身代わりの私は退場します

ピコっぴ

文字の大きさ
42 / 143
婚約者様と私

42.瞳の中の私

しおりを挟む

 テレーゼ様と二曲踊ってしまったからもう一度、婚約者と踊りたいと言って、クリスに手を引かれてホールに出る。

「あの、本当に、久し振りなので、みっともなくて、クリストファー様に恥をかかせますわ」
「アンジュリーネ嬢は、いつも斜め横や下を見て、僕とは目を合わせなかったね? さっき、テレーゼ様と話しながら踊っていた僕らの姿はどうだった?」

「とてもお上手で、動きもポージングも、頭の天辺から指の先までどこもとても綺麗でしたわ」

 二曲踊った二人を、誤解されるかもしれないとお兄さまが怒るほど。まるでふたりが恋人同士のようだった。

「パートナーと目を合わせることは、ダンスにおいては大切なんだよ。相手のリードを、バランスをステップを、信用する上でも、まわりからどう見えるのかという意味でも」

「先生には、そう習ったわ」
「だから。アンジュも、踊っている間は、僕の眼を見て。笑ってしまいそうならそのまま笑っていいから。馴れなくて上手く出来てるか手元や足元が気になっても、僕と踊ることに嫌気がさしても、一度踊り出したら、終わるまでは僕の眼を見て。いいね?」

 そうは言われても、妙な恥じらいが出て真っ直ぐ見られないし、どうせその方がお嬢さまらしいからと、クリスの顔を見たり目を反らしたり、挙動不審なダンスになってしまう。

 ステップを間違えて、というよりは歩幅が足りなくて、クリスの靴を少し蹴ってしまい、転びそうになる。
 腰に添えられた手に力が入り、引き寄せられる事で転倒は免れたけれど、お腹や胸が押しつけられるようにぴったりとくっついて、熱を感じるほどの近さに、踊っているだけではない動悸が激しくなって、今、自分がどう踊っているのか解らなくなる。

「アンジュ⋯⋯ 絶対に転ばせたりしないから、歩幅が合わなくてもステップを間違えても、まわりに気づかれないようにカバーするから。もっと肩の力を抜いて、僕を信じて、僕に頼っていいから」

 耳に触れそうなほど近くで囁かれて、益々熱が頭に上る。

 令嬢としての社交経験はなく、ダンスも、父が亡くなったために中途退学した学校で数回踊ったことがある程度。
 母の手配したダンスの教師は中性的な女性で、どちらのパートも踊れるためにどちらの視点からもアドバイスできる方だった。
 貴族院寄宿学校ギムナジウムでクラスメイトと練習した時も、基本女子同士で練習して、合同練習の時だけ、男子と踊った事はあるもののほんの数回。
 向こうもこちらも照れて離れたホールドだったり、幸いにも女子の反応を面白がるイタズラな男子には当たったことはなかった。友人も少なく俯き加減で陰気な印象の私には、イタズラをしたくなるほどの興味は湧かなかったのかもしれない。

 だから、男性と身を寄せて躍るのは、昨夜のお父さま、お兄さまが初めてと言ってもいい。それだって、こんなにぴったりとくっついていた訳ではない。なるほど、社交ダンスは風俗的でよろしくないと一部で言われる時代もあった訳だ。

「アンジュ、こちらを見て。信用して」

 昨夜の、他人行儀で目も合わせない、形式的な受け答えで硬い声のクリスはどこ行ったの?
 こんなに優しい声を出せるの?
 お嬢さまは冷えた仲だと言っていたけど、エルマさんもそう言ったけど、それは、お嬢さまが彼を気に入ってなかったからそう思っていただけで、クリス自体は、お嬢さまとの婚約に乗り気だった?

「アンジュ。一度目を閉じて深呼吸して。ここには僕とふたりだけ。誰もいないと想像して?」

 そんなの無理。音楽は勿論、人の会話するざわめきも聴こえるし、グラスを傾けたり軽食を取り分けたりするカトラリーの音もする。

「目の前には僕しかいないのだから、まわりは気にせず、そっと目を開けて」

 言うとおりにする必要はないのだろうけど、そっと目を開けると、微笑むクリスの萌葱色の眼が、間近にあった。
 恥じらったり照れたりするよりも、その綺麗な、久し振りに見る深い瞳に、吸い込まれそうになって、目が離せない。
 瞳の中心に、私が映り込んでいて、鏡を見るように、その私と見つめ合った。

 それは、長い時間にも感じたけれど、実際にはほんの数秒だったのだろう。
 流的にターンが必要な部分にさしかかり、自然に身は離れ、クリスの温かな手にくるりと回らされる。

 その後は見つめ合うほどの近さにはならなかったけれど、自然とクリスの顔を見続けることが出来た。

 お嬢さまが戻れば二度と会えなくなる人なのだから。今だけ、こうして見つめられるのは今だけだから、しっかりと目に焼き付けておこう。




しおりを挟む
感想 237

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王命って何ですか? 虐げられ才女は理不尽な我慢をやめることにした

まるまる⭐️
恋愛
【第18回恋愛小説大賞において優秀賞を頂戴致しました。応援頂いた読者の皆様に心よりの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました】 その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。 貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。 現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。 人々の関心を集めないはずがない。 裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。 「私には婚約者がいました…。 彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。 そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。 ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」 裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。 だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。   彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。 次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。 裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。 「王命って何ですか?」と。 ✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...