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翌朝(私)

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「……何か……?」
ティルダムさんが、彼にしては珍しく言葉を発しました。
『何かあったのか』とギリルを心配しているようです。

ティルダムさんはとても物静かな方ですが、私よりも頭一つ分以上に背が高く、人より大きなギリルよりも、さらに大きな体を持った方でした。
戦闘ではその体躯を生かし、常に私達の壁になってくださる頼れるタンカーですが、心根の優しい方だからでしょうか、ご自身の顔が怖い事を気になさっていて、長い前髪で顔を隠していました。
仲間だけの場所では前髪を上げることもあるのですが、こういった町や村の中では道行く子どもを泣かせてしまうのが申し訳ないらしく、美しい真紅の瞳は常に焦茶色の髪の下にありました。

なので、今も彼の表情は見えませんでしたが、どうやら彼は随分と私達の事を心配しているようです。

「いや、何かあったわけじゃない。俺がちょっと考え事をしてて、もたついただけだ」
「……」
ティルダムさんは、ギリルの言葉に何か言いたげに手を持ち上げましたが、言葉を探すように拳を握って、開いて、最後は膝の上に戻しました。

朝食を食べる旅人や冒険者でざわめく食堂で、私達のテーブルだけが取り残されたように静まり返っています。
ウィムさんが大きくため息をつくと、渋々といった様子で口を開きました。

「んもぉ、ティルちゃんが困ってるじゃないのぉ」
「……悪い」
「まぁだそんな事言うわけぇ? そろそろアタシ達にも何があったのか話してくれていいんじゃないかしら?」
「……っ」
ウィムさんに見据えられて、ギリルが言葉を詰まらせました。

ギリルはどう答えるのでしょうか。
このパーティーはとても過ごしやすかったのですが、ギリルがあの剣を手にした今、これ以上魔物の討伐も必要ありませんし、他人を巻き込むのはここまでにしておくべきかも知れませんね……。

「アタシ達、様子のおかしいアンタを待って、この宿に足止めくらってもう五日になるんだけど? 話もしてもらえないなら、アタシ達は別のパーティーを探した方がいいのかしらぁ?」

普段高い声で喋るウィムさんの声が、言葉の終わりで低く響きます。
基本的に温和な彼ですが、いい加減痺れを切らしそうだという事にギリルも気づいたのでしょう。ギリルの肩が小さく揺れました。

「ま、待ってくれ。ちゃんと話すから。……いや」
ギリルは言葉を切ると、私を見ました。
「師範……、二人に話しても、いいか?」
新緑の瞳が真っ直ぐに、私に許しを求めています。

私は少し驚きました。
ギリルは私さえいれば良いと言っていたのに、彼らに私の事を話すつもりがあるようです。
言ったところでどうにもならないというのに。
それどころか、真実を知った彼らが私を倒そうとしたら、ギリルはどうするつもりなのでしょうか。
見たところ仲間に刃を向ける覚悟をしているようではありませんが、その可能性は考えていないのでしょうか?
……どうやら、私がどれほど人に忌み嫌われる存在かという事を、ギリルはわかっていないようですね。
でしたら、これは二人の反応から身をもって知る良い機会かもしれません。
そうすれば、ギリルも少しは私の事を倒すべき悪だと思ってくれるでしょう。
そう思い、私は頷きを返しました。
私の返事をじっと待っていたギリルの思い詰めた表情がホッと安堵に緩むと、胸の奥が罪悪感で痛みました。

もう……ずいぶんと長く生きているのに。
いつになっても、この痛みには慣れませんね……。
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