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婚約者様と私
43.王城廊下にて【加筆修正】
しおりを挟むもう、足が震えて真っ直ぐ歩けないわ。
パン屋で働いていた頃は、もっと足もしっかりしていたはずなのに。
「お前ら、凄いな。まさか、普通五曲も踊るか? まだ結婚してないのに、もう夫婦気取りか?」
「そんなんじゃないよ。彼女が慣れてないようだったから、練習してただけだって」
「王城のダンスホールでか」
「本番中に練習してもいいだろ」
「うちにもボールルームくらいあるぞ。一昨日も昨日も、練習したよな、アンジュ」
「ええ。お兄さまもとてもお上手で、妹として拙い足捌きが恥ずかしいですわ」
「まあ、いいさ。クリスも領地に戻るまでは練習相手になってくれるだろうし、な?」
「ああ。しばらくこっちにいるから、いつでも付き合うよ」
お願いしますとは言わなかった。言いたくなかった。
毎日会ってたら、確実に別人だとバレる気がする。
私は、友人も知人も少ない分、温かかった、楽しかったあの思い出を棄てられない。棄てたくない。
あの思い出の中のハイジやクリスを、あの日の楽しかった思い出を忘れて、彼らにお嬢さまとして冷たい態度を取りたくない。きっと、あんまり酷い態度は取れない。
だから、出来るだけ、会いたくない。
テレーゼ様と、またお茶会で会うこと、手紙を贈ることを約束して、疲れた事を理由に、陛下の閉会の声を待たずに他の人より少し早めに帰宅する事にした。
「アンジュリーネ嬢」
ホールから馬車留めに向かう廊下で声をかけられる。
振り返ったが、すぐに深めのカーテシーで視線を下げる。
クリスとお兄さまも、騎士がとる利き腕を拳に床について、空いた手で膝を押さえてしゃがみ込み、害意はないと表明する。
「よい。公の場での謁見ではない、楽にしたまえ」
第二王子シーグフリート殿下だった。
許可が降りたので、三人とも、肩の力を抜いて普通に立つ。
「そちらが、語学が堪能というお嬢さん?」
「そうだ。経産省のランドスケイプ侯爵の娘だ」
とても綺麗な婦人と愛らしいお嬢さんを伴っていた。婦人は妃殿下で、お嬢さんは王女殿下だろう。
妃殿下はダンスホールで見るよりも華奢でお綺麗で、王女も美形の殿下によく似ている。
「あなた、わたくしの語学の先生になるのを断ったんですって?」
「いいえ。王女殿下。ただ城内で働かないかとお声を掛けていただいただけでございます。王女殿下の女教師だとは聞いておりませんでした」
「確かに。ただ、城にあげろと言っただけだったな。あの瞬間は単純に、彼女くらい語学に長けた女性はそういないから、役に立つと思っただけで、お前の語学学習にいいと思ったのは、断られた後だったんだ」
「そうですか。アンジュリーネ嬢、改めて、わたくしの語学教師になる気はない?」
「わたくしは、来年エルラップネス公爵家に嫁ぐ事が決まっております。今から教師になっても中途半端な学習しか修められないでしょう」
「王女の教育係になれるのよ? それを蹴って、辺境の田舎に嫁ぐの?」
「はい。国境の小国ですが、商業と交通の要になる大切な土地です。人流の多い土地柄、異国の人も訪れるでしょうから、わたくしのような世間知らずでも、役に立つ事もあるでしょう」
私が断ると思わなかったのか、眉を顰めて顔を見てくる。
「⋯⋯あなたが、別荘に隠って語学学習に没頭している間、教師はいたの?」
「侍女が貴族院寄宿学校で習ったフランク語やフリジア語がそれなりに出来たので、私の前では母国語は禁じておりました。もう一人は、今すぐ移住しても不自由ないほどに流暢に話すので、師と仰ぎ⋯⋯」
「その侍女、わたくしの語学の教師に貸し出すなら、嫁いでもいいわ」
「イルゼは道具ではありません。貸すとか、譲るとか、そういう話ではありませんわ。
殿下。失礼致します」
今の私に出来る最高のカーテシーで断りを入れ、驚く兄を置いて、振り返らずに真っ直ぐ出口に向かう。
「お、おい、アンジュリーネ、大丈夫なのか?」
慌てた様子で後を追いながら、私と殿下を交互に振り返るお兄さま。
先日お会いした時の様子なら、多分大丈夫と思う。
普通なら不敬罪かも。王女の申し出に対し、批難するような言葉で返してしまったから。
バサリとドレスを捌く音がして、背後で王女が去って行くのが感じられた。
振り返ってみると、王女の背中と、困ったように肩をすくめて笑う殿下が目に入る。
殿下は、些末な事で腹を立てるような狭量な方ではないけれど、王女や妃殿下はどうだろうか。
せめて、紹介しろと言うならともかく、つい王女の失礼な物言いに反射的に不敬な態度をとってしまった。
私ではなく、父や兄が咎められるかもしれない。
殿下のもとに戻って平伏する。
「殿下、不敬な物言いを致しました。申し訳ありません。わたくしはいかようにも罰を受けますが、兄は、父には⋯⋯」
「アンジュリーネ嬢、テオドール。心配ない。誰も咎められはしない。わたしの娘が失礼したね。謝罪しよう」
臣下たる一侯爵家の、それも当主ではない令嬢と跡取り息子に、第一王子を差し置いて王位に就くのではないかと目されている第二王子殿下が謝罪した事に、驚いた王女が駆け戻ってくる。
勿論、私も、兄も驚いた。そして恐らくクリスも。
妃殿下は廊下の端で静観していて、表情に変化はない。まさか、良くあること、って事はないわよね?
「お父さま!? この国の最も有力な王位継承者ともあろうお方が、臣下に頭を下げるのですか?」
「娘が間違えたなら、それを糺し代わって謝罪するのは親の務め。権力者というものは、何を言っても赦される者という訳ではない。お前が間違えたのだ。わたしが詫びるのが恥ずかしいというのなら、父親に詫びさせない王女になるのだな」
❈❈❈❈❈❈❈
第二王子シーグフリード殿下
29~30話で、シーグフリードと呼ぶ者が多い中、正しくスィーグフリードゥと発音出来る、と書いてまして、その後もそう書いてきましたけど、
スィもドゥも1音ではなく«すいー»、«どう»と読む方も居てしまうかと思いまして、
発音記号で記載するのも変ですし、ここからはカタカナ表記で『シーグフリード』で統一します
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