亡国戦線――オネエ魔王の戦争――

石和¥

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敵陣前面

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 ハーンズアウトレット改め、姫騎士の砦フォート・マーシャル
 強力で容赦ない魔王領軍の侵攻を防ぐ、王国商業連合軍の最前線。
 期待半分不安半分で場内に足を踏み入れたアタシは、自分たちの――特にアタシ自身の、覚悟が足りなかったことを思い知らされている。

 っていうか空中浮遊って、“悪魔の涙”にそんなシーンないでしょうに。
 そんな覚悟は最初っからないわよ!

「レイチェルちゃん、魔王領うちの出店位置は?」
「中心部の南側です」

 レイチェルちゃんが指す方向で、先乗りしていたカナンちゃんたちパティシエ・ガールズがこちらに手を振っているのが見えた。

「良い場所じゃないの」
「向かいには王国の最精鋭が控えています。プレッシャーが半端じゃないですよ」

 ふと目を向けると、場違いなほどに華やかな売り子さんたちが整列していた。

「魔王陛下、いらっしゃいませーッ!」

 シルエットが均等になるように背丈を合わせてまっすぐに並んだ数十人の女性店員たちが、綺麗に揃って頭を下げる。挨拶の練習を兼ねているのかもしれないが、こちらに向ける笑顔には明らかな自信と余裕が感じられた。
 ご丁寧に店員の制服(ミニ気味のエプロンスカートに筒状の帽子)まで、デザインが姫騎士部隊の白金甲冑を模しているという凝りよう。

 というかあの王妃陛下、ノリノリである。

 店員は教育が間に合わないという理由で王城のリアルメイドを動員したというから、その気合は半端じゃない。

 用意周到なのは売り子だけじゃない。通りすがりに店先を覗いただけでも、小麦系の菓子とパンとパスタとダンプリング、それとコーンスナックがそれぞれ5種類、それも狙いが不鮮明ピンボケじゃない、完成度が高くキチンと美味しそうなものばかりが揃ってる。その時点で、相当の試作と研鑽を重ねてきたことがわかる。
 バリエーションも豊富で、見た目もキャッチーで、あれはたぶん味のレベルも高い。
 商売だけを考えるとあの数は手を広げ過ぎだけど、初回お目見えと考えたら、アリだ。
 パスタなんてショートパスタよ、野菜を練り込んだりソースの絡みやすい形に拘ったり、イタリアン顔負けじゃないの。
 これは攻めに来てるわ……

 胸を貸してあげようなんて能天気に考えてた自分たちの甘さに、いまさらながら呆れてしまう。
 こちらは会議の席で出た案をまとめ始めたところ。まだ形になり切っていない。
 明らかに、気迫で負けてる。

「これは、まさに敵地遠征アウェイですね」

 カナンちゃんたち歴戦の精鋭であるパティシエ・ガールズたちが、王国の持つ物量と文化の厚みに押されている。この辺は一時の発想や勢いだけでは到達できない、積み上げてきた歴史が持つ力だ。
 でもアタシは、アタシたちは、負けるわけにはいかない。

「そんなの想定内よ。ガンガン声出して行きましょ!」
「「「はいッ!」」」

 魔王城で行われた、“王国侵攻計画会議”の光景がよみがえる。
 出席者は、パティシエ・ガールズを主体にした魔王領文化普及部隊と、イグノちゃんをリーダーにした施設建設部隊。食材や建材などを納品してくれる、各集落の生産者代表。
 それと、販売と調理の実務を担当してもらうため新たに募集した新人さんたち。みんな家庭料理くらいなら経験があるようなので、客商売の感覚はメレイアで慣れてもらっているところだ。
 まずは、彼らに今回のコンセプトを周知徹底させなくてはいけない。

「王国内に商業施設を作る目的は、“王国庶民経済の復興”と、“王国産素材で王国製の商品開発”よ。ここまでは、わかる? いままで王女殿下との伝手つてで、王国の上流階級から攻めてきたんだけど、このまま続けると王国経済が弱くなってきちゃうの」

 わかっている顔は半分もない。そりゃそうよね。敵を助けるってことだもの。

「王国のお金が、こちらに流れ過ぎたからですか?」

 手を上げて質問したのはパティシエ・ガールズの癒し系、人牛族ミノスのコルシュちゃん。おっとりしているけど、頭の回転は速い。どうやら先代魔王カイトが施行した“てらこや”制度の経験者で、ある程度の経済知識も持っているようだ。

「それもあるけど、このままじゃ元々王国にあった店や商人や生産者を潰しちゃうのよ」
「敵を潰すのはいいことだと思います」

 セヴィーリャと並ぶ脳筋バーンズちゃんのコメントはしかし、魔族としては標準的な発想だ。

「ダメよ。卵を取るために鶏を殺すようなものよ。美味しくいただくには、まず育てなきゃ」
「はあ……それで、魔王領うちに利益はあるのですか?」
「もちろんよ。しかも今回は苦労せず手に入れることが出来るわ」
「額に汗して得るのでなければ、それは間違っています」

 ごもっとも。カナンちゃん、あんたええ子や。
 でも、そこをちゃんと伝えないと今回の計画自体が危うくなるのだ。

「苦労せずっていうのは半分冗談で、アタシたちは“自分たちの優れた考え”を、売ることになるの。“知的財産権”というのだけど、良い考えや良い商品を教えて、ちゃんと真似させてあげる代わりに、お金をもらうのよ」
「料理のレシピとか、“ぷれはぶ”の作り方とか、ですか。王国の人を招いた、“こうしゅうかい”みたいな」
「そう。カナンちゃんたちに何度かお願いした講習会で、アタシたち魔王領への敵対心とか警戒心とかが、目に見えて改善したのよ。実際、王国の商店も良い商品をいっぱい作れるようになって、王国の経済がずいぶん良くなったって」
「でも王国は商売上の敵、ですよね?」

 カナンちゃんとアタシの会話を聞いて、バーンズちゃんはますます首を傾げる。
 まあ、気持ちはわかるわ。

「そうね……例えば、同じパイを切り分けるとしたら、奪い合わなきゃいけないこともある。でも、これからアタシが進める計画は、パイそのものが大きくなるようにすることなのよ。王国の商店が儲かるようになっても、メレイアの収入は落ちたりしなかった。むしろ売り上げは、上がったわ。王国経済が上向くと、領民が豊かになって、持っているお金が増える。そしてに魔王領うち入るお金も増えるの」

 少なくとも、いまのところはそうだ。
 ルーイン商会からの助言がなかったら、王国経済は傾いていた。下手すると、発展どころか破滅に向かう焼き畑農業になるところだったのだ。

「イグノちゃんとカナンちゃんたちには、伝えて良いレシピや製法、渡して問題ない素材や魔道具を選んでもらったわ。今回も、先に王国に入ってもらって、王国の人たちだけでやってけるようになるまで、ある程度は付きっきりで教えることになるわね」

 パティシエ・ガールズはなんだか嬉しそう。今回教えることになるのは、同年代の菓子職人見習いらしいのだ。あまり接する機会のない王国の若者と触れ合えるのが楽しみなんだろう。
 講習会の出席者は、ほとんどが眼をギラギラさせた本職の中年職人さんたちだったからねえ……

「その王国施設には、こちらの店を出してもいいんでしょうか」
「もちろん。ただし庶民向けの店を、控えめにね。主役は王国領民なんだから。その代わりというか、今後は王国の店もメレイアに出店することになるわ。知らない文化や料理が入ってきて、いまより面白いことになるわよ」

 ひと通りの理解が出来たところで、アタシたちは出店する内容と新メニューの選定に入る。
 魔王領の商品開発は順調に進んでいるけど、王国とのコラボレーションに向いたものとなると少し悩む。特殊過ぎるのだ。

ヒルセンうちは、旬の海産物で行きたいです」
タッケレルうちは、旬のフルーツと、豊作だったイモでポテトフライかな」
「お酒は、どうします?」
「王国の酒蔵と協力して、ビール……透明で冷たいエールを出そうと思ってるの。王国産の小麦で作るから今回の計画に合うし、ポテトフライにピッタリよ」

 意外なことに、すんなりアイディアが出て来なかったのはメレイア所属のパティシエ・ガールズだった。新進気鋭の菓子職人集団が、珍しくあれこれと悩んでいる。

メレイアうちは、旬とかないんで、安売りできるものはあんまり……」
「簡単でわかりやすい商品は、こちらで出すより王国のお店に教えた方が良いでしょうね」
「どうしよっか。前に魔王陛下が計画されていた、お菓子の試作品とか、型崩れで商品検査をハネられた焼き菓子とか?」
「うーん……そういうのも、あってもいいとは思うんだけど、安くてもやっぱり、“あなたのために作りました”って思ってほしいじゃない?」
「お安くて満足感……」

「じゃあ、クレープとホットケーキの屋台、出しましょうか」

 聞き慣れない単語に、パティシエ・ガールズはわかりやすく目を輝かせた。

「“ほっとけーき”? それは、温かいケーキですか!?」
「ケーキの台座に似てるけど、フライパンでふんわり焼くの。簡単で美味しくて、安いわよ。熱々のところにバターとはちみつをトローって掛けるともう、たまんないわね」

「「「「お願いします!」」」」

 とりあえず手近な素材でホットケーキとクレープの試作に入ったアタシたちは、各生産者を交えてメニューの洗い出しと試食を重ね、さらなるアイディア出しを進めた。
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