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7巻 想像以上に魔法聖女
幻術って難しいね……。
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俺が思うよりずっと、幻術は複雑で高度だった。
「幻術って難しいね……」
自室の机に両腕を伸ばした俺は、両手で開いていた幻術基礎の本をパタリと倒して机に顔を伏せる。
「精神魔法ですから、適性の影響も強いのでしょう……」
リンが慰めるように優しく言ってくれる。
……でも敬語なんだよなぁ。
いやもうこの聖女姿だと、リンがずっと敬語。
2人きりでも、どうしようもなく敬語。
もうこれは諦めるしかないかぁ……。
巡礼中はそうそう2人きりにもなれないだろうし、咄嗟の時に言葉遣いの切り替えでリンに無駄な負担をかけるくらいなら、この姿の間くらいは我慢しよう。
それにしても精神魔法かぁ……。
精神魔法って、蒼が得意だったよね。
蒼なら使えるんだろうか。
俺も精神魔法である睡眠魔法はすぐにできたし、記憶消去魔法もいっぱい練習すれば何とかなったので、これも練習すればできるかなと思ったんだけど、流石に幻術となると指定する内容が多いし複雑すぎて……。
だって術をかける人と、かけられる対象の他に、術はかけられないけどその影響を受ける大多数ってのが存在するんだよ?
そこからしてややこし過ぎるよ……。
その上で、その大多数に対して調整しないといけない項目が山ほどあるっていう……。
そんなわけで、俺は幻術の勉強をひとまず諦めて、父さんのところへ向かった。
幻術でダメなら、この髪を物理的に赤くしようかと思って。
しかしフロウリアには一般的に染髪の習慣がないらしい。
そこで、なんか良さそうな染料を知らないかと父さんに相談したら、父さんは顎を指先で撫でてから口を開いた。
「ふぅむ……。染料の心当たりはあるんだが……、心の形で作られたその姿を強引に変えようとするのは、心そのものが歪む可能性があるからやめたほうがいいんじゃないかね?」
「ええっ!?」
それは……考えてなかったな……。
そんなこと言われたら、ちょっと怖いよね……。
「でも……じゃあどうしたらいいのかな……」
思わず呟いた俺の言葉に、リンが言う。
「そもそもミノル様のような派手な赤色はケイト様には似合いません」
「そうですっ、こんなにお美しいピンク色ですのに……」
アンナがすかさず同意して、聖女の部屋にいた護衛の皆さんやマリーまでもがうんうんと大きく頷く。
「本当に……、春のような温かさを持つ可憐なピンク色ですね」
マリーの言葉にシヴァルが静かに頷く。
「優しいお色です」
ドルーグの言葉にシヴァルがまた頷く。
「ケイト様の心の美しさがそのまま反映されてるっス」
砕けた口調は血の気の多いおじいちゃんっ子のヒアッカだ。
さっき初めて顔を合わせたけど、赤髪赤眼の元気いっぱいな少年で、俺の両手を掴んでブンブン上下に振りまくっていた。
ドルーグみたいに泣かれたらどうしようかと思ったけど、今年18歳になった彼は俺を見て「すげーっすげーっ」と目をキラキラさせて、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでくれたのでホッとした。
「ケイト様、お美しいです……」
ありがとう、今日はクロイスも部屋付きだったんだね。
いやそっちに全員で同意されても困るんだけどなぁ……。
「俺、髪伸ばしとけばよかったっスね」
そう言うヒアッカは確かに父さんに似た明るい赤髪をしていたが、その髪は短く刈られている。
まあヒアッカだと洗いっぱなしの自然乾燥一択って感じだもんね。短くて当然だと思う。
ヒアッカはマリーに「ケイト様に失礼です」と注意されて「えー、だってケイト様が楽に喋っていいって言ってくれたっスから」と言い返している。
「いいよいいよ、ヒアッカとは同い年だしね」
俺の言葉にヒアッカはニコーっと嬉しそうな顔をする。
同い年なのに、なんとなく年下に思えるのはなんでだろう……。
「あ、そだ。俺妹の髪切ってきましょっか。あいつ結構長いし全部刈ればミノル様くらいの髪になるかもっス!」
「それはやめてあげて!?」
俺は思わず全力で止める。ヒアッカなら本当にやりかねない気がして怖い。
「絶対ダメだよ? 分かった?」
「はぁーい」
「だがまあ、手段としてはカツラを用意するのが一番良いだろうね。司祭に相談してみてはどうだね?」
父の言葉に俺も「うーん……」と呻ってから渋々肯首する。
「そうだね……、そうしてみようかなぁ」
あの司祭にわざわざこちらから会いに行きたくないなと思うのが、ちょっとした精神的ハードルなんだよなぁ。
「あっ! 司祭様が書類に書かれた赤色という方が間違いということにすれば良いんじゃないですか!?」
アンナがさもいいことを思いついたみたいな顔で言う。
待って?
ドルーグもヒアッカもなるほどみたいな顔しないで?
マリーとシヴァルがそれはちょっとって顔してくれてるのが救いだよ……。
ちなみに父さん的にはもう会話は終わったのか、既に背を向けて書類を捲りつつノートパソコンをいじっている。
「いやまあ、アンナは一回落ち着いてね。俺は髪の色なんて何色でもいいんだよ」
そう言って俺が苦笑すると、皆は一斉に大きなため息を吐いた。
ええ? そんなにダメかなぁ?
すると、ここまでずっと黙っていたシヴァルがスッと静かに近づいてきて、俺にそっと囁く。
「失礼ですが、ケイト様の明日のご予定をお伺いしてもよろしいですか?」
「明日はいつでも動けるよ」
聖球作りや幻術の勉強等、やることは山ほどあるけど、どれも時間の決まった作業じゃないからね。
「では明日の昼前に、父に中庭へ来るよう伝えておきます」
「シルヴィンを呼んでくれるの?」
「はい」
シヴァルは静かな声でそう答えて小さく微笑むと、頭を下げてまた父の斜め後ろへ戻る。
シヴァルの肩下で括られた銀色の髪が、必要最小限の彼の動きに合わせてサラリと小さく揺れるのを、俺は綺麗だなと思いながら見送った。
***
次の日の午前中、俺はリンとアンナと一緒に、まだちょっと早いかなと思いつつ中庭に足を向けた。
シルヴィンは既に来てくれていて、木陰になっているベンチで本を読んでいた。
その隣にはエミーの姿もある。
よく見ると本を支えているのはエミーで、シルヴィンはページを捲る担当のようだ。けれど2人はあまりに自然に寄り添っているので、よく知らない人ならこの横を通ってもシルヴィンに片腕がないとは思わないだろうな。
「エミー、シルヴィン、わざわざ来てくれてありがとう」
俺の声に2人が立ち上がる。
「まあ……、本当に懐かしいお姿ですね」
エミーはそう言って口元を押さえると、遥か遠くを見るように目を細めた。
そうか、エミーにとったらもう50年近く昔のことなんだよね。
「またお目にかかれて光栄です。私でよろしければ、どうぞいつでもお呼びください」
シルヴィンが深々と礼をする。
「この姿も、前よりは少し成長してるみたいだよ、背も伸びてるし」
俺はそう言ってエミーの隣でくるりと回ってみせる。
それでも、エミーよりはちょっと背が低いかなと思ったんだけど……。
そっか、エミーが少し小さくなったのか……。
俺がじっとエミーを見つめていると、エミーは小さく笑って俺の肩をポンポンと撫でてくれた。
「そんなお顔をなさらないでください。私はケイト様のおかげでとても楽しい人生でしたよ。それに今もまた、こうやってお側に呼んでいただけて、本当に幸せなんですから」
「そっか。ありがとう」
「お礼を言うのは私達の方です」
そう言ったエミーの肩にシルヴィンがそっと手を添えて、2人はどこか似たような顔で幸せそうに微笑んだ。
ああ、2人は長い時を共に過ごして支え合ってきた夫婦なんだなぁと改めて思う。
「それじゃあ階段で申し訳ないんだけど、部屋まで来てもらっていい? 許可はもらってあるから」
「私で良ければお部屋までお連れできますよ?」
リンがお姫様抱っこの構えで2人に言う。
それを苦笑で躱すシルヴィンと、それも悪くないわねと答えるエミー。
これがロイスとかなら冗談なんだろうけど、リンの場合は本気だからなぁ。
エミーもそれを分かった上で言ったんだろう。
リンに抱えられても、エミーは動じる事なく慎ましく運ばれていた。
俺達は視線を交わしてクスクス笑いながら部屋に戻る。
アンナだけがちょっとついていけなかったのか、ポカンとした顔で後ろからついてきていた。
「幻術って難しいね……」
自室の机に両腕を伸ばした俺は、両手で開いていた幻術基礎の本をパタリと倒して机に顔を伏せる。
「精神魔法ですから、適性の影響も強いのでしょう……」
リンが慰めるように優しく言ってくれる。
……でも敬語なんだよなぁ。
いやもうこの聖女姿だと、リンがずっと敬語。
2人きりでも、どうしようもなく敬語。
もうこれは諦めるしかないかぁ……。
巡礼中はそうそう2人きりにもなれないだろうし、咄嗟の時に言葉遣いの切り替えでリンに無駄な負担をかけるくらいなら、この姿の間くらいは我慢しよう。
それにしても精神魔法かぁ……。
精神魔法って、蒼が得意だったよね。
蒼なら使えるんだろうか。
俺も精神魔法である睡眠魔法はすぐにできたし、記憶消去魔法もいっぱい練習すれば何とかなったので、これも練習すればできるかなと思ったんだけど、流石に幻術となると指定する内容が多いし複雑すぎて……。
だって術をかける人と、かけられる対象の他に、術はかけられないけどその影響を受ける大多数ってのが存在するんだよ?
そこからしてややこし過ぎるよ……。
その上で、その大多数に対して調整しないといけない項目が山ほどあるっていう……。
そんなわけで、俺は幻術の勉強をひとまず諦めて、父さんのところへ向かった。
幻術でダメなら、この髪を物理的に赤くしようかと思って。
しかしフロウリアには一般的に染髪の習慣がないらしい。
そこで、なんか良さそうな染料を知らないかと父さんに相談したら、父さんは顎を指先で撫でてから口を開いた。
「ふぅむ……。染料の心当たりはあるんだが……、心の形で作られたその姿を強引に変えようとするのは、心そのものが歪む可能性があるからやめたほうがいいんじゃないかね?」
「ええっ!?」
それは……考えてなかったな……。
そんなこと言われたら、ちょっと怖いよね……。
「でも……じゃあどうしたらいいのかな……」
思わず呟いた俺の言葉に、リンが言う。
「そもそもミノル様のような派手な赤色はケイト様には似合いません」
「そうですっ、こんなにお美しいピンク色ですのに……」
アンナがすかさず同意して、聖女の部屋にいた護衛の皆さんやマリーまでもがうんうんと大きく頷く。
「本当に……、春のような温かさを持つ可憐なピンク色ですね」
マリーの言葉にシヴァルが静かに頷く。
「優しいお色です」
ドルーグの言葉にシヴァルがまた頷く。
「ケイト様の心の美しさがそのまま反映されてるっス」
砕けた口調は血の気の多いおじいちゃんっ子のヒアッカだ。
さっき初めて顔を合わせたけど、赤髪赤眼の元気いっぱいな少年で、俺の両手を掴んでブンブン上下に振りまくっていた。
ドルーグみたいに泣かれたらどうしようかと思ったけど、今年18歳になった彼は俺を見て「すげーっすげーっ」と目をキラキラさせて、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでくれたのでホッとした。
「ケイト様、お美しいです……」
ありがとう、今日はクロイスも部屋付きだったんだね。
いやそっちに全員で同意されても困るんだけどなぁ……。
「俺、髪伸ばしとけばよかったっスね」
そう言うヒアッカは確かに父さんに似た明るい赤髪をしていたが、その髪は短く刈られている。
まあヒアッカだと洗いっぱなしの自然乾燥一択って感じだもんね。短くて当然だと思う。
ヒアッカはマリーに「ケイト様に失礼です」と注意されて「えー、だってケイト様が楽に喋っていいって言ってくれたっスから」と言い返している。
「いいよいいよ、ヒアッカとは同い年だしね」
俺の言葉にヒアッカはニコーっと嬉しそうな顔をする。
同い年なのに、なんとなく年下に思えるのはなんでだろう……。
「あ、そだ。俺妹の髪切ってきましょっか。あいつ結構長いし全部刈ればミノル様くらいの髪になるかもっス!」
「それはやめてあげて!?」
俺は思わず全力で止める。ヒアッカなら本当にやりかねない気がして怖い。
「絶対ダメだよ? 分かった?」
「はぁーい」
「だがまあ、手段としてはカツラを用意するのが一番良いだろうね。司祭に相談してみてはどうだね?」
父の言葉に俺も「うーん……」と呻ってから渋々肯首する。
「そうだね……、そうしてみようかなぁ」
あの司祭にわざわざこちらから会いに行きたくないなと思うのが、ちょっとした精神的ハードルなんだよなぁ。
「あっ! 司祭様が書類に書かれた赤色という方が間違いということにすれば良いんじゃないですか!?」
アンナがさもいいことを思いついたみたいな顔で言う。
待って?
ドルーグもヒアッカもなるほどみたいな顔しないで?
マリーとシヴァルがそれはちょっとって顔してくれてるのが救いだよ……。
ちなみに父さん的にはもう会話は終わったのか、既に背を向けて書類を捲りつつノートパソコンをいじっている。
「いやまあ、アンナは一回落ち着いてね。俺は髪の色なんて何色でもいいんだよ」
そう言って俺が苦笑すると、皆は一斉に大きなため息を吐いた。
ええ? そんなにダメかなぁ?
すると、ここまでずっと黙っていたシヴァルがスッと静かに近づいてきて、俺にそっと囁く。
「失礼ですが、ケイト様の明日のご予定をお伺いしてもよろしいですか?」
「明日はいつでも動けるよ」
聖球作りや幻術の勉強等、やることは山ほどあるけど、どれも時間の決まった作業じゃないからね。
「では明日の昼前に、父に中庭へ来るよう伝えておきます」
「シルヴィンを呼んでくれるの?」
「はい」
シヴァルは静かな声でそう答えて小さく微笑むと、頭を下げてまた父の斜め後ろへ戻る。
シヴァルの肩下で括られた銀色の髪が、必要最小限の彼の動きに合わせてサラリと小さく揺れるのを、俺は綺麗だなと思いながら見送った。
***
次の日の午前中、俺はリンとアンナと一緒に、まだちょっと早いかなと思いつつ中庭に足を向けた。
シルヴィンは既に来てくれていて、木陰になっているベンチで本を読んでいた。
その隣にはエミーの姿もある。
よく見ると本を支えているのはエミーで、シルヴィンはページを捲る担当のようだ。けれど2人はあまりに自然に寄り添っているので、よく知らない人ならこの横を通ってもシルヴィンに片腕がないとは思わないだろうな。
「エミー、シルヴィン、わざわざ来てくれてありがとう」
俺の声に2人が立ち上がる。
「まあ……、本当に懐かしいお姿ですね」
エミーはそう言って口元を押さえると、遥か遠くを見るように目を細めた。
そうか、エミーにとったらもう50年近く昔のことなんだよね。
「またお目にかかれて光栄です。私でよろしければ、どうぞいつでもお呼びください」
シルヴィンが深々と礼をする。
「この姿も、前よりは少し成長してるみたいだよ、背も伸びてるし」
俺はそう言ってエミーの隣でくるりと回ってみせる。
それでも、エミーよりはちょっと背が低いかなと思ったんだけど……。
そっか、エミーが少し小さくなったのか……。
俺がじっとエミーを見つめていると、エミーは小さく笑って俺の肩をポンポンと撫でてくれた。
「そんなお顔をなさらないでください。私はケイト様のおかげでとても楽しい人生でしたよ。それに今もまた、こうやってお側に呼んでいただけて、本当に幸せなんですから」
「そっか。ありがとう」
「お礼を言うのは私達の方です」
そう言ったエミーの肩にシルヴィンがそっと手を添えて、2人はどこか似たような顔で幸せそうに微笑んだ。
ああ、2人は長い時を共に過ごして支え合ってきた夫婦なんだなぁと改めて思う。
「それじゃあ階段で申し訳ないんだけど、部屋まで来てもらっていい? 許可はもらってあるから」
「私で良ければお部屋までお連れできますよ?」
リンがお姫様抱っこの構えで2人に言う。
それを苦笑で躱すシルヴィンと、それも悪くないわねと答えるエミー。
これがロイスとかなら冗談なんだろうけど、リンの場合は本気だからなぁ。
エミーもそれを分かった上で言ったんだろう。
リンに抱えられても、エミーは動じる事なく慎ましく運ばれていた。
俺達は視線を交わしてクスクス笑いながら部屋に戻る。
アンナだけがちょっとついていけなかったのか、ポカンとした顔で後ろからついてきていた。
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