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閑話:わたしはイグノ
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わたしは、イグノーベル・ヤゥン。
魔王領軍の主任技師にして魔王城の工廠長だ。
何代か前の魔王陛下に見出されて工廠に配属されたはいいが、長く混迷を深める魔王領は消耗品と量産品の需要しかない。鉄の剣、鉄の穂先に鉄の鏃。そんなものは素材がある限りいくらでも作れるのだけれども、わたし個人への指示はなかった。
何をどれだけ、どう作ればいいのか。そもそも戦線から遠ざけられ情報も遮断されたわたしには、敵が誰で戦略目標が何で、どこを目指して軍がどう動きどのように何を攻撃するか。何もわからなかったのだ。
訊こうにも、軍の者たちは誰もわたしを顧みない。子供のような身体にろくな筋力も戦闘能力もないわたしの存在は、ないも同然。
下級魔族の兵たちは皆、血走った目で駆け回り、上級魔族の将校たちは憮然とした顔で殺気と憤懣を振り撒き、中級魔族の下士官たちはその狭間で右往左往するばかり。
そもそも彼らは、次々に配属されては転属してゆく。コミュニケーションを取る時間もなければその意思もないようだ。伝え聞いた話で、転属した先で生き残った者は殆どいなかったとも聞く。補給担当になるような者は、正確に問題があって戦線から下げられたような馬鹿か無能か性格破綻者か、あるいは後方勤務を望む臆病者。実態がどうかは知らないが、少なくとも魔王領内での評価はそうなっていた。
何かをしなければいけないのに、それが何なのかわからない。手当たり次第に作っては送り出し、文句をいわれてまた作り直して送り出す。連絡将校からの反応はどんどん批判的になり、それもある時点でプツリと途絶えた。
“輜重隊の悪夢”
いつの間にか、それが私の二つ名になっていた。
先代魔王陛下が効率化の名のもとに規格統一を図っていた――そんな話はわたしのところに伝わっていなかった――魔王領軍の兵站を掻き乱し続けていたことを知ったのは、全てが手遅れになった後だった。
凄まじい威力の魔道具や機械化兵器も、数が揃わず整備や補給を受けられないため送り出された前線では目立った活躍も出来ずに(あるいは荷駄による運搬が困難で前線まで到着することすら出来ずに)打ち捨てられたという。
最も役に立ったのは、片手間に量産した鉄の剣や鏃、そして先代魔王陛下発案の“すこっぷ”と呼ぶらしい剣鋤だったという。
迷い、悩み、苦しみ、やがて自分が何がしたいのかもよくわからくなって、わたしは考えることができなくなった。
いま思えば、スランプに入ったんだと思う。深く長い、スランプに。
わたしが思索という名の停滞期に入っているうちに魔王領は内乱の嵐が吹き荒れ、気付けば静まり返った魔王城のなかに腐臭が広がっていた。
穴倉に籠っているうちに、戦争は魔王領軍の敗戦で終結したらしい。
魔王領はもう終わったんだな。まず考えたのは、それだ。感慨はなかった。どうでもよかったのだ。誰もいない工廠でわたしは飲まず食わず眠らずただ、うず高く積み上げられた過去の研究書類や試作品、叶えられなかった夢の残骸と戯れていた。
長く誰にも顧みられないままガラクタの山の中に埋まっていたわたしに、仕事を指示してきたのはセヴィーリャだった。ちっとも似合わない男装に、ボサボサの髪、薄汚れた肌で目を血走らせ、素材にしろと甲冑やら何やら物資をひと山、持ち込んできた。
彼女からは、濃い血膿の臭いがした。
「新生魔王陛下が登極されるそうだ。その方を守る戦力が必要だ」
新生魔王?
では、わたしをここへ呼び寄せた屈強な先代魔王陛下は?
友軍はどうなった?
第一、どこの誰かもわからない人物を、何から、どう守るのだ?
問いかけようと振り返ったときには、もうセヴィーリャの姿はなかった。何を作れというのか聞かされず、考えもまとまらないまま、手だけは動き続ける。その結果、生まれたものは。
無類の強度を誇る魔王領鋼で作られた……鳥。
「やってもうたあ……!」
幸せそうに寄り添う番の巨鳥を見て、わたしはガックリと項垂れていた。
声が聞こえたのは、そのときだ。
「……ウソでしょ、どこをどうやったらこんなものが出来上がるわけ? どうみても生きてるし、動いてるし。知能だってありそうに見えるし、いまにも飛びそうなくらい……って飛んでるし!?」
「そりゃ飛びますよ鳥ですもん」
振り返る気力もないわたしは、なんだ部外者かと不機嫌なまま答えた。部外者などというものが魔王城にいる訳がないことなどわたしの頭にはなかった。
「問題はそこじゃなくて、魔王様に献上する武器を創ろうとしたら、何でかこんなものが出来上がっちゃったってとこなんですよ。早く作り直さないと即位までに間に合わない」
「いいじゃない、これで」
さすがにイラッとして顔を上げると、羽ばたき宙に浮かんだ機械仕掛けの鳥をうっとりと見つめる男性の姿があった。小綺麗な格好に、柔らかな物腰。細面の優男だが、見覚えはない。そもそも魔族には見えない。
「無責任なこといわないでください! わたしたちが置かれてる状況を考えると……ん、あんた誰?」
そこで思い出したのだ。敗戦下の魔王城に、こんな優男がうろついていられるわけがないと。
「始めましてイグノ工廠長、アタシが新しい魔王よ。事情があって、名前はまだ決めてないんだけど」
「まおぉおほおー!?」
我ながら間抜けな雄叫びを上げたわたしは、思わず指差していた不敬に気付き慌ててその手を隠す。いまさらながらぎこちない笑みを浮かべ平服すべきか説明すべきか迷う。なにをどうしようといまさらもう、手遅れなのだが。
「ここここれには訳が!」
「そうなんです、我が君。彼女は素晴らしい技術と凄まじい才能と信じられないセンスを持っているのですが、唯一最大の欠点として思ったものとは……少なくとも依頼主の要求したものとは、まるでかけ離れたものが出来上がるのです」
セヴィーリャがフォローなのか罵倒なのか良くわからない合いの手を入れるが、魔王陛下は気にした様子もない。
フワフワパタパタと飛び回る機械仕掛けの鳥を、ひどく楽しそうに見上げているだけだ。
……いまの状況は、わかってらっしゃるのか?
「いや、この国の危機は重々承知しておりますし、新王登極までに兵力が必要なのもわかっています。最初は本当に陛下を守る最強無比な鋼の衛兵を創ろうと、わたしの全精力全能力を注ぎ込んだのです、が……」
何が問題で何がその打開策なのかも把握出来ないまま、わたしは無意識に龍の尾を踏み抜いた、ようだ。
「……気が付くと、目の前には、こんなものが」
「こんなもの、なんていわないでちょうだい」
周囲の空気が凍るようなひと声。いきなり発せられた魔力の渦に、わたしは思わずビクッと身を震わす。さほど感情を込めたようではなかったが、それでも魔王を名乗るに相応しい……というよりも、過去数代の魔王陛下を遥かに凌駕する濃密な魔圧だった。
シオシオと委縮したわたしを見て首を傾げると、魔王陛下は困ったような顔で優しい笑みを浮かべた。
「謝る必要なんてないし、反省する理由もない。だって、間違ってなんかいないんだもの。あなたに必要なのはパトロンよ。存分に振るえるだけの機会さえ与えられたら、あなたはとんでもないものを生み出す力を持っているわ」
「……へ、陛下?」
それが、出会いだった。機械式極楽鳥。後にそう名付けた機械仕掛けの鳥は、魔王領の空を支配し、絶大な戦力として長く君臨することになる。
でもわたしはそのとき、ただ思ったのだ。
ああ、そうか。これで、よかったんだんだと。
わたしは、間違ってなかったんだ。
誰に届くわけでもない物を作り続けてきたわたしの前に、ひと筋の光明が見えた。
手は動く。動き続ける。頭も、どんよりと意識を覆っていた靄は晴れ、怜悧に明瞭に冴え渡っている。
何をどう気に入られたのかは知らないが、魔王陛下は時間があると工廠に顔を出してお茶を呑んで行くようになった。お茶といっても魔王領産の薬草を煎じたような代物だが、あれこれ楽しそうに話しながらレイチェルにメモを取らせ、現状を聞いて把握し、改善策やら思い付きをまとめようとしておられるようだった。
その魔王陛下が話される“思い付き”というのが、まさに異常だったのだが。
「アタシのいた国では、こんなことがあったの」
どうでもいい世間話でもするような口調で語られる、どこか知らない遠い遠いその国の、文化。風習。制度。政治。軍事。産業。科学。娯楽。社会基盤。
聞いたこともない言葉や発想ばかりが並んで、すべてを理解するには程遠かったが、わたしの質問や疑問にも魔王陛下は知っている限りの知識で根気良く答えてくださった。
わたしは、飢えていた。
情報に。刺激に。新しい事物に。
まだ見ぬ理想を再現しようと必死に足掻き、そこに足りないものを既存の技術と新開発した技術で補おうとした。
わたしは、わかっていなかったのだ。啓蒙に果てはないことを。技術や発想に限界はないことを。
不明点を解き明かし新しい視点に到達出来たかと思えば、そこにはもっと高く厚い壁と謎と未知の現象が待ち受けていた。さらに食い付き解き明かし究明し、もっと巨大な壁の存在を目の当たりにする。わたしは無知を知る。自分の未開さを、矮小さを思い知る。
まだ足りない。こんなものでは、全然、満足できない。
手が足りない。頭も。時間も。
だいたい、わたしは人に伝えるのが苦手だ。そんな暇があったら少しでも自分の手を動かす。だから部下が居つかず、だから人望がない。その結果として情報が伝達されず、穴倉の奥で幽閉同然に放置され続けてきたのだが……
そんなことはもう関係ない。
それは聖典だった。
新魔王陛下の発想が、言葉が、図面が、生み出された何もかも、意味不明な文字や数字や表や、よくわからない落書きさえも。
わたしの頭を刺激し、身も心もビリビリと震えさせる。
もっと! もっと!!
惜しみなく下賜された何もかもを、わたしは貪る様に吸収し、咀嚼し、我が身に取り込もうと喘ぐ。血走った目で喰い下がるわたしを呆れたような苦笑で宥めながら、魔王陛下はそれでも質問には答えてくれた。優しく頭を撫でられると、疲れなど吹っ飛んだ――それが陛下の持つ安癒の力だということはずいぶん後になって知った――のだが、そもそも眠気も疲労も感じている暇はなかった。作り上げる速度も考える速度も足りないのであれば増やせばいい。魔力の全てを注ぎ込み自分の分身を量産した。
機械仕掛けの虚心兵も精霊魔術の土人形も暗黒魔術のドッペルゲンガーも、使えるもんならなんだって使う。考えられることも試せることも作れるものも数倍になり、数乗倍になり、加速度的に増えてゆく。
魔力制御で並行思考・並行作業を続けているうちに自我の断片を持ち始めたらしくやがてわたし個人のキャパシティを超えてすべてが自由勝手に動き始めた。いや、違う。歩くことを覚えたばかりの分身たちは雄叫びを上げ……
全力疾走し始めたのだ。
楽しい! 楽しい! 楽しすぎて気が狂いそう!
脳内に何か出てはいけない物質がドバドバと噴出しているのがわかる。頭の中が痙攣してドクドクと波打ち、膨れ上がって共鳴し痺れるような音楽を奏でる。全身の神経が震えながら歓喜の金切声をあげる。
まだできる! もっとできる!
わたしの手で生み出されたはずのすべてが見たこともない形で聞いたこともない機能で考えたこともない用途を果たしてゆく。それを見て困ったり笑ったり拗ねたり呆れたりクルクルと表情を変えながらそれでも最後には褒めてくださる魔王陛下を前にして、わたしは困惑していた。
“発想は陛下のものだが、陛下の反応を見る限り、再現度はそう高くない。ということは、これを作ったのはわたし? その筈なのに、その原資となるものが自分のなかにない。であればこれは、どこから、なぜ生まれたのだ?”
あまり深く考えてはいけないということは分かっていた。物を作るということは多かれ少なかれそういうことなのだ。自分のなかに取り込まれた経験や情報がドロドロした内奥で撹拌されて相互に反応し取捨選択されて浮かび上がる。それは必ずしも自分の意図通りのものにはならない。
すべては陛下の力なのだと思った。思い込んだ。仮にそれが間違っていたとしても気にすることはない。最終的に魔王陛下と魔王領のためになるのならば、過程など大した問題ではないのだ。
それが間違いであったと、わたしは後に気付くことになるのだが……それでも、後悔など微塵もない。わたしは幸せだったし、いまでも幸せだ。
数百年の人生のなかでいまが、最も幸せだ。
魔王領軍の主任技師にして魔王城の工廠長だ。
何代か前の魔王陛下に見出されて工廠に配属されたはいいが、長く混迷を深める魔王領は消耗品と量産品の需要しかない。鉄の剣、鉄の穂先に鉄の鏃。そんなものは素材がある限りいくらでも作れるのだけれども、わたし個人への指示はなかった。
何をどれだけ、どう作ればいいのか。そもそも戦線から遠ざけられ情報も遮断されたわたしには、敵が誰で戦略目標が何で、どこを目指して軍がどう動きどのように何を攻撃するか。何もわからなかったのだ。
訊こうにも、軍の者たちは誰もわたしを顧みない。子供のような身体にろくな筋力も戦闘能力もないわたしの存在は、ないも同然。
下級魔族の兵たちは皆、血走った目で駆け回り、上級魔族の将校たちは憮然とした顔で殺気と憤懣を振り撒き、中級魔族の下士官たちはその狭間で右往左往するばかり。
そもそも彼らは、次々に配属されては転属してゆく。コミュニケーションを取る時間もなければその意思もないようだ。伝え聞いた話で、転属した先で生き残った者は殆どいなかったとも聞く。補給担当になるような者は、正確に問題があって戦線から下げられたような馬鹿か無能か性格破綻者か、あるいは後方勤務を望む臆病者。実態がどうかは知らないが、少なくとも魔王領内での評価はそうなっていた。
何かをしなければいけないのに、それが何なのかわからない。手当たり次第に作っては送り出し、文句をいわれてまた作り直して送り出す。連絡将校からの反応はどんどん批判的になり、それもある時点でプツリと途絶えた。
“輜重隊の悪夢”
いつの間にか、それが私の二つ名になっていた。
先代魔王陛下が効率化の名のもとに規格統一を図っていた――そんな話はわたしのところに伝わっていなかった――魔王領軍の兵站を掻き乱し続けていたことを知ったのは、全てが手遅れになった後だった。
凄まじい威力の魔道具や機械化兵器も、数が揃わず整備や補給を受けられないため送り出された前線では目立った活躍も出来ずに(あるいは荷駄による運搬が困難で前線まで到着することすら出来ずに)打ち捨てられたという。
最も役に立ったのは、片手間に量産した鉄の剣や鏃、そして先代魔王陛下発案の“すこっぷ”と呼ぶらしい剣鋤だったという。
迷い、悩み、苦しみ、やがて自分が何がしたいのかもよくわからくなって、わたしは考えることができなくなった。
いま思えば、スランプに入ったんだと思う。深く長い、スランプに。
わたしが思索という名の停滞期に入っているうちに魔王領は内乱の嵐が吹き荒れ、気付けば静まり返った魔王城のなかに腐臭が広がっていた。
穴倉に籠っているうちに、戦争は魔王領軍の敗戦で終結したらしい。
魔王領はもう終わったんだな。まず考えたのは、それだ。感慨はなかった。どうでもよかったのだ。誰もいない工廠でわたしは飲まず食わず眠らずただ、うず高く積み上げられた過去の研究書類や試作品、叶えられなかった夢の残骸と戯れていた。
長く誰にも顧みられないままガラクタの山の中に埋まっていたわたしに、仕事を指示してきたのはセヴィーリャだった。ちっとも似合わない男装に、ボサボサの髪、薄汚れた肌で目を血走らせ、素材にしろと甲冑やら何やら物資をひと山、持ち込んできた。
彼女からは、濃い血膿の臭いがした。
「新生魔王陛下が登極されるそうだ。その方を守る戦力が必要だ」
新生魔王?
では、わたしをここへ呼び寄せた屈強な先代魔王陛下は?
友軍はどうなった?
第一、どこの誰かもわからない人物を、何から、どう守るのだ?
問いかけようと振り返ったときには、もうセヴィーリャの姿はなかった。何を作れというのか聞かされず、考えもまとまらないまま、手だけは動き続ける。その結果、生まれたものは。
無類の強度を誇る魔王領鋼で作られた……鳥。
「やってもうたあ……!」
幸せそうに寄り添う番の巨鳥を見て、わたしはガックリと項垂れていた。
声が聞こえたのは、そのときだ。
「……ウソでしょ、どこをどうやったらこんなものが出来上がるわけ? どうみても生きてるし、動いてるし。知能だってありそうに見えるし、いまにも飛びそうなくらい……って飛んでるし!?」
「そりゃ飛びますよ鳥ですもん」
振り返る気力もないわたしは、なんだ部外者かと不機嫌なまま答えた。部外者などというものが魔王城にいる訳がないことなどわたしの頭にはなかった。
「問題はそこじゃなくて、魔王様に献上する武器を創ろうとしたら、何でかこんなものが出来上がっちゃったってとこなんですよ。早く作り直さないと即位までに間に合わない」
「いいじゃない、これで」
さすがにイラッとして顔を上げると、羽ばたき宙に浮かんだ機械仕掛けの鳥をうっとりと見つめる男性の姿があった。小綺麗な格好に、柔らかな物腰。細面の優男だが、見覚えはない。そもそも魔族には見えない。
「無責任なこといわないでください! わたしたちが置かれてる状況を考えると……ん、あんた誰?」
そこで思い出したのだ。敗戦下の魔王城に、こんな優男がうろついていられるわけがないと。
「始めましてイグノ工廠長、アタシが新しい魔王よ。事情があって、名前はまだ決めてないんだけど」
「まおぉおほおー!?」
我ながら間抜けな雄叫びを上げたわたしは、思わず指差していた不敬に気付き慌ててその手を隠す。いまさらながらぎこちない笑みを浮かべ平服すべきか説明すべきか迷う。なにをどうしようといまさらもう、手遅れなのだが。
「ここここれには訳が!」
「そうなんです、我が君。彼女は素晴らしい技術と凄まじい才能と信じられないセンスを持っているのですが、唯一最大の欠点として思ったものとは……少なくとも依頼主の要求したものとは、まるでかけ離れたものが出来上がるのです」
セヴィーリャがフォローなのか罵倒なのか良くわからない合いの手を入れるが、魔王陛下は気にした様子もない。
フワフワパタパタと飛び回る機械仕掛けの鳥を、ひどく楽しそうに見上げているだけだ。
……いまの状況は、わかってらっしゃるのか?
「いや、この国の危機は重々承知しておりますし、新王登極までに兵力が必要なのもわかっています。最初は本当に陛下を守る最強無比な鋼の衛兵を創ろうと、わたしの全精力全能力を注ぎ込んだのです、が……」
何が問題で何がその打開策なのかも把握出来ないまま、わたしは無意識に龍の尾を踏み抜いた、ようだ。
「……気が付くと、目の前には、こんなものが」
「こんなもの、なんていわないでちょうだい」
周囲の空気が凍るようなひと声。いきなり発せられた魔力の渦に、わたしは思わずビクッと身を震わす。さほど感情を込めたようではなかったが、それでも魔王を名乗るに相応しい……というよりも、過去数代の魔王陛下を遥かに凌駕する濃密な魔圧だった。
シオシオと委縮したわたしを見て首を傾げると、魔王陛下は困ったような顔で優しい笑みを浮かべた。
「謝る必要なんてないし、反省する理由もない。だって、間違ってなんかいないんだもの。あなたに必要なのはパトロンよ。存分に振るえるだけの機会さえ与えられたら、あなたはとんでもないものを生み出す力を持っているわ」
「……へ、陛下?」
それが、出会いだった。機械式極楽鳥。後にそう名付けた機械仕掛けの鳥は、魔王領の空を支配し、絶大な戦力として長く君臨することになる。
でもわたしはそのとき、ただ思ったのだ。
ああ、そうか。これで、よかったんだんだと。
わたしは、間違ってなかったんだ。
誰に届くわけでもない物を作り続けてきたわたしの前に、ひと筋の光明が見えた。
手は動く。動き続ける。頭も、どんよりと意識を覆っていた靄は晴れ、怜悧に明瞭に冴え渡っている。
何をどう気に入られたのかは知らないが、魔王陛下は時間があると工廠に顔を出してお茶を呑んで行くようになった。お茶といっても魔王領産の薬草を煎じたような代物だが、あれこれ楽しそうに話しながらレイチェルにメモを取らせ、現状を聞いて把握し、改善策やら思い付きをまとめようとしておられるようだった。
その魔王陛下が話される“思い付き”というのが、まさに異常だったのだが。
「アタシのいた国では、こんなことがあったの」
どうでもいい世間話でもするような口調で語られる、どこか知らない遠い遠いその国の、文化。風習。制度。政治。軍事。産業。科学。娯楽。社会基盤。
聞いたこともない言葉や発想ばかりが並んで、すべてを理解するには程遠かったが、わたしの質問や疑問にも魔王陛下は知っている限りの知識で根気良く答えてくださった。
わたしは、飢えていた。
情報に。刺激に。新しい事物に。
まだ見ぬ理想を再現しようと必死に足掻き、そこに足りないものを既存の技術と新開発した技術で補おうとした。
わたしは、わかっていなかったのだ。啓蒙に果てはないことを。技術や発想に限界はないことを。
不明点を解き明かし新しい視点に到達出来たかと思えば、そこにはもっと高く厚い壁と謎と未知の現象が待ち受けていた。さらに食い付き解き明かし究明し、もっと巨大な壁の存在を目の当たりにする。わたしは無知を知る。自分の未開さを、矮小さを思い知る。
まだ足りない。こんなものでは、全然、満足できない。
手が足りない。頭も。時間も。
だいたい、わたしは人に伝えるのが苦手だ。そんな暇があったら少しでも自分の手を動かす。だから部下が居つかず、だから人望がない。その結果として情報が伝達されず、穴倉の奥で幽閉同然に放置され続けてきたのだが……
そんなことはもう関係ない。
それは聖典だった。
新魔王陛下の発想が、言葉が、図面が、生み出された何もかも、意味不明な文字や数字や表や、よくわからない落書きさえも。
わたしの頭を刺激し、身も心もビリビリと震えさせる。
もっと! もっと!!
惜しみなく下賜された何もかもを、わたしは貪る様に吸収し、咀嚼し、我が身に取り込もうと喘ぐ。血走った目で喰い下がるわたしを呆れたような苦笑で宥めながら、魔王陛下はそれでも質問には答えてくれた。優しく頭を撫でられると、疲れなど吹っ飛んだ――それが陛下の持つ安癒の力だということはずいぶん後になって知った――のだが、そもそも眠気も疲労も感じている暇はなかった。作り上げる速度も考える速度も足りないのであれば増やせばいい。魔力の全てを注ぎ込み自分の分身を量産した。
機械仕掛けの虚心兵も精霊魔術の土人形も暗黒魔術のドッペルゲンガーも、使えるもんならなんだって使う。考えられることも試せることも作れるものも数倍になり、数乗倍になり、加速度的に増えてゆく。
魔力制御で並行思考・並行作業を続けているうちに自我の断片を持ち始めたらしくやがてわたし個人のキャパシティを超えてすべてが自由勝手に動き始めた。いや、違う。歩くことを覚えたばかりの分身たちは雄叫びを上げ……
全力疾走し始めたのだ。
楽しい! 楽しい! 楽しすぎて気が狂いそう!
脳内に何か出てはいけない物質がドバドバと噴出しているのがわかる。頭の中が痙攣してドクドクと波打ち、膨れ上がって共鳴し痺れるような音楽を奏でる。全身の神経が震えながら歓喜の金切声をあげる。
まだできる! もっとできる!
わたしの手で生み出されたはずのすべてが見たこともない形で聞いたこともない機能で考えたこともない用途を果たしてゆく。それを見て困ったり笑ったり拗ねたり呆れたりクルクルと表情を変えながらそれでも最後には褒めてくださる魔王陛下を前にして、わたしは困惑していた。
“発想は陛下のものだが、陛下の反応を見る限り、再現度はそう高くない。ということは、これを作ったのはわたし? その筈なのに、その原資となるものが自分のなかにない。であればこれは、どこから、なぜ生まれたのだ?”
あまり深く考えてはいけないということは分かっていた。物を作るということは多かれ少なかれそういうことなのだ。自分のなかに取り込まれた経験や情報がドロドロした内奥で撹拌されて相互に反応し取捨選択されて浮かび上がる。それは必ずしも自分の意図通りのものにはならない。
すべては陛下の力なのだと思った。思い込んだ。仮にそれが間違っていたとしても気にすることはない。最終的に魔王陛下と魔王領のためになるのならば、過程など大した問題ではないのだ。
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マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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