⚔️師範を殺したくない俺(勇者)と、弟子に殺されたい私(魔王)

良音 夜代琴

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俺の知らない師範(俺)

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小さな村は酷く平和で、不穏な痕跡は何一つなかった。
東の魔王の姿形くらいしか情報のない俺たちは、ひとまず手分けして村の人に話を聞いてみることにした。

師範と村の外れを歩いていると、なんだか懐かしい匂いがした。
どうやら村人が二人で花壇に花を植え替えているようだ。
彼らの屈んでいる花壇には、俺が師範と暮らしていた小さな家の、庭に植えられていたのと同じ花があった。

花の香りに誘われるように、俺はその背中に声をかけていた。
「この辺りに、俺と同じくらいの背丈で、黒髪を長く伸ばした……」
俺の声に、屈んで作業していた男が立ち上がる。
ん? 立つと結構デカイな。俺と同じくらいか……?

「もしかして、僕を探してるのかい?」

こちらを振り返った夜空のような濃紺の瞳は、闇の色によく似ていた。

間違いない。こいつだ。
この男が師範の探していた奴だ。
俺は一瞬でそう確信する。

歳の頃は四十後半から五十半ばだろうか。髪は後ろで一つに括られていたが、話よりも随分短かい。
男は濃紺の瞳を細めて、眩しげに俺を見た。
「……驚いたな。こんなに眩しい人は初めて見たよ」
男は苦笑するように呟きながら、何ひとつ違和感のない自然な動作で俺から距離を取った。
その背中に、師範よりも小柄な誰かを庇っている。
そういやさっき確かに二人、花壇の前に屈んでたな。

「ああ、いや、驚かせたなら悪かった。俺は、ちょっと話が聞きたいだけで……」
「ユウシンさんっ!」
俺の言葉を遮って、師範が叫ぶ。

なんだそれ。
師範のそんな顔、俺見たことねーけど。

師範は嬉しさが溢れそうな満面の笑みを男に向けていた。

「おや、サリじゃないか」

……は?

男の一言に、俺は雷に打たれたような衝撃を受ける。

サリ……って、まさか、師範の名前……なのか?
俺の知らない師範の名を、こいつは知ってる……?

「久しぶりだね。元気だったかい?」

男が笑顔を見せると、師範は男の胸に飛び付かんばかりの勢いで男との距離を詰めた。

「ユ、ユウシンさんこそ、ご無事で……、本当に、お、お元気そうで、……よかっ……っ」
安堵からか、師範が泣き崩れる。その身体を支えようと、黒髪の男が腕を伸ばした瞬間、俺は地を蹴っていた。
黒髪の男の指先が師範の肩に触れる、ほんの一瞬前に、俺は師範の肩を抱き寄せる。
途端、バチッと聞き覚えのある音がした。

マズイな。
危害を加えるつもりじゃ無かったんだが……。

「……痛いな。そんなに敵意を向けないでくれ」
男は不服そうに言って、赤くなった指先をパタパタと振る。

「えっ、ユウさんどうしたの!? 怪我したの!?」
男の後ろから、小柄な青年が慌てた様子で顔を出した。
ふわふわとカールした淡い金髪を後ろで一つに括った二十歳ほどの青年は、片手で丸い眼鏡を上げると、男の手を覗き込む。
「少し赤くなっただけだよ」
男は青年を安心させるように、手を開いて青年に見せる。青年はじっくり男の手を観察してから首を傾げた。
「本当だ……。でもどうして? ユウさん叩かれたの?」
「直接叩かれたわけではないけれどね。まあ、似たようなものかな?」
金髪の青年が、原因を探るように俺の方を見る。
俺は、敵意や憎しみを向けられる覚悟をして、その視線を受け止めた。
……だが、金髪の青年は純粋な疑問の感情を浮かべるだけだった。

「すっ、すみませんっ、大丈夫ですかっ!?」
師範がじたばたと俺の腕から抜け出して、涙に震える声で俺を叱る。
「こらギリル、謝りなさいっ」
俺はため息を飲み込んで、渋々口を開く。
「……悪い。あんたを傷付けるつもりはなかった」
「もっと丁寧にっ」
「……許してくれ」
「許してください。ですよ」
「……っ、……」
なんつーか。言いたくねーな。こいつにだけは。
俺が悪かったのは、まあ、そうなんだけどさ。

俺が半眼で男の様子を窺うと、男はクスクス笑い出した。
「あはは、もういいよ、サリ」

くっそ。いちいち気安く呼ぶんじゃねーよ。
サリって、何をどう略してそーなってんだよ。
本当はなんて名前なんだよ!
いやでもお前が師範の本名を知ってるとしたら、それはそれで許せねーんだよ!!

「ギリル、落ち着きなさい」
言われて、俺は闘気を抑えながらも言い返した。
「師範こそ、泣き止んでから言えよな」
師範の綺麗な顔は涙でべしょべしょだ。
「わっ、私は、もう歳だから涙もろいんですっ」
なんだよその言い訳。
師範は、涙でべしょべしょになっていても、それでも綺麗で、可愛かった。
俺は服の裾を引っ張って、師範の涙を拭う。
「……先日買ったハンカチはどうしたんですか」
「無くした」

クスクスと男がまた笑って、それから言う。
「場所を変えようか」

それならウィム達にも連絡しないと。
そう思った途端、こちらに駆け寄る足音が聞こえてきた。ウィム達だ。
俺たちの気配が揺れたのに気づいたんだろう。

「仲間と一緒でもいいか?」
俺の言葉に男が師範を見る。
師範が男に頷きを返せば、男は「構わないよ」と笑って答えた。

ふーん。こいつはこいつで、師範を信頼してんだな……。

「こっちだ。挨拶は歩きながらさせてもらおう」

俺は、嬉しいような悔しいような、どこか腑に落ちない気持ちを抱えたまま、男の後に続いた。
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