身代わりの私は退場します

ピコっぴ

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テレーゼ様と私

66.飼い犬とお兄さまと

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 結局、私は、家紋は入っていないけれどそれなりに立派で、クッション性もある四人乗りの馬車に乗せられていた。

 お兄さまに手を引かれての事である。


 ꙳꙳꙳꙳꙳꙳꙳꙳


 馬車に乗る前、お兄さまのエスコートで玄関先に出ると、晴れた日の昼前だというのに、目の前に影が差す。

 土壁? 石垣?

 そんな印象の、傷の入った鎧が立っている。

「これが、団長ご執心の婚約者です クライナーエンゲル   小さな天使   か?」
「こら、言い方」

 鎧の中には、岩のような大柄の男性が入っていた。
 その隣に、軽鎧の細身の男性が立っていて、こちらは標準的な身長だった。

「お初にお目にかかります、ハインスベルクよりお迎えに参りました、ラース・フォン・ランゲンフェルトです。以後お見知りおきを。コイツはギルベルト・フォン・ホーデンバーグ。ギルベルトって(ドイツ古語で輝かしい願い)タマじゃないですがね」
「いいえ。ギルベルトもラースもよい名前ですわ」

「ラースって、こう、七つの大罪の憤怒Wrathラースとか、天罰や復讐って印象ない?」
「ブリテンの言葉ではそうかもしれませんが、わたくしたちはゲルマン語とラテン語を話しますでしょう? 敬虔なカソリックなら尚のこと、ラテン語で解すべきですわ。ご両親は、持たざる弱き民を宝と称し殉じた聖人ラウレンティウスの語源、Larsラース=月桂樹を戴冠する=から名をいただきましたのね。ほら、よい名前ですわ」
「へぇ?」

 ラースさんは、ジロジロと私の頭のてっぺんから爪先まで眺め、姿勢を正して胸元から白い小花を差し出す。
 いつも花を用意しているのかしら?

「失礼致しました。わたくしはラース・ウルリッヒ 力を持つ後継 ・フォン・デム・(ク)ネセベック・フライヘル・ツー・ランゲンフェルト」
「まあ、ニーダーザクセン州の古い家系の出身ですの? でも、フライヘルFreiherr(=?」帝国騎士)
「先祖には、ザクセン公を名乗った者やリューネブルクやブランデンブルクの一族に入った者も居たようですが、私の家系は黒の一族から抜けて、エルラップネス家の統治するハインスベルクの騎士団に属して、今はランゲンフェルトの地を治めています」

 何百年か前、帝国騎士達は、税に苦しみ領地を治めきれず、その多くが没落したり自由騎士になったと言うけれど、そのひとつかしら?

 で? なぜ、名乗り直したのかしら?

 私の手を取り腰に手を添えていたお兄さまの手に力が入る。


dameアンジュリーネ(英語のレディ=独語の高貴な女性への敬称) 。今は騎士爵に身を窶しておりますが、この国でも有数の古い家系の一族で、本家は多くの城砦を持つ領主ですし、生家も小さいながらもそれなりの領主です」
「だから?」

 お兄さまの声が低くて怖い。どうしたのかしら。

「団長とはまだ正式に婚姻していないんですよね? 俺、昼も夜も満足させる自信ありますから、ぜひ⋯⋯」

 ラースさんが最後まで言えない内に、お兄さまに軽鎧から覗くウールアンダーウェアの襟元を捕まれた。

「クリスー!!」

 こんな大きな声が出るのねぇと感心する程の声量でクリスを呼ぶお兄さま。

「どうかし⋯⋯あれ? お前達、なんでここに?」

 馬車の向こうで荷物の点検と、馬の様子を見ていたクリスが駆け寄ってくる。

「団長が中々帰ってこないから、様子を見に、ですかね? いつまでも王城の迎賓館にいるとも思えないし、王都の主だった宿屋にも居ないですし、帝都と違って定宿がある訳でもないから探しましたよ」
「まさか、婚約者のお宅に入り浸りだったとは⋯⋯」
偶々たまたま城下町を近衛隊と巡ってた第二王子殿下に会ったから居場所を訊けましたけど、最初に聞いた宿からねぐらを変えたんでしたら、連絡くらいくださいよ」
「あ、ああ。そうだった。すまん」
「かれこれ遠征後の友好国廻りから半月近いですよ?」
「俺もまさか、こんなに逗留する予定じゃなかったんだけど」

 ちらとこちらを見る。

「だったら、さっさと国に帰ればよかっただろ。それよりも、主なら、飼い犬はちゃんと躾とけよ」
「あら、お兄さま酷い。俺たち犬扱いですか?」
「テメェにお兄さまと呼ばれる筋合いはない」
「何があったの?」
「たいしたことは。ただ、自己紹介いただいただけですわ」

 ラースさんと言い合いしていたお兄さまが、厳しい目をしてクリスに向き直る。

「躾が出来てない犬は繋いでおけよな。デカ物は無礼な軽口たたいただけだが、そっちの色男はアンジュを口説いてたぞ?」

「ラァァァス? テメェ、故郷のエルベ川に沈むか?」
「これでも、団長のお守り役として副長を務めて来たし、剣の腕はそれなりに立ちますからね? 人を殺したことのない団長に、俺が殺せますか?」
「⋯⋯鎧を着けたまま川に蹴り落とせば上がって来られないだろ」
「そうきましたか」

 楽しそう。お兄さまと話しているときもそうだったけれど、王宮内で会った時や町を歩いた時に比べたらずっと、年相応の青年に見える。

「仲のよい、信頼された間柄ですのね」
「そう見えるか?」
「ええ。軽口は、無礼なのではなく気を許し合っているからでしょう? プライベートと仕事はちゃんと分けていらっしゃるようですし」
「まあ、そうかもな」


 お兄さまがなにか警戒しながら私とテレーゼ様と三人で馬車に乗り、最後にバスケットを抱えたイルゼさんが乗り込む。

 フリッツやテレーゼ様の侍女も、みんなの荷物を乗せた大型の馬車に乗り込み、領地へ向けて出発した。


 ちなみに、クリスも領地に帰るのに、同じ街道で通り道である。
 二人の騎士も馬に乗って、同行した。

「駅馬車や軍用車両じゃないから、ゆっくり行く分日にちはかかるけど、道中の景色は楽しめるし、馬車の揺れも少ないよ」

 お兄さまは、屋敷を出て街中を通る間、日程について説明してくださり、城下町を出ると、色んなものを指さして教えてくれるのが、馬車という閉じられた空間でも退屈しなかった。




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