたなく緩む口元を見せまいと、主人の胸元へと顔を伏せる。
この数日、乾いた布で拭く程度しかできていないその汗ばむ胸板は、敬愛する主人の香りで満ちていた。
先ほどからの刺激でか、既に小さく立ち上がっている突起へと舌先を這わせる。

「ふぁっ、ぅ、ぅぁんっ」
ビリビリとした痛みとともに、ぬるりと舐め上げられる。

刺激を与えられる度、リンデルは、どうしようもなく声を漏らしてしまった。
愛しい人が、カースがそこへ寝ているというのに。

ギリっと歯を食いしばり、リンデルは声を漏らすまいと手のひらで口を押さえる。

滲んだ金色の瞳から、涙が一粒零れる。
ロッソは、その一途な姿をもっと乱したいと思った。
この男の前で、この方をもっと淫らに啼かせたい。そう。私の身体で。

ロッソは暗い欲に突き動かされ、腰を揺らす。

「ゔぁっっっぐ、ぅぅっっ!!」
途端、リンデルの声が痛みを堪えるような苦しげなものに変わる。

そうだった。とロッソは気付く。

込めねばならなかったのは、欲ではない。愛だ。



不意に、気を失っていたはずの男が呻くように苦しげな声を漏らした。
カースはなんとか森の色をした右目だけを僅かに開くと、体は上げきれないのか床に這いつくばったままで、ロッソを睨んだ。

「ってめぇ、ふざけんじゃねぇぞ……」

従者は愕然と、自分のしてしまったことの愚かさに顔を青くしている。

「俺の、リンデルを貸してやってんだ……。乱暴、したら……容赦しねぇ……」

従者の表情に、意図は伝わったと分かったからか、男はそのまま気を失った。


叱責され、すっかり萎縮したロッソの前で、リンデルは先程の衝撃からなんとか立ち直ると乱れた息を整えながら幸せそうに微笑む。

「ふふふ……、カースは、心配性だなぁ……」

寝ていたわけではない。意識を失っていたはずの男が、それでも自分を心配して目を覚ました。

その気持ちが、リンデルの心をどこまでも満たしてゆく。
すぐに昏倒してしまうほどの状態で、ただ一言、リンデルを大事にしろと、それだけを伝えに目を覚ました。

(『俺の、リンデル』だって……)
カースは普段、そんな言い方をする事はない。
多分言葉を選ぶほどの余裕がなかったせいだろう。

それでも、そう言ってもらえたことが、リンデルにはたまらなく嬉しかった。

『お前は、俺が絶対に死なせやしない』とカースは言った。

そして言葉だけじゃなく、毎日鍛錬に励んでくれた。
カースは本当に本当に、俺を全力で守ろうとしてくれている。

いつだって、持てる全てを、躊躇いなく俺のために注いでくれる。

今日、闇に炙られたリンデルが失ったのは、おそらく愛と呼ばれるものだった。

リンデルは、ここまでたくさんの人達から受け取ってきた愛を使って、この世で一番寂しい少年を慰めた。

倒れた時には、心が寒くて寒くて涙が止まらないくらいに痛んでいた。
きっとあの少年はこんな痛みをずっと一人で抱えていたのだろう。


けれど、もうリンデルの心は痛くなかった。
カースのくれたあたたかいもので、心は今も柔らかく包まれている。

いつでも惜しみなく真っ直ぐに愛を注いでくれる男へ、リンデルは手を伸ばす。
けれどロッソに押さえられたままでは、もう少し届きそうになかった。

「カース……大好き……」
ぽつりとリンデルが囁いた言葉は、愛に溢れていた。



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