38 / 56
俺の知らない師範(俺)
しおりを挟む
小さな村は酷く平和で、不穏な痕跡は何一つなかった。
東の魔王の姿形くらいしか情報のない俺たちは、ひとまず手分けして村の人に話を聞いてみることにした。
師範と村の外れを歩いていると、なんだか懐かしい匂いがした。
どうやら村人が二人で花壇に花を植え替えているようだ。
彼らの屈んでいる花壇には、俺が師範と暮らしていた小さな家の、庭に植えられていたのと同じ花があった。
花の香りに誘われるように、俺はその背中に声をかけていた。
「この辺りに、俺と同じくらいの背丈で、黒髪を長く伸ばした……」
俺の声に、屈んで作業していた男が立ち上がる。
ん? 立つと結構デカイな。俺と同じくらいか……?
「もしかして、僕を探してるのかい?」
こちらを振り返った夜空のような濃紺の瞳は、闇の色によく似ていた。
間違いない。こいつだ。
この男が師範の探していた奴だ。
俺は一瞬でそう確信する。
歳の頃は四十後半から五十半ばだろうか。髪は後ろで一つに括られていたが、話よりも随分短かい。
男は濃紺の瞳を細めて、眩しげに俺を見た。
「……驚いたな。こんなに眩しい人は初めて見たよ」
男は苦笑するように呟きながら、何ひとつ違和感のない自然な動作で俺から距離を取った。
その背中に、師範よりも小柄な誰かを庇っている。
そういやさっき確かに二人、花壇の前に屈んでたな。
「ああ、いや、驚かせたなら悪かった。俺は、ちょっと話が聞きたいだけで……」
「ユウシンさんっ!」
俺の言葉を遮って、師範が叫ぶ。
なんだそれ。
師範のそんな顔、俺見たことねーけど。
師範は嬉しさが溢れそうな満面の笑みを男に向けていた。
「おや、サリじゃないか」
……は?
男の一言に、俺は雷に打たれたような衝撃を受ける。
サリ……って、まさか、師範の名前……なのか?
俺の知らない師範の名を、こいつは知ってる……?
「久しぶりだね。元気だったかい?」
男が笑顔を見せると、師範は男の胸に飛び付かんばかりの勢いで男との距離を詰めた。
「ユ、ユウシンさんこそ、ご無事で……、本当に、お、お元気そうで、……よかっ……っ」
安堵からか、師範が泣き崩れる。その身体を支えようと、黒髪の男が腕を伸ばした瞬間、俺は地を蹴っていた。
黒髪の男の指先が師範の肩に触れる、ほんの一瞬前に、俺は師範の肩を抱き寄せる。
途端、バチッと聞き覚えのある音がした。
マズイな。
危害を加えるつもりじゃ無かったんだが……。
「……痛いな。そんなに敵意を向けないでくれ」
男は不服そうに言って、赤くなった指先をパタパタと振る。
「えっ、ユウさんどうしたの!? 怪我したの!?」
男の後ろから、小柄な青年が慌てた様子で顔を出した。
ふわふわとカールした淡い金髪を後ろで一つに括った二十歳ほどの青年は、片手で丸い眼鏡を上げると、男の手を覗き込む。
「少し赤くなっただけだよ」
男は青年を安心させるように、手を開いて青年に見せる。青年はじっくり男の手を観察してから首を傾げた。
「本当だ……。でもどうして? ユウさん叩かれたの?」
「直接叩かれたわけではないけれどね。まあ、似たようなものかな?」
金髪の青年が、原因を探るように俺の方を見る。
俺は、敵意や憎しみを向けられる覚悟をして、その視線を受け止めた。
……だが、金髪の青年は純粋な疑問の感情を浮かべるだけだった。
「すっ、すみませんっ、大丈夫ですかっ!?」
師範がじたばたと俺の腕から抜け出して、涙に震える声で俺を叱る。
「こらギリル、謝りなさいっ」
俺はため息を飲み込んで、渋々口を開く。
「……悪い。あんたを傷付けるつもりはなかった」
「もっと丁寧にっ」
「……許してくれ」
「許してください。ですよ」
「……っ、……」
なんつーか。言いたくねーな。こいつにだけは。
俺が悪かったのは、まあ、そうなんだけどさ。
俺が半眼で男の様子を窺うと、男はクスクス笑い出した。
「あはは、もういいよ、サリ」
くっそ。いちいち気安く呼ぶんじゃねーよ。
サリって、何をどう略してそーなってんだよ。
本当はなんて名前なんだよ!
いやでもお前が師範の本名を知ってるとしたら、それはそれで許せねーんだよ!!
「ギリル、落ち着きなさい」
言われて、俺は闘気を抑えながらも言い返した。
「師範こそ、泣き止んでから言えよな」
師範の綺麗な顔は涙でべしょべしょだ。
「わっ、私は、もう歳だから涙もろいんですっ」
なんだよその言い訳。
師範は、涙でべしょべしょになっていても、それでも綺麗で、可愛かった。
俺は服の裾を引っ張って、師範の涙を拭う。
「……先日買ったハンカチはどうしたんですか」
「無くした」
クスクスと男がまた笑って、それから言う。
「場所を変えようか」
それならウィム達にも連絡しないと。
そう思った途端、こちらに駆け寄る足音が聞こえてきた。ウィム達だ。
俺たちの気配が揺れたのに気づいたんだろう。
「仲間と一緒でもいいか?」
俺の言葉に男が師範を見る。
師範が男に頷きを返せば、男は「構わないよ」と笑って答えた。
ふーん。こいつはこいつで、師範を信頼してんだな……。
「こっちだ。挨拶は歩きながらさせてもらおう」
俺は、嬉しいような悔しいような、どこか腑に落ちない気持ちを抱えたまま、男の後に続いた。
東の魔王の姿形くらいしか情報のない俺たちは、ひとまず手分けして村の人に話を聞いてみることにした。
師範と村の外れを歩いていると、なんだか懐かしい匂いがした。
どうやら村人が二人で花壇に花を植え替えているようだ。
彼らの屈んでいる花壇には、俺が師範と暮らしていた小さな家の、庭に植えられていたのと同じ花があった。
花の香りに誘われるように、俺はその背中に声をかけていた。
「この辺りに、俺と同じくらいの背丈で、黒髪を長く伸ばした……」
俺の声に、屈んで作業していた男が立ち上がる。
ん? 立つと結構デカイな。俺と同じくらいか……?
「もしかして、僕を探してるのかい?」
こちらを振り返った夜空のような濃紺の瞳は、闇の色によく似ていた。
間違いない。こいつだ。
この男が師範の探していた奴だ。
俺は一瞬でそう確信する。
歳の頃は四十後半から五十半ばだろうか。髪は後ろで一つに括られていたが、話よりも随分短かい。
男は濃紺の瞳を細めて、眩しげに俺を見た。
「……驚いたな。こんなに眩しい人は初めて見たよ」
男は苦笑するように呟きながら、何ひとつ違和感のない自然な動作で俺から距離を取った。
その背中に、師範よりも小柄な誰かを庇っている。
そういやさっき確かに二人、花壇の前に屈んでたな。
「ああ、いや、驚かせたなら悪かった。俺は、ちょっと話が聞きたいだけで……」
「ユウシンさんっ!」
俺の言葉を遮って、師範が叫ぶ。
なんだそれ。
師範のそんな顔、俺見たことねーけど。
師範は嬉しさが溢れそうな満面の笑みを男に向けていた。
「おや、サリじゃないか」
……は?
男の一言に、俺は雷に打たれたような衝撃を受ける。
サリ……って、まさか、師範の名前……なのか?
俺の知らない師範の名を、こいつは知ってる……?
「久しぶりだね。元気だったかい?」
男が笑顔を見せると、師範は男の胸に飛び付かんばかりの勢いで男との距離を詰めた。
「ユ、ユウシンさんこそ、ご無事で……、本当に、お、お元気そうで、……よかっ……っ」
安堵からか、師範が泣き崩れる。その身体を支えようと、黒髪の男が腕を伸ばした瞬間、俺は地を蹴っていた。
黒髪の男の指先が師範の肩に触れる、ほんの一瞬前に、俺は師範の肩を抱き寄せる。
途端、バチッと聞き覚えのある音がした。
マズイな。
危害を加えるつもりじゃ無かったんだが……。
「……痛いな。そんなに敵意を向けないでくれ」
男は不服そうに言って、赤くなった指先をパタパタと振る。
「えっ、ユウさんどうしたの!? 怪我したの!?」
男の後ろから、小柄な青年が慌てた様子で顔を出した。
ふわふわとカールした淡い金髪を後ろで一つに括った二十歳ほどの青年は、片手で丸い眼鏡を上げると、男の手を覗き込む。
「少し赤くなっただけだよ」
男は青年を安心させるように、手を開いて青年に見せる。青年はじっくり男の手を観察してから首を傾げた。
「本当だ……。でもどうして? ユウさん叩かれたの?」
「直接叩かれたわけではないけれどね。まあ、似たようなものかな?」
金髪の青年が、原因を探るように俺の方を見る。
俺は、敵意や憎しみを向けられる覚悟をして、その視線を受け止めた。
……だが、金髪の青年は純粋な疑問の感情を浮かべるだけだった。
「すっ、すみませんっ、大丈夫ですかっ!?」
師範がじたばたと俺の腕から抜け出して、涙に震える声で俺を叱る。
「こらギリル、謝りなさいっ」
俺はため息を飲み込んで、渋々口を開く。
「……悪い。あんたを傷付けるつもりはなかった」
「もっと丁寧にっ」
「……許してくれ」
「許してください。ですよ」
「……っ、……」
なんつーか。言いたくねーな。こいつにだけは。
俺が悪かったのは、まあ、そうなんだけどさ。
俺が半眼で男の様子を窺うと、男はクスクス笑い出した。
「あはは、もういいよ、サリ」
くっそ。いちいち気安く呼ぶんじゃねーよ。
サリって、何をどう略してそーなってんだよ。
本当はなんて名前なんだよ!
いやでもお前が師範の本名を知ってるとしたら、それはそれで許せねーんだよ!!
「ギリル、落ち着きなさい」
言われて、俺は闘気を抑えながらも言い返した。
「師範こそ、泣き止んでから言えよな」
師範の綺麗な顔は涙でべしょべしょだ。
「わっ、私は、もう歳だから涙もろいんですっ」
なんだよその言い訳。
師範は、涙でべしょべしょになっていても、それでも綺麗で、可愛かった。
俺は服の裾を引っ張って、師範の涙を拭う。
「……先日買ったハンカチはどうしたんですか」
「無くした」
クスクスと男がまた笑って、それから言う。
「場所を変えようか」
それならウィム達にも連絡しないと。
そう思った途端、こちらに駆け寄る足音が聞こえてきた。ウィム達だ。
俺たちの気配が揺れたのに気づいたんだろう。
「仲間と一緒でもいいか?」
俺の言葉に男が師範を見る。
師範が男に頷きを返せば、男は「構わないよ」と笑って答えた。
ふーん。こいつはこいつで、師範を信頼してんだな……。
「こっちだ。挨拶は歩きながらさせてもらおう」
俺は、嬉しいような悔しいような、どこか腑に落ちない気持ちを抱えたまま、男の後に続いた。
10
あなたにおすすめの小説
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
壊すほどに、俺はお前に囚われている
氷月
BL
【後輩と先輩、交錯する心と体】
春、新学期の大学キャンパス。
4年の蓮(レン)は、人気者らしく女子に囲まれながらも、なぜか新入生・七瀬巧(タクミ)の姿を探してしまう自分に気づいていた。
彼は去年の秋、かつて蓮が想いを寄せていた男の恋人の友人として出会った相手。
――まさか、この俺様が、また男に惹かれるなんて。
否定しようとすればするほど、目はタクミを追ってしまう。
無邪気に笑う顔。ふと見せる真剣な横顔。
先輩と後輩、互いに抗えない感情に囚われながら、夏の学園を駆け抜けていく――。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される
八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。
蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。
リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。
ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい……
スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)
もう一度言って欲しいオレと思わず言ってしまったあいつの話する?
藍音
BL
ある日、親友の壮介はおれたちの友情をぶち壊すようなことを言い出したんだ。
なんで?どうして?
そんな二人の出会いから、二人の想いを綴るラブストーリーです。
片想い進行中の方、失恋経験のある方に是非読んでもらいたい、切ないお話です。
勇太と壮介の視点が交互に入れ替わりながら進みます。
お話の重複は可能な限り避けながら、ストーリーは進行していきます。
少しでもお楽しみいただけたら、嬉しいです。
(R4.11.3 全体に手を入れました)
【ちょこっとネタバレ】
番外編にて二人の想いが通じた後日譚を進行中。
BL大賞期間内に番外編も完結予定です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる