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どうして(俺)
しおりを挟む俺の問いに、師範は沈黙した。
おろおろと答えに迷う師範の指先が震えている。
元から線の細い師範の姿がいっそう儚く見えて、俺は師範をもう一度腕の中で温めた。
「ギリル……」
そんな不安そうな声で呼ばないでくれ。
俺に無茶を言ってるのは師範のはずなのに。
なんだかこれじゃ俺が師範に無理を言ってるみたいじゃないか。
「師範、いいよ。今日はもう遅いから。また今度、師範の考えがまとまった時で」
「っ、……ですが……」
「いいよ。今度で。俺は明日も明後日も師範と一緒にいるから」
「ギリル……」
まだ小さく震える師範の背をゆっくり撫でていると、ふっと数年前の嵐の夜が俺の胸に蘇る。
あの頃は今みたいにパーティーも組んでなくて、まだ師範と二人だけで旅をしていた。
俺と師範は、運悪く山の中で嵐に巻き込まれて、なんとか小さな洞窟を見つけて逃げ込んだ。
二人とも全身びしょびしょで、髪も風に煽られてすごい事になってて、俺が笑ったら師範も笑っていた。
洞窟は狭くて、火をおこすともうそれだけでいっぱいで、俺は師範に呼ばれて師範の膝の上に座った。
『ギリル、寒くありませんか?』
師範に問われて、バカな俺は強がって『こんなのちっとも寒くねーよ』なんて答えて。
それでも手足が震えるのは止められなくて、見かねた師範は俺の服を全部脱がした。
『なっ、何すんだよっ』
『濡れた服を着たままでは風邪をひいてしまいますからね』
師範は荷物の中からなんとか濡れずに残っていた肌着を出して、俺に着せてくれた。
『……これじゃせんせーが寒いだろ』
『大丈夫ですよ。私はこの程度で風邪をひいたりしませんから』
師範はその言葉通り、風邪や病気にかかるような事は一度もなかった。
最初から……。師範は俺とは違う生き物だったんだな……。
『それに、ギリルが膝にいてくれるととても温かいので、私はこれで十分ですよ』
まだ幼かった俺は、それがすごく嬉しくて。師範を少しでも俺の熱で温めたくて、師範を精一杯抱きしめた。
『じゃあ俺がせんせーをあっためてやるからな』
あの頃の俺の両腕じゃ、師範の背を包む事はできなかったけど。
『ふふ、ありがとうございます』
師範がそう言って笑ったから。師範が俺を抱きしめ返してくれたから。
俺は、自分がもらった幸せを、師範にも返せてるんだと思っていたんだ。
ずっと、そんな。
バカな勘違いをしていたなんて。
あの頃からずっと、師範は俺に殺してほしいと願ってたなんて……。
「ギリル?」
間近で聞こえた師範の声に、俺は顔を上げる。
「ありがとうございます。落ち着きました」
「あ、ああ……」
答えて、抱いていた師範を離す。
名残惜しい気持ちを、精一杯堪えて。
「ギリルの言葉に甘えてしまうのですが、返事はまた後日に、させてもらいますね」
「分かった」
薄暗い部屋で、師範は隣のベッドから自分の服を拾い集める。それを着ようとしてから自分の肌着に血が付いていることに気付いたらしく、部屋の隅にまとめていた荷物をごそごそやり始めた。
下着から師範の白い脚がチラチラ見えて、俺は視線を外した。
「……なんだか、あの嵐の夜のことを思い出してしまいました」
少し苦笑の混じった師範の声。
「あの頃は私があなたの背を撫でたのに、もう逆になってしまうなんて……。月日が経つのは早いですね」
そう言って遠い目をする師範は、あの頃の俺を見ているんだろうか。
「……師範は……」
俺の事、本当はどう思ってたのか。
魔物を倒す俺の姿が、どう映っていたのか。
そんな疑問が限りなく湧き出す。
「はい?」
師範はいつもの穏やかな表情で、まるで何もなかったかのように、優しく俺を振り返った。
「……いや、俺も、あの日を思い出したよ」
胸に広がった疑問はあまりに多くて、俺はそこから一つを選べなかった。
師範は「肌着一枚の感覚が、重なったんでしょうか」なんてのんきに返事をする。
こんなに穏やかに、ここまで俺を育ててくれたのに。
本当に、それは全部、俺に自分を殺させるためだったのか?
どうして……と疑問だけが胸に繰り返される。
今度でいいなんて言ったのは俺なんだから。
飲み込まなきゃなんねーのにな。
……なあ師範。
バカな弟子には、崇高なあんたの考えることは、まるでわかんねーよ……。
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