身代わりの私は退場します

ピコっぴ

文字の大きさ
77 / 143
テレーゼ様と私

77.女性も、ツアーに

しおりを挟む

「ぜひ、グランドツアーのお話を聴かせてください」

 テレーゼ様が目をキラキラとさせておねだりしている。

 お嬢さまと同じくテレーゼ様も、家族の目が厳しく、あまり外に出ていないと言っていたから、興味はあるのだろう。

 私だって聴きたい。

 本の上の知識ではない、目で見た、知人の話による伝聞だ。知りたい。聞いて知って、色々空想だけでもしたい。

「そうだね、女の子には、パリやローマの話がいいかな?」
「ぜひ!」

「まず、ローマに着いたらジェラードだね。かの皇帝ネロもアルプスの万年雪を運ばせて甘くして食べたとか、初代皇帝ユリウスジュリオ(伊)ジュリアス(英)チェザールチェザーレ(伊)シーザー(英)がアペニン山脈の雪に蜜を混ぜて食べたのが始まりとか言われているんだよ。その後、マルコ=ポーロがヒーナかChina(中国)ら持ち帰った乳を凍らせたものから、今のジェラードになったんだよ。二千年の歴史があるんだね」

 コロッセウム、ローマ水道、カタコンベ⋯⋯

 花の都パリよりも、ローマの方が学ぶことが多そう。


「女の子は、パリの方が興味があるかと思ったけど、ローマが気になるかい?」
「はい」
「今はね、女性も、家庭教師や侍女、護衛騎士を連れて、ツアーに出る人も居るんだよ。嫁ぐまでの1年、そういうのに使うのもいいかもね? ハインスベルクの歴史や文化、経済を学ぶのは、嫁いでから公爵夫人に家政のことを習いながらでも間に合うんじゃないかな?」

 そう出来たら、どんなにいいか。私は、ツアーに出る経済力も、国境を越える手形を入手できる伝手も身分もない。

「わたくしもご一緒したいわ。語学に堪能なアンジュ様がご一緒なら、心配ないですもの」
「俺が一緒に行くよ。護衛騎士なんか雇わなくても、騎士団公国第一師団長が夫なんだぞ? 心配することないって。いっそこのまま新婚旅行ってのもいいし」
「あら、わたくしお邪魔虫かしら」
「奥方に付き合って師団は放置か?」

 楽しい夢を見る。夢で終わるけれど。

 テレーゼ様と一緒に、諸国の都をまわって、露店を冷やかしながらクリスと知らない街を歩いて、現地の文化や芸術に触れて⋯⋯

「ハイジも一緒なら、もっと楽しそう⋯⋯」

 ただの呟きだったけれど、ちゃんとクリスは拾ってくれた。

「ハイジがいると、俺ら男は荷物持ち扱いだぞ? 護衛騎士や従僕だけじゃ飽き足らず、兄貴もなんだからな」
「まあ、ふふふ」

 ハイジにも会いたい。あの頃も美少女だったけれど、きっともっと美しくなってるわね。

「まあ、見た目はそこそこ綺麗だけど、中味はどうかなー」
「気位は高い方だよね」
「わたしもハイジとは呼ばせてもらえないからなあ。アーデルハイト 気高く高貴な姿(容姿) なんて古典的で高潔な名をつけた親として、責任もって正しく呼べなんて言うんだ。父さんは寂しいよ」

 ふふ。ハイジは、貴族の娘として生まれたことも、親からの最初の贈り物『名前』も、誇りに思っているのね。

 私は、今は名乗ることも出来ないけれど。

 お嬢さまの身代わりをしているから。父を亡くし、母とは縁を切り、貴族籍を脱けたから。

 元々、新興貴族の官僚子爵家だ。私が成人していて父と同じ管財課の文官になっていなければ、継ぐことは出来なかった爵位だ。
 今更惜しくは無いけれど、それすら維持出来ない私には、本来、こうしてクリスの隣に座るなんて許されなかった。
 ハイジを幼馴染みと呼び、テレーゼ様のお茶会に喚ばれることもあり得ない。

 だから、もういい。もう、見せつけないで。ちっぽけな平民の私と、あなた達との違いを。

 時折、こんな役目、もう何もかも放り出して、どこか誰も知り合いのいない遠くへ行きたくなる。



「お嬢さま」

 はっ みんなの話も聴いてなかったし、変な表情かおをしていたかも。

 ジェイムスさんが、気を落ち着ける効果のあるハーブティーを淹れて、私の前に出してくれた。

「じゃあ、いいね?」
「え?」
「あれ? もう心はローマで聴いてなかった? 気が早いなぁ、よほど行ってみたいんだね。
 いい? テレーゼ様と希望するならアーデルハイトを加えて、クリスを護衛騎士に、僕が家庭教師役で、後見人は僕の母と叔母達。
 先ずはアムステルダムやブリュッセルからパリへ出て、マルセイユ、ジュネーヴ、リヒテンシュタインからベネツィアに抜けて、フィレンツェ、ローマへ。ナポリやコルシカ、シラクーサも見たいかな? アテネからロードスまで足を伸ばすなら、かなりの期間が必要だね。何度かに分けて、数年掛かりで行くのもいいかなって話なんだけど。
 帰りはクロアチアを通ってハンガリー、オーストリア公爵領も見てから帰国、南側の州を抜けてライン川沿いに青の森にブラウヴァルト 帰るのもいいんじゃない?
 カスティーリャ語やバスク語を勉強中なら、アンドラを通ってバルセロナ、カスティーリャ、なんかもいいね。ジブラルタル海峡では、アフリカ大陸も見えるかも? グラナダへ行けば、イスラム文化の宮殿や寺院も見られるしね」

 ああ、なんて素敵な提案。行きたい⋯⋯

 いきなり、クリスに抱え込まれ、頭を胸に押しつけられる。
 何が起こったの?

「そんな表情かお、他の人に見せちゃダメだよ」

 ええ!? どんな表情かおしてたって言うの?

 訳がわからず、ただクリスにされるがままになっていると、まわりの人がまた笑う。

「アンジュ、よほど行きたいんだなぁ。父上に何度も留学を頼んでたもんな。それが、目付役兼ガイド付きで諸国漫遊出来るとなったら、うっとりするよねぇ。ちょっと色気漏れてたよ。クリスが隠さなきゃ、僕が頭から上着を掛けてたかもね」

 お兄さままで言うのなら、変な表情かおをしていたのだわ。

「お見苦しいものをお見せしました」
「俺が見る分にはいいの。他の人に見せちゃダメ。なのに、二人で街歩きした時よりいい表情かおしてたなぁ」

 更に、笑いが起こる。

「グランドツアーはともかく。結婚したら、各領主に顔見世するためにハインスベルク区内をまわるんだから、そのついでにあちこち行くのもいいよな。
 ⋯⋯やっぱりこのまま連れて帰りたい」

 クリスに抱き締められ、お兄さまの、クリスの頭をはたく音を聴きながら、ぼんやりと考えていた。


 このままだと、本当に逃げ出したくなるから、お嬢さま、早く帰って来て⋯⋯
 もう、息苦しくて、幸せで悲しくて、嫌になるから⋯⋯




しおりを挟む
感想 237

あなたにおすすめの小説

王命って何ですか? 虐げられ才女は理不尽な我慢をやめることにした

まるまる⭐️
恋愛
【第18回恋愛小説大賞において優秀賞を頂戴致しました。応援頂いた読者の皆様に心よりの感謝を申し上げます。本当にありがとうございました】 その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。 貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。 現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。 人々の関心を集めないはずがない。 裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。 「私には婚約者がいました…。 彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。 そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。 ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」 裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。 だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。   彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。 次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。 裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。 「王命って何ですか?」と。 ✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。 どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も… これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない… そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが… 5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。 よろしくお願いしますm(__)m

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

捨てられた妻は悪魔と旅立ちます。

豆狸
恋愛
いっそ……いっそこんな風に私を想う言葉を口にしないでくれたなら、はっきりとペルブラン様のほうを選んでくれたなら捨て去ることが出来るのに、全身に絡みついた鎖のような私の恋心を。

縁の鎖

T T
恋愛
姉と妹 切れる事のない鎖 縁と言うには悲しく残酷な、姉妹の物語 公爵家の敷地内に佇む小さな離れの屋敷で母と私は捨て置かれるように、公爵家の母屋には義妹と義母が優雅に暮らす。 正妻の母は寂しそうに毎夜、父の肖像画を見つめ 「私の罪は私まで。」 と私が眠りに着くと語りかける。 妾の義母も義妹も気にする事なく暮らしていたが、母の死で一変。 父は義母に心酔し、義母は義妹を溺愛し、義妹は私の婚約者を懸想している家に私の居場所など無い。 全てを奪われる。 宝石もドレスもお人形も婚約者も地位も母の命も、何もかも・・・。 全てをあげるから、私の心だけは奪わないで!!

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

処理中です...