桔梗の花を手折るとき

三浦イツキ

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夢から醒める

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 イカれてる。
 そんなこと、とっくのとうに自覚していた。それでも離れられなかった。
 誰にも言えない秘密。彼が逮捕されるのも好奇の目に晒されるのも嫌だったが、それ以上に、相手のことを想うなら罪を償わせるべきだとお決まりごとを言われるのが一番屈辱的だった。他人に私たちの関係がわかるものか。彼の孤独がわかるものか。いっそ彼が復讐を果たしてくれていて良かったとすら思う。そうでなければ、いつか私が彼の家族を手にかけることもあったかもしれない。
「自分にしか縋れない哀れな男を飼うのは楽しかったか?」
 耐えない微笑で私の髪を耳にかけられ、触れられた耳に付けているピアスを思い出した。彼が針を突き刺した耳たぶ。そこには、確か、目の前の男が以前贈ってくれたピアスが。
「…………おい。外すのか、それ」
「知らない男から贈られたものなんて付けたくない」
「……薄情だな。あんなに目を輝かせていたくせに」
 光を反射して煌めく金木犀のピアス。小さな花が連なっているそれは今にもあの香りが漂ってきそうなほどに美しい。とても、気に入っていた。惹かれている相手から貰ったものだったし、鮮やかな色や繊細な造りが素晴らしい。金木犀だって、私の中では好きな花の上位に輝いている。そう簡単に嫌いにはなれない。しかし今だけはこのピアスを付けていたくなかった。
「なんでキキョウを真似ようとなんかしたの。日記に彼の情報がないと気づいたのはずっと前でしょう。なんで、そのときに止めなかったの? ……そんなに私をからかうのは楽しかった?」
 もっと早く、この本性を晒してくれれば良かったのに。そしたら惹かれることなんてなかった。傷も浅くて済んだし、もっと早くキキョウへの諦めもついていたかもしれない。私に優しくするから、彼のような顔をするから、だんだん眩しくなってきて。
「お前に一目惚れしたからって言ったら、信じるか?」
「ふざけないで」
 考えるより先に言葉が出た。冗談だったとしてもそんなこと言われたくない。手の甲を握り込むように重ねられた手を振り払う。少し前までは好きで好きで堪らなかったその手が、今は私を縛りつけるものにしか見えなかった。
「冷たいな。お前は一目惚れでこの男の全てを奪ったくせに、他人の一目惚れは受け入れないと? どこまで身勝手なんだ」
 耳を塞ぎたかった。目を閉じたかった。今すぐこの男から遠く離れたい。そう心から思っているはずなのに、どこかでまだ未練を断ち切れずにいる。彼とは似ても似つかない低く忍び寄る声も妖しい微笑も、彼と同じものを持っているせいでやけに美しく胸を震わせる魅力があった。どれだけ私が彼を嫌おうとしても、その身体は愛し合った恋人のものだ。そう簡単には諦められない。
 いっそ身体だけでも、と氷のような思考が脳を掠めた。私もとっくに狂ってる。かつての彼と同じ狂気を持てたのならばそれすらも嬉しいと思えてしまうのだから。
「……あなたは、これからどうしたいの。まさかこの生活を私と続けられるなんて思ってないでしょう」
 どうせこれ以上過去のことを聞いたとしてもこの男は答えてくれないだろう。はぐらかして私で遊ばれるだけだ。今後の話をする方がまだ有意義に思える。嘘に嘘を重ねて描いた白昼夢が破れてしまえばもう元には戻らないのだから、これから私たちはどうしたら良いのだろう。
「お前はどうしたい? 選択肢は俺よりずっと多いだろう。両親のいる家に帰るか? 次の家が見つかるまで友人とでも暮らすか? それともあの睦月とかいう男の家に転がり込むか? ほら、どうする」
 どうしたら、良いのだろう。
 もしや睦月さんはこの男の本性を見抜いていたのだろうか。だとしたら彼に従うべきだったのかもしれない。早く離れるべきだった。あのとき睦月さんの言う通りにこの家から出て少し頭を冷やして考えてみれば、自分がどんなにグロテスクなことをしているか再認識するくらいはできたかもしれない。その胸を潰すほどの罪悪感があれば。ここまで今の彼に入れ込むことなんてなかったはずだ。
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