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7巻 想像以上に魔法聖女
最後の砦
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コンコン、と控えめなノックの音がして、俺は元聖女用に当てがわれた部屋の扉を開けた。
「はーい」
あれ、クロイスだ。こんな朝早くにどうしたのかな?
相手はまさか元聖女の俺自身が扉を開けると思っていなかったようで、あからさまにびっくりした顔をしている。
「あ、の……」
「驚かせちゃったかな、ごめんね。どうぞ入って」
「あっ、いえ、お邪魔するほどの用件ではありませんので……」
クロイスは遠慮がちに首を振ってから、ちょこっと室内を覗き込む。
きっと従姉の姿を探しているのだろう。
「アンナは俺達の食事を取りに行ってくれてるよ。リンも早朝からトレーニングに行っちゃったみたい」
今朝、俺が目を覚ました時にはリンの姿はなかった。
昨夜遅くにエヴァンがリンに簡易甲冑を届けに来てくれた。
仕事が終わってから、甲冑を取りに一度家に帰ったエヴァンは早速両親……つまりエミーとシルヴィンに俺の話をしたらしい。
するとエミーが気を利かせて、すぐにエヴァンを通して色々手配してくれたようだ。
おかげでリンは、聖騎士団長さんに特別許可をいただいて、早速今日から聖騎士のトレーニング場を使わせてもらえることになったらしい。
エミーとシルヴィンはどちらも既に職は辞しているけれど、今日の朝には面会の申請を入れておくとの事で、俺が今日の午前中に申請を承諾しておけば、明日には2人でここまで会いに来てくれるらしい。
こういう手配が早いのが、本当にエミーって感じがする。
ふふ、エミーとシルヴィンに会えるのが楽しみだな。
「ケイト様、おはようございます」
クロイスが改めてペコリと頭を下げる。
礼儀正しい良い子だなぁ。
「おはようクロイス、今日はどうしたの?」
「ケイト様に朝のご挨拶に参りました」
えっ。わざわざ挨拶しに来てくれたの!?
思ってから、そう言えばリンも一時期、仕事前と仕事後にわざわざ挨拶に来てくれてたな……なんて思い返す。
「そうなんだ、ありがとう、嬉しいよ」
俺の言葉に、クロイスは青い瞳を煌めかせた。
嬉しそうな顔をしたクロイスの金髪は朝日に眩しく輝いていて、俺は思わずその髪をそっと撫でてしまう。
クロイスは一瞬目を大きく開いたけど、嫌がる様子もなく嬉しそうに目を細めた。
「今日も一日お仕事頑張ってね、クロイスのこと応援しているよ」
心を込めて、彼の無事を祈りながら微笑む。
「はいっ。誠心誠意頑張りますっ。ケイト様もどうぞお健やかにお過ごしください」
彼は背筋をピンと伸ばして答えると、俺に綺麗な騎士の礼を捧げて、護衛騎士の詰め所へ向かっていった。
はぁ……何だか朝から綺麗で可愛いものを見てしまったな。
心が洗われた気分だ……。
小さな背を頼もしく見送って、扉を閉めようとしたところへアンナが廊下に姿を現した。
アンナの視線がクロイスの背を追う。
「おかえりアンナ、ありがとう」
「いいえ、これは私の仕事ですので、ケイト様がそのような事を仰る必要はございません」
アンナは大真面目な顔をして、そう言う。
「うーん……、それでも嬉しいとつい感謝したくなっちゃうんだよね。ごめんね」
「いえいえっ、ケイト様に謝罪など! さらに不要でございますっ!」
うーん、これはこれで難しいなぁ……。
そういう意味では、エミーは色んなところを俺に合わせて緩めたり締めたりしてくれてたんだなぁ。
俺は改めて、エミーの寛容さを理解する。
その後「遅くなり申し訳ありません」と謝罪と共にリンが戻ってきて、俺達が早めの朝食を済ませた頃、また部屋の扉がノックされた。
「はい」と対応に向かったアンナが「お姉ちゃん!?」と驚いた声を出した。
「急な訪い申し訳ありません」
深々と俺に頭を下げて部屋に入ってきたのは、昨日ゲート前で見かけた侍女さんだった。
「聖女ミノル様の専属侍女を務めております、ミリアの長女、マリーと申します」
明るめの茶髪を後ろで三つ編みにしたマリーは、そう言って俺にもう一度頭を下げる。
「君は昨日俺の事を心配してくれた侍女さんだね。あの時はありがとう、嬉しかったよ」
感謝を込めて伝えると、マリーはどこか苦しげに答えた。
「もったいないお言葉です。ラドム様をお止めできず、大変申し訳ございませんでした……」
ラドム……、ああ、あの時俺の腕を掴んでた緑っぽい髪をした騎士さんの事かな?
「マリーが謝る事じゃないよ、それぞれが立場に応じてやるべき事をやっていただけなんだからね。彼にも非はないし」
どよんとした気配に隣を見れば、リンが苦い顔をしている。
ああ、身に覚えのある会話だったかな……。
「……っ、ありがたいお言葉、感謝いたします」
あ、マリーもよく見ればそばかすがあるんだなぁ。
お化粧でかなり薄くされてる感じだけど。
ロイスのそばかす遺伝子強いなぁ、と内心苦笑する。
ロイスの孫でミリアの子であるマリーが、今年は聖女担当で父さんについてるって事なんだね。
何だかそれだけで父さんの安全が保証されたような気がしてホッとしてしまう。
しかし聖女の侍女って事は、この子は相当優秀なんだなぁ。
「ミノル様よりケイト様からお話をうかがうよう仰せ付かり参りました」
ん?
父さんからの伝言じゃなくて、俺から父さんへの伝言を聞きに来てくれたの?
え。と、何を言えばいいんだろう。
今年の聖女は父さんで確定っぽいから、我儘言わずに巡礼には協力する事。とか?
聖力操作でわからないことがあれば聞いてね、とか?
困った俺がリンに視線を投げると、リンは考えるように顎を長い指で撫でて口を開いた。
「何事もやり過ぎぬよう、お気をつけくださるように……でしょうか? ミノル様は何事もその……極端ですから……」
「確かに。父さんはすぐ暴走するからなぁ……。でも、言ったところで止まる相手じゃないんだよなぁ……」
俺はひとしきり頭を抱えてから視線をマリーに戻して、茶色い瞳をじっと見つめる。
「マリー……」
「は、はい」
「君だけが頼りだ」
俺の言葉は自分が思うよりもずっと深刻な響きをしていた。
「ぇ」
マリーが小さく肩を揺らす。
「君が、父さんの暴走を止められる最後の砦、皆の希望だ」
俺は切実だった。本当に。
誰かが父さんの暴走を止めなきゃならない。
けど俺じゃ無理だ。
リンでもダメだった。
母さんならできるけど、母さんはここには居ない。
そうなると、ここは今年一番優秀な侍女であるはずの彼女に託すしかない。
俺とリンは考えうる限りの父の暴走の可能性を彼女に伝える。
魔法の練習もよく見張っておかないと、調子に乗って災害規模の大魔法を展開しかねない。
なまじ頭の良い『できる人』なだけに、何でもできてしまいそうで色々と怖い。
「父さんがどうしても言うことを聞かない時には『和枝様にお伝えしておきます』って言ってね」
「カズエ様……ですね。かしこまりました」
恥ずかしながら、俺は『母さんに言いつけるよ』と脅す以上に父さんに対して有効な手札を持っていなかった。
「父さんの事で困った時や手が必要なことがあれば、いつでもマリーの判断で俺に会いに来ていいからね。許可も面会の申請も必要ないから、すぐ駆けつけておいで。リンやアンナを使っても構わないから。躊躇わないでね」
俺がよく言い含めると、マリーは緊張の面持ちでコクコクと頷いて「かしこまりました」と答えた。
ちょっと脅かし過ぎちゃったかなぁ……。
でも、父さんに関しては……俺達でも正直手に余ってるので、どれだけ言っても言い過ぎということはない気がする……。
「今年の巡礼が成功するかどうかはマリーにかかってるから。本当に大変だろうけど……、頑張ってね」
「は、はいっ」
「アンナもできるだけ助けてあげてね」
俺が振り返ると、アンナも姉の緊張につられたのか、引き攣った顔で「はいぃっ」と頷いた。
「はーい」
あれ、クロイスだ。こんな朝早くにどうしたのかな?
相手はまさか元聖女の俺自身が扉を開けると思っていなかったようで、あからさまにびっくりした顔をしている。
「あ、の……」
「驚かせちゃったかな、ごめんね。どうぞ入って」
「あっ、いえ、お邪魔するほどの用件ではありませんので……」
クロイスは遠慮がちに首を振ってから、ちょこっと室内を覗き込む。
きっと従姉の姿を探しているのだろう。
「アンナは俺達の食事を取りに行ってくれてるよ。リンも早朝からトレーニングに行っちゃったみたい」
今朝、俺が目を覚ました時にはリンの姿はなかった。
昨夜遅くにエヴァンがリンに簡易甲冑を届けに来てくれた。
仕事が終わってから、甲冑を取りに一度家に帰ったエヴァンは早速両親……つまりエミーとシルヴィンに俺の話をしたらしい。
するとエミーが気を利かせて、すぐにエヴァンを通して色々手配してくれたようだ。
おかげでリンは、聖騎士団長さんに特別許可をいただいて、早速今日から聖騎士のトレーニング場を使わせてもらえることになったらしい。
エミーとシルヴィンはどちらも既に職は辞しているけれど、今日の朝には面会の申請を入れておくとの事で、俺が今日の午前中に申請を承諾しておけば、明日には2人でここまで会いに来てくれるらしい。
こういう手配が早いのが、本当にエミーって感じがする。
ふふ、エミーとシルヴィンに会えるのが楽しみだな。
「ケイト様、おはようございます」
クロイスが改めてペコリと頭を下げる。
礼儀正しい良い子だなぁ。
「おはようクロイス、今日はどうしたの?」
「ケイト様に朝のご挨拶に参りました」
えっ。わざわざ挨拶しに来てくれたの!?
思ってから、そう言えばリンも一時期、仕事前と仕事後にわざわざ挨拶に来てくれてたな……なんて思い返す。
「そうなんだ、ありがとう、嬉しいよ」
俺の言葉に、クロイスは青い瞳を煌めかせた。
嬉しそうな顔をしたクロイスの金髪は朝日に眩しく輝いていて、俺は思わずその髪をそっと撫でてしまう。
クロイスは一瞬目を大きく開いたけど、嫌がる様子もなく嬉しそうに目を細めた。
「今日も一日お仕事頑張ってね、クロイスのこと応援しているよ」
心を込めて、彼の無事を祈りながら微笑む。
「はいっ。誠心誠意頑張りますっ。ケイト様もどうぞお健やかにお過ごしください」
彼は背筋をピンと伸ばして答えると、俺に綺麗な騎士の礼を捧げて、護衛騎士の詰め所へ向かっていった。
はぁ……何だか朝から綺麗で可愛いものを見てしまったな。
心が洗われた気分だ……。
小さな背を頼もしく見送って、扉を閉めようとしたところへアンナが廊下に姿を現した。
アンナの視線がクロイスの背を追う。
「おかえりアンナ、ありがとう」
「いいえ、これは私の仕事ですので、ケイト様がそのような事を仰る必要はございません」
アンナは大真面目な顔をして、そう言う。
「うーん……、それでも嬉しいとつい感謝したくなっちゃうんだよね。ごめんね」
「いえいえっ、ケイト様に謝罪など! さらに不要でございますっ!」
うーん、これはこれで難しいなぁ……。
そういう意味では、エミーは色んなところを俺に合わせて緩めたり締めたりしてくれてたんだなぁ。
俺は改めて、エミーの寛容さを理解する。
その後「遅くなり申し訳ありません」と謝罪と共にリンが戻ってきて、俺達が早めの朝食を済ませた頃、また部屋の扉がノックされた。
「はい」と対応に向かったアンナが「お姉ちゃん!?」と驚いた声を出した。
「急な訪い申し訳ありません」
深々と俺に頭を下げて部屋に入ってきたのは、昨日ゲート前で見かけた侍女さんだった。
「聖女ミノル様の専属侍女を務めております、ミリアの長女、マリーと申します」
明るめの茶髪を後ろで三つ編みにしたマリーは、そう言って俺にもう一度頭を下げる。
「君は昨日俺の事を心配してくれた侍女さんだね。あの時はありがとう、嬉しかったよ」
感謝を込めて伝えると、マリーはどこか苦しげに答えた。
「もったいないお言葉です。ラドム様をお止めできず、大変申し訳ございませんでした……」
ラドム……、ああ、あの時俺の腕を掴んでた緑っぽい髪をした騎士さんの事かな?
「マリーが謝る事じゃないよ、それぞれが立場に応じてやるべき事をやっていただけなんだからね。彼にも非はないし」
どよんとした気配に隣を見れば、リンが苦い顔をしている。
ああ、身に覚えのある会話だったかな……。
「……っ、ありがたいお言葉、感謝いたします」
あ、マリーもよく見ればそばかすがあるんだなぁ。
お化粧でかなり薄くされてる感じだけど。
ロイスのそばかす遺伝子強いなぁ、と内心苦笑する。
ロイスの孫でミリアの子であるマリーが、今年は聖女担当で父さんについてるって事なんだね。
何だかそれだけで父さんの安全が保証されたような気がしてホッとしてしまう。
しかし聖女の侍女って事は、この子は相当優秀なんだなぁ。
「ミノル様よりケイト様からお話をうかがうよう仰せ付かり参りました」
ん?
父さんからの伝言じゃなくて、俺から父さんへの伝言を聞きに来てくれたの?
え。と、何を言えばいいんだろう。
今年の聖女は父さんで確定っぽいから、我儘言わずに巡礼には協力する事。とか?
聖力操作でわからないことがあれば聞いてね、とか?
困った俺がリンに視線を投げると、リンは考えるように顎を長い指で撫でて口を開いた。
「何事もやり過ぎぬよう、お気をつけくださるように……でしょうか? ミノル様は何事もその……極端ですから……」
「確かに。父さんはすぐ暴走するからなぁ……。でも、言ったところで止まる相手じゃないんだよなぁ……」
俺はひとしきり頭を抱えてから視線をマリーに戻して、茶色い瞳をじっと見つめる。
「マリー……」
「は、はい」
「君だけが頼りだ」
俺の言葉は自分が思うよりもずっと深刻な響きをしていた。
「ぇ」
マリーが小さく肩を揺らす。
「君が、父さんの暴走を止められる最後の砦、皆の希望だ」
俺は切実だった。本当に。
誰かが父さんの暴走を止めなきゃならない。
けど俺じゃ無理だ。
リンでもダメだった。
母さんならできるけど、母さんはここには居ない。
そうなると、ここは今年一番優秀な侍女であるはずの彼女に託すしかない。
俺とリンは考えうる限りの父の暴走の可能性を彼女に伝える。
魔法の練習もよく見張っておかないと、調子に乗って災害規模の大魔法を展開しかねない。
なまじ頭の良い『できる人』なだけに、何でもできてしまいそうで色々と怖い。
「父さんがどうしても言うことを聞かない時には『和枝様にお伝えしておきます』って言ってね」
「カズエ様……ですね。かしこまりました」
恥ずかしながら、俺は『母さんに言いつけるよ』と脅す以上に父さんに対して有効な手札を持っていなかった。
「父さんの事で困った時や手が必要なことがあれば、いつでもマリーの判断で俺に会いに来ていいからね。許可も面会の申請も必要ないから、すぐ駆けつけておいで。リンやアンナを使っても構わないから。躊躇わないでね」
俺がよく言い含めると、マリーは緊張の面持ちでコクコクと頷いて「かしこまりました」と答えた。
ちょっと脅かし過ぎちゃったかなぁ……。
でも、父さんに関しては……俺達でも正直手に余ってるので、どれだけ言っても言い過ぎということはない気がする……。
「今年の巡礼が成功するかどうかはマリーにかかってるから。本当に大変だろうけど……、頑張ってね」
「は、はいっ」
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