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知らなかったこと(俺)
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「はぁい、これで大丈夫よぅ」
ウィムが室内の壁と床と天井にぐるりと何やら術をかける。
途端、宿に沢山いた人の気配を一切感じなくなった。
「なるほど、こんな使い方もできるのですね」
師範が感心しているところを見るに、これはウィムのオリジナルなんだろうか。
「そうねぇ、本来の使い方とは違うけど、これで外から私たちの会話は一切聞こえないわよぅ?」
くるりと振り返られて、俺は頷いた。
俺たちは今、宿の二人部屋に四人集まっている。師範は俺の後ろのベッドに腰掛けていて、俺の前のベッドには術をかけ終えたウィムが腰を下ろして脚を組んだ。ティルダムは遠慮がちに部屋の隅に立っている。
けど……どっから話せばいいんだ。
俺たちと一緒に旅してきた師範は、実は魔族でした。って?
流石にいきなり過ぎるだろ。
言葉を探す俺を、三人は急かす事なくじっと待っている。
ああ、そうだよな……。
ウィムとティルダムなんか、もう五日も俺の言葉を待ってくれてんだよな……。
「あー……えっと、さ。魔族の中でも、上位魔族だと人と同じような見た目だったりするだろ?」
俺の前置きに、ウィムが当然とばかりに答える。
「まあ、元は人間なんだものねぇ?」
「………………は?」
なんだそれ。
俺は聞いてないぞ。
「っ……」と部屋の隅から小さく息を呑む音がする。
知らなかったのは俺だけじゃなかったのか?
「やだギリルちゃんったら、知ってるでしょ? 『人を憎み世を憎むとき、人は人ならざるものと化す』よぉ?」
ウィムが当たり前のように唱えた文は、俺もよく知る一文だった。
けど……。
「それ、は……」
ティルダムも俺と同じ思いなのか、小さく呟いたその先を、俺は繋げた。
「それは俺も知ってる。教会やら街中によく石碑があるしな。だから皆仲良くしようっつー教訓だろ?」
俺は今まであちこちで見てきたその文言を思い浮かべながら答えた。
街中以外にも、洞窟の入り口やら橋やら港なんかにも彫られてたりするよな。
そういや、潰れた村なんかにもデカい石碑がドンと残されたりするな……。
「まぁそうよねぇ。アタシもそう思ってたのよぅ。はじめはね?」
ウィムは指先に耳の前の紫髪を巻き付けながら、意味ありげな笑みを浮かべる。
はじめは……?
振り返ると、師範はじっと俯いている。どうやら俺たちの会話に口を出す気がないらしい。
ティルダムはどこか苦しげな様子で大きな手の平で口元を抑えた。
表情は見えないが、何か思い当たることがあったようだ。
人を憎み、世を憎むとき、人は人ならざるものと化す、か……。
ただの教訓なら、あんな人が一人もいなくなったような場所にわざわざ立てるか?
人と人が争って潰れた村ならともかく、あんな、高位魔族が一人で潰したような、何も残ってない場所に……?
ポツンと……。まるで、何かの証拠を残すかのように……。
昔、俺が師範と旅立ってひと月ほど経たった頃、俺が生まれた村だったという場所を通ったことがある。
そこにはもう人が住んでいたような形跡はほとんどなく、ただ一つ置かれていた大岩にその文言が残されていた。
あの村が消えたのはいつだったのか、師範はどうして、なんの縁もない俺を、あの村から連れ出したのか……。
ゾクリと背筋に悪寒が走る。
俺は、触れてしまいそうな予感から目を逸らすようにして口を開いた。
「じゃあ今はどう思ってんだよ」
「あれはねぇ、墓石なんだと思ってるわぁ」
「……墓石? ああ、確かに。沢山の人が死んだ跡に置いてあるな」
「村の人たちと、人でなくなった誰かさんを弔うための、ね」
「…………っ、……だから……」
いつもより小さなティルダムの声は、かすかに震えていた。
「あらぁ、ごめんねティルちゃん。辛い思いさせちゃったかしら」
ウィムはパッと立ち上がると、ティルダムに寄り添い大きな背を慰めるように撫でる。
ティルダムの顔は相変わらず見えなかったが、俯いたまま小さく首を振ったようだ。
俺と同じで、ティルダムの生まれた村は消えてなくなってるらしい。
その時、小さかったティルダムはたまたま村を離れていて難を逃れた。
それからずっと、村を潰した魔族を探しながら、ティルダムは体を鍛え続けてきたんだと聞いたことがある。
本当に……。
本当に、人が魔族になるというなら、師範も初めは俺と同じ人間だったのか……。
チラと師範を振り返る。
立ったままの俺からは、俯いた師範の美しい銀色の髪が見えるだけで、師範がどんな顔をしているのかはわからなかった。
『人を憎み世を憎むとき、人は人ならざるものと化す』
俺だって、小さい頃は随分な目に遭わされたし、随分と人も世も恨んでいた気がする。
それでも魔族になるようなことはなかったのに。
師範は……一体、どれほどの仕打ちを受けたのだろうか。
あんな優しい人が、どうして人でなくなるほどの思いをさせられなきゃならなかったのか。
「それで? そろそろ本題に入ってもらえるかしら? アタシこの術キープしてる間ずっと精神削ってるんだけど?」
まずい。
ウィムの語尾が伸びなくなってきた。
これはウィムが総精神力の半分は使った証拠だ。
って、この結界みたいなのはそんなに維持が大変な術なのか?
「ああえっと、だから、その。実は、師範は……人間じゃなくて……」
「知ってるわよ、北の魔王なんでしょ?」
「魔王!?」
「ぁ、ぁらぁ……? それはまだ聞いてなかっ――まあぁ、いやだわぁ、なんの事かしら、おほほほほ」
思わず叫んだ俺に、ウィムは視線を逸らすと笑って誤魔化した。
いや、全然誤魔化せてないし!! なんだよそれ!?
ウィムは師範のこと、知ってたってのか!?
「ティルダムは……?」
俺が聞くと、ティルダムも申し訳なさそうに小さく頷いた。
は?
じゃあなんだよ。知らなくて、ショック受けてたのって俺だけなのかよ。
「……いつから……ですか……」
背中から微かな声がして、俺は、俺の他にも驚いている人がいることに気付いた。
ウィムが室内の壁と床と天井にぐるりと何やら術をかける。
途端、宿に沢山いた人の気配を一切感じなくなった。
「なるほど、こんな使い方もできるのですね」
師範が感心しているところを見るに、これはウィムのオリジナルなんだろうか。
「そうねぇ、本来の使い方とは違うけど、これで外から私たちの会話は一切聞こえないわよぅ?」
くるりと振り返られて、俺は頷いた。
俺たちは今、宿の二人部屋に四人集まっている。師範は俺の後ろのベッドに腰掛けていて、俺の前のベッドには術をかけ終えたウィムが腰を下ろして脚を組んだ。ティルダムは遠慮がちに部屋の隅に立っている。
けど……どっから話せばいいんだ。
俺たちと一緒に旅してきた師範は、実は魔族でした。って?
流石にいきなり過ぎるだろ。
言葉を探す俺を、三人は急かす事なくじっと待っている。
ああ、そうだよな……。
ウィムとティルダムなんか、もう五日も俺の言葉を待ってくれてんだよな……。
「あー……えっと、さ。魔族の中でも、上位魔族だと人と同じような見た目だったりするだろ?」
俺の前置きに、ウィムが当然とばかりに答える。
「まあ、元は人間なんだものねぇ?」
「………………は?」
なんだそれ。
俺は聞いてないぞ。
「っ……」と部屋の隅から小さく息を呑む音がする。
知らなかったのは俺だけじゃなかったのか?
「やだギリルちゃんったら、知ってるでしょ? 『人を憎み世を憎むとき、人は人ならざるものと化す』よぉ?」
ウィムが当たり前のように唱えた文は、俺もよく知る一文だった。
けど……。
「それ、は……」
ティルダムも俺と同じ思いなのか、小さく呟いたその先を、俺は繋げた。
「それは俺も知ってる。教会やら街中によく石碑があるしな。だから皆仲良くしようっつー教訓だろ?」
俺は今まであちこちで見てきたその文言を思い浮かべながら答えた。
街中以外にも、洞窟の入り口やら橋やら港なんかにも彫られてたりするよな。
そういや、潰れた村なんかにもデカい石碑がドンと残されたりするな……。
「まぁそうよねぇ。アタシもそう思ってたのよぅ。はじめはね?」
ウィムは指先に耳の前の紫髪を巻き付けながら、意味ありげな笑みを浮かべる。
はじめは……?
振り返ると、師範はじっと俯いている。どうやら俺たちの会話に口を出す気がないらしい。
ティルダムはどこか苦しげな様子で大きな手の平で口元を抑えた。
表情は見えないが、何か思い当たることがあったようだ。
人を憎み、世を憎むとき、人は人ならざるものと化す、か……。
ただの教訓なら、あんな人が一人もいなくなったような場所にわざわざ立てるか?
人と人が争って潰れた村ならともかく、あんな、高位魔族が一人で潰したような、何も残ってない場所に……?
ポツンと……。まるで、何かの証拠を残すかのように……。
昔、俺が師範と旅立ってひと月ほど経たった頃、俺が生まれた村だったという場所を通ったことがある。
そこにはもう人が住んでいたような形跡はほとんどなく、ただ一つ置かれていた大岩にその文言が残されていた。
あの村が消えたのはいつだったのか、師範はどうして、なんの縁もない俺を、あの村から連れ出したのか……。
ゾクリと背筋に悪寒が走る。
俺は、触れてしまいそうな予感から目を逸らすようにして口を開いた。
「じゃあ今はどう思ってんだよ」
「あれはねぇ、墓石なんだと思ってるわぁ」
「……墓石? ああ、確かに。沢山の人が死んだ跡に置いてあるな」
「村の人たちと、人でなくなった誰かさんを弔うための、ね」
「…………っ、……だから……」
いつもより小さなティルダムの声は、かすかに震えていた。
「あらぁ、ごめんねティルちゃん。辛い思いさせちゃったかしら」
ウィムはパッと立ち上がると、ティルダムに寄り添い大きな背を慰めるように撫でる。
ティルダムの顔は相変わらず見えなかったが、俯いたまま小さく首を振ったようだ。
俺と同じで、ティルダムの生まれた村は消えてなくなってるらしい。
その時、小さかったティルダムはたまたま村を離れていて難を逃れた。
それからずっと、村を潰した魔族を探しながら、ティルダムは体を鍛え続けてきたんだと聞いたことがある。
本当に……。
本当に、人が魔族になるというなら、師範も初めは俺と同じ人間だったのか……。
チラと師範を振り返る。
立ったままの俺からは、俯いた師範の美しい銀色の髪が見えるだけで、師範がどんな顔をしているのかはわからなかった。
『人を憎み世を憎むとき、人は人ならざるものと化す』
俺だって、小さい頃は随分な目に遭わされたし、随分と人も世も恨んでいた気がする。
それでも魔族になるようなことはなかったのに。
師範は……一体、どれほどの仕打ちを受けたのだろうか。
あんな優しい人が、どうして人でなくなるほどの思いをさせられなきゃならなかったのか。
「それで? そろそろ本題に入ってもらえるかしら? アタシこの術キープしてる間ずっと精神削ってるんだけど?」
まずい。
ウィムの語尾が伸びなくなってきた。
これはウィムが総精神力の半分は使った証拠だ。
って、この結界みたいなのはそんなに維持が大変な術なのか?
「ああえっと、だから、その。実は、師範は……人間じゃなくて……」
「知ってるわよ、北の魔王なんでしょ?」
「魔王!?」
「ぁ、ぁらぁ……? それはまだ聞いてなかっ――まあぁ、いやだわぁ、なんの事かしら、おほほほほ」
思わず叫んだ俺に、ウィムは視線を逸らすと笑って誤魔化した。
いや、全然誤魔化せてないし!! なんだよそれ!?
ウィムは師範のこと、知ってたってのか!?
「ティルダムは……?」
俺が聞くと、ティルダムも申し訳なさそうに小さく頷いた。
は?
じゃあなんだよ。知らなくて、ショック受けてたのって俺だけなのかよ。
「……いつから……ですか……」
背中から微かな声がして、俺は、俺の他にも驚いている人がいることに気付いた。
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