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契約の夜
七
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酸素を取り込むチャンスはどんどん少なく短くなっていく。
頭はぼやけて熱は上がるばかり。口の中に響く水音は激しく、絡んだ舌は決して私を逃がさない。腰を少し撫でられるだけで肩が跳ねた。
いつの間にか喉の奥から自分のものとは思えない声が漏れて体の芯がきゅうとなる。前にしたものとは全然違う。こんなの、知らない。
「…………苦しくないか?」
ようやく口が離れた。脳にまで響く心音の中、頭を優しく撫でられてつい絆されそうになってしまう。
「なにか、したでしょう……!」
何か変だと体が訴えている。内側で自分のものじゃない何かが巡っているような感覚。それが肌をひりつかせているのだとわかっていた。
そのせいで彼の指に触れられているところが熱を持って背筋を震えさせている。きっと、あのときから。
「流石聖女だ。勘が良い」
「……からかわないでください」
「そう警戒するな。ただの軽い催淫魔術だ。私はそちらにはあまり詳しくないから、痛みを感じなくなる効果と多少快感を得やすくなる効果しかない」
「さ、っ!?」
混乱する私のうなじを指が伝った。そのまま産毛を撫でるように指が広がり、妙なくすぐったさが脊椎を走っていく。こんなもの求めていない。
本来子を成すための行為で快感を得てしまったら、それは言い逃れもできないほど罪深くて、ましてや聖女であるはずの私がそんなものを覚えるのは一番駄目なはずだ。
「妻を退屈させてはいけないだろう?」
「どうぞお気遣いな、ぁっ、……!」
ほんの小さな金属が擦れる音。はらりと胸から離れていくレース。慌てて腕を引き寄せてそれを抱きしめるが、これでは自分でつけ直すこともできない。
奇妙なほどに紳士ぶっていたくせに時折獣が顔を出す。金具を外した指は骨に沿って背中を降り、あばら骨をべったりと覆っては私の防御を崩そうと蠢いた。
「見られるのが嫌なのか?」
「当たり前です!」
一瞬だけ視線を宙にさ迷わせた後、彼は私に向けて腕を広げる。
「なら私に背を向けて座るといい。そうすればいくらか見えづらくはなるだろう」
見られることだけが嫌というわけではなく、触られるのも嫌なのだけれど。
心の中で抗議の声を上げつつも、唇を引き結んで言われた通りの姿勢で彼の組んだ足の上に座り直す。結局のところ、しなければ終わらないのだ。
素直に従って、スムーズに事が進めばその分早く終わるはず。神様が私の心を守ってくれると信じて耐えればいい。
「触れるぞ」
より近くで響く声に奥歯を噛み締める。脇腹をなぞって、貞操を守らんとする腕に指が絡みついた。正面から抱かれたときにも増して逃げ場がないと感じた瞬間、腹の中に何か重く鈍い衝撃が生まれる。
この人の体は私よりずっと大きく、固く、強い。
視線を白いシーツに流しながら腕から力を抜くと、彼の手に導かれて逞しい太ももの上に乗せられる。そしてその腕を辿って肩から胸へ。
いとも容易く覆ってしまえる大きさのそれが触っていて楽しいものかはわからないが、指先から情報を取り込むかのように肌を滑り、たまに沈み、気ままに肉を揉んだ。
「心臓の音が随分速いな……」
誰のせいだと。
くすぐったさの中に混じってくる謎の感覚から必死で目を逸らし、どこか心地好い背中の体温に集中する。気を飛ばせてしまえばどんなに楽だったことか。
「私には貴方の正常な心拍がわからない。危険を感じたらすぐ教えてくれ」
小さく頷いたのを合図に、彼は一片ずつパズルのピースを当てはめるように少しずつ確かに私を暴き始めた。
頭はぼやけて熱は上がるばかり。口の中に響く水音は激しく、絡んだ舌は決して私を逃がさない。腰を少し撫でられるだけで肩が跳ねた。
いつの間にか喉の奥から自分のものとは思えない声が漏れて体の芯がきゅうとなる。前にしたものとは全然違う。こんなの、知らない。
「…………苦しくないか?」
ようやく口が離れた。脳にまで響く心音の中、頭を優しく撫でられてつい絆されそうになってしまう。
「なにか、したでしょう……!」
何か変だと体が訴えている。内側で自分のものじゃない何かが巡っているような感覚。それが肌をひりつかせているのだとわかっていた。
そのせいで彼の指に触れられているところが熱を持って背筋を震えさせている。きっと、あのときから。
「流石聖女だ。勘が良い」
「……からかわないでください」
「そう警戒するな。ただの軽い催淫魔術だ。私はそちらにはあまり詳しくないから、痛みを感じなくなる効果と多少快感を得やすくなる効果しかない」
「さ、っ!?」
混乱する私のうなじを指が伝った。そのまま産毛を撫でるように指が広がり、妙なくすぐったさが脊椎を走っていく。こんなもの求めていない。
本来子を成すための行為で快感を得てしまったら、それは言い逃れもできないほど罪深くて、ましてや聖女であるはずの私がそんなものを覚えるのは一番駄目なはずだ。
「妻を退屈させてはいけないだろう?」
「どうぞお気遣いな、ぁっ、……!」
ほんの小さな金属が擦れる音。はらりと胸から離れていくレース。慌てて腕を引き寄せてそれを抱きしめるが、これでは自分でつけ直すこともできない。
奇妙なほどに紳士ぶっていたくせに時折獣が顔を出す。金具を外した指は骨に沿って背中を降り、あばら骨をべったりと覆っては私の防御を崩そうと蠢いた。
「見られるのが嫌なのか?」
「当たり前です!」
一瞬だけ視線を宙にさ迷わせた後、彼は私に向けて腕を広げる。
「なら私に背を向けて座るといい。そうすればいくらか見えづらくはなるだろう」
見られることだけが嫌というわけではなく、触られるのも嫌なのだけれど。
心の中で抗議の声を上げつつも、唇を引き結んで言われた通りの姿勢で彼の組んだ足の上に座り直す。結局のところ、しなければ終わらないのだ。
素直に従って、スムーズに事が進めばその分早く終わるはず。神様が私の心を守ってくれると信じて耐えればいい。
「触れるぞ」
より近くで響く声に奥歯を噛み締める。脇腹をなぞって、貞操を守らんとする腕に指が絡みついた。正面から抱かれたときにも増して逃げ場がないと感じた瞬間、腹の中に何か重く鈍い衝撃が生まれる。
この人の体は私よりずっと大きく、固く、強い。
視線を白いシーツに流しながら腕から力を抜くと、彼の手に導かれて逞しい太ももの上に乗せられる。そしてその腕を辿って肩から胸へ。
いとも容易く覆ってしまえる大きさのそれが触っていて楽しいものかはわからないが、指先から情報を取り込むかのように肌を滑り、たまに沈み、気ままに肉を揉んだ。
「心臓の音が随分速いな……」
誰のせいだと。
くすぐったさの中に混じってくる謎の感覚から必死で目を逸らし、どこか心地好い背中の体温に集中する。気を飛ばせてしまえばどんなに楽だったことか。
「私には貴方の正常な心拍がわからない。危険を感じたらすぐ教えてくれ」
小さく頷いたのを合図に、彼は一片ずつパズルのピースを当てはめるように少しずつ確かに私を暴き始めた。
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