亡国戦線――オネエ魔王の戦争――

石和¥

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見えない陥穽

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「橋が動きまーす、川岸から離れてください!」

 王国と魔王領を隔てる川の向こう、全長25フート(約7.6M)の跳ね橋がゆっくりと降ろされる。
 メレイアと南部国境城砦の間にある古い石橋に加え、“蜜月橋ハニムーンブリッジ”と名付けられたこれが掛けられたことで、魔王領と王国を結ぶ橋は2本目となった。
 ちなみに、この微妙なネーミングセンスは相変わらずのイグノちゃんによるもので、彼女の設計・製作した橋は王国側基部に取り付けられた魔珠に微弱魔力を注ぐことで開閉する一種の巨大魔道具だ。

「橋? 壁のついでに作っちゃったんで、一緒に持ってきますよ」

 事前連絡の通信用魔珠で、イグノちゃんにいわれた王女殿下は魔珠の向こうでたっぷり20秒ほど絶句した。

「橋を、運ぶだと!? まさか城壁もか!? どうやって!? なにでだ!?」
「何って、船です。平船に乗せて河を遡上します。虚心兵ゴーレムに運ばせようと思ったんですが、作ってみたら思ったより・・・・・重たかったんで」
「ご、ゴーレム? それは、城壁と橋を、持ってか? いったい、どういう……いや、そもそも話が出てから、まだ半月ほどしか……んんん~ッ?」

「もしもし殿下? 深く考えちゃダメですよ。ウチの工廠長は、少々なんというか……特殊ですから」

 とかなんとかいう流れを経て、いま橋のたもとでは、前乗りしていた魔王領先遣隊の工廠チームとパティシエ・ガールズが、アタシたち後続組の到着を待っていた。
 先遣隊は、イグノちゃんたち工廠チームが5名にパティシエ・ガールズ5名とメイドが4名。建築作業は虚心兵ゴーレムを主体にして行うため、施設の規模に比べて極端に少ない。
 後続組も魔王領選抜厨房部隊20名と売り子の獣人娘が10名に護衛が5名。初の王国進出となる今回は、先方を刺激しないように少数精鋭で行くことにしたのだ。

 架橋の指揮を取っているらしい姫騎士殿下は、先日の忠告を聞き入れたらしい。
 どっしり構えているように見えて、“大丈夫だ何も問題ない”と必死に自分へと言い聞かせているような、強張った笑みを浮かべている。

 アタシは周囲の魔王領住民たちを見渡し、もういっぺん釘を刺す。

「いーい、貴方たち! 余所様よそさまの国なんだから、お行儀良くするのよ、いいわねー?」
「「「「はーい」」」」

 ホントにわかってるんだかどうだか、魔王領から出たことなどない彼らは、初めての国外旅行・・・・に気もそぞろだ。
 念のため、バーンズちゃんとタバサちゃんたち女性重装歩兵分隊を私服で監視役に付け、さらに姫騎士殿下経由で王国法務局と、何か問題が起きたときは相互の話し合いで解決するという約束も取り付けておいた。
 杞憂で終われば良いんだけど、って考えるのがフラグっぽくて嫌だわ。

「陛下ァー、お待ちしてましたー!」

 手を振ってはしゃぐカナンちゃんたちパティシエ・ガールズ。
 王国領土に向けて歩いてゆくアタシたちの後ろから、生鮮素材を載せた車輪式の自走保冷トラックリフレちゃんL野鶏搬送トラックケージちゃんが続く。
 新鮮な鶏肉(まだ生きてる)と生乳、フルーツや氷を運ぶため、搬入物資を2便に分けたのだ。
 乾燥ハーブや衣類や酒類など、鮮度管理が必要ないものは建築素材と一緒に先遣隊の船便で送ってあった。

「お疲れさまイグノちゃん、カナンちゃんたちも。どう、順調?」
「「「「はいッ、問題ありません」」」」
「ほらほら陛下、そんなことより、聞こえます? この橋、揚げ降ろしの度に音楽が鳴るんですよ! “ろまんてぃっく”でしょう?」

 知らんがな。

 彼女お気に入りのそれは、大陸全土で古くから親しまれてきた“永遠の愛を願う名曲”らしい。でも前に歌詞を読んだけど、これ破局後の思い出を歌ってるみたいなのよね。
 嫌な予感がしないでもないけど、無粋な突っ込みは止めておいた。

「待ちかねたぞ、魔王領の客人たち! さあ、我が王国の力を存分に思い知るが良い!」

 橋のたもとで仁王立ちして高笑いって、何してるの王女殿下、あんたが魔王みたいになってるわよ。
 それにしても、ずいぶん張り切って準備してくださったようだ。わずかに疲れが見える顔で気さくに来客を迎えてくれたマーシャル殿下を、アタシは微笑ましく見守る。

 手土産を渡すついでに、気付かれないくらい弱く安癒を掛けておこうかしら。

「お招きに預かり光栄です、マーシャル王女殿下。これはほんの・・・つまらないもの・・・・・・・ですが、御笑納くださいませ」
「ほぉ、これは“うぃすきー”……むぬッ!?」

 アタシが差し出したウィスキーのボトル詰め合わせを見て、殿下はわずかに怯む。

 これとは別に、王妃陛下の要求に応えるため必死に掻き集めた大樽が7つ、すでに前乗りで搬入されている。おそらく王妃から話を聞き、味見もしたのだろう。こちらの攻め手を考えて、今後の対策や対抗商品すら考えていたのかもしれない。

 でも、それは先行試作版の大麦麦芽モルトウィスキー。、いってみれば、完成前の習作に過ぎない。

 いま渡したのは、ライ麦ライ大麦モルト多種穀物グレーントウモロコシコーンと、醸造素材ごとに蒸留濃度と樽の木材と焦がし方、魔法で調整した熟成期間と専用ボトルまで厳選し作り分けた新作。
 これが本当の完成品だ。

 負けず嫌いの彼女は嬉しさ半分、悔しさ半分。そのどちらも隠しきれないまま、ボトルの詰まった木箱を両手でしっかりと受け取った。

「さ、酒ならこちらも王国自慢の逸品を用意してある。是非ご賞味いただきたいところだな」
「まあ、それは楽しみですね」

 軽いジャブの応酬。戦いは、もう始まっていた

◇ ◇

「「「「「おおおおおおおぉ……」」」」」

 城門から導かれ、初めて“姫騎士砦フォート・マーシャルへと足を踏み入れたアタシたちは、想像以上の出来栄えに思わず歓声を上げる。
 設計図やら完成予想図やら建設前の建材は目にしていたのだが、まさかこれほどまでに本格的な巨大施設になっているとは夢にも思わなかった。

「イグノちゃん、やり過ぎ」
「お褒めに預かり恐縮ですッ!」
「褒めてない……こともないけど、どうするのよ、これ」

 というような会話の後、アタシは姫騎士殿下と城内視察に出る。
 鐘楼に上がって見ると、城壁は厚みも高さも当初の想定の倍近くあって、地上で動き回る人たちは豆粒のように小さい。
 ここまで来ると壮観というより単純に、怖い。
 怯えを隠して笑うアタシを、殿下はどうも喜んでいると誤解したらしい。

「驚くのも当然だな。建築現場を直に見ていたわたしですら、何かの冗談としか思えないのだから」
「殿下、これはもう、完全に城下町ですね」
「城壁の強固さに関しては、王城を越えている。4日で作るというから、せいぜいあの収穫祭のようなものを想像していたんだが……」

 実は、アタシも王妃陛下と話していた時点では、4日というのは内部の露店だけ完成すれば上出来というくらいのザックリした見積もりだったのだ。城壁に関しては別途時間と人手を投入してくみ上げれば良いと考えていたのだけれども。

「まさか4日で城壁まで完成しているとは……」
「いや、あの工廠長は、初日で城壁をほぼ完成させていた」
「は?」
「しかし何やら気に入らなかったらしく、壁の厚みと上部構造に手を加えて、密閉式の回廊と砲座を備えたものに作り変えた。それでも3日目には完成して……」

 姫騎士殿下は困った顔で首を振る。

「それで?」
「作業が終わって退屈だったのか、最終日には何やら“あとらくしょん”の“ぎみっく”とやらを組み上げていたぞ」
「何ですか、それ」
「知らん。客に見せる娯楽用の装置らしいが、わたしに理解出来るわけがなかろう。あの城壁最上部から張り巡らせた鉄の縄と滑車がそれだ。いまは王国旗と魔王領旗が掛かっているがな」

 あら。見覚えあるわ。しかも前世で。嫌な予感がするわね。
 もしかして工廠長あの子、誰か知らないけど王国の役者さんを空中浮遊させるつもり?
 あのワイヤーの位置と角度からすると、滑空高度は地上15m近いんじゃないかしら。

「何だ、その妙に達観したようなしたり顔は。今度はいったい何を企んでいる!?」
「あー、とですね殿下。たしか来客者に演劇を披露する予定が入ってましたよね?」
「……ん? ああ、メレイアで上演されて、王都でも話題を呼んだ、”悪魔の涙”だな」
「主演は」
「それなんだが、演者のひとりは、わたしが指名されている。余興にしてはやり過ぎだと思うのだが、施設責任者の顔見せを兼ねているそうなので、仕方がなかろう。既に王都に申請して承認を受けているから、変更も出来ん。まあ、歌や台詞や演奏は専門の者が客席前で行うから、そう無様なことにはなるまい」
「そう、だといいですね。……ご愁傷様です」

 心のなかで手を合わせるアタシを見て、マーシャル王女は不思議そうに首を傾げる。

「何を他人事のようにいっている。もうひとりの演者は貴殿だぞ?」
「……はァッ!? アタシ!?」
「施設責任者の顔見せを兼ねている、といったではないか。つまりは、わたしと、貴殿だ」
「無理無理無理無理……アタシ高いとこ嫌いなの! イグノちゃん!」

 やらかしてくれた張本人を探していると、工廠の若手が現れて、申し訳なさそうに頭を下げる。

「工廠長は、営業開始まで城外で静養するそうです。魔王陛下に伝言が」
「……」
「“探さないでください。御武運を”」

 うひぃい……ッ!
 イグノちゃん、覚えてらっしゃい!!! 
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